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赤と雷雨  作者: 芽生
9/11

初秋

キーヒがエナと恋仲になり、どうすれば良いのかと悩む話です。

その悩みの突破口はやはりエナなのです。

 窓から明るくなりつつある空を見る。いかづちはまだ眠っており、キーヒはこっそり溜息をつく。夕餉も心ここにあらずといった感じでほとんど喋らなかったので兄達は訝しげにキーヒを見ていた。対象的にアルデリアが何も言わず、いつにも増して機嫌良く食事を進めていたため、キーヒもそれに倣いぼんやりとしたまま食事をしていった。

 キーヒは眠れる気がしなかったので記録結晶を用いて戦の方法を学んでいた。夕餉のときと同じく、気も(そぞ)ろになってしまい内容が頭に入ってこなかったので、早々に学習するのを諦め、今日あったことを思い出していく。

 とりあえず、机に肘をついて頬杖にすると、頭に浮かぶのはエナの本当に嬉しそうな笑顔であった。

『それなら私達は両思いですね』

 喜悦に満ちた声でそう言われてしまえば、顔がにやけてしまうのも仕方がないだろう

(あのように嬉しそうに言われてしまえば、こちらも嬉しくなるのは当たり前か。それに俺は気付いていないだけで、長い間エナに対して恋をし、愛していたのだな。その想いが成就したのだから、これからも続くようにしたいものだ)

 ちらりといかづちを見ると、籠からはみ出して熟睡している。下手に触って起こすのも忍びないので、そのままにしておくことにした。キーヒのアラトスであるいかづちが幸福そうに寝ているということはキーヒ自身が幸福を感じているためであるのかもしれない。じんわりと胸の奥が温かくなるのを実感し、幸福を噛み締めているとアルデリアの使い魔が朝餉の準備が整った旨を告げに来た。

 キーヒはいかづちを抱き上げると食堂に向かう。いかづちは眩しそうに目を細めており、キーヒに甘えるように体を擦り付けてくる。そのような仕草にも(ほだ)されたからなのか、キーヒは少しだけ愛しさを感じている。いかづちにこのように甘えられたのなら、以前のキーヒだと邪険に扱っていたことだろう。だが、今ならエナのように情愛を持っていかづちと接することができている。

(これもエナのおかげかもしれんな。いかづちとの関係が良好なら、武器としての連携もできるかもしれない。ただ、それももう少しいかづちが大きくならなければ訓練もできそうにないかもしれない。それまで待つか?)

 キーヒの思惑とは裏腹にいかづちは食堂に着くなり地面に下りたそうにしたので下ろす。いかづちは家族が座っている椅子の間を駆け回っているので、

「いかづち、落ち着け!」

 結局キーヒが捕まえ、いかづちを膝の上に乗せることになった。いかづちは物足りなさそうに、

「きゅうん……」

 と、鼻を鳴らしている。アルデリアはいかづちのことが不憫に思ったのか、

「キーヒ、いかづちが走り回っても気にしないから下ろしてあげたら?」

「いえ、これも躾の一環です。膝の上は良いのかと思われるかもしれないですが、俺達の食事中に走り回るのは悪癖だと思いますから」

「厳しいわねえ。それなら隅の方に布に綿を入れたものを用意しておくから、そこをいかづちの定位置にしましょう!」

「そういうものを作ってもらえるとありがたいです」

 キーヒは母の提案に笑みを浮かべる。アルデリアは意外そうに目を丸くすると、慈しみを込めた眼差しでキーヒを見る。

「キーヒはエナちゃんと会うようになってから頻繁に笑うようになったわね。重畳重畳」

「そんなに笑うようになっていますか?」

「ええ、昨日はいかづちが大きくなっていて驚いたけど、二人の間で進展があったということなのでしょ。もう私はこれからが楽しみだわあ」

 キーヒは飲もうをした茶を吹きそうになったが、無理矢理それを飲み込んで咳き込む。どうやらアルデリアはキーヒとエナの間に何があったのか察しているらしい。父であるトルマは静かに食事を進めていっているが、わずかだが穏やかに口角が上がっているのをキーヒは見逃さなかった。

「なんだ? やっとキーヒはエナと恋仲になったのか?」

 キーヒが昨夜から浮ついていたのに合点がいったのか、キュリアはにんまりと目を細めている。キーヒは何も言い返せず、

「う……」

 と、顔を赤らめて言葉に積まるばかりである。膝の上のいかづちがキーヒを心配そうに見てくるので、それに慰められてしまうのは汗顔の至りである。

「よせ、キュリア。それ以上キーヒをからかえば、母上の矛先が我々に来るぞ」

「流石、ヒューリデン。そうね、キーヒにはエナちゃんがいるけど、兄である貴方達は浮いた噂がないじゃない。それはどういうことかしら?」

「いやはや、なんだかんだで細々と忙しいですから! それでは俺はもう行きますので!」

 キュリアは急いで朝餉を平らげると、アルデリアに何か言われる前に逃げるように食堂を出ていった。それを眺めているとヒューリデンも、

「ご馳走様でした」

 それだけを言うと食堂を出ていく。食堂に残ったのはトルマとアルデリアとキーヒといかづちだけになった。

「二人共痛いところを突かれたな。それなりの年齢と神格であるから、誰かしら娶るのも吝かではないと思っているのだが」

 トルマは鷹揚にそう言うと茶を飲んでいく。キーヒはその言葉を聞きながら、とりあえず出された朝餉を食べ終える。その間、いかづちはべったりとキーヒにくっついていたので、食事を進めるのは難しかった。これもアルデリアがいかづちの寝床を作ってくれるとのことなので、近い内に回避できることだろう。

「俺もそろそろ行きます」

「わかったわ。いってらっしゃい」

 アルデリアがひらひらと手を振り、トルマが手を上げてキーヒを見送る。キーヒはいかづちと共に自室に戻り、身嗜みを整えてから天気の宮殿に向かうことにした。

 そして、庭で龍神の姿になり、体を低い位置に持ってきていかづちが乗りやすいようにする。いかづちはなんとかキーヒの体をよじ登り、その背にへばりつく。それを感知したので、キーヒはいかづちが振り落とされないように防御壁を魔法で創りつつ、天気の宮殿へ飛んでいく。

 天気の宮殿に着くと、キーヒは体を低くする。すると、いかづちは軽やかに地面に下り立つ。キーヒはそこで人型になると、悠然と宮殿の中を歩いていく。だが、頭の中はある思考に取り憑かれていた。

(エナと恋仲になったが、本当に何をどうしたら良いのだ? エナは今までと変わらず過ごせば良いと言っていたが、それでは恋仲ではなかった頃と変わらない。そうなると、恋仲になった意味がないのではないか? だからといって、そのような浮ついた経験がないから、俺はどうすれば良いのかわからんからな……)

 キーヒにしては珍しく溜息をついてしまった。

「珍しいですね。キーヒ様が溜息をつかれるとは」

 小間使いが珍しいものを見たかのようにキーヒを見てくる。そして、キーヒの足元にいるいかづちに視線を移すと、

「キーヒ様のアラトスも大きくなりましたね」

 その言葉に含むものを感じて、

「何が言いたい?」

「いえ、キーヒ様の義務を全うされるのなら私は何も言いませんとも」

「……貴様、もしかしてエナの件を耳にしているな」

「あれだけ神界で騒がれていれば嫌でも耳に入りますとも。私はキーヒ様に仕えていますので、その娘について何か知らないのかと尋ねられたこともあるぐらいですから」

「そうだったのか。だが、私は神としての義務は果たすつもりだから安心しろ!」

「そうですか」

 夏の炎熱を思わせる力強い声音で断言されてしまい、小間使いはキーヒにはそれ以上小言は言わなかった。

 地図の間で小間使いと確認しながら雨や雷を魔法式を組んで調整する。その魔法式も見直して誤りがないのを確認する。

「今日の分の魔法式は完了した。私はこれで戻るぞ。今日は会議もないだろう?」

「ないですね。何か問題があれば、ご連絡致します」

「わかった」

 キーヒは意気軒昂に宮殿の出口を目指す。そこで龍神の姿になり、来たときと同じ方法でいかづちを背に乗せると自居に向かった。

 自居の庭に着くと、アルデリアの使い魔に水を持ってくるように頼み、それを一気に飲み干す。まだ昼間は暑いので喉が渇きやすくなるが、いかづちは庭に植えられた花を興味深そうに嗅いだり、休んでいる虫を追いかけ回して遊んでいる。

 それを横目に見ながら、キーヒは腰帯に差した鞘から剣を抜き、型やエナの動きを想像しながら剣技を鍛えていく。一通り鍛錬をして汗を袖で拭うと、まだいかづちは庭で飛んだり跳ねたり遊んでいた。時折、雷を出して虫を追い詰めているので、雷の扱い方をわかりつつあるのかもしれない。

(あのように雷を扱えているのなら、いかづちを訓練しても良いかもしれないな。最初は難しいかもしれないが、根気良く付き合っていくか)

 そのような結論に至る。そして、キーヒは庭の土から泥人形を魔法で創ると、それを指し示していかづちに話しかける。

「いかづちよ、お前の雷をあの泥人形に当ててみろ。できるか?」

「わん!」

 キーヒに頼まれて嬉しかったのか、いかづちはまだ甲高い声で一つ鳴く。そして、毛を逆立てて雷を出すと、それを収束させて泥人形に向かって一気に放つ。

「あ、待て! いかづち! その威力は──!」

 キーヒが収束された雷を見ていかづちを止めようとしたが遅かった。轟音を響かせて雷は泥人形を貫通し、家屋にまで雷の被害が出てしまった。キーヒはその場で頭を抱えたが、いかづちは何が悪かったのかわからないようで、困っている様子のキーヒを慰めるようにきゅんきゅん鼻を鳴らしながらキーヒの足元をうろうろしている。

「キーヒ!」

 トルマの一喝でキーヒはびくりと身を竦める。トルマの近くにはアルデリアや兄達がいるので、家族には被害が出ていないようである。

「これはどういうことだ?」

 トルマの静かな叱責を受けてしまい、冷や汗が背中から流れ落ちてくる。

(ここで虚偽の報告をしてしまえば父上の機嫌を損ねかねん……)

 腹を括り、深呼吸してから声が震えないように話し出す。

「これはいかづちも雷を出して遊んでいたため、少し訓練していこうと思い泥人形に雷を当てさせたのですが、思いの外威力が大きかったのです」

「そうか……。いかづちを訓練させたいと思う考えも理解できるが、いかづちはキーヒのアラトスだ。それならば、キーヒが制御するのが道理だ。好き勝手にさせてしまえば、このような結果になるのは自明だろう」

「はい……。その通りです」

 キーヒは言い返すこともせず項垂れる。いかづちはキーヒが落ち込んでしまい、より困ったのかぴったりとキーヒの足にくっついている。

「だが、まだ初回だからな。今回は仕方がなかろう。修繕は専門の神に頼んで進めてもらう。次からは用心するように」

「肝に銘じます」

「それじゃあ、お昼にしましょうか! 運良く食堂も破壊されていないから!」

 明るくアルデリアが提案すると兄達はさっさと食堂に向かう。キーヒもいかづちを抱えて食堂に向かった。食堂には既に他の家族が席に着いており、隅には柔らかそうな布団が置かれていたので、その上にいかづちを下ろす。いかづちは何度かくるくると回って居心地の良さそうな場所見つけると、体を丸めて大きな欠伸をした。

「俺達が食事している間はここにいてくれ」

「ひゃん!」

 キーヒに頼まれたことがよっぽど誇らしかったのか、甘えながらも嬉しそうにいかづちは鳴いた。

 昼餉を急いで食べ終えると、いかづちを連れて庭に出る。そこで龍神の姿になると、体を低くしていかづちを乗せる。いかづちが乗ったのを確認すると、キーヒは人界への門を創り、それを潜ってエナの居を目指す。

 エナの居の結界の隙間を通り、庭に着くと人型になる。ぐるりと庭を見渡すと木陰でエナが待っていてくれた。それだけで顔が緩んでしまいそうになるので、なんとか平静を装い顔を引き締めながら、

「暑いから中で待っておれば良かったものを」

「でも、いつも庭にいらっしゃるので、庭で待っていたかったのです。日向はさすがに暑いから日陰で待っていたので、そう目くじらを立てないでください」

「む……。とりあえず、(なれ)は無理をしていないのだな」

「はい、そこは大丈夫です。昨日、キーヒ様が仰っていた通信符の件ですが、私の工房に用意していますので、そちらまで来てくださいますか?」

「ああ、わかった」

 キーヒは自分の声が少し強張っていることに気付いてしまった。このようなわずかな変化をエナは見逃さないだろう。だが、何も言わずにエナはキーヒと共に工房に向かった。

 工房に入ると、そこに併設されている卓の上に複雑な文様が施された符が置いてあった。これがエナに頼んでいた秘匿性の高い通信符なのだろう。

(通信付は傍受されて会話が筒抜けになることもあると聞くからな。エナとの会話で使うだけだが、誰かにその会話を聞かれるのは恥ずかしいものだ。エナはもしかしてそこに気付いているのかもしれないが、そこを指摘しないのはやはり心地良いものだ)

 思慮に耽っていると、キーヒを見上げながらエナが説明する。

「この通信符は軍でも使用されている秘匿性が高いものです。また、この通信符があれば片割れの通信符の位置がわかります。だから、私とキーヒ様の互いの位置がわかるという優れものです」

「それは高性能だな。頼んでいてなんだが、それ程性能が良いのを使って良いのか? そのような通信符は神界でもあまり聞かないぞ?」

「ああ、大丈夫ですよ。私が戯れに作ったものなので。軍向けは別途ありますし、そちらは報酬をたんまり貰っていますから」

「案外、(なれ)も強かなのだな」

「ええ、これで生活をしていますし、技術を軽んじられないようにするのは工房長をしている私の役目でもありますから。そのため、私がいなくても工房の職人が武具を創り、無理なことを押し付けられないようにしています」

「確かにそれは必要なことだな。(なれ)の責任感が伝わる話だ」

 キーヒは納得すると、通信符を見る。それには左右に同様の複雑な文様が書かれてある。

「キーヒ様、今日は印鑑はお持ちになられましたか?」

「……忘れた」

 通信符はその特性上、使用者の印となるもので押印し、それを割符として使用する。最も簡単な方法が印鑑での押印なのだが、キーヒはエナとの関係について当惑していたため、印鑑のことはすっかり忘れてしまっていたのだ。

 キーヒが深い溜息をつくと、エナが励ますように、

「印鑑がなくても大丈夫ですよ。ちょっと痛いですが拇印でしましょう。そうすれば血の効能で秘匿性が増しますから、キーヒ様の要件はさらに満たすはずです」

「それならば、そのようにするか」

 キーヒは腰に差した鞘から剣を抜くと、その刃で親指の腹を浅く斬る。血が滲んだところで通信符の中央部分に拇印する。エナもそれに倣って短刀で浅く親指を斬ると、キーヒが拇印した箇所の下に拇印する。

 血が乾くのを待ってから、エナは通信符を拇印を分割するように半分に切る。その片方をキーヒに渡すと、

「先程、符の片割れの位置がわかると申しましたが、それはどれだけ離れていてもわかりますので便利かと。ただ、それ程離れることは滅多にないと思いますけどね。念の為、私は符を常に身につけておきます」

「そうかもしれんが、もしもの場合があるだろう? だから、その機能があっても良いと思うぞ。それに、だ。(なれ)がそのようにしてくれれば、我はそれを指標にして(なれ)を探せるから良いではないか。何か厄介なことがあるときはそれが役に立つだろう」

「そうですね。そう仰ってくれて嬉しいです」

 エナが春の日向のように温かな笑顔を向けてくるので、キーヒは思わず目を逸らしてしまった。

(まずい……。まだエナとどのように付き合って良いのかわからなくて、エナを見るのが恥ずかしいぞ)

 自分の愚行を晒す前に、懐に通信符を入れるとキーヒはエナに尋ねて話題を変える。

「今日はどうするつもりだ? 久しく”花畑”に行っていないから、そこに行かんか?」

「はい。そうしましょう」

(ん? エナの言い方が少し固い気がするが、気のせいか?)

 そのような疑問が浮かびつつも、キーヒ達は庭に戻る。キーヒは龍神の姿になると地面すれすれまで身を低くする。エナがいつものようにいかづちを抱いてくれたので安堵する。そして、エナがキーヒに乗って鬣を掴まれる感覚があった。

「乗れました、キーヒ様。いかづちも抱いていますから、これで大丈夫なはずです」

「いつもいかづちを抱いてくれて感謝する。それでは向かうか」

 キーヒは神界への門を創ると、それを潜って”花畑”を目指した。

 ”花畑”に着き、エナを下ろすとキーヒは人型になる。エナもいかづちを下ろすと、いかづちは嬉しそうに尻尾を振りながらエナとキーヒの間を走り回っていた。

 キーヒ達は”花畑”の中に入ると、

「わあ、やっぱりここはいつ来ても美しいところですね」

 エナが感嘆の声を上げるので、キーヒはエナを連れてきたことに満足していた。エナの方を見ようとすると、何故だが妙に顔が緩んでしまいそうになる。それでは神の威厳が保てないので、なんとか真顔になる。

 エナは久しぶりに”花畑”に来れたからなのか、じっくり花々を見て回っている。それについていかづちも花の匂いを嗅いでいる。

(エナが喜ぶことはしたいと思うが、それが恋仲になるということなのか? それは恋仲になる前から持っていた考えだから、あまり関係ないだろう。実際に恋仲になったら、何をすれば良いのだ? 俺は雨や雷の魔法式を組んだり、剣の鍛錬をしたりといったことしかやってこなかったから、色恋沙汰には明るくない。だからといって、誰かに相談することでもないかもしれない。そもそも、誰かにこのようなことを相談したくはない。さて、どうしたものか……)

 そのように思案していると、エナが振り返り、悲しみを抑えて無理に笑いながら、

「あの、キーヒ様。私は今日は戻りたいです」

「はあ!? 何故なのだ!?」

 エナの突然の言葉にキーヒは戸惑いを隠せなかった。エナはこの”花畑”が好きなはずだ。それなのに、来たばかりなのにもう帰るということは体調が悪いのかもしれない。

(先程の通信符で斬った傷が痛むのか? それで俺はエナに無理をさせてしまったのか?)

 そのような考えがぐるぐると頭を巡っている。とりあえず、疑問を言葉にしようと慌てて、

(なれ)はもしかして先程の斬った傷が痛むのか!? それで無理をしているのか!?」

「いえ、その痛みはもうないです」

「それなら、何故なのだ!?」

「キーヒ様が今日お会いしてからずっと思い煩われているようなご様子ですから。だから、私がいない方が考え事も捗られますでしょうし……」

 沈んだ顔でそのように言われてしまい、キーヒは胸の奥を何度も刺されるような痛みに襲われる。キーヒはこの痛みをこれ以上味わいたくないので、エナに考えていたことを恥ずかしいが告げることを決心した。

「……実はな、(なれ)と恋仲になったのだが、それで(なれ)とどのように接すれば良いのかわからなくて悩んでいたのだ。今までと同様であれば恋仲である必要性もないが、だからといってどのようにすれば特別な扱いになるのかわからなかったのだ」

「そこを気にされていたのですね。私はいつものようにキーヒ様と過ごせれば良いと思っていますから、そのようにしませんか?」

「それでは以前の関係のままではないか。それで恋仲だと言えるのか?」

「気にされていることは理解できます。それなら──」

 エナは顔を赤らめてしまい、言葉を紡がないでいる。それを不思議に思い、

「どうした? 何か言いたいのだろう?」

 エナはようやく小声で、

「その、キーヒ様と手を繋げられたら、嬉しく思います……」

「手を繋ぐ……!」

 キーヒもその言葉を聞いて顔を赤らめてしまう。神である自分が異性であるエナと手を繋ぐのは恥ずかしさもあるが、エナとの関係を顕示しているようでエナが不快になるのではないかと危惧している。だから、念の為確認することにした。

「その、(なれ)は良いのか? 我も(なれ)も手を繋ぐのは初めてだから恥ずかしさはあるだろう。だが、それよりも恋仲であることを周囲に顕示して(なれ)が不快な思いに遭遇しないか心配なのだ」

 エナはその言葉を聞いて柔らかく地を照らす日差しのような笑顔で、

「そのようなことを心配されていたのですね。私は大丈夫ですよ。その、街中で恋人同士で手を繋いでいるのを見かけて少し羨ましかったのです。私は恋仲になる方ができるのを諦めていましたが、今はキーヒ様がいらっしゃいます。だから、手を繋ぐのをキーヒ様とできたらと思っていたのですが……」

「わかった! 手を繋ぐぞ!」

 エナがキーヒの方に手を伸ばしたので、キーヒは観念して強くエナの手を握る。そうすると、自分が耳まで熱を持っているのがわかる。エナも恥ずかしそうではあるが、それよりも嬉しそうに笑ってくれながら、

「ありがとうございます、キーヒ様」

「……ああ」

 エナとキーヒが手を握りあい、”花畑”の中を散策していった。その後ろを気分良くいかづちがついて歩いていた。

 しばらく花を鑑賞しながらそのように歩いていると、エナが何かを思い出したらしくキーヒに言葉をかける。

「そういえば、昨日アルデリア様が神界に来ることがあれば家に寄ってほしいと仰せになっていました」

「母上が? それならば、我の居に向かうか? だが、今日はまだあまり”花畑”を見て回れていないだろうから、(なれ)の好きにして良いぞ」

「それならキーヒ様の居に伺いたいです。”花畑”は明日も来れるでしょうが、キーヒ様の居には伺ったことがないですし、これからも行く機会はあまりないでしょうから」

「そうか、わかった。ただ、(なれ)が我の居に来たければ、いつ来ても構わんがな。それではここから出るとするか」

「はい」

 キーヒ達は”花畑”の門を出る。そこでキーヒは龍神の姿になり、ここに来たときと同様の方法でいかづちを抱いたエナが乗ると、ゆっくり上昇してキーヒの居に向かった。

 キーヒの居に着くと、庭でエナ達を下ろす。エナは自分の居の庭と異なる神界の庭を興味深そうに見ている。だが、ある一角を見ると、驚愕でびくりと体を震わせた。

「どうしたのだ?」

 キーヒは人型になり、エナの視線の方を見ると納得した。そこはいかづちの雷が壊した部分であった。キーヒは気不味そうに、

「ああ、あそこはな、我が鍛錬をしていたとき、いかづちも訓練した方が良いだろうと思い雷を泥人形に当てたのだが、泥人形を貫通してあの一角を破壊したのだ」

「え!? いかづちにそのようなことをさせたのですか!?」

「そうだが、何か問題があったのか?」

「いかづちはまだ幼いですから、キーヒ様の言葉を受けてキーヒ様が喜ぶだろうと全力でやるに決まっているじゃないですか! キーヒ様のことですから、いかづちの能力を抑えようとしなかったですよね?」

「う……。その通りだ」

「能力の制御はキーヒ様経由でいかづちにやって覚えさせないといけないのですよ。そこを怠ったらこのような結果になるのは当たり前です!」

「そこまで言わなくても良かろう……。父上にも同じことを言われたしな。それに我もいかづちの訓練は初めてだったのだから仕方あるまい」

「それなら、まずは創具師である私と相談してからやってください! いかづち、自分の力に驚かなかった? 大丈夫?」

 言い合いをしている間、おろおろとエナとキーヒの間を行ったり来たりしていたいかづちをエナは抱き上げると優しく抱擁する。その様は子を労る母そのものであった。いかづちはエナに抱きしめられて嬉しいのか、顔をエナの体に擦りつけていく。それを見てじくりと胸の中に嫉妬が広がった。

(く、いかづちめ……。俺でさえエナを抱きしめたことがないというのに。羨ましいぞ、まったく)

 八つ当たりとしか思えない感情が湧き、キーヒはエナに見えないようにこっそり嘆息する。このような神としての威厳もなく、男としても格好の悪い姿をエナに見せるのは憚られた。

「庭から声がしたから誰かと思ったら、キーヒとエナちゃんじゃない」

 アルデリアが自室から出てきて庭にやってきた。エナはアルデリアに礼をし、にこやかな笑みを浮かべると、

「お邪魔しています、アルデリア様。昨日、神界に来たら伺うことを約束していましたから……」

「あら、こんなに早く約束を果たしてくれるなんて優しいわね。それじゃあ、エナちゃんはこちらにいらっしゃい。キーヒは自分の部屋で待っていなさいな」

 アルデリアはエナの肩を持って押していく。どうやら、エナをアルデリアの部屋に連れて行くようである。

「わかりました。どのような約束をしたのかはわかりませんが、部屋にいますので用事があれば呼んでください」

 キーヒはエナからいかづちを受け取り、エナとアルデリアを見送る。

「きゅうん……」

 いかづちはエナと離れたためか、名残惜しそうに鼻を鳴らしていた。いかづちの寂しさを誤魔化しながら、キーヒは自室に向かった。


*****


 アルデリアの部屋に連れて行かれると、飾られている装飾品や壁に描かれている文様が瀟洒であるので、アルデリアとその夫であるトルマの趣味の良さが伝わってくる。アルデリアによって鏡の前にある椅子に座らせられ、少し緊張した面持ちの自分が鏡に映るのを見て苦笑してしまった。

「どうしたの、エナちゃん?」

「いえ、緊張している自分を見ることになるとは思っていなかったので、少しおかしく感じてしまったのです」

「エナちゃんの家も名家だから鏡ぐらいはあるでしょう?」

 アルデリアは櫛で優しくエナの髪を梳きながら不思議そうに話しかけてくる。エナはアルデリアが可愛らしい勘違いしていることに気付き、

「私用の鏡もありますが、簡単に髪や身嗜みを整えるのに使うくらいですね。儀式で髪を結ったり化粧をしたりしますが、そうではなくただ綺麗に見せるためだけに髪を結うのは幼い頃に母にしてもらったぐらいなので、改めてこのようにされると少し緊張してしまったのです」

「そうだったのね。それなら、今日はエナちゃんが満足するような髪型にしてあげるからね!」

 アルデリアの力強い言葉はキーヒを想起させるので、やはり親子だと実感するエナであった。

(綺麗に髪を結ってもらえたら、キーヒ様も喜んでくれるかな? そうだったら嬉しいな)

 年相応の乙女らしい期待で胸を膨らませながら、アルデリアに髪を弄ってもらう。アルデリアは感心したように、

「エナちゃんの髪は少し柔らかくてふんわりとした癖があるから可愛いわね。腰もあるから、綺麗に纏まりそうだわ」

「でも、雨が降ると癖が変なふうに出るので困りますけどね」

 髪の欠点を少し辟易とした笑みを浮かべながら零してしまった。そのため、キーヒが知らずに降らせていた長雨の間は髪が纏まらなかったので、困却していたエナだった。それをキーヒに言ってしまうと、キーヒが傷心してしまうのが目に見えているので胸に仕舞っておくつもりだ。

 エナの機微を見抜いているのかわからないが、アルデリアは慈愛を込め、

「そうなの? それなら、キーヒが長雨を降らせていたときは大変だったでしょう……。触っていて思うのだけど、エナちゃんの髪は本当に綺麗ね。これなら結い甲斐があるわ。あ、エナちゃんは可愛いのと綺麗なのはどちらが良いかしら? どちらもできるわよ!」

「それなら綺麗でお願いします」

「わかったわ」

 アルデリアは慣れた手付きでエナの髪を編み込んでいく。その手際の良さを眺めながら様々なことを思い出す。

 人に髪を結ってもらうのは儀式以外では幼い頃に母にねだって編んでもらったり結ってもらったりしたことぐらいだ。ある程度エナが成長すると、実の娘ではない自分は親に迷惑をかけてしまってはならないと思い、自分で結うことにした。だが、エナは練習してこなかったからか、そのような手先の器用さはあまりなかった。だから、自分で髪を結っても簡単に結えるものばかりしてしまい、代り映えしないものだった。

 そのため、武具の材料の仕入れでたまに街に出ると、同年代の娘が綺麗に髪を結っているのが羨ましかった。そして、そのような美しさは自分の役目や仕事には求められていないと早合点してしまっていた。

 だが、キーヒと恋仲になったのもあるが、それより前からキーヒと会うときに髪を梳いたり、簡単に結ったりするだけでは、ほんの少しだけ恥ずかしさがあった。だが、キーヒがすぐにやって来たり、自分の不器用さもあったりして髪を結えないでいた。今アルデリアが魔法のように髪を結っていくのを見ていると、母や侍女に頼んで結ってもらうのも良いのではないかと思うようになっていた。

(侍女は私のことだからやってくれそうだし、母様も久しぶりに私の髪を結えるのを楽しんでくれそうだし、今度頼んでみるのも良いかもしれない。断られたらそれはそれで諦めもつくし)

 そう考えると肩肘張って生きていかなくても良いのではないかと思えるようになり、エナは少し気持が楽になった。

(アルデリア様なら答えてくれるのかな?)

 そのような疑問が頭を過る。キーヒが疑問を持ち、エナが誤魔化していた事柄をアルデリアなら答えてくれるのではないかと期待して問いかけてみることにした。

「あの、アルデリア様」

「なあに?」

「キーヒ様にも言われたのですが、恋仲になったらどのようなことをしていけば良いのでしょうか? 私はキーヒ様と今までのようにお付き合いできれば良いと思っていたのですが、キーヒ様がそれでは恋仲になった意味がないのではないかと仰せになっていました。それもわかるのですが、街で見かけた恋人のように手を繋いでみたら緊張してしまってあまり話せなかったのが少し寂しかったのです」

「そうねえ……」

 アルデリアは手を止めて思案する。思ったよりも永く考え込むアルデリアの姿を見てしまい、エナは内心焦っていた。

(私、もしかしてものすごく失礼な質問をしてしまったのかな? それだったら申し訳ないことをしてしまったかも)

 その焦りのままエナは言葉を紡いでしまう。

「申し訳ありません、アルデリア様! 変な質問をしてしまいまして! 先程の質問は忘れてください!」

「大丈夫よ、失礼なことではないから。でも、キーヒが疑問を持つのは当たり前よね。あの子、恋愛経験ないから。手を繋ぐのを提案したのはエナちゃんから?」

「そうです。……キーヒ様から手を繋ぐことを提案したとは思われなかったのですか?」

「あの子、恋愛ごとの知識というか作法はからっきしだからね。だから、手を繋ぐことすら頭に浮かばなかったと思うから、エナちゃんが言ったのだと思ったの」

「なるほど」

「キーヒとエナちゃんはね、キーヒの性格からしたら順序が逆なのよ。それでキーヒが無駄に混乱しているのだと思うわ」

「逆、ですか?」

「そう、逆」

 アルデリアは気分良く再びエナの髪を結い、纏め始める。手を動かしながらも、アルデリアはエナの疑問に答えていく。

「キーヒの性格上、ある程度想いが通じ合って恋仲になり、それから関係を深めていけば、そのような疑問を持たなかったのだと思うの。でも、元よりキーヒとエナちゃんの心の繋がりはとても強固で愛情深いもので、恋仲になって深める関係がキーヒの想定よりも深すぎているのよね。エナちゃんの話だとキーヒはエナちゃんと手を繋ぐことをしてきていないから、それに対して初々しい態度をとってお互いに緊張してしまったのでしょう。それがエナちゃんの求める心地良い関係から離れているから、エナちゃんの中で蟠りができているわけ。でも、それも時間が解決してくれるわ。だから、私はそのままの関係を続けていって、誰かの前で触れ合うことにも慣れていって、さらに絆を深めていって良いと思うの。それにキーヒとエナちゃんって恋仲になる前は全く触れ合うことがなかったわけじゃないでしょ?」

「そうですね。私から触れることはほとんどなかったですが、誰かの目がなければキーヒ様は触れてくることは時折ありました。私、キーヒ様に触れられるの好きですし、触れるのも好きなんだと思います」

「だから、エナちゃんとキーヒだけでいるときは大丈夫よ。ただ、他の目があると緊張するだけだから。それに未来の話もしているのでしょ?」

「未来……。ああ、今日あまり”花畑”を見て回らなかったので、明日も”花畑”に行く話はしましたよ」

「うーん、そういう未来じゃなくてね。もっと先のことよ。婚姻のこととかこれから先どのように暮らしていくとか」

「その話は出ました……」

 エナはわずかに表情を曇らせる。アルデリアは意外そうに、

「未来の話が出ているのなら大丈夫でしょ。エナちゃんは何を落ち込んでいるの?」

「私、自分の中にある懊悩をキーヒ様にまだ話せていないのです。キーヒ様は自分達の間に蟠りがあっては一緒に暮らしにくいだろうと仰って、それを話すまで娶らないとも仰っていました」

 エナは今にも泣きそうなのを必死に押し留め、無理をして笑顔を鏡越しにアルデリアに向ける。アルデリアはエナを安心させるように柔和に語りかける。

「ああ、そういう頭の硬いところはキーヒらしいわね……。エナちゃんはまだ話す勇気が湧かない?」

「はい……。話してキーヒ様に見限られるかもしれないと思うと怖くなるのです。だから、まだ話せていません……」

「エナちゃんから見て、キーヒはエナちゃんの懊悩を知って見限るような神に見える?」

「それは……」

 鏡越しにアルデリアに見つめられ、エナは視線を逸らす。エナ自身もわかっているのだ。キーヒはそのようなことで愛するエナを傷つけるような真似をする訳がないと。それでも、わずかにあった猜疑心がいつの間にか純化の影響なのか肥大化してしまっているのだ。その浅ましさをキーヒに見せることに恥辱を感じてしまい、エナは未だに話せないでいる。

 アルデリアはエナの肩をぽんと優しく叩く。突然のことに驚くエナだが、にこやかにアルデリアは話を続ける。

「とりあえず、結い終わったわ。いつもと雰囲気が違うから新鮮だと思うわよ。ああ、エナちゃんが言葉に詰まるということは、そうは基本的に思っていないということなのよ。それに、私ともその懊悩をキーヒに話してくれるって約束してくれたでしょ?」

「はい。キーヒ様にも必ず話すとも約束しました」

「それなら良かった。なにせ、エナちゃんは約束を守る子だから、キーヒに話してくれると信じているわ。本当に手遅れにならないうちに話してね」

「はい……」

 アルデリアの言葉を受けて鏡を見てみる。そこには美しく髪を結い上げられているが、暗い目をしている自分がいた。

(こんなに綺麗に結ってもらったのに、私は自分のことで落ち込むなんて嫌だな。話すのはやっぱり怖い。怖いけど、今はこの綺麗になっている私をキーヒ様に見てほしいから気持を入れ替えよう)

 深く息を吸い、吐く。これで気持は落ち着いた。改めて鏡を見ると、少し緊張している自分がいる。アルデリアが言う通り、綺麗に髪を結い、纏められているので、普段の自分とは雰囲気ががらりと変わっている。

(綺麗で頼んだら、少し大人っぽく見えて嬉しいな。これだとキーヒ様も喜んでくれるかな?)

 キーヒに会うことを今から楽しみにして、自然と笑顔が零れる。エナがキーヒと出逢い、大きく変わったのは笑顔の頻度が増えたことだ。それまでは血の繋がっていない両親のために、自分でやれることはやっていた。また、工房長も務めるので周囲との折衝や職人への指導もあり、精神的に背伸びをせざるをえなかった。だが、キーヒと共に過ごしていると、背伸びをせずにお互いに尊重し合える関係が心地良く、尊い時間であることを理解している。だから、エナはその時間を大切にしていきたいのだ。自分の懊悩を話すのを先延ばしにしているが、まだ自分は正常でいられると根拠のない自信がある。それもキーヒがエナの中で正常でいられるための(くさび)となっているからだ。

(だから、私はまだ大丈夫。本当に駄目だと思ったら、そのときに話そう。そうすれば、色々と諦めもつくかもしれないしね)

 吹っ切れたのかエナの笑みはとても美しいものとなった。それを見届けて、アルデリアは繊細な細工が施された箱を持ってくる。

「それじゃあ、髪飾りもつけましょうね」

「え、これで終わりじゃないのですか?」

「当たり前でしょ。髪飾りを付けて綺麗に見せないと勿体無いじゃない。それに綺麗になったエナちゃんを見たら、キーヒも惚れ直すかもよ」

「そうなってくれれば本当に嬉しいです」

 アルデリアに箱を渡されると、確かにその箱の中には様々な色形の髪飾りが入っている。どの髪飾りもエナから見たら素敵なものばかりで目移りしてしまい決め手に欠ける。

 エナが箱を抱えたまま困っているのを見かねてアルデリアが助言をする。

「エナちゃんは何色が好き?」

「そうですね……。やっぱり赤だと思います」

「赤ならこの辺りかしら」

 エナが抱えている箱からいくつか髪飾りをアルデリアは引っ張り出す。それを卓の上に並べる。どの髪飾りも可愛らしく、綺麗に見えてしまい迷ってしまう。アルデリアはエナから箱を貰うと片付け、再びエナの後ろに座る。

 エナは瞳を煌めかせながら率直に、

「どの髪飾りも綺麗で良く見えてしまい迷ってしまいますね……」

「それなら一つずつ髪に付けていって気に入ったのを教えてね」

「わかりました」

 一つ目は大輪の花を象った髪飾りだった。それを付けると一気に華やかに見えた。

 二つ目は小さな花が直線的に並んでいるように配置された髪飾りだった。それを付けると品良く見えた

 三つ目は中くらいの花飾りに垂れ飾りが付いた髪飾りだった。それを付けると可憐さが際立つように見えた。

 エナは三つ目の髪飾りが自分の雰囲気に似合い、大人びて見えるのでそれを付けることにした。アルデリアは娘に語りかけるように慈愛を込め、

「エナちゃんはどの髪飾りも似合っていたけど、それを選んだのね。垂れ飾りが良い雰囲気を出してくれるでしょ?」

「はい、これが素敵に思えましたから。私は学舎にも行っていないので世間知らずな部分があるので幼く扱われることが多いのですが、この髪型にこの髪飾りを合わせると大人っぽく見えて好きなのです」

「そうなの? エナちゃんはしっかりした娘だと思うわよ。人界の世間を知らないかもしれないけど、エナちゃんの工房長としての功績や礼儀作法については神の間でもたまに話題に出てるのよ。そのとき皆口を揃えてきちんとしていると評価をしているわ」

「そうなのですか? あまりそういう話を耳にしないので嬉しいです」

 エナが照れて笑うと、それにつられてアルデリアも嬉しそうに笑う。アルデリアはぱん、と手を一度叩く。

「それじゃあ、キーヒの部屋に行きましょう! キーヒもエナちゃんの姿を見て可愛いと言ってくれるはずよ!」

「キーヒ様、案外恥ずかしがり屋な部分があるから言ってくれない気がしますが……。でも、似合っていると一言でも仰ってくれたら、とても嬉しく思います」

「ああ、確かにそういう部分はあるかも……。でも、私はエナちゃんが綺麗になったと思っているからね!」

「アルデリア様にそのように仰ってもらえるだけでも嬉しいです」

「ふふ、嬉しいことを言ってくれるわね。そういう可愛げがあるからエナちゃんは良いのよ」

「そうなのですか?」

「そうよ。その素直さは美徳だから失わないようにね」

「はい」

 エナとアルデリアはそのように仲良く喋りながらキーヒの部屋に向かった。


*****


(つまらんな……。やはりエナと話しているときが一番心地良く感じる。母上とエナの仲が良いのは随喜であるのだが、俺を放っておくのは筋違いな気がするぞ)

 することもないのでキーヒは自室で記録結晶を用いて戦について学んでいたが、気も(そぞ)ろである。そのせいで内容がほとんど頭に入ってこないので、早々に切り上げて卓に突っ伏す。ちらりと横を見ると、いかづちは籠の中で体を丸めて寝ている。

(いかづちのあの無邪気さが羨ましいな……。それにエナに抱きしめられるなど、俺もまだ経験していないのだぞ)

 エナがキーヒの背に乗るときにいかづちを抱いて乗るのには目を瞑ることができる。それはいかづちがまだ小さい頃にキーヒがエナに頼んだからだ。今ではいかづちは自主的にキーヒの背に乗って移動することもできるので、エナがわざわざ抱く必要もないのだが、エナの習慣として身についてしまっているのだろう。それは理解できるので、あまり気にしてはいない。

 だが、今日はキーヒを責め、慰めるようにいかづちを抱いたときには醜い嫉妬に身を焦がした。エナはいかづちをまだ幼いと思っているから、いかづちが傷つかないように慰めたのだろう。それが羨ましかった。羨ましくて仕方がなかった。自分が幼子だったら、その見た目でエナの慈愛を手に入れることができたかもしれない。だが、今のような関係にはなれなかったはずだ。

(だから、これで良いはずなのだが……。エナもいかづちに甘い気がする。性根が穏やかで優しいから仕方がないのだろう)

 キーヒはじっといかづちを見ている。いかづちはぐっすり眠って夢を見ているのか、時折四肢を動かしている。それを見ていると、何もかもどうでも良くなって蟠りがなくなる気がした。

 こつこつと扉を叩かれる音がした。

「はい」

「キーヒ、エナちゃんの髪を結い終わったから来たわよ」

「わかりました」

 卓から体を引き剥がすと、キーヒは浮ついた足取りで扉に向かう。

(エナに会えるのだから気分が高揚するのは当然だな。しかし、母上に髪を結ってもらっていただけのわりには時間がかかっていたな?)

 キーヒがそのように考えながら扉を開けると、少し恥ずかしそうだが、嬉しそうに笑うエナがいた。その髪は美しく結い纏められ、程良い大きさの赤い花に垂れ飾りがついた髪飾りを差していた。その髪型は大人びて見え、髪飾りのおかげでエナの可憐さが強調されていた。エナが化粧をせずに髪型だけでこれ程印象が変わるとは思わず、無意識にエナを凝視してしまう。

(このまま見続けていたいが、それもエナに対して失礼に当たるかもしれない。それにしてもこれ程綺麗になるとはな……。見違える程だ)

 そのように思いながら、エナを見続けたい葛藤を抱えた末、わずかにキーヒはエナから視線を逸らす。

 エナはそれを見てくしゃりと顔を歪めて泣くのを必死に我慢しながら、

「ごめんなさい。似合っていなかったですよね。すぐに髪飾りも外して、髪も解きます」

 エナはすぐに髪飾りを抜こうとするのを慌ててキーヒはその手を握って止める。

「いや、似合っていると思うぞ! それにここまで美しくなるとは思わなかったから見続けたかったのだが、それは(なれ)に対して礼を欠く態度になるのではないかと思ってしまったのだ」

 必死になって弁明をするキーヒの瞳を心細そうにじっと見つめながらエナは弱々しく、

「それではこのままで良いのですか?」

「ああ、勿論だとも。(なれ)を傷つけるような真似をしてしまい、すまなかった」

「キーヒ様に似合っていると仰ってもらえただけでも嬉しいです」

 エナは悲しみが吹き飛んだらしく破顔している。その笑顔と言葉にキーヒは年甲斐もなく照れてしまう。その笑顔はキーヒからしたら春陽の温かさを持つものだ。その笑顔を見ているだけでキーヒの胸の内も温かくなるというものである。

「キーヒ、もう少し素直にエナちゃんを褒めなさいよ……。エナちゃんはキーヒに褒めてほしいから綺麗に結ったのに、その気持を踏み(にじ)るような態度をとるのは駄目でしょ。それにキーヒの方が年上なのだから、そこは余裕を持ちなさい」

 呆れながらアルデリアはキーヒに苦言を呈する。キーヒは悄然としながら肩を落とす。

そのようなキーヒの肩をばしばしとアルデリアは叩くと、

「それじゃ、使い魔にお茶を持って来させるから、二人はゆっくりしていなさいな」

 ひらひらと手を振りながらアルデリアはキーヒの部屋の前から去っていった。キーヒとエナはそれを見届けると、

(なれ)も部屋に入るだろ? いかづちが寝ているから、あまり大声で話せないが構わないか?」

「はい、大丈夫です」

 キーヒは卓の前にある椅子にエナを座らせる。自分もエナの対面になるように椅子を持ってきて座る。すると、むくりと体を起こして寝ぼけ眼でいかづちがこちらを見てきた。そして、エナとキーヒが揃っていることが余程嬉しいのか起き上がると、二人の足の間を行ったり来たりしてじゃれていた。それをエナが楽しそうに見ているのをキーヒは温和な気持になりながら眺めていた。

 扉が叩かれたので、キーヒが扉を開ける。そこにはアルデリアの使い魔が茶と茶器を乗せた盆を持って立っていた。キーヒはそれを受け取ると卓に置く。エナが茶をそれぞれの茶器に注ぎ、茶器に口をつける。その上品な所作に見惚れていると、エナが首を傾げながら、

「どうかされましたか?」

「いや、(なれ)の所作が美しかったから見惚れていたのだ。(なれ)は人の中でも育ちが良いのだな」

「そうかもしれないです。両親からそういった躾は厳しくされてきましたので。それで小さな頃は理不尽に思っていましたが、今思えばそうしてくれたおかげでキーヒ様に褒められるので必要なことだったのだと思えます」

「そうか」

 キーヒは素っ気なく同意すると、部屋の中は沈黙に包まれる。何か話したほうが良いのではないかと思ってしまうのだが、如何せん話題がほとんどない。どうすれば良いのかわからず、ちらりとエナを見る。エナはいかづちを見たり、こちらを見てきてくれる。その瞳には情愛が込められており、見られるだけで居心地が良かった。

 だからなのか、するりと考えていたことを言葉にできた。

(なれ)は我と恋仲になっても、接し方が変わらぬのだな」

「そうですよ。”花畑”でも申しましたが、いつも通りにキーヒ様と接するのが私にとって最も心地良い時間なのです」

「我は(なれ)と恋仲になり、どのように接すれば良いのかわからなくなっていたが、本当に今まで通りで良いのか? 恋仲になったのだから、何か特別なことをした方が良いのかと思ってしまうのだが、その方法もわからないのだ……」

「私は良いと思っていますよ。キーヒ様もそちらの方が宜しいかと思ってそのように接してきたのですが……。ああ、でも手を繋ぐのはもしかして嫌でしたか?」

 エナが瞳にわずかに悲哀に沈んだ色を滲ませたので、キーヒはぶんぶんと首を振り、思ったままの言葉を述べていく。

「そのようなことはない! (なれ)に触れることはあったが、あのように誰かの目があるところで手を繋ぐのはまだ含羞がある! だが、それも慣れるとは思っている!」

 エナはその言葉に安心したのか、安堵の笑みを浮かべ、

「私もちょっと恥ずかしかったですが、キーヒ様と手を繋げて嬉しかったですよ」

「そうか……」

 妙に喉が乾くのでキーヒは茶を一気に飲む。エナも言いたいことを言ったからなのか、優雅に茶を飲んでいる。

(俺はエナといるのに緊張しているのか? 前はそうではなかったのに、恋仲になったからといって態度を変えるのが問題だったのか?)

 茶を飲みながら、そのような疑問が頭の中をぐるぐると巡っている。エナは以前と同じ関係であれば良いと言っているが、折角恋仲になれたのだから特別なことをしてあげたいとも思ってしまう。その肩肘張った状態をエナに見透かされてしまい、何度も同じことを言われているのかと思うと情けなくなる。

 エナが茶器を置き、思い出したようにキーヒに話しかける。

「そういえば、父と母にキーヒ様とのことを話したら喜んでいました。婚姻も私が納得しているから、キーヒ様さえ良ければ、いつでもしても良いでのはないかとのことです」

「そうか。我はまだ家族には話しておらんからなあ」

「あ、アルデリア様にキーヒ様と恋仲になったことを話してしまいました。てっきり、キーヒ様も話されていると思ったので、少し相談をしたのです……」

「それはもう母上経由で家族に知られるな……。それも構わんか。家族からは(なれ)を娶ることを急かされるだろうが、昨日話した通り(なれ)の懊悩を話さない限りは娶るつもりはないからな」

「わかっています」

 エナが悲しげに笑ったので、ちくりと胸に痛みが刺さる。それでも、その考えはお互いに納得し約束したことなので、エナも反故するつもりはないだろう。

(そのような表情をするくらいなら、さっさと話して楽になれば良いのだがな。まあ、それができたのなら、このように変に気を遣う性格になっていないか。エナは約束を守る娘であるから、話してくれるだろう。それがいつになるのかはわからないのは実に辛いな)

 短気な面もあるキーヒはいつまでも待たされれば嫌気が差すのではないかと思ってしまう。そのような感情をエナに対して持ちたくないので、早めに話してほしいと考えている。

(ん? そういえば──)

 エナの言葉で引っかかることがあったので、キーヒは何の疑いもなく聞くことにした。

「母上に相談をしたと申していたが、何を相談したのだ?」

「キーヒ様が恋仲になったのだから、何か特別なことをしなければならないと思っているようでしたので、どのようなことをすれば良いのかと訊いたのです」

「そういうことか……。確かに我から母上に訊くには恥ずかしくてできんことだな。それで、母上はどのようなことを仰っていたのだ?」

「キーヒ様は順番が逆だから混乱していると」

「逆?」

「はい。恋仲になってから絆を深めていくのがキーヒ様にはわかりやすいだろうと。ですが、私達は絆をかなり深めてから恋仲になったので、キーヒ様が混乱しているのではないかと。婚姻のことも話に出ているぐらいですので、私達の仲は良いとは思っています。だから、今までのように話したり触れ合ったりして、さらに絆を深めるのが良いのではないかと仰っていました。私はそのようにできれば嬉しく思います」

「そういう意味で逆なのか。確かに、恋仲になってから少しずつ絆を深められれば、わかりやすく(なれ)と恋仲になれたかもしれぬな。だが、実際にはこのような関係になってから恋仲になって混乱しているのか。それなら、我も気負わずに(なれ)と接していけば良いのか」

「何度も申していますが、そうだと思いますよ。それがお互いに心地良い関係だと思いますから」

「そうだな。恋仲になったからと、妙に緊張して(なれ)と接していて悪かったな。これからは、今までのようにしていくつもりだ。……(なれ)さえ良ければ、手を繋ぐことは吝かではないしな」

「それなら、これからも手を繋いでくださると嬉しいです。まだお互いに緊張してしまうでしょうが」

 はにかむようにエナは笑ってくれている。キーヒも温和に笑うと、

「そうだな。(なれ)と手を繋ぐときは緊張するだろうが、(なれ)としか手を繋がんから、そこは容赦してくれ」

「私もそのつもりです。ああでも、アルデリア様は触れることに抵抗がない方なので、それで手を握られることはあるかもしれないです。なんというか、アルデリア様は私のことを自分の娘のように可愛がってくださるので。昨日は私を抱きしめて慰めてくださいましたから……」

 そのときのことを思い出したのか、エナは温柔な笑みを浮かべる。キーヒはその笑みを複雑な気持で眺めていた。エナが喜んでいるのはこちらも喜ばしいのだが、母であるアルデリアに先を越されている気がしてしまい索漠としたものを感じてしまうのだ。

(女同士だから話せることもあるのだろうが、エナには俺を一番に頼ってほしいものだ)

 それを言えばエナは沈痛な面持ちになるだろう。そのようは顔は見たくないものである。だから、キーヒは短気を抑えてエナが話せるときが来るのを待つのだ。

 このような感情を気取られないように、キーヒは穏健に、

(なれ)が母上と交流を深めるのは喜ばしいことだ。(なれ)も忙しいだろうが、母上の相手を気が向いたときにしてくれるとありがたい」

「アルデリア様も私のことを気に入ってくださっているようですし、私もアルデリア様のことが好きですから、そのように仰ってもらえて嬉しいです」

 エナの『好き』という言葉にどきりと胸が震える。その言葉は自分だけに向けられる特別な言葉だと思っていたが、エナはそうではないらしい。

(いや、そこに含められている意味は俺と母上との間では異なるだろうが、やはり良い気分にはならないな……)

「どうかされましたか、キーヒ様? 眉間に皺を寄せて考え込まれていますが……」

「ああ、そうだな」

 キーヒは考え込む。

(エナに正直に言ってしまえば良いだろうが、このような浅ましい感情を持っていると知ってしまえば落胆させてしまうかもしれん。それは嫌だぞ)

 じりじりと妬み嫉みの炎が己を焼くのが煩わしい。自分はいつも直情的に動いていたではないか。

(ええい、ままよ!)

「なあ、一つ頼みがあるのだが」

「なんでしょう?」

「その『好き』という言葉を我以外に使ってほしくないのだ……。もちろん、母上に対して言っている意味と我に対して言っている意味が異なるのは理解している。理解しているのだが、嫉妬してしまうのだ……。おそらく、母上が我よりも(なれ)の事情を知っていることや頼りにされていることが起因しておるのだと思う。だから、もっと我を頼ってほしい……」

「そういうことなのですね。あの、結局どちらが頼みなのでしょうか? キーヒ様だけにに『好き』と言うことですか? それとも、キーヒ様に私がもっと頼ることですか?」

「う、それは……」

 キーヒは思案する。『好き』という言葉を使うのはエナの癖かもしれない。だが、本音は頼ってほしいことなのかもしれないとも思える。

(俺はどっちなのだ? いや、わかっている)

 キーヒはふう、と息を吐く。そして、真っ直ぐにエナを見据えて、

「我は(なれ)に頼ってほしい。(なれ)が誰かのことを『好き』と言ってもそこには親愛しかないのは理解している。伴侶としての意味を込めるのは我に対してだけということも理解している。欲を言えば、我といるときは他の者よりも多めに『好き』と言ってくれたら嬉しく思う」

「それなら、キーヒ様も私に対して『好き』と仰ってくださいね。私もその言葉を聞きたいですし」

「う、わかった……」

 エナは何かを期待する目でキーヒを見てくる。キーヒは観念して、耳まで赤くなりながら、ぼそぼそと歯切れ悪く、

「我は……、(なれ)が笑ってくれる顔が好きだ……」

「ありがとうございます、キーヒ様」

 春陽のような温かな笑みを浮かべてエナは礼を述べる。キーヒは照れてしまい、卓に突っ伏してしまいたいが、それを理性でなんとか押し留めてそっぽを向く。ちょうど窓が見えたのでそこから空を眺めると茜色に空が染まっていた。

「もうこのような時間なのか。(なれ)を家まで送るぞ。遅くなっては(なれ)の両親も心配するだろうからな」

「す……。いえ、ありがとうございます、キーヒ様」

 キーヒとエナは部屋から出るといかづちもついてきて皆で庭に向かう。庭に着くと、キーヒは龍神の姿になり、エナを乗せるために地面に付くかと思うぐらい体勢を低くする。エナがいかづちを抱えて乗ろうとしたときに、

「あ」

「どうした?」

「アルデリア様に髪飾りを借りたままでしたので返さないといけないと思いまして」

「確かにな」

 エナが居に向かおうとしたときである。そこにアルデリアが廊下を通ってキーヒ達を見かけたからなのか、こちらに歩いてきた。

「エナちゃんはもう帰るのでしょ?」

「はい。この髪飾りをお返ししますね、アルデリア様」

 エナが髪飾りに手をかけると、アルデリアはふるふると首を振る。そして、(たお)やかに笑いながら、

「良いのよ、エナちゃん。それはエナちゃんに似合っているから贈るわ」

「ですが……」

「神から貰えるのだから、縁起物だと思って持っていなさいな」

 エナはその言葉を聞くと、珍しくぷっと吹き出して年相応にけらけらと笑いだした。その姿が珍しいので、キーヒとアルデリアはまじまじとエナを不思議そうに見た。エナは笑うのが落ち着くと、晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、

「すみません、このように笑ってしまって。キーヒ様から剣を下賜されたのですが、アルデリア様と同じことを仰っていたので、つい親子だなと思ってしまったのです」

「ふふ、それなら良かった。親子だから、そういうところは似ているかもね、それに、私もキーヒもエナちゃんのことが大好きだから」

「は、母上!?」

 母の突然の告白にキーヒは顔を赤くしたり、青くしたりしている。母の言葉も親愛の意味なのだろうが、それでもキーヒは気が気ではない。

「もう、キーヒには余裕がないのかしら? 息子の初々しい反応も楽しめたから、私は夕餉の準備に戻るわ。それじゃあ、またね。エナちゃん」

「はい、またお会いしましょう。アルデリア様」

 アルデリアがエナに手を振って台所に向かうのをエナは手を振りながら見送った。キーヒは軽く咳払いをすると、

「話の腰が折れたが、(なれ)の家に向かうぞ」

「わかりました」

 エナはいかづちを抱くと、身を低くしたキーヒに乗る。そして、人界への門を創るとそこを潜りエナの居に向かった。

 その道中、茜色だった空は群青色に染まり、気温も下がってきたので夜が降りてくる気配がしていた。

 いつものようにエナの居に着き、庭でエナを下ろすと、

「いつもありがとうございます、キーヒ様」

「我が好きでやっているからな。だが、そのように礼を言われると嬉しいものだ」

「明日も昼餉の後にいらっしゃるのですか?」

「そのつもりだ」

「わかりました。それではお待ちしておりますね」

 キーヒの背に抱いていたいかづちを乗せると、いかづちは元気良く、

「わん!」

 と、鳴いた。いかづちなりにエナに挨拶をしたのかと思うと、微笑ましく感じた。

 キーヒは神界への門を創り、そこを潜る。明日もエナに会えることを楽しみにしながら、キーヒは自分の居に向かって飛んでいった。

あともう少しで完結する予定です。

それまで頑張って書こうかと思います。

自分の中で最長のシリーズになって驚きです

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