星と蛍と懐かしい思い出
こんな寒い風が吹く夜に僕は相も変わらずベランダに出る。ふうと煙ひとつ吹いて空を見上げる。キラキラと光る星達はここでは見えない。ただ一面黒く、下から照らされて姿を隠している。薄情な都会の片隅では星達の優しい光も届かないのだろうか。今度は白い吐息を漏らして私は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。アパートの片隅の蛍はそうやって姿を隠した。僕が生まれた村では今頃優しい星達の光にでも包まれているんだろう。そんなことを考えて私はベッドに身体を滑らせた。
目が覚めると私の身体は薄い布団に包まれていた。ふと外を見ると太陽はさんさんと照りつけ、冬には似合わないほど暑かった。よく見ると布団の周りには蚊帳が張ってありすぐここがいつもの家ではないことに気がついた。私はこの光景を知っている。私が生まれた町、私の実家だ。布団から出てすっと立ち上がると何やらいつもの景色より少し視点が下になっていることに気づいた。なるほど身体は昔に戻っている。私は蚊帳から出て居間に向かった。いくら人を呼んでも母も父も兄も出てくる気配はない。カレンダーを見ても2020年と書かれている。完成度の低い夢だ、そう思って私は家を後にした。外に出てみるとここはやはり故郷で一面が緑で覆い尽くされていた。きょろりきょろり周りを見渡してみても人っ子一人居ない。そういえばもう二十年近くここへは帰っていない。私が故郷の人々の顔を忘れてしまったからここには誰も居ないのだろうか。適当な人間を配置していればいいのに、私は自分の粗末な頭にため息をついた。空っぽの村、思い出の村、青春の村。
私は少し気になって山を登り始めた。木々のあいだを小さな身体でスルスルと抜けていく。大人の身体だったら苦労しただろう。その場所に着いた時、ようやく私は人を見た。私の幼馴染、私の初恋、色褪せない笑顔。
「久しぶりだね、■□▪▫。」
私はうん、とだけ返した。どれだけ都会に染められても、どれだけ人の顔を忘れようと、色褪せないその思い出だけは私の中から消えてはいなかった。
「見て、流れ星だよ。綺麗だね。」
私はそう言われてさっきまで昼間だったはずの空を見上げた。キラキラと暗闇の中で光が飛んでいく。私はしばらくそれをじっとみていた。すうっと鼻が馴染んだ匂いを嗅ぎ取って私は横を見た。さっきまで幼馴染だったそれは私の姿をしていた。
「また会えるさ。」
それだけ言って影は消えた。
ピンポーン、とチャイムがなってそれで目覚めた。外を見るともう昼間だ。おおかた大家さんが言ってた新しい入居者だろうから早く出てやらねば。私は勢いよくドアを開けた。笑顔がそこにはあった。






