第5話 『介入』
あれから六人はガルノを先頭に移動をしている。
彼らの背後からは、少し前に爆発音がしてからは悲鳴や金属音などがしていた。
「やってるなぁ」
ガルノは嬉しそうに声を出していた。
実際には見ていないが、顔が笑っているのだということはアヤトにもわかる。
「何が起こってるんですか」
「戦ってるのよ。カルト教団のエクリプスと欠落姫の護衛であるバミラ王国の騎士たちがね」
バミラ王国についてはこの世界に存在する国なのだと察しはつく。だから妙に気になったことについての質問をする。
「欠落姫っていうのは?」
「今回の私たちのターゲット」
「何でそんな名前なんですか?」
『欠落姫』。どう考えてもいい意味でつけられた名前ではない。
アヤト本人にもなぜかはわからないが、言葉の意味が無性に気になった。
「彼女は君と同じ欠落者なの。生まれつき両足が自由に動かせないらしいわ。そしてそのことに加えて、彼女は姫とも呼べる立場にある。だから欠落姫って呼ばれてるの」
「欠落姫…」
自分の力では歩くことができない。生まれた時からその機能が失われている。だから欠落姫なのとだと納得する。
「おい、ホントにこっちでいいんだろうな!」
ガラの声はやはり大きい。すぐ後ろで殺し合いが行われているというのにお構いなしだ。
「焦るなよ。えーっと……まあ誰だがわからないけど、焦る必要はないぜ」
「テメェ! 人の名前くらいは覚えやがれ!!」
「ギャーギャー騒がしいな。ほら、そろそろ…」
進行方向から爆発音が流れ込んできた。その後も数回、連続して爆発音が森に響いた。
「…やってるみたいだな。どうだ、アヤト。お前なら正確に聞こえただろ」
「……さっきしてたのと同じ爆発音ですね」
先程よりも爆発音はアヤトの耳に響いていた。痛みする覚えるほどに。
「エクリプス…爆発音…」
ボソッと、ここまで出てきた言葉をメイアは呟いた。
「なんかあるのか、メイア」
「多分――エクリプスの幹部、フルデメンスがいるわ。なかなかの大物ね」
「そいつは強いのか?」
「強いんじゃないかしら、都市一つぐらいなら一人で落とせるようなアビリティ持ちだし。あなたのお眼鏡にかなうかは知らないけれど」
「アビリティの能力は?」
「爆破を起こす能力、《エクスプロージョン》。あ、でも魔法で起こすのとは別物。あっちは基本的に一回の魔法で一回の爆発、その上強力だから発動にも時間がかかるの。だけどフルデメンスのアビリティは射程内なら短時間に、いくつもの場所で、好きなように、爆発を起こせる」
「なるほどな…」
この世界ではそれほど難しくない話ではあるのだろうが、アヤトには理解できない会話が彼らによって繰り広げられている。
「よし。俺がそいつの相手をする。お前らは目標を優先しろ」
「一人で大丈夫なのか?」
「無問題だ」
ヘルトの気遣いを振り払うようにガルノは軽く返事をした。
その直後、再びした爆発音が森を揺らした。
*****
白銀の鎧で身を固めている女騎士は煙の中から抜け出す。
「なるほど…。なるほどなるほど。貴様は先ほどの爆発を受けても無傷だったな。理由はその鎧…もしくはアビリティか」
不意打ちの爆発もちょうど今起きた爆発も、どちらを受けても彼女は無事だった。鎧に傷一つもついていない。
フルデメンスの考える可能性としては二つ。
一つは自分の攻撃系のアビリティとは真逆の防御系のアビリティ。
もう一つはアビリティではなく、単純に鎧の力によるもの。ただの鉄製の鎧やもっと硬度な金属を使った鎧でもフルデメンスのアビリティを防ぐことはできないが、魔術が刻まれた防具、魔術によって編まれた防具だった場合は話が違ってくる。
「どちらにせよ、効果がないには変わりないか」
前者であれ、後者であれ、結局爆発は効いていない。
「ならば…」
手法を変えるだけのこと。
「――――」
対するレイは無傷ではあるものの、攻めあぐねていた。
というのも爆発によっておこる爆風に吹き飛ばされるため、こちらの攻撃が届かない。
(――爆発の前に爆破地点の空間が歪むのはわかった。だが…)
わかったところでどうしようもない。
歪みが出来てからそこが爆発するまで一秒あるかないか。歪みを確認してから回避をするのは至難の技だ。ある程度、戦闘訓練を積んでいるレイにもできない。
いくら傷を負わないからと言っても、斬り込むたびに爆風で元の位置に押し戻されては意味がない。
「わかった。律儀に貴様から先に殺そうとすると時間がかかる。だから先に目的を達成させてもらおう。距離は十程。範囲内だ」
フルデメンスは右の掌を上にして突き出すと、そのまま拳を握った。
「貴様、まさか…!」
レイはフルデメンスが何を考えているのかを察し、彼に背を向けエレナの方へと走り出した。
「私の爆破はお前よりも早い」
地面に伏したままのエレナの鼻先に小さな歪みが出来る。
「爆ぜろ」
レイを嘲るように笑みを浮かべ、握っていた拳を、まるで今まさに咲こうとしている花の蕾を模したように、開いていく。そして…
「これで終わ――」
「――インパクトォ!!」
爆発音よりも先に森に響く男の声。フルデメンスはアビリティの発動を中断し、声のした方へと顔を向ける。しかし別人の介入に気付いた時にはすでに遅かった。
「貴様いつのま、ギ――――ッ!」
探知能力には自信があった。
だが顔を向け、見えたのは人の全体像ではなく紫色に発光している拳。気付かないうちにその至近距離まで近づかれていた。
防御も何もできずに、フルデメンスは顔面を殴られ、森の奥へと吹き飛んだ。
その一瞬で起きた一連の出来事に、遅れながら気付いたレイは走るのをやめてフルデメンスがいたはずの場所へと視線を移した。
「――なんだ、大したことねえな。下手したら死んでるまであるぞ」
フルデメンスを殴り飛ばした方角を見ながら、つまらなさそうに男は口にした。
レイの位置からは見えないが、内容から察するにフルデメンスは気絶しているようだ。
「貴様は何者だ」
睨むように男を見る。
最初は援軍かとおもったが、男の姿を見てその考えは彼女の中で即座に否定された。
男の纏っているオーラがフルデメンスと同様か、それ以上に不気味だったのだ。一目見ただけで彼女の本能がこの男は敵だと告げた。
「――――アンタこそ誰だ」
突如として現れた男。おそらく王国ともエクリプスとも関係のない存在。
レイは男を観察した。
あのフルデメンスを殴り飛ばしたことから考えて一般人ではないことは確実。
黒いローブを着ていないため、エクリプスではない可能性も高い。
レイが彼を見ていく中で気になったのは、左の手の甲にある獣の牙のような紋様。それには見覚えがあった。
「貴様、その紋様…」
どこかで見たことはあるのだが思い出せない。
あともう少しのところで出そうだというのに、何かが引っかかっているかのようにいくら考えても出てこない。
「ああ、これは生まれつきなんだよ。俺もこれがなんだかわからない。…いや、そんなことどうでもいいんだ。アンタ…女か。何者なんだ」
顔を隠しているレイを女性だと断定できたのは鎧の胸部のあたりに膨らみがあったからだろう。
「――――」
「無言か? 今日は無口な奴が多いな。…と、アンタその剣は…」
フルデメンスも賞賛した黒い剣を見て、男は目を細めた。
「ちょっと、一人で先に行きすぎよ」
男の背後から薔薇色の髪の女が現れた。おかしなことに文字通り地に足をつけていない。浮遊している。
「あの子放ったらかしにしてよかったの?」
「爆破の能力はアヤトと相性悪いだろ。それに心配いらねえよ。どうせあいつがいる。少なくともアヤトが死ぬことはない。だから今は…」
薔薇色の髪の女と左手の甲に謎の刻印のある男の二人はレイ、そしてその奥にいるエレナへと目を向けた。
「目標だけじゃなくて、黒剣使いまでいるなんて運がいい。今日は土産が三つもある」