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ワールドRe:トライ・セブンオーブ  作者: 下級魔術師17号
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第3話 黒き獅子(2)

 獅子に案内されたのは、地下だった。

 祭壇の台の裏に魔法陣があり、そこから地下に移動できたのだ。

 黒い獅子は、天然の鍾乳洞らしい、その広い空間に住んでいたようだ。似たような祭壇があり、そこに同じ魔法陣があった。そこから広がる空間はひろく、両端にはかつては等間隔で立っていたのだろう、円柱の残骸が散らばっていた。

 かつては、神殿の一部として使われていたらしい広間を中心に、枝分かれした空間が幾つものあるようだ。


 『我は、長い間、ここで眠っていた。

 “王国”が滅びたときに、封じられたのだ。我を護る為に、な』

 「…………そうなのか?」


 祭壇近くの枝分かれした細い道を進むと地底湖に出た。その岸の一角に、地上からの光が差し込む場所があり、そこだけ緑が豊かだ。

 獅子が案内したのは、その場所で、細い枝の木々になる赤い実を、俺は食べていた。


 「“ルクムの実”……」


 赤い実は、プラムを大きくしたような形だが、食感は林檎で、味は瑞々しい桃に似た甘酸っぱい果実だ。

 そのまま食べてもいいが、果実酒、ドライフルーツにしても美味しい。

 という“知識”が俺の中に勝手に浮上してくる。

 俺の“認識(かんかく)”としては、初めて見た、初めて食べた果実なのに、何故か懐かしいと感じるのだ。


 『“ルクムの実”は、“王国”が存在していた時代は、それこそ“宝玉”の力によって王国領域内なら、どこにでもあったが、元々は聖なるもの。

 今では、消えて久しい幻の実だ』

 「…………“sept(セプト)宝玉(オーブ)”があれば………」


 手にした赤い実を見て、俺は呟く。

 呟いてから、俺はハッとした。


 「俺、今何を………」


 また、だ。

 知らない“知識”や知らない“認識”。

 俺の感覚とは違うものが、不意に俺自身から出てくる不可解さ。

 正直、気持ちの良いものではない。

 “ルクムの実”のように、まだ、“見て”から出てくる“知識”はマシだが、意図せずに出てくる“知識(ことば)”は、意味もわからず、ただ恐ろしい。


 『ふむ。そなたはなかなかに難解な状態のようだな。“知らない”のに、“知っている”とは』

 「………はぁ、正直、気持ち悪い」

 『慣れるしかあるまい。

 “septの宝玉”は、7つの“力の宝玉(オーブ)”の1つで、“活力”を司る。別名、“生命の宝玉”と呼ばれているな。

 治癒や成長に作用する宝玉だ』

 「だから、“ルクム”を育てれると………?」

 『宝玉自体が、聖なるものだ。だが、宝玉を扱う者の采配にもよるだろう。

 そなたであれば、育てられるだろうな』

 『じゃあ、種を捨てずに持っとこう。

 これ、美味しいわ。当分の食糧になるし……」


 俺は、パーカーを脱いで、そこに木から採集したルクムの実を置いた。


 「………あ、この草は……薬草か?こっちもそうだな。知らないけど!なんとなくだけど!」

 『前向きに活用しようという心構えは、良いと思うぞ?

 ここは、元々神殿だったから、聖なる土地だ。聖なる土地になる薬草は、高く評価されるはずだ』

 「マジ?!

 じゃあ、取っておく。街で換金できるかもしれないし………」


 俺は、その辺の草を毟る。

 銀色を帯びた茎の草は、上位の回復薬に必要な薬草で、透き通った黄色の花びらの小さな花が傷薬の薬草………と、見ると頭に浮かぶのだ。

 正直、考えると自分自身が気持ち悪いが、この際、目をつぶろう。

 これからどうするにしても、金は必要なのだ。

 せっかく“知識”があるのだ。活用しない手はないだろう。


 パーカーに、ルクムの実と薬草類を包んでバラけて落ちないようにすると、俺は、獅子と一緒に、広場に戻った。

 獅子は祭壇の前に落ち着き、ごろんと寝そべる。

 俺は、広場を見回した。

 地下なのに明るい。聞けば、天井などにある苔が、地上の陽光に反応して光るらしい。それが光源となり、昼間は明るく、夜は暗くなるのだそうだ。

 広場を見回していた俺は、広場の隅に泉らしい水場があることに気付いた。

 俺は、荷物を獅子のそばに置くと、泉に近づいた。

 元々は人工的に作られたのだろう。

 かつては美しかったのだろう石彫刻の名残に、無数の蔦や苔が絡まっている。

 覗き込むと、小さい泉なのに、底は深かった。


 『それは、地下水脈に繋がっている。飲んでも問題はないぞ』


 獅子に言われて、俺は両手で水を掬った。

 ひんやりと冷たい。

 俺は、恐る恐る澄み切った水に、口をつけた。


 「あ、美味い……!」


 水が甘いなんて、初めてだった。

 これを“甘露”というのだろうか。確か、天然の美味しい水は、甘さを感じると話に聞いていたが、本当に甘く美味しい水だった。


 「なぁ、なにか入れ物はないか?」

 『むぅ………、どうだろうな。小部屋に、何か残って入ればよいが……』


 獅子の言葉に、広場を調べると幾つもかの人工的な小部屋を見つけた。

 放置されてから、随分と経つのだろう。

 小部屋にはほとんど何もなかった。

 探し回って、ようやく、幾つかの水袋を見つけたが、俺が知っている“水筒”と違うものだった。

 俺が知る“認識”では、“水袋”とは、ファンタジー系のゲームや小説などに出てくるアイテムだ。ファンタジーって、元は中世ヨーロッパがベースだったはずで、革袋っぽいのの口を絞って、飲みやすいように栓を付けたものーーまさに、俺が見つけた品だがーーを使っていたらしい。

 だが、俺が探していたのは、“水筒”だった。

 なければ、ペットボトルとかでもいい。魔法瓶仕様なんて、我が儘はいわない。


 しかし、“水袋”を見たとき、「あぁ、ここ(・・)に“水筒”は無いんだな」と思った。

 確信した。

 多分、俺がここに来る前にいた場所と“ここ”は、文明面で大きな差があるのだ。言うなれば、“ここ”は、中世ヨーロッパ的な文明レベルなのだろう。

 何故、そう思ったのかは分からない。

 ただ、自然にそう感じたというか、思ったのだ。


 俺が、自身の“認識”の差に格闘しながら、探し物をしている間、獅子は、祭壇の前に横たわり、呑気に欠伸をしたり、毛繕いをしたりしていた。

 最初は怖かったが、慣れれば愛嬌があるように思える。大きくても、猫科ということだろうか。


 俺は、見つけた水袋を抱えて、泉に戻った。

 1つ1つ洗って使えるかを調べる。やはり、長い間放置されていたせいか、劣化が激しく、なんとか1つだけ、使えそうな水袋があった。

 それに泉の水を入れて、顔を上げると、周囲がだいぶ暗くなっていた。


 『そろそろ日が暮れる。今日は、もう、ここで休むといい』

 「ああ………」


 そんなに時間が経っていたとは気付かず、俺は内心、驚いた。

 言われれば、確かに空腹だし、全身疲れていた。

 俺は、水袋を手に、獅子のところに戻ると、地面に座り込んだ。


 『随分、集中していたな』

 「まぁ………、まさか、1日中やっていたとか、自分でもビックリだよ」


 パーカーに包んでいたルクムの実をかじる。

 また、明日の朝にでも追加で取りに行こう。


 『明日には、ここを離れるつもりだろう?』

 

 俺が、ルクムの実を食べ終え、水袋の水を飲んで一息つくと、獅子はそう言った。

 それに、俺は頷く。

 いつまでもここにいるわけには、いかない。

 

 「森を抜ければ、町があるみたいだし、ここにいても、何が分かるわけでもないからな」

 『森は危険だぞ?』

 「そうだな。……でも、まぁ、なんとかなるだろ?」


 俺は、肩を竦めた。

 本当は、何とかなるとは思っていないが、こればかりは、前向きに考えるしかない。

 食糧と水が手に入っただけ、マシなのだ。


 『なんとかなるわけがないだろう。“王国”が滅んで、300年は経つのだぞ?

 森には野獣だけではなく、おそらく、“魔物”もいる。町明かりが見えるのに、人の姿が無いのは、おそらく森が危険だからだ』

 「…………って、言われても、じゃあ、ここにずっといろってことか?」

 『そうではない!』


 がうっと、苛立つように獅子が吠えた。

 俺は、その迫力にビクッとする。

 いや、多少、慣れてきたとはいえ、怖いんだよ。


 『………すまぬ。ただ、その、だ。

 そなたは、貴重なのだ。“宝玉(オーブ)”は、力の結晶。強い力は、人を歪める。

 力は“力”でしかない。

 使う者によって、力は在り方が変わるものだ。

 そなただけが、“宝玉”の力に当てられず、影響を受けず、正しく扱えるのだ。

 今の世に、“宝玉”が欲深き人の手に渡れば、争いは避けられない。大地が血に染まるだろう。

 故に、我はそなたを護る義務がある』

 「………とどのつまり?」

 『…………我も連れて行け……』


 ふいっと、そっぽを向く獅子。

 う~ん、つまり、俺が貴重だとか云々は、半分は“言い訳”だっていうことか。

 しかし、そんな凄いものを俺が操れるとか有り得ないだろう。

 俺としては、平穏に暮らすのが一番だ。

 まぁ、自分が何者なのかとかは知りたいけど、厄介そうな“宝玉”とやらには、正直、近付きたくない。


 『望む望まざるに関わらず、そなたは、“宝玉”と関わるだろうな』

 「いきなり不吉な事を言わないでくれ!……っていうか、勝手に人の思考を読むなよ」

 『そんな能力、我には無いぞ?

 まぁ、そなたが分かりやすいだけであろう』


 顔に出やすいと言いたいのだろうか。

 俺は、憮然とした。


 『………ちなみに、我を連れて行けば、そなたを背に乗せるのもやぶさかではない。

 我がいれば、野獣は近付いてこないし、森も抜けるのが早くなる』


 ちらりとこちらを見る視線があざとい。

 そりゃ、身を護る術のない俺にとっては、非常に捨てがたい誘惑だね。これだけの巨体の獅子と一緒なら、心強いことこの上ないだろう。


 「一緒に行きたいなら行きたいって言えば、いいだろう?」

 『そなたとて、我に“一緒に来てください”と言うべきではないのか?』

 「別に?

 俺は、まぁ、1人でもなんとかなると思う」

 『その根拠のない自信は、どこから来るのだ?

昨夜とて、野獣相手に必死だっただろうが!』

 「まぁ、そりゃ、死にたくないからな。

でも、結果的にはなんとかなったし、まぁ、なんとかなるくらいの前向きじゃないと、俺、やっていけない気がする…………」


 考えると、どんどん深みにハマりそうで怖いのだ。見知らぬ場所、記憶の無い自分。

 知らないのに知っている“知識”。

 自分の中にある“認識”の差。

 一体何のために自分はここにいるのか。


 『分かった!分かったから!……我が悪かった。

 だから、もう、考えるな。そなたが“狂って”しまったら、取り返しがつかん。

 我は、そなたと一緒に行く。だから、“安心”していい』


 獅子の言葉に、ドロドロとした思考がハッと止められる。

 顔を上げると同時に、獅子は前足で器用に俺を自身の腹に引き倒した。


 「わ!……ぶっ?!」


 モフモフな毛並みに顔を埋める形になって、俺は顔を上げた。

 獣臭いが、毛並みは触り心地が良く、最高のモフモフ具合である。正直、癒される。


 『もう寝るといい。明日は早い』

 「………あー、うん。おやすみ」


 相変わらずそっぽを向いて、そう言った獅子に、俺は思わずにやけた。

 獅子の身に身体を預けると、温かく柔らかい。

 最初は怖かったはずなのに、いつの間にか怖くないし、むしろ、このモフモフ具合が癖になりそうだ。

 なにより、1人より安心できる。

 俺は、どこかホッとして、目を閉じた。

 

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