春暖
キーヒとエナは神界にある”花畑”でゆったりと散策しながら、”花畑”についてやキーヒの神としての務めの話をしていく。
今回はキーヒの神としての仕事や”花畑”デートのお話です。
二人の距離は近付いているのか遠のいているのかよくわかりませんが、最終的にはくっつけたいです。
「なんだか珍しく機嫌が良さそうじゃない、キーヒ」
嫋やかにキーヒの母は気分が高揚しているキーヒに話しかける。それをぎくりと肩を強張らせてキーヒは母の方を振り向くと、
「いえ、そのようなことは……」
キーヒにしては珍しく口の中でもごもごと言い淀んでいた。それが珍しくも面白く感じたのか、
「そういえば、キーヒに何か珍しい縁ができているようね。その相手を是が非でも見てみたいものだわ」
ニコニコと嬉しそうに話す母にキーヒは何も言えなくて俯いてしまう。
(そうだった。母上は縁結びの神であるから、俺とエナの縁が見えているのか……。これは厄介だぞ)
キーヒは母の勘の良さというよりも、その神としての権能で縁が見えることがすっかり頭から抜けていた。そして、縁結びと水を司る神である母は主神の水鏡の調整を長兄のヒューリデンと共に行っているので、もしかしたらヒューリデンからエナの話が言っているのかもしれない。
(それは拙い、拙いぞ。父上も母上も俺が人間を厭う神であることを知っているのに、エナに会っていることを知られれば、特に母上から紹介しろと言われかねないぞ……! 母上が人界にいるエナを俺が認めていることを知れば、エナについて知りたがるに違いないからな。そういうことに首を突っ込みたがるのが母上とキュリア兄様だ。本当に縁結びの神は世話好きというかなんというか、面倒事を自らやっていくような神が多過ぎる)
雷を司る父はキーヒとエナの関係を知っても、寡黙であるためか特に何も言ってこないだろう。ただ、父も人間のことを好ましく思っているので、キーヒにその兆候がでたら感激して静かに微笑むかもしれない。
母は人間が大好きであるから、人界に行ってエナと話したことを大喜びするに違いない。いや、大喜びを通り越して宴を催しかねない。それぐらい突拍子もないことをやりかねないのが母なのである。天真爛漫でいつも楽しそうに笑っているから、そこを気に入って父が口説いたと遠い昔に他の神から聞かされたことがある。それを確認したら、父の顔が真っ赤になってわしわしと頭を撫でられたので、父なりに誤魔化すようなことをしたため、その噂が真であるとキーヒは確信したことがある。
次兄のキュリアは縁結びの神として細々と忙しく働いているので、この場にいないのが幸運に思ってしまうキーヒであった。
キーヒは天気を司る宮殿にとりあえず向かうことにした。ここ数日の天気をどのようなものにするのか、太陽神や雪の神、風の神等と話し合うためだ。天気及び日照時間は基本的に太陽神や季節毎の神が決めることがほとんどである。キーヒや他の神はその決められたことを実行したり、縁結びの神が人界からの要望を天気の神に伝えることで天気が変わるので、その対処をしたりする。また、あまりにも同じ天気が続くようなら他の天気もした方が良いと伝える神もいる。ただ、専らキーヒは人界のことは気にしていないので、決められたり、要望があったりした時に雨や雷を人界にもたらしているだけである。その決められた天気を実行するための会議に参加するためにキーヒは宮殿に向かっている。
宮殿では見知った神が顔を並べて既に着席していた。キーヒも自分の席に座ると、それから暫くして会議が始まった。
会議の内容は人界及び神界の数日間の天気についてである。ほぼ決定事項を告知する場であるが、キーヒは自分の権能が重要な役割を担っているので、この会議は必ず出席しなければならない。冬から春への過渡期であるため、気温を上げていくこと、雪ではなく霙や雨、春雷も起こそうという話も出ているのでキーヒが忙しくなることが暗に伝えられた。霙は他の神がやるのでキーヒの役目ではないが、調整で厄介事が押し付けられるかもしれない。それ以外もどの地域に雨や雪を降らせるのかといったことが細々と伝えられた。
(これは鍛錬する時間がとれるのかすら危ういところであるな……)
鍛錬は日々の日課であるため、これを怠ることはキーヒには考えられなかった。そうなると、エナを水鏡で見たり、エナと会話する時間が減ることになってしまうということだ。
(それも仕方がないか。俺もエナにかまけるわけにはいかないからな)
一通りの告知が終わると、縁結びの神から人界の要望を伝えられる。それによると、春がまだ来ないことを不満に思う声や不安に感じる声が上がっているとのことであった。確かに、今年の春は遅い方だ。それも太陽神達が今年を厳冬としたのもあるからだ。
(そういえばエナも春を望んでいたな)
昨日、やや疲れてはいても天真な笑顔を浮かべて自分に語りかけてくれた言葉を忘れられなかった。だからなのか、特に重要に思わず、
「今年の冬は厳冬と決められたが、花を望む声を聞いております。そのような声に応じるのも我々神の役目でもあるかと」
キーヒの発言で縁結びの神は言葉が後押しされた。この場にいる縁結びの神は感激のあまり涙目になっているが、他の神は驚愕のあまりをキーヒを凝視している。基本的にキーヒがこの会議で発言するとしても、
「雨が多いと自分に負担が多いため、少し減らしてほしいものです。それに場合によっては氾濫が起きかねなく、雷による火事が起きてしまうのは構わないですか?」
と、自分の役目を減らしてもらうか、雨や雷の被害が出ても自分は頓着しないことを強調するばかりであった。というのも、鍛錬をしたり、武神と手合わせをしたりすることに忙しいのもあるが、母やキュリアから人界からこのような要望があると直接キーヒに来て面倒なことになることがほとんどであるからだ。
だが、今回の発言はそうではない。キーヒの人間嫌いは神界でも一、二を争う程である。人間を好ましく思う両親から何故これ程の人間嫌いが生まれたのかと他の神から嘆かれたことが幾度もあったがキーヒは気にしていなかった。そのようなキーヒが人界の誰かの言葉を代弁したのだ。あのキーヒがどのようにして人間に対して好意的になったのかと、興味津々に見てくる神々の視線が突き刺さり、キーヒは居心地の悪さで少しそっぽを向いてしまう。
(このような視線に晒されるのなら、エナの言葉を代弁するのではなかったな)
エナにあのように春を望まれたら、それが心に残ってしまうのも致し方ないことだろう。
(そもそも、今日はエナに花を見せることになっているのだから、あの発言はやはり失敗であったかもしれんな)
こっそり溜息をつくと、太陽神の隣に座っている春の神が穏やかに、
「そうですね。キーヒ様の仰せられる通り、そろそろ神界も人界も春の訪れを待つ声が増えてきましたからその準備も必要ですね。これからは雪はあまり降らさず、気温も徐々に上げていきましょう。そうすれば蕾が綻び、花も咲くことでしょうから」
「そういうことなら、これらは見直すとしよう。本日の夕刻以降に改めて告知を行う。時間は決まり次第、使いを送る」
太陽神がそう鷹揚に発言すると、周囲の神々がざわついた。このように太陽神達が決めたことが覆されることは滅多にないので狼狽えているのだ。
(夕刻なら、エナとあの”花畑"に行けるな)
キーヒはそのようなことを考えながら席から立つと、自分の居に戻って剣技の鍛錬を行う。敵の様々な動作を想像しながら体を動かしていく。それは今まで手合わせしてきた武神でもあり、征伐に参加した幻獣でもある。だが、最近は専らあの剣舞で相対したエナの動きを想像して剣の鍛錬をしていく。あのように靭やかな動作で剣を巧みに扱う存在にキーヒは今まで出会ったことがなかった。だからこそ、エナともう一度手合わせをしてみたいと思ってしまうのだ。だが、それもエナがやんわりと断ったことで叶わないのではないかと思い至っている。だからこそ、あの時の剣舞を忘れないために何度も思い出してキーヒは剣を振るうのだ。
あの払いの時に、剣で受けずに叩き落としていれば良かったのか?
エナが華麗に避けた際にそのまま追撃せずに、一度距離をとって突進した方が良かったのか?
そのようなことを考えながら剣を振るう。集中してそのような動作を反覆し、剣を振るっていると、ぱんと小気味の良い音が聞こえた。音の方を見ると、手を合わせたまま母がにこやかに立っていた。
「キーヒ、昼餉の準備ができたわよ」
「わかりました。すぐに参ります」
雪が目立つ庭で鍛錬を行っていたが、それでも集中していたからなのか汗だくになっていた。キーヒは自室に戻り、汗を拭うと昨日着ていた黒衣に着替える。そして、そのまま昼餉を食べるために食堂に向かう。食堂には父と母とキュリアがいた。ヒューリデンは他の役目があるらしく、昼餉は共にできないようである。
キーヒはエナとの約束があるので、すぐに食べ始める。黙々と食べていると、キュリアが面白いことを思いついたのか、キーヒに向かってからかうように、
「キーヒ。お前、太陽神に向かって珍しく否定的な意見を言ったそうじゃないか。しかも、発言の内容から人界の誰かの言葉を代弁したみたいと噂になっているぞ」
「……その噂の出処は何処ですか?」
「ああ、勿論俺の部下だ。キーヒは発言力あるから、自分の言葉の後押しになってくれたと泣いて喜んでいたぞ」
キュリアはあっさり認める。どうやら、今日の会議にいた縁結びの神はキュリアの部下だったらしい。キーヒも部下兼小間使いがいるが、あまり役に立たないなと的外れなことを考えてしまっていた。
キュリアはキーヒが何か言ってこないかと目を細めてニヤニヤと笑っていたが、キーヒはとにかく押し込むように食事を終えると、
「これから俺は用事があるので出かけます。夕刻にまた天気のことで会議があるので、帰りは遅くなります」
「わかった」
簡潔な言葉を放ったのは父であった。その言葉で母もキュリアも何も言ってこなかった。家長でもあり、主神の弟でもある父の言葉はこの家では絶対である。だからといって、父はキーヒ達に向かって無理難題を言うことはない。基本的には大らかに何でも認めてくれる存在である。それでも主神に次ぐ武神であるため、キーヒはいつか父とも手合わせをしたいと考えているが、それもいつになるかはわからないので気長に待っている訳である。
「キーヒ、今はお前のやるべき役目をゆめゆめ忘れるではないぞ」
「わかっています。父上と母上から受け継がれた権能を無為にするつもりはありません」
父の唐突な助言に戸惑いつつも、キーヒはその言葉に頷いて食堂から出ていく。
「あ、キーヒ様どこに行かれるのですか!」
キーヒの小間使いがキーヒの後を慌てて追いかけてくる。キーヒは面倒臭そうに、
「少し用事があって出かけてくる。夕刻の会議には出席するから構わんだろう」
「そうかもしれませんが、行き先だけでもお伝え下さい! 太陽神の使いがこちらに来たらどうするのです!?」
キーヒはちらりと空を見ると、面倒だといわんばかりに溜息をつく。
「今日は日が差しているから、俺がどこにいようと太陽神は見つけられるはずだ。だから、使いを直接俺につかわせるはずだ」
「そうは仰せられましても、他の細々としたお役目が残っているのですよ」
「う……。そうかもしれんが、今日は既に先約があるのだ。それは明日する!」
小間使いにそう言い切ると、キーヒは龍の姿になる。そして、遁甲すると、
「あ! キーヒ様が逃げられた!」
小間使いの自棄っぱちの言葉が聞こえたが、それを無視してキーヒは人界への門を創る魔法を使い、エナの居に向かった。
人界は神界よりも冷えており、思わずぶるりと身を震わす。確かにこの寒さなら春を待ち望む声が多くなるのも納得できる。例年なら雪も解けて雨が多くなる時期だが、今冬はそれがまだない。だが、その訪れの音も聞こえそうにないのが現状らしい。昨日のエナの話しぶりだと、春の訪れを感じていないようである。エナがあのように何かを待ち望んでいる顔をしたのを見てしまってはキーヒはいくら自分より神格が上の太陽神に向かっても何か言わなければならないと思ってしまったのだ。
キーヒは本来雨と雷を司る神であるので、地上の地図と天気を操作するための地図を見比べ、決められた場所に雨を降らせたり、雷を落としたりするのが役目である。それも手抜きをするために魔法式で雨量の調整や降水時間、落雷位置の調整やその数量等を予め決めておき、その通りに動かすことができるようにしている。他の天気を司る神も似たようなことをしているので、皆考えることは同じようである。キーヒはその空いた時間で鍛錬を行っているのだ。時折、差し込みの天気指示が入ることもあるが、それでも魔法式を駆使してキーヒは己の役目を果たしていた。勿論、魔法式を使わずに、その地図に直接権能を行使することも可能である。そもそも、そのようにして運用するはずであったが、四六時中天気を操ることになり、休む時間が取れないと太陽神に上申してきた古の神々がこのような魔法式を編み上げ、伝授してきた。だから、キーヒはそのおこぼれに預かっているわけである。そのおかげで、キーヒは鍛錬をする時間も取れ、今日のようにエナに会う時間を作れる訳である。
(いや、エナに会うのは昨日が初めてではないか。今までエナを水鏡で見ていたから、似たようなものではないかと言われてしまえばそれまでなのだが、そのことに気付いているのはヒューリデン兄様ぐらいだろう。ヒューリデン兄様はキュリア兄様のように口が軽くないから、おそらく大丈夫だと思うが)
そのようなことを思案しながらキーヒはエナの家に向かう。エナの家の前で遁甲を解くと、エナの父である家主が慌てて出てきた。
「只今エナは工房で作業をしておりますので、もし宜しければ家の中で温かい茶でもいかがですか?」
「工房? それなら工房に向かう。気遣い感謝する」
精一杯キーヒをもてなそうとエナの父はそのように言うが、キーヒは龍の姿のまま浮遊してエナの工房に向かう。人の良さそうなエナの父はキーヒの言葉に少し落ち込んでいるようであるが、とりあえずそれは無視しておく。そうしないとキーヒの中にある良心がちくりと痛みそうであったからだ。
工房の窓から中を覗くとエナは真紅の薄衣を身に纏い、長大な比礼で素材を包んで舞うと、槍や剣、弓等の武器を創っている。それらが丁寧に並べられているのを見ると、防具や装飾品も創っているようである。
(これだけの量を今日だけで創っているのか? それ程の実力がエナにはあるのか……)
エナの邪魔をしないようにこっそり眺めていると、作り終えて一段落ついたエナが肩で息をしている。その口から漏れる息が空気に触れて白い靄を作り出す。エナの体は汗で体が輝いているかのようであった。
エナがキーヒの視線に気付いたのか、こちらを向いた。その目は少し丸くなっているので、キーヒがいることに驚いていたのだろう。
「キーヒ様!? もういらっしゃったのですか?」
エナは窓に駆け寄ると、キーヒはやや不機嫌そうに、
「昼餉の後に迎えに来ると行ったではないか。何故、工房にいる?」
「それは仕事が終わらなかったからですよ。それにこの薄衣は礼装ですから、これを解除すれば普段着になりますよ」
そういうとすぐにエナは薄衣の礼装を解除する。そうすると、そこには普段着のエナがいた。そのような魔法はキーヒは見たことがなかったので、驚嘆で声を上ずらせながら、
「そのような魔法は初めて見たな! 礼装は儀式用の服だろう? それを転換する魔法なのか!」
「そうですね。これも私が編み出して、どのように行うのかを記録用の魔具に記しています。興味があるのでしたら、後でお伝えしますよ」
「しかし、それを知っても使い所がないからな……」
「礼装と言っても魔力で編んだ服ですので、出し入れは簡単ですよ。形や効能等は記録魔具から抽出して行いますから、素材から創り上げた防具でも礼装向けの記録魔具に登録すれば良いのです」
「なるほど。ただ、我は特に防具を持っているわけではないからな。そういうのが必要になったら、また教えてくれ」
「わかりました。それでは昨日教えてくださった場所に連れて行ってくださるんですよね。私、とても楽しみにしていたのです」
「そうか。汝は飛翔の魔法は使えるか?」
「一応は使えますよ」
エナは工房から出ると、キーヒの隣に立つ。それをエナの両親が不安半分嬉しさ半分で眺めている。どうやら、エナは両親に今日神界の”花畑"へキーヒに連れて行ってもらう話をしていたらしい。両親はキーヒの噂を知っているためか、キーヒのことを僅かに警戒しているようである。だが、エナは何の疑いもなくキーヒと共に行動をしようとしているので、娘のことは尊重しようと思っていても、心配してしまう親心があるのだろう。
(まあ、人界での噂はあまり良いものではないのは知っているが、俺が人間嫌いだから仕方がないだろうな)
キーヒは隣でエナがふわりと浮いたので、そのまま上空に向かって飛んでいく。龍神の姿を見た人間達が何か騒いでいるが、それを気にすることもなかった。隣ではエナが置いていかれないようにキーヒと程良く離れて共に飛んでいる。その姿も見られているだろうが、人々の声からはエナだとは気付かれていないようである。
街並みが遠くなったところで、キーヒは神界への道に続く門を創る魔法を使う。
「あ」
キーヒは何かに気付いたのか、エナの方を拗ねたように見る。エナは不思議そうに、
「どうかされましたか?」
エナの質問に答えにくそうに、あまりはっきりと言わずに、
「実はな、この魔法は神しか通さないものなのだ」
「え、それなら私は街にある神界への門を通って行きましょうか?」
「それだと、目的の”花畑"に向かうのが面倒なところに出るからな。……いや、待てよ」
じっとキーヒはエナを見る。この魔法は神しか通さないが、神の付属物なら通れるはずだ。エナを付属物だということにすれば、エナも無事に通れるはずである。
(だが、付属物ということは俺にエナが触れていなければならないはずだ)
キーヒが人型をしているのなら、エナの手をとって通れば良いだろう。だが、今は龍の姿をしているキーヒはエナの手を取るというよりも、尖った爪で服を着込んでいるとはいえ柔肌に傷付けるのは躊躇われる。そのように悩んでいると、エナが心配そうに、
「今日は行くのは止めますか?」
「いや、行くぞ! ……ただな、汝を付属物にすればこの門を通れるのだが、我が汝をこの爪で掴むとなると汝を傷付けてしまうと思ってしまってな。それもいかんだろうと。以前、父や兄達から嫁入り前の娘を傷つけたことを叱られたから、そのように思ってしまうのだ」
「付属物ということは、私がキーヒ様に触れていれば良いということですか?」
「ああ、そうだ」
「それなら、こうしましょう」
エナはキーヒの手の指を握る。エナの手ではキーヒの指を一本握っても、それでもエナの親指と他の指は届かなかった。それ程、立派な指や爪をキーヒは持っているのである。聖獣でもある龍神のキーヒはエナの指が届かなかったことを誇らしく感じていた。
(これは成体の証でもあるんだろうな)
エナは確かに幼さが残る面影であるが、肉体的発達は年齢よりも早いようにも見えるし、決して小柄ではない。そのようなエナよりも充分な大きさである自分が立派であるように思えてしまったのだ。
そして、確かにこの方法ならキーヒに触れていることになり、しかもエナ自身を傷つけないことになる。
「これなら大丈夫ですよね? ただ、私はキーヒ様より飛ぶのが遅いのでそこはご容赦くださいませ」
エナに申し訳なさそうに言われてしまい、キーヒはどのように反応して良いのか困却してしまった。いつものキーヒなら尊大な態度で頷いていただろう。だが、エナと話していると、それで良いのかと迷ってしまうのだ。
「ああ、わかった」
キーヒはぶっきらぼうに応じた。エナが自分に触れたことを喜ぶのも何か違うものを感じ、だからといってエナが触れるのを拒否してしまえば本末転倒である。それらを考慮するとこのような反応になるのも仕方がないのだ。
(そうだ、仕方がないのだ。俺は神でこの娘は人間なのだから、区別は必要だ)
そして、一柱と一人は共に門をくぐった。
門の中を通って暫くすると神界に出た。門は元々の設定もあってかキーヒの居に出た。
(しまった……!)
キーヒはここに出てしまえば両親や兄のキュリアにエナのことが知られてしまうことを忘れていた。
「エナよ、我の背中に乗れ!」
「ですが、良いのですか?」
エナが戸惑うのも道理である。キーヒの、龍神の背中に人間が乗るということは神を使役することにならないかとエナは危惧しているのだ。キーヒとしてはそのようなことは些末なことである。それよりもエナのことが知られることが自分にとって不利益になるので、エナを急かして背中に乗るように何度も言う。エナは渋々キーヒの背中に乗る。他の神からはエナの姿が見えてしまうかもしれないが、急いで移動すれば問題はないだろう。キーヒは急いで”花畑"まで飛んでいく。途中、他の神とすれ違うが、何か言われる前にその場を飛び去ってしまうので、神々はキーヒに声をかけることすらできないでいた。
その間、エナは必死になってキーヒに掴まっていたかというと、そういう訳ではない。キーヒが自身に風の抵抗をなくす結界を張ったので、エナは風を感じず、またキーヒから振り落とされることはなかった。
そのようにして高速で飛行して暫くするとキーヒ達は”花畑"に着いた。キーヒからエナが降りるのを確認すると、キーヒは人型になる。エナの隣を行くのなら人型の方が都合が良さそうであるからだ。
「キーヒ様、先程はキーヒ様の背に乗せてくださり、ありがとうございます。おかげですぐにこの場に辿り着くことができました」
エナはそう言うと、キーヒに頭を下げる。キーヒはエナの謝辞を受け、上機嫌になったのか尊大に頷くと、
「そうだろう。我の背に乗ることなど滅多にできぬ体験ができたのだ。そのようなことは我はせぬからな。誇りに思え」
「そうさせていただきますね」
ふわりと暖かな日差しを思わせる笑顔をエナが浮かべると、キーヒは満足できたので”花畑"の中に入る。
”花畑"というのは通称である。正式名称は妙に長ったらしいのがあったはずだが、キーヒはとうの昔にその名前を忘れてしまい、その言葉でしか呼んでいない。”花畑"は半球状の結界に囲まれた区域であるが、キーヒは幼少時に母に連れられてしか来たことがない。自発的に”花畑"に来たのは初めてである。
エナと共に”花畑を”歩いていると、誰かを背に乗せたのは初めてであるので、首周りが凝って仕方がないらしく、キーヒは首を摩りながら回している。それを見てエナは恐縮しながら、
「すみません、キーヒ様。私が飛ぶのが遅いばかりにそのような目に遭わせてしまいまして……」
気落ちしているのか、折角の”花畑"の中をエナは楽しもうとしていないようである。これではキーヒの目論見と異なるので、連れてきた意味がなくなる。キーヒは無愛想に、
「……汝のせいではない。我の事情であのようにしたのだ。だから、そのように思うな! 汝が花を見たいと言うから連れてきたのだから、ここでは楽しめ!」
最後の方は気恥ずかしくなったのか、言葉を荒げるキーヒであった。その言葉に面食らってしまい、キョトンとしていたエナであったが穏やかに笑うと、
「それでは、そうさせてもらいますね。お気遣いありがとうございます」
エナはキーヒに頭を下げると、道端に咲いている花をじっくりと観察している。そのままゆっくりと二人は無言で進んでいく。エナは喜んでいるのかニコニコと笑っている。だが、この会話がない空間が気不味く感じてしまうキーヒであった。また、ここを管理している神がこちらをチラチラと見てくるのも鬱陶しい。キーヒが”花畑"に来ることがなかったことと、人間嫌いのキーヒが神でも妖精でも精霊でもないエナを連れているのだ。これは一大事だと他の神は思うに違いないが、余計なお世話でもある。
(エナの機嫌が良ければ、手合わせを頼んでそれができるかもしれないからな。これは仕方のないことなのだ)
キーヒは心中で確認するように思案すると、エナが何か言いたそうにこちらをじっと見ている。その視線がむず痒く感じたので、
「……なんだ?」
「いえ、質問なのですがこの”花畑"はどのような管理になっているのですか? あ、キーヒ様が答えたくなければ答えてくださらなくても大丈夫ですので!」
エナはキーヒの表情を読み取って取り繕うに言ってくる。よっぽどキーヒは不機嫌そうな顔をしていたらしく、ほんの少しだけ反省してしまうキーヒであった。
(年がら年中、つまらないことばかりだからそのような顔になるのは仕方がないが、エナがここまで辛そうにするのは見るに堪えん)
キーヒは気分を変えるために咳払いをする。そして、キーヒはできるだけ温和にエナに説明しようとする。だが、”花畑"で作業をしている神はキーヒのただならぬ胡散臭さに肩を震わせていたのをキーヒは見逃さなかった。周りがどう思おうと、エナは真摯にキーヒの言葉を待っている。
(そうだ。このような態度を取るから話したくなるのだ)
キーヒは自然と目を柔らかく細めると、
「この”花畑"は日照時間や温度を調整して部位を作り、結界で区切っている。区切った結界内でそれぞれ春夏秋冬を司っているが、年中同じ結界内で同じ季節であるわけではない。それぞれの結界内で季節が異なるが、それが順繰りに回っているのだ。だから、”花畑"では通年で花が楽しめるわけだ。そのため、ここの管轄は樹木の神、花の神、太陽神、虫の神、風の神、水の神等多くの神が携わっている。基本的に、花や樹木の世話の関係上、樹木の神や花の神が主立って管理しているな。今も多くの神々が花々や木々の忙しなく世話をして回っているのが見えるだろ?」
エナは周囲を見渡すとこちらを見ていた神と目が合うと頭を下げる。その神はエナの様子を見て、慌てて作業に戻っていった。それを呆れながらキーヒは眺める。エナは礼節を尽くしているというのに、神というのは基本的に同じ作業を行うためか退屈な日々を過ごしがちである。だから、たまにある突拍子もない事や祭儀が娯楽になってしまうのだ。キーヒも同じような日々を過ごしているが、禁欲的に鍛錬を行い、武神との手合わせもしていた。それも一通り終わったが、鍛錬を怠る気はなかった。連綿と続く毎日を変える気は毛頭ない。
退屈な日常は戦がない証拠だ。それが尊い事柄であることを忘れてしまうのは神も人も同じであるかもしれない。
「キーヒ様、あの花綺麗ですね!」
エナがにこやかに話しかけてきた。その笑顔を見ていると、職人に指導している大人びた顔が嘘であるかのようで、年相応に見える。本来、エナはこのようによく笑う性格をしているのかもしれない。それをさせてくれない立場にいるのが少しだけ哀れに思えた。
「どれだ?」
キーヒは屈んでエナが示した花を見る。それは大輪の鮮やかな花ではなく、薄紅色の小さな花弁が幾重にも重なった可憐な花であった。
「汝はこのような花が好みなのか? 花だから鮮やかな色合いの方が良いのではないのか?」
「そうかもしれないですけど、私はこの花を綺麗に思えたので気に入っているのです」
照れたように笑いながらエナは言う。キーヒは人の心がよくわからないので、そういうのが好きな人間もいるのだろう。単純にエナだけがそうかもしれないが。
二人はそれからも他の季節の結界内に入って花々を眺めていく。エナが指で示した花をキーヒは眺めていく。エナはそれらを美しいと褒めるが、キーヒにとって花は花でしかないのであまり共感はできないでいた。
それでも、エナは根気よくキーヒに話しかけている。それに適当にキーヒは相槌を打っている。二人が並んで歩いていると、エナが思い出したように訊いてきた。
「キーヒ様は以前、雷轟と雨を司ると仰せられましたが、具体的にはどのようなお仕事をされているのですか? その、私の相手をする時間をわざわざ作ってくださっているのが申し訳ないのです……」
「汝はそう思っていたのか。まあ、我の仕事は天気の実行が主だな。太陽神等が決めた天気を会議で告知され、その通りに実行するのだ。この地域にこの程度の雨を降らせるだの、この地域に雷を落とすだのそういうことをしている。といっても、それも魔法式を組んでしまえば自動化できるので、部下に管理してもらいながら我は鍛錬をしていることがほとんどだな。問題があれば部下が文字通り飛んできて対処するが、そういうことも滅多にない」
からからと笑いながらキーヒは言ってのける。それを何とも言いようのない顔でエナは聞いていた。それを不思議に思い、
「なんだ? なんか答えに不満でもあったのか?」
「いえ、そうではなく今までしていた心配はなんだったのかと思ってしまいました」
「我の仕事は雨と雷であるから、仕事の期間は長いが細々と仕事をしない日が多いのだ。それに雪や霙は他の神の管轄であるからな。今の時期は降っても雪だから特に仕事がない」
「そういうものなのですね」
「そういうものなのだ。だから、汝が心配することは何もない。それに忙しければ汝とこうして会うことはせんさ」
「……そうですか」
どこか含みのある言い方をしてきたのでキーヒが言葉をかけようとした時である。太陽の日差しの色をした鳥がキーヒの側に飛んできた。キーヒはその鳥を腕に止まらせると、その鳥は刻限を繰り返しキーヒに告げると飛び立ってしまった。
(思ったよりも早い時間だな)
キーヒはエナの方を向きなおすと、
「先程話した天気の告知の会議時間を告げられた。その刻限も迫っているから汝とはこれで別れるぞ」
「お仕事なのですね。それは仕方がないですよ」
エナは少し寂しげに笑う。それを見ると少しだけ胸がちくりと痛むので、そのような笑顔をこちらに向けないでほしいものである。キーヒは踵を返すと、
「とりあえず、”花畑"を出るぞ。それから、気が変わったので汝を”門”まで送る。そこから先は一人で行けるな?」
「はい」
「それではここを出るぞ」
二人は”花畑"を出ると、キーヒは龍神の姿になる。
「ほれ。また我の背に乗れ」
「わかりました」
今度は素直に乗ってくれるようである。エナが乗ったのを確認すると、急いで”門”までエナを送り届ける。”門”とは各主要都市と神界をつなぐ扉が集まった間である。エナが住んでいるところも”門”のある主要都市であるので、その扉を選んで進んでいけば一人で帰れるはずである。
”門”に辿り着くと、エナはするりとキーヒから降りる。そして、少し涙目になりながら、
「今日はありがとうございました」
行儀良くエナは頭を下げる。そして、頭を上げると泣きそうになっているのを必死に我慢しながら、
「もうキーヒ様に会うことはないと思いますが、”花畑"に連れて行ってくれたり、様々なことを話してくださったりしてくれたので、とても嬉しかったです」
(ん? どういうことだ?)
エナの様子と言葉を聞いていると今生の別れのような雰囲気になっている。キーヒは慌ててエナの言葉を訂正しようとする。
「待て待て待て! 我は汝とはこれで終わりにするつもりはないぞ!」
「ですが、キーヒ様は人間のことがお嫌いなんですよね?」
エナの瞳は涙の膜ができており、今にも決壊しかねない状態である。キーヒは半ば自棄になりながら、
「だが、汝は人間ではないのだろう!?」
その言葉を聞いてエナは酷く傷ついた顔をした。そして、ポロリと涙の粒を零した。
(何故だ!? 人間ではないことは誉れであるだろう!?)
エナはそのまま声を押し殺して泣いてしまっている。それでも流れ落ちる涙をなんとか堪らえようとする姿がいじらしかったが、今はそこに感心している場合ではない。とにかく、この誤解を解かなければならないのだ。
「良いか、これで終わりではない! 汝は我の知っている人間とは違って、勇猛さもあれば淑やかで謙虚な面もある! だから、──」
キーヒの言葉を遮って、エナは感情を出さずに言葉を紡ぐ。
「私は確かに『赤の一族』でありますから、そのように在れと育てられました。父も母も人と『赤の一族』の混血です。ですが、私は──」
エナは言葉に詰まる。それでも、息を吐いてなんとか言葉を絞り出す。
「それは些末な話でしたね。私はその教えに則っているだけです。それでも私は人間として在りたいと思います」
確かな意志を込めた視線でキーヒを見詰めながらエナは言い切った。そこには先程まで泣いていたか弱い娘の姿はなかった。キーヒは何かを言おうと口を開くが、何を言って良いのかわからず口を噤んでしまう。
キーヒの困却した様子に何を思ったのか、エナが穏やかに問う。
「キーヒ様はまた私に会いたいと思われていますか?」
(俺は……)
その問いにも言葉が詰まってしまうキーヒであった。何百年と生きていても、自分がエナに会いたいのかどうかすらわからないとは滑稽なものである。そのように自嘲してしまっているキーヒであった。
だが、この二日間、エナと共にいていつもの禁欲的で退屈な日常とは異なり、楽しくも面白く感じていたのは事実だ。だから、今のキーヒはこれしか言えなかった。
「会いたい……のかはわからん。我も自身のことなのにわからないのだ。このようなことは今までなかったのだがな」
キーヒは不機嫌そうに漏らすと、エナは特別なものが見られたかのような神妙な面持ちでその薄紅色の唇を開く。
「そうなのですね。もし、キーヒ様さえ宜しければ、満足する答えが得られるまでお付き合い致します」
優雅な笑みを浮かべてエナは優しくキーヒを見つめる。キーヒはその瞳に見透かされるようで思わず視線を逸らす。エナは温厚に笑いながら、
「キーヒ様、もう行かれてください。私はどの扉から行けば良いのかわかっていますから大丈夫です。お忙しい中、私を”花畑"に連れて行ってくださってありがとうございます」
エナは頭を下げるとキーヒにここから出るように促す。キーヒは後ろ髪を引かれる思いで、チラチラとエナを見ながら飛んで会議の行われる宮殿に向かっていった。エナはキーヒの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。その様がキーヒにとってはかけがえのないものように思えた。エナの温かさが自分にまで伝播して気持が温かくなっているキーヒであった。
天気を司る宮殿に着くと、すぐに人型になり、会議の間の指定された席に座る。他の神がこちらを好奇の目で見ている気がするが、それを無視して会議が始まるのを待つ。程なくして、太陽神等が入ってきて、早急に春の準備を行うことを告げられた。そのため、午前の方針は取り消しとなった。これからは春の神や花々の神等が忙しくなるだろう。また、キーヒも雪が降らなくなるので、キーヒの出番が増えることだろう。それはそれで面倒であるが、己の役目を果たさなければエナに顔向けできないはずだ。
(……いや、待て。何故そこでエナが出てくるのだ? エナは関係ないだろう。いつもこのように役目は果たしていたのだ。そうだ、いつも通りやれば良いだけの話だ)
一人で慌てて、一人で納得したのでうんうんと頷いている。怪訝そうにキーヒを見る神もいれば、キーヒの奇行に慣れて無視している神もいる。そして、ひそひそとキーヒを見ながらニヤついている神もいるのは不満でもあり、不可思議でもあった。
キーヒが居に戻る頃には日がとっぷりと沈んでおり、底冷えしていた。さっさと湯に浸かりたいと思いながら、先に食事を終えないと母から小言を言われるので食堂に向かう。キーヒが食卓に着くと、召使い達が素早く食事の準備をし、キーヒは温かな食事にありつけた。それらを咀嚼し、今日のことを振り返る。
(そういえば──)
キーヒが迎えに行った時、エナは工房で作業をしていたので、エナが昼餉を食べていないのではないかと思い至ってしまった。そのため、空腹のまま”花畑"を連れ回したことになる。それでもエナが楽しんでいたことだけが救いではあるが。
キーヒ達神は嗜好品として食事をとっているだけであり、必須ではない。だが、人間は空腹だと最悪倒れると聞いたことがある。倒れなかったことを幸いと呼ぶべきなのかはキーヒには判別がつかなかった。
食事を終え、温かい茶を飲んでいると嬉々として母がキーヒの対面に座ってきた。
「ねえ、キーヒ」
「なんです?」
「キーヒが今日連れていた人間は誰なの?」
思わず口に含んでいた茶を吹きそうになるのを必死に飲み込むが、気管に入って噎せてしまっていた。暫く咳き込んでいたが、それが落ち着くと顔を引き攣らせたまま、
「母上、それは何かの間違いではないのですか? 俺は人間嫌いなのですよ。そのような俺が人間を連れているわけないじゃないですか」
「あら。でも、”花畑"にいた神々が仲睦まじくキーヒと人間の女の子が一緒にいたと話していたわよ。それにヒューリデンから聞き出したけど、人間の女の子を水鏡で眺めていたのでしょう? キーヒが神にせよ人間にせよ、誰かと共に行動したり、遠くから眺めるなんてなかったじゃない」
食堂の入り口をちらりと覗くと、ヒューリデンが申し訳なさそうに頭を下げている姿とキュリアが面白そうにこちらを見ている姿が見えた。
(ヒューリデン兄様、母上とキュリア兄様に押されて言わざるを得なかったのだろうな……)
キュリアと母は弁が立つので、寡黙な父に似たヒューリデンは言い負かされて口を割ったのだろう。その様を思い浮かべると哀れみしかないキーヒだった。
キーヒは呼吸を落ち着け、母を見据えると、
「母上。確かに”花畑"に娘を連れていきました」
「ほら! だから、その詳細を教えさないな!」
「ですが、それも手合わせのためなのです。娘は今は手合わせをする気がないらしいですが、気が変われば手合わせをする可能性もあるのです!」
キーヒは力説するが、母はぽかんとキーヒを見ている。
「……なんで恋の話が手合わせの話になっているの?」
「恋い!? 恋なんてしていませんよ! あの娘は新年の剣舞で相手をした娘です! 俺と同等以上の実力があるのですが、本人が手合わせを拒んでいるのでそれを説得しているのです!」
「ああ、キーヒはそういう頑固なところあるものね……」
母は呆れたように溜息をついた。縁結びの神でもある母は恋の話が大好物であるため、その話を楽しみにしていたのかもしれないが、キーヒは基本的にエナと手合わせをするために会っているのだ。エナが何かの気紛れで手合わせをすることを承諾するために会っているのだ。
(そうだ。だから、俺がエナに会うのは間違っていないのだ)
『キーヒ様はまた私に会いたいと思われていますか?』
エナの言葉を反芻する。そうだとも。会いたいとも。そうすれば、手合わせの機会が巡ってくるかもしれないではないか。だから、何度でも会いに行くとも。
呆れながら茶を品良く飲む母の小言を聞きながら、キーヒはそのように決心した。
わりと楽しくちまちま書いていましたら、いつものように長くなりました。
プライベートでばたばたしていたので更新が遅れましたが、少しずつ書いていきたいと思っています。