第15話 カラチ平原
目の前に赤茶けた剥き出しの大地が広がっていた。 荒く起伏の激しい地面は、荒々しい印象を受ける。 丘陵地ほどの高低差はないが、それでも決して“平らな”大地ではない。激しく隆起しながらも地平線まで見渡せる大地が広がっている。
遠くに望む、高く青白い山脈が、[サキテノ山脈]なのだろうか。
丘陵地から真っ直ぐ続いていた街道が、ぶつりと途切れて、そこからは道無き荒れ地が続いている。
「これが[カラチ平原]……」
まるで、地面自体が溶岩の流れた後に固まった気泡の多い石のようだ。そんな大地は、でこぼこしており、足を取られ易く非常に歩きにくい。
点在する木々や茂みは灌木が多く、葉も少なく、色艶も悪く乾燥して黒ずんでいるようだ。
『シオン、無理はするな』
「うん。………でも、凄いな、ここ』
俺は、ゴツゴツして歩きにくい地面を軽く蹴ってみた。脆いかと思ったら、意外に硬い。
今朝、村を出る前に、ルディオスから[カラチ平原]についての詳しい説明を受けたが、聞いていた以上に過酷な場所に見える。
いや、俺が楽観視し過ぎたのかもしれない。
平原に入り、しばらく歩くと、思った以上に足を取られ、何度も転びそうになった。
[カラチ平原]には、“道”がない。
だが、“ルート”は存在しているらしく、そのルートに沿って、旅人が使う野営地がある。いや、逆だ。
昔は、この地も豊かな場所で、“王国”の采配のもと、街道が整備され、一定距離に宿場や村が点在していたらしい。その宿場や村の跡にある魔除けを利用して、“結界”を張った野営地を作ったのだ。
ルートは幾つかあるが、[カラチ平原]を旅するには、点在する野営地を進んでいく形になる。
「今日中に野営地に着かないといけないのか」
野営地に張られた結界は、魔物や野獣などのモンスターを避けるものだ。平原のモンスターは夜行性が多いし、平原そのものが、野宿できるような環境ではない。
野営地はだいたいが半日程の距離で点在するので、日があるうちに、先の野営地に辿り着けるかが、[カラチ平原]での重要なポイントになるらしい。
ルディオスやカリナはこんな道でも慣れているらしいが、普通の道でさえ慣れてない俺は確実に足を引っ張るだろう。
「野営地はモンスターは入れないけど、人同士の争いがあるから、気を抜けないかな?」
「人同士?」
「早い話が、旅人を装ったたちの悪い盗賊が出ると言われている。野営地は少ないから、他の旅人と一緒になることがあるが、ここでは互いにあまり干渉しあわないようにするのが、暗黙のルールだ」
「それにこんな辺境だから、魔が差して、荷を奪う為に襲ってくる旅人もいるわ。
旅が佳境になるほど、食糧とか少なくなって飢えたりして、冷静な判断が付かなくなる旅人も出てくるから」
『ふむ。それに、大地の陰気に当てられるのだろうな』
クロガネの言葉に平原を見回す。荒れた過酷な大地だが、陰気な印象はなかった。
『そなたは、“魔の森”でも気にして無かったな』
「………森自体は悪い感じはしなかったな」
「シオンは、無意識に周囲を浄化しているようだ。弱い魔物なら、容易に近づけないだろう」
「そうなのか?」
『まぁ、………魔力ではないから、悪いことにはならん。“宝玉”さえ手に入れれば、段々と制御できるようになる』
俺から視線を外して、クロガネが言う。
え?何か、今、さらりと重要なことを言わなかったか?
俺が周囲を浄化してるとか、初耳なんだが。
ジトリと、俺はクロガネを見る。
そっぽを向いたクロガネは、説明する気はないようだ。代わりに、ルディオスとカリナが言うには、俺から金色の粒子が零れていて、それが周囲を浄化しているのだそうだ。
これは、“翼種”など一部にしか見えないものらしい。
陰気や“ケガレ”から身を守る無意識のもので、一種の防衛本能らしい。子供のうちは制御できないが、大人になれば、ある程度、自身の意志で制御できるようになるものだとか。
つまり、俺はまだ“子供”ってことか?
思わず、クロガネを睨みつけると、『仕方がなかろう。そなたは、記憶喪失なのだから』と言われた。
まぁ、そうだけどさ。
“聖なる存在”だって言われても、ピンと来ないのが事実だし。
俺は、溜め息を吐いた。
ちなみに魔力がダダ漏れ状態だと、魔物が魔力に惹かれて寄って来るので、危険らしい。
「そろそろ、この辺でいいか」
ルディオスが呟いて、俺を見た。
朝に[カラチ平原]について説明された時、同時にある提案をされていたのだ。
「クロガネ、頼む」
『ふむ。任せるといい』
俺がクロガネを地面に下ろして頼めば、クロガネは張り切った様子で頷く。
子猫が、一瞬にして3メートル近い巨体の黒い毛並みの獅子に姿を変えた。劇的な変化だ。
本当に瞬きするかどうかの一瞬なので、どうやって変化しているのかが謎だ。
獅子の姿のクロガネを初めて見るカリナやルディオスが、その迫力に思わず息を呑むのが分かった。
「これが“聖獣”か。……凄いな」
「もふもふだね。カッコいいわね」
おもわずと感嘆する2人に、クロガネは、ふふん!と得意げだ。どや顔で、こちらを見る
悠然と立つ姿はなかなか威厳があり、黒猫と雲泥の差だから、分からなくもない。
「クロガネ、お座り!」
『我は“犬”ではないぞ?シオン』
「いや、だって、そのままじゃ乗れないし」
『むぅ。少しは我の威厳をもう少しあやつらに見せ付けても罰は当たらぬぞ』
そう言いながらも、俺が乗れるように伏せてくれる。俺は、クロガネの背中を宥めるように撫でた。
黒猫の時の毛並みも良いが、獅子の姿の毛並みのふかふかさと手触りの良さに、盛大にモフりたい気分になる。
そう。この[カラチ平原]では、俺の体力では確実に足を引っ張るし、モンスターに襲われた時に隠れれる場所も少ない為、安全上、俺はクロガネに乗って移動することになったのだ。
正直、気は進まないが、これ以上、2人の足を引っ張るわけには行かない。
情けないが、俺は戦えないのだ。
「そういえば、カリナは、一緒に乗らなくていいのか?」
俺は、ふと振り返って、2人に聞いた。
俺より体力があるといっても、カリナは子供だし、こんな荒れた場所は流石に疲れるだろう。
「私は大丈夫よ」
「クロガネの上では自由に動けない。モンスターの襲撃があった場合、対応できなくなる」
「あー、うん。分かった」
なんか俺だけ楽をしている感じがして、気が引ける。だが、2人の言い分も理解できなくはない。
なるべく足手纏いにはなりたくないので、俺は素直にクロガネの背に乗った。
「クロガネ、安全速度で頼む」
『ふむ。2人の速度に合わせるから、大丈夫だ。心配するな』
“前科”があるクロガネに釘を指す。すると、クロガネは自信満々そう答えた。
まぁ、そうなんだろうが、なんだろ?
あまり、良い勘がしないのだが。
荒れた平原を進むが、そうたいして進んでいないのに、野獣がわらわらと襲ってくる。
貧相な体つきの薄茶毛並みの犬に似た獣が群れで、茂みから飛び出してくる。
ギラギラとした赤い眼光に、鋭い牙。一見貧弱そうだが、その飢えた凄みは野良犬とは違う。
「ぎゃん……っ!!」
ルディオスが大剣を奮うたびに、飛びかかってくる野獣が数匹纏めて倒されていく。あんなに大きな剣なのに、重さを感じさせない動きに加えて、かなりのスピードだ。
その滑らかで美しい動きに、思わず視線が釘付けになる。
「[風演乱舞]……」
カリナに向かってきた数匹を前に、彼女が呟くと、鋭い風が野獣たちを舞い上げるように吹き飛ばし、さらに刃と化した風が、野獣たちの身体を切り裂いていく。
「うわ、凄いっ!」
俺はおもわず声を上げた。
クロガネと俺を庇うように、ルディオスとカリナが無双する。うん、まさに無双だ、
というか、雑魚を相手にしている感が半端ない。
その後も似たような野獣や大きな鳥などが襲ってきて、その度にルディオスとカリナが、あっさりと撃退していく。
「うん。旨いな……」
「温かくて美味しいものが食べれるなんて、嬉しいかな」
歩きながら、昼食となる。
座ってゆっくりと休憩する場所が無いのと、意外と多い野獣の襲撃に、手間取ったせいだ。
明るいうちに、野営地に着いて野営の準備をしないといけないのだが、なかなか進んでいないのだ。
まぁ、俺は、クロガネの上で楽をしているが。
なので、ルディオスとカリナの食事を優先する。
作り置きした、歩きながら食べれるクレープ生地に野菜と味付きの焼き肉を巻いたものとあっさり塩味スープが、昼のメニューである。
スープも、水筒に小分けしたものだ。
村に寄ったとき、商隊の露天で売っていたもので、どうやら竹っぽい植物から作られたものらしい。
口が大きいので、具入りでも入る水筒である。
「温かいスープか……」
「こっちの味が濃いめだから、あっさりスープが合うわね。ボリュームあるし、野菜も新鮮だし、美味しいし、最高ー!」
珍しくカリナのテンションが高い。嬉しそうに、クレープもどきをぱくついている。
ルディオスも満足そうに黙々と食べていた。
昼食を終えて、再び歩き始める。
しばらく歩いていたら、また、野獣が襲ってきたのだが、ルディオスたちが他のを相手にしている間に、別のがこちらに向かってきた。
クロガネが、飛びかかってくる野獣を華麗なステップで避けて足蹴にする。
『ふん!我に向かうなど、百年早いわ!』
得意げに鼻息荒く、がるる!と唸り声を上げるクロガネ。
だが、背中に乗っている俺は、クロガネが飛び跳ね、避け、攻撃をする軽やかな動きに、上下にシェイクされ、大きな動きに振り落とされないように必死だった。
途中、何度、宙に浮き、落ち掛けたことか。
こちらに気づいたルディオスが、自分に向かった野獣を一掃し、すぐにこちらに来て蹴散らしてくれたが、正直、生きた心地がしなかった。
「うぉぇぇぇぇ………っ!」
クロガネに落ち掛けながらもしがみついていた俺を、ルディオスが地面に降ろしてくれた。
あちこちに散らばる野獣の死体の中、俺は、おもわず吐く。
あぁ、せっかくの昼飯がもったいない……。
まだ、身体が揺れている感じがして、気持ち悪い。それに、野獣の死体が多いせいか、血の匂いが周囲に満ちており、それも何故か鼻につき、気分が悪さを増している。
「シオン、大丈夫か?」
「…………うぅ、大丈夫………じゃないかも……」
俺は、鞄から水袋を取り出して口を濯ぐ。
水を飲みたいが、気持ち悪過ぎて、飲む気がしない。
「シオン、顔、真っ青………」
「……血に当てられたか……。
だが、このまま、ここに留まるのも不味い。他のモンスターが寄ってくる」
「ごめん………」
俺は、俺の後ろでちょこんと座り、しょんぼり、頭をうなだれるクロガネを見上げる。
『シオン、すまぬ……』
「クロガネ……。だから、言ったのに……』
『むぅ。だ、だが、今回はスピードを出したわけではないぞ?』
「でも、背中にシオンを乗せている自覚が無いわね」
『ぐぅ………』
ますますうなだれるクロガネ。
だから、なんか嫌な予感がしたんだよ……。
俺は、溜め息を吐いた。
「今は、クロガネには乗せられない。シオン、オレの背に乗れ」
ルディオスがしゃがんで、俺に背を向けた。
「……いや、それだとルディオスが戦えないし、ますます遅くなる。クロガネに乗るよ」
ルディオスの提案に、俺は首を横に振る。
俺は、「クロガネ、いいよね?」と訊けば、『無論だ』と、クロガネは頷いた。
『今度は慎重にいく。シオンは、我の背中で少し寝るといい。顔色が酷く悪いぞ?』
「なんか、血の匂いが鼻について……。ルディオス、悪いけど、クロガネに乗るのを手伝ってくれないか?」
「わかった……」
ルディオスに手伝って貰い、クロガネの背中に再び乗る。
そして、すぐにその場を離れ、先を急ぐ。
ルディオスが地図を広げて、カリナと話しているのを、俺はボーと見る。
野獣の死体から離れたせいか、気分の悪さは回復しつつあるのだが、どうにも調子が悪い。
町に来る前にクロガネがやらかしたときは、すぐに回復したんだが……。
そう思っている間に、俺の意識はストンと落ちた。
別名、『クロガネがやらかした件』でした。
ちなみに、主人公はこれから先、体調を崩して倒れるパターンが多いけど、虚弱ではありません。
普通の一般人と冒険者の体力差やら経験差やら不運やら、種族的特性やら不運やら不運やらが影響しとります。
本人も、物凄く不本意なんです。
本人の名誉の為に、事前にフォローを入れときます(笑)
そのうち、活躍できる……はず。多分。