第2話 黒き獅子(1)
本日2話目。
いろいろ描写が難しい(´・ω・`)
目を開くと、固い床の上だった。
崩れかけた廃虚の中、少し視線をずらせば、ぽっかりと崩れ落ち、開いた穴から青空が見えた。
俺は、頬を撫でる冷たい空気に身体を震わせた。
顔に、肌に突き刺さる空気に反して、身体は何故か暖かく、俺は、無意識に柔らかなそれにすり寄った。
そのまま寝返りを打って、俺は、ハタと気付く。
ガバリと上半身を起こすと、そこは廃虚の上階だった。昨日、命からがら逃げ込んだ場所だ。
『目覚めたか……。尊き血筋の末裔よ』
不意に頭に響いた声に驚愕する。
見上げれば、俺を護るかのように身体を伏せる巨大な獅子がいた。
暖かいと思っていたのは、どうやらこの獅子の身体に身を寄せていたかららしい。俺は、おもわず声を上げて、獅子から距離を取った。
一体、どこから入ってきたのだろう?
昨夜、この祭壇に来た時点では、確かに生き物の気配1つ無かったはずだ。
俺は、警戒と恐怖に、ぐるぐる回る思考をなんとか落ち着かせようと、深呼吸した。今、パニックになる方が、危険なのだと漠然と思う。
俺は、改めて獅子を見た。
真っ黒な、漆黒の毛並みが美しい獅子だ。
だが、ただの獅子じゃない。
3メートル近い巨体の獅子なんて、見たことがない。全身を覆う艶やかな漆黒の毛並みに、鋭い黄金の目の獅子ーーなんて格好良いんだ、なんて、一瞬見とれたけど、普通の獅子は、背中に漆黒の大きな翼なんて持っていないはずだ。
俺は、ただただ絶句して固まった。
人間、本当に恐怖すると声も出なくなるようだ。
そう。目の前の生き物は、美しくも恐ろしかった。“畏敬”を抱くというのは、こんな感じかもしれない。酷く恐ろしいのに、どこか威厳があり、美しい生き物に目が離せない。
『怯えなくてもいいぞ。そなたを傷付けるつもりはないし、出来ないからな』
「………」
そうは言われても……。
呑気な獅子の言葉に、俺は、困惑する。
確かに襲うなら、俺が寝ているうちにガブリといけばいいのだから、彼に俺を襲う意志は無いのだろう。
だが、弱肉強食の本能的な恐怖には勝てない。
俺は、どうすれば良いのか分からず、固まったまま、獅子を見上げた。
「………って、あれ?言葉……?」
ふと気付く。
というか、誰が俺と話しているんだ?
いやいや、頭に響く低い男性の声が、獅子のものだと自然に判断している俺がおかしい。
だが、俺の妄想でなければ、目の前の獅子が話しているとしか思えない。
普通、動物と話すことなんて出来ないだろう。
なのに、目の前の黒い獅子は、普通に話している。いや、頭に響くから、実際は“話して”いるのではないのかもしれないが。
『普通は、我の意志が人間如きに理解できるわけがないだろう。だが、そなたは別だ。古き血を引き、聖なる力を秘めた“宝玉”の正統なる継承者よ。
もう、とうの昔にいなくなってしまったとばかり思っていたが、なんたる僥倖か。
この匂い、気配、まさしく直系の血筋。
今までどこにいたのだ?』
ふんふんと、俺の匂いを嗅いで、獅子は、満足そうに鼻を鳴らした。
俺は、近づく獅子の顔におもわず身を引いた。反射的なものだ。
いや、だって、獅子を間近に見るなんて初めてなのだ。
襲われないと分かっていても怖いものは怖いのである。
それと同時に、獅子の友好的な態度に先ほどまでの警戒が薄れているのを感じた。やはり、意志疎通が可能なのは、恐怖を感じる差も大きく変わるらしい。
だが、その一方で俺は、獅子の言葉をぐるぐると反芻する。
古い血?
聖なる力?
宝玉の継承者?
なにその、いかにも重大そうな言葉の羅列は。
厄介な匂いがするキーワードばかりだ。
俺は、善良な一般人だ。
うん。……いや、記憶がないけど。
ないけど、なんとなく、そんな重要人物っぽい人間じゃないのは、確かだ。
「いや、ええと、俺にも分からない事だらけなんだが……」
『ふむ。そなた、信じてないな』
「信じてないもなにも、俺には、ここで昨夜、目覚める前の記憶が一切無いからな。自分が“誰か”も分からないのに、なにを根拠に“信じる”んだ?」
『なんと………!』
俺の口から皮肉げ言葉が出た。その自嘲めいた言葉に、俺自身が驚いた。
獅子も驚いたように目を見開く。
そして、何かを確認するかのように、のそりと上半身を動かし、俺の身体に近寄り、くんくんと俺の身体に鼻を押し当てて匂いを嗅ぎ出した。
俺は、獅子の突然の行動に悲鳴を上げそうになった。
意志疎通が可能とはいえ、獰猛さが見え隠れする巨体が怖くないはずがない。
だが、敵意はないのは分かる。
くんかくんかと、鼻を押し付けられ、グルル………と獅子が唸れば、まるで、襲われているようだ。実際はじゃれつくように獅子の身体が寄りかかってきて、重いのとくすぐったいだけだが。
俺は、悲鳴を上げるのを必死で堪えた。
『む………これは、微かだが、強力な封じの跡があるな。それと、この世界ではない力の残滓………』
「なにか分かるのか?」
獅子の呟きに俺は少し期待する。
俺から離れた獅子は、深く息を吐いて、『分からん』と、鼻を鳴らした。
『おそらく、何らかの強い干渉を持って、そなたの“記憶”は封じられているようだか、正直、まったく分からん』
「つまり、意味がないと………?」
『まぁ、そうだが……な。すまない』
獅子は、しょんぼりと頭を落とした。
その仕草は、巨体に似合わず、妙に可愛らしい。
……まぁ、所詮“猫”だしな……
俺は、溜息を吐いた。
「謝る必要はないさ。そんなに簡単に分かるものじゃないって、なんとなく予想はしていたからな。
それより、これからどうするかだよな」
俺が獅子を慰めるように言うと、獅子は、少し落ち込んだ様子だったが、今度は不思議そうな顔をした。
先ほどから思っていたが、随分と人間臭い仕草をする獅子だ。
感情表現が分かりやすすぎる。
『“宝玉を集めるのではないのか?』
「オーブ?」
『そうだ。“神”が生み出した7つの力の“宝玉”だ。そなたは、その正統なる継承者。“宝玉”は、真の主の元になければ、その真価を発揮はしない。
そなたは、それを集める義務がある』
「………と言われてもな」
俺は肩を竦めた。
先ほどから、そういえば“宝玉”とかなんとか言っていたな。
いや、関わると面倒臭いからってスル―していたわけではない。断じて。
「その前に、俺自身、何一つ分からない事だらけな上に、今は生き残るかどうかの方が優先だろう。
なにせ、俺は無一文どころか、なんの道具も持っていないんだ。町に行こうにも、森を抜ける必要があるし、俺には身を守る術すらない」
『ふむ、だが………』
獅子が何かを言いかけたが、ぐぎゅるるる~……と盛大な音が、辺りに響いた。
獅子は、その音に、器用に片眉をあげて俺を見た。
俺は、腹に手を当てる。
ちょっと頬が熱いのは、スル―だ。
昨夜、目が覚めてから、あれほど運動して、今まで何も食べていないのだ。腹が空腹を訴えるのは、当然というものだ。
『………確かに、優先すべき事はあるようだな………』
納得したように呟いた獅子に、俺は、少し居たたまれずに乾いた笑いを向けた。