表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールドRe:トライ・セブンオーブ  作者: 下級魔術師17号
4/25

第4話 名付け

 夢を見ていた、気がする。

 何の夢かは、よく覚えていないが、幾つもの景色が通り抜けていった。

 俺は、それぞれの場所で、それぞれの名前で呼ばれていた。

 どちらも懐かしい場所だった。

 どちらにも、かけがえのない大切な人がいた、はずだった。


 ―――……くん、……なくん……


 ―――……ん、……シオ……


 大切な人たちだったはずなのに、まったく、思い出せない。

 人がいるのは分かるのに、その顔は見えない。親しい人だと分かるのに、思い出せずに、ただ、景色だけが走馬灯のように流れていく。

 それまでの“自分”。

 今、ここにいる“俺”。

 どちらも“自分自身”なのに、背中合わせに向き合えない壁を感じる。

 ふいに、目の前に7つの光が集まってきた。眩しいほどの光に、俺は、呆気なく呑みこまれた。


 『目が覚めたか?』

 「……あー、おはよう?」


 俺は、天井から差し込む光に目を瞬かせながら、黒い獅子に応えた。


 『おはよう?“おはよう”とは、何だ?』

 「ん~、朝の挨拶?朝、起きた時や会った時に交わす挨拶……」

 『ふむ。ならば、“おはよう”』


 ぱたぱたと尾が地面を叩いている。

 俺は、自分の頭を掻いてから、なんとなく獅子の背中をぽんぽんと軽く叩いた。

 周囲は、地上の陽光を吸収する苔ですでに明るい。俺は大きく伸びをして起き上がると、泉に向かった。

 冷たい水で、顔を洗う。

 気分まですっきりするような冷たさに、俺は、着ているシャツで顔を拭った。

 なにか、“夢”を見ていた気がする。

 誰かに、呼ばれていた気がするが、はっきりとは思い出せない。


 「………シオ………?」


 耳に残る音を拾う。

 俺の“名前”なのか、その一部なのか。それともまったく別のものなのか。


 「…シオ。……シオン?」


 どこか懐かしい響きだった。

 俺は、なんとなく、泉に視線を落とす。朝の光が反射して、水面が鏡のようになって、俺の顔を映し出す。肩に掛かる青い髪は、暗蒼色で根本はほぼ黒いが、先に行くほど綺麗な青になっている。

 透き通る白い肌に、金色に近い琥珀色だが、やや緑がかった色の目。整った顔は、まだ若干の幼さが残る。年で言えば、20歳前くらいだろうか。

 自分の顔なのに、酷い違和感だ。

 俺の“認識”では、俺は黒髪黒目で、黄色味を帯びた肌の平凡な男だったはずなのに、なんだろう。この容姿の違いは。なんとなく、年も違う気がする。

 水面に映る少年とも青年とも言える年齢の男は、本当に“俺”なのだろうか?

 俺は、自分の頬を触った。

 水面に映る“俺”も、同じ動きをする。

 そのまま、頬を抓れば、………痛い。


 「……痛い……」


 俺は、おもわず蹲った。


 「また、“謎”が増えた……」


 もう嫌だと、俺は呻く。

 記憶喪失で、容姿まで変わっている設定って、一体何得なんだろうか?

 少なくとも、俺得ではない。


 「しかし、まぁ、悪くない」


 俺は、あえてポジティブに考えることにした。

 俺自身の“認識”ではどこにでもいる“平凡”な男だった俺が、美形とまでは言わないが、そこそこに良い見た目になっているのだ。これは、良いことだろう。

 ………多分。


 「あー、自信無いなぁ……」


 俺は、立ち上がって溜息を吐いた。

 とりあえず、獅子の元に戻る。

 寝そべっていた獅子が、顔を上げて、俺を見る。


 「……なに?」

 『ふむ。“名前”をつけてくれないか?』

 「いや、無理。俺自身だって、名前無いのに、なんでお前につけないといけないんだ」

 『ふむ。なら、我が名を与えよう』

 「いやいやいや、却下!俺の名前は、俺でつけるからいい!」


 俺は、ルクムの実を取りに、祭壇横の脇道に入った。

 その後を、獅子はのっそりと付いて来る。


 『そなたの“名前”はどうするのだ?』

 「ん~、………そうだなぁ。“シオ”か、“シオン”か…………そんな感じで」

 『“フォン”は、聖なる音に連なる。名に加えるのは、やぶさかではない』

 「“オン”?………フォン?発音が難しいな………とりあえず、“シオン”でいいか」

 『適当だな』


 俺の言葉に、獅子が呆れたように言う。

 まぁ、夢でなんとなく“残った”言葉を名前にしましたなんて、言えない。

 俺的には“シフォン”より“シオン”の方がカッコいい気がするので、“シオン”なのだ。


 『で、我にも“名前”をつけろ』

 「…………って、言われてもなぁ」


 俺は、ルクムの実を取ると、それをかじった。

 甘酸っぱくもジューシーな味が、口一杯に広がった。獅子にも幾つか投げると、器用に前足を使って、実を食べ始める。


 「タマ、ミケ、ポチ…………はないか。うーん、レオン、は白いライオンだっけ?」

 『いくら何でも適当すぎる。

 我は“猫”ではないのだぞ?』


 獅子は、不機嫌に鼻を鳴らした。

 いや、でも、“猫科”じゃんか。どうしても、そっち方向に思考が傾くのは仕方がない。


 「じゃあ、“ノワール”とか?」

 『よくわからんが、安直な名前な気がする……』


 ちっ!……“クロ”だと安直だからと少し変えただけなのに、看破してやがる。


 「………あー、じゃあ、“クロガネ”は?」


 俺は、獅子の漆黒の毛並みを見つめながら言った。

 触り心地は最高だが、艶やかな毛並みは見ようによっては、まるで鋼のようと言えなくもない。

 まぁ、黒から連想して思い浮かんだだけで、ぶっちゃけこじつけだが。

 

 『ぬ?………なにやら、渋さを感じる。よいな、それ』

 「だが、呼び名は“クロ”だから、結局、意味がないと…………」

 『何故そうなる?!』


 やっぱり、“クロ”で良かったか。

 最初から、“クロ”を出しておけばよかったんだな。名は体を表すーー全身真っ黒な獅子には、ぴったりの名前だ。

 やはり、シンプルなのがいいよな!

 俺は、うんうんと、頷いた。


 「じゃ、そういうことで、“クロ”な」

 『何が“そういうこと”なのだ?そして、“クロ”とは、どこから出た。“クロガネ”の方が、どう聞いてもカッコいいだろう?!

 何が不満なのだ!』

 「えー………言いにくさ?」


 さらりと答えた俺に、獅子は絶句した。

 いかにもショックを受けました的な表情が、器用すぎる。え?お前、本当に獅子だよね?

 俺は、あらかさまにしょんぼりと落ち込んだ獅子を見て、苦笑する。

 いや、出会ってたった1日なのに、怖くないわ、これ。

 最初の威厳はどこにいった?


 「名前は“クロガネ”で、愛称が“クロ”でいいだろ?」

 『ぬ?しかし、それでは………』

 「はいはい、それで決まり!」


 まだ、なにやらごちゃごちゃと言っている獅子ーークロガネを無視して、俺は、ルクムの実を採集した。

 そして、祭壇の広間へと戻る。

 パーカーに、追加分の実をしまうと、水袋の水も補充した。ついでに、口を濯ぐ。

 クロガネも、ブチブチ言いながらも、祭壇に戻ってきており、俺は荷物を手に彼を見た。


 「クロガネ」

 『………こういうときだけ、きちんと呼ぶのは狡いと思うんだが』

 「気に入らないのか?」

 『違う。………気に入ってるからこそ、ちゃんと呼んで欲しいのだ。“シオン”よ』


 呼ばれた“名前”に、俺はおもわずにやける。

 他の誰でもない“俺”の名前。

 特別な意味などないそれが、今日からの“俺”を示すものになるのだ。


 「まぁ、互いに名前も決まったし、そろそろ覚悟を決めて、行こうか?」

 『我はいつでも行ける。そなたが遅いだけだ、シオン』

 「はいはい。……じゃあ、行こうか。背に乗せてもらうのは、外に出てからの方がいいか?」

 『そうだな。野獣どもも、昼間は現れない。あいつらは、夜行性だからな。

 言っておくが、我も長くここにいたから、世情には詳しくないぞ?』

 「それはなんとなく分かる」


 クロガネに促されて、魔法陣の中に一緒に入る。彼曰わく、上階だけでなく、幾つか行き来が可能な魔法陣があちこちにあるらしい。


 『確か、森に埋もれた神殿の祠にも通じていたはずだ。あそこに出られれば、一番近い町に1日くらいで行けたはずだが……』

 「それって、どの位前の話だ?」

 『ふむ。………ざっと、百年ほど前だな。我の封印が解けて、暇だったから、しばらくは周辺を見回った折の話だ』


 俺が、丘で目覚めたときに見た町らしき灯りは、随分、遠かったような気がするから、森を抜けるのに数日は掛かると思っていた。

 いや、しかし、案外近いのか?

 俺は、首を傾げた。


 「………まぁ、いいか。どのみち、避けては通れないんだしな」


 これからどうするにしても、町に行かなけば、どうしようもないのだ。

 俺が考えている間に、魔法陣が光り始める。

 そうして、俺たちは、忘れられ、廃墟と化した神殿を後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ