第14話 休息
丘陵地の旅は、特に問題無く進んだ。
俺が体力がないので、こまめに休憩を挟みながらだったので、3日の所、倍の6日掛かってしまった。
まぁ、カリナも子供だし、体力の無い精霊術師なので、ペース的にはちょうどよいと言われたが、それでもすぐにへばる俺よりはかなり平気そうだったので、多分、気を使われたのだろう。
途中の村で、2泊したのも、遅れた原因だ。
ちょうど村に来ていた商隊が大規模で、村はちょっとしたお祭り騒ぎになっており、丁度良い機会だったので、防寒着やら足りないものを買い物した。
俺が厨房を借りて、作り置き用の料理をしていたら、またしてもレシピを教えてくれと言われ、それが何故か、村の有志による料理教室に発展した為に、翌日も泊まる羽目になった。
まぁ、その分の宿代はタダになったので、助かったが。
どうやら、手軽に食べられる類の料理はあまり無いらしく、たとえば、固い黒パンと水だけとか、味気ない携帯食とかになるらしい。
黒パンでも一度火に炙ると柔らかくなるし、後は水気が多すぎないように具材を挟めば、サンドイッチになる。
パンが無かったら、小麦粉を練って具をくるんで蒸した“肉まん”もどきや薄くクレープ状に焼いたものに具を巻いたりできる。
この辺りというか、[ウミナハス王国]では、基本的に“蒸す”という調理方法はないらしい。
まぁ、面倒といえば面倒だから、分からなくもない。
俺としては、“お米”がないのが残念だ。
内海の東側、[皇国]には“水麦”があり、蒸して食べるらしいので、それが“米”ではないかと思う。
まぁ、調味料に普通に味噌や醤油があるのは、正直助かった。これらも、[皇国]から流れてきたもので、[帝国]ではあまり知られないものになるらしい。逆に[帝国]からは、マヨネーズやケチャップなどが流れてきているようだ。
どちらもこの辺りでは、一般的なので値段もそこそこ安く手に入るのが有り難い。
そんなこんなで、俺のペース的には順調に旅が進んで、丘陵地最後の村に着いた。
ルディオスが言うには、オレも段々慣れてきて、進むペースが上がってきているらしい。
「だが、ここから先は今までのようにはいかない。体力回復の為に2泊して、明後日に出発にしよう」
「今日は、ベッドで寝られるよ~」
宿屋の食堂での夕食時に、ルディオスが言った。
共同だが、簡易の浴室で風呂にも入れ、数日の垢を落とし、さっぱりする。
まぁ、垢といっても、生活魔法があるので、気分の問題だ。魔法で、身体も衣服も綺麗に出来るが、やはりさっぱり感がないのだ。
「野宿かぁ……」
部屋に戻り、ベッドに横たわった俺は、ぐったりとぼやく。
俺は、一人部屋で、ルディオスとカリナは隣の2人部屋を使っている。別に3人一部屋でも良かったが、一緒に行動してまだ数日、そこまで慣れた訳ではないらしい。
カリナはともかく、ルディオスに丁重に断られてしまった。
まぁ、一部屋といっても、クロガネがいるから、独りではない。
狭い部屋だが、それなりに清潔で文句はない。たいして柔らかいわけでもないが、ベッドに寝れるのが、かなり有り難い。
この数日で“野宿”も体験したが、テントなどはなく、焚き火の周りで外套や毛布にくるまって地面に雑魚寝するのだ。
余裕があれば、簡易の寝袋や持ち運びできる小さなマットを敷いて寝ることもあるが、いつ何が起きてもいいように、雑魚寝するのが一番らしい。
ずっと歩きっぱなしで疲れているから、雑魚寝でも爆睡しているが、固い地面に慣れない外では、疲労は取れない。
『平原に入れば、我も元の姿に戻って構わないだろう。なら、夜は我に身を預ければ、温かいし、地面で寝るよりマシであろう』
「あー、そうだね。クロガネの毛並みは最高だからなぁ」
『それに、我はいざとなれば、この姿で昼間寝れるから、夜の見張りもできるぞ』
元々“聖獣”は、基本的には精霊などと同じく寝ることはないらしいが、寝ることで変化などで消費する力の回復に繋がるらしい。
それも短時間で十分なので、夜の見張りくらいは平気だという。
「じゃあ、ルディオスに相談してみようか?」
『うむ、よいぞ』
やる気十分なクロガネを、俺は撫でる。
うん。猫になっても、クロガネの毛並みは最高で、癒される。
俺は、クロガネをもふるのを満喫した。
ちなみに、ここまでの野宿でもルディオスとカリナは交代で見張りをしてくれている。
俺は、完全に素人であり、疲労が半端なく爆睡しているので、2人が気を使って免除してくれているようだ。情けない話だが、正直、有り難い。
慣れてきたら、少しずつ、夜の見張りもやろう。
『シオンは“護衛対象”だから、多分、あの2人はやらせないと思うぞ?』
「でも、一応、“対等”なんだし、夜の見張りもやるべきだろ?」
『ふむ。一理あるが、そうでなくても、あの2人がシオンにやらせることはないだろうな。気にするなら、シオンは、あの2人が出来ないことをすれば、“対等”であろう?』
「出来ないこと?」
『食事は野宿において、活力を左右する重要要素だろう。なるべく、美味しく栄養バランスのある食事を作ってやることは、シオンにしか出来まい』
「まぁ、そうだけど………」
『野宿であれだけの食事は、なかなか食べれないはずだ。どうせ、他にも“隠し玉”はあるのだろう?』
隠しているわけではないが温かいスープなら、大鍋に3つあるし、宿屋で作って貰った作りたての料理や買い込んだパンもある。あの町で買った屋台の串焼きや焼き菓子も残っている。
もちろん、野菜や果物など食材もあるから、道中に作ることも出来るし、町や村で作った、作り置きしてあるサンドイッチなどの手軽に食べれるものもある。
俺の“魔法鞄”は容量が調節できるので、食料分を余分に拡張したが、それでも疲労とかは無い。
[イオーリス]に行って、魔力測定をするのが楽しみなような、怖いような。
しかし、今後の為にもぜひ生活魔法を学びたいし、出来れば他の魔法も覚えたいところだ。
「確かに、まぁ、いろいろ想定して仕込んではいるかな?」
『むぅ。その“魔法鞄”だけでも、十分、役に立っているぞ?普通の“魔法鞄”は、そんな機能はないし、容量もないからな』
「そうなのかな?」
『だいたい、ルディオスたちは“冒険者”でプロなのだ。彼らが“仕事”として受けた以上、完全に対等は無理であろう。
素人のシオンが無理をしてどうする?
このような旅も初めてなそなたと、旅慣れしている彼らでは、経験も配分も違うのは当たり前だ。
シオンがすべき事は、無理をすることではなく、出来る事をしつつ、無理せずに旅を続けることだ。
[イオーリス]までは遠いのだ。
今から無理していたら、後が続かぬし、彼らにも余計な心配をかけることになるぞ?』
クロガネの言葉に、俺はうなだれた。
確かにそうだ。
“対等”だとルディオスは言ったが、何もかも違うのだ。完全に“対等”は無理なのだ。
ましてや、“護衛対象”と“護衛”する者。ルディオスたちが、俺に気を使うのは当然なのだろう。
俺だって、無理したいわけではない。ルディオスたちと自分の違いくらい、理解している。
「あまり、無理しすぎると却って“我が儘“になるんだよね。余計に足を引っ張る……」
『………我から見れば、シオンはよく頑張っていると思うぞ?』
クロガネが慰めるように、俺の膝の上に乗ってきて、俺の手を舐めた。
『シオンのおかげで、食事は美味しいし、温かいものも食べられる。普通の野宿なら、まず有り得ないことだ。それに、長距離歩いても文句も言わない。疲れたら、きちんと言って無理はしない。
多少、日程が遅れても、こうして順調に来ているのだから、彼らも悪くは思っていないはずだ』
「…………そうかな?
そうだと良いんだけど、ありがとうな。クロガネ」
『それこそ気にするな。我は、望んでそなたと共にいるのだ』
少しすっきりして、俺は眠りに着いた。
まだ、先は長いのだ。
足手纏いなのは、最初から分かりきったことだし、記憶のない俺には何もかもが初めてなのだ。
それに甘える気はないが、それでも彼らと差がでるのは、仕方がない。
翌日は、空いている時間に厨房を借りて、持っている材料で料理を作る。
やはり、カラチ平原は、いろいろな野獣や魔物がいる危険地帯で、場所によっては、夜に火を使えなかったり、野宿でも夜中に移動したりすることもあるらしい。
“外境”と同じく、野獣や魔物が近寄れないポイントが点在しており、カラチ平原の漠然としたルートは、そのポイントで野営できるかどうかが鍵になるそうだ。
調理可能ならなるべく作りたいが、作り置きした料理は数あった方が良さそうだ。
午前中の空いている時間に、幾つか作った料理を鞄に収めて、午後は村の中を散策する。
「あれ?」
『どうした?』
肩の上にしがみついたクロガネと共に歩いていたら、ふと、どこかで見たような金髪が目に入った。
なんとなく、その方向に行くが、金髪の人影はなく、俺は首を傾げた。
まさか、あのプレイがいるわけがない。
だが、俺のせいでかなり行程が遅れているから、1人もしくは同行者を見つけて旅立ったプレイが、途中で、すれ違うのも有り得る話だ。
『それはないだろう』
クロガネが、やや不機嫌そうに言った。
『アレにそんな度胸があるとは思えん』
「まぁ、1人は無謀だよな」
多分、見間違えたのだ。
プレイの金髪は見事な金髪だったが、別に他に金髪の人間がいないわけではない。
むしろ、俺の青い髪の方が、似たような色の人もおらずに目立つ。
「フード被ろうかな……」
『ふむ。余計に怪しまれるぞ?』
聞けば、黒髪ならこの辺りにはいないが、[皇国]方面では珍しくはないらしい。
考えるに[帝国]は西洋的で、[皇国]は東洋的なのだろうか。
とりあえず、村を散策していたら、途中からカリナが合流してきて、あちこち連れ回された。
どうやら、村に来ていた商隊の露天で売っていた飴が目当てだったらしい。
それほど高くはなかったので、ミルク味と蜂蜜味の飴を小瓶2つずつ買った。
「兄ちゃん、これはオマケだ」
渡されたのは緑色のスティックタイプの飴3本だ。あまり美味しそうな色ではない。
「お試し品でな。体力回復の薬草飴だ。効果はばっちしなんだが、味がちょっとなぁ……。
まぁ、今度会ったら、感想でもくれや」
「はぁ……。ありがとうございます?」
形もなんか芋虫を連想させる薬草飴に、俺は、とりあえず礼を言って、鞄に放り込む。
感想って、食べないと駄目なのか?
そう思いながら露天を離れる。
どうやら、[ウミナハス王国]へ戻る商隊らしいので、運が良ければ、また途中でかち合うかもしれない。
その後も他の露天を冷やかしていたら、魔法書があった。[基本魔法]と[生活魔法]の本だ。
「シオン、ひょっとして魔法使えない?」
「うん。魔力はあるみたいだけど、魔法は知らないから、覚えたいんだ」
カリナは驚いたようだったが、俺が記憶喪失だと思い出したらしく、納得したようだ。
この数日の旅で、カリナは俺が生活魔法を使っていると思ったらしい。実はクロガネがしてくれていたのだと話せば、「もって早く言えばいいのに!」と、頬を膨らませた。
ルディオスは、魔法は苦手らしく、カリナが生活魔法を使っていたらしい。
別に2人だろうが3人だろうが変わりはないと、次からは衣服の[洗浄]や[乾燥]も、身体の汚れを落とす[清潔]もまとめてかけると言われた。
「…………文字が読めない……」
本を開いたが、文字がまったく分からない。
俺はがっくりして、本を元に戻した。
「なら、こっちがいいかな?」
カリナから差し出された本は子供向けの文字練習の本だった。うん?勉強しろと?
カリナが、本とノートと筆記具を纏めて値引き交渉し、銀貨5枚を3枚まで引き落とした。
露天商が感心するくらいの苛烈な交渉に、俺は、女子の怖さの一面を見た。
その後は、ルディオスとも合流して、夕食となり、その日は平和に過ぎていった。