第12話 プレイ
翌日、朝食を取った俺は、クロガネと共に宿を出た。
昨夜のうちに、荷物は整理して、鞄に全部入れた。改めて“魔法鞄”を確認したら、どうやら、所有者の魔力に応じて容量が変わるタイプで、最低容量が設定されているのみらしい。
まだ測定していないが、俺の魔力は強いらしく、全部の荷物を入れても余裕がかなりあった。
鞄に付いている魔石で容量の調整が出来るらしく、六畳部屋くらいの容量に設定した。
それでも、クロガネ曰わく、俺の魔力の一欠片程しか消費してないそうだ。
あれか、魔力チートか?
ちょっと今後に期待したい気分で、宿屋を出て、ルディオスとカリナとの待ち合わせ場所に行こうとした俺だったが、行く手を阻むように立った人物がいた。
目の前に立った、金髪獣耳少年、プレイだ。
相変わらず、俺を睨み付けているが、俺には、こいつに敵意を向けられる謂われはない。
「あの、何か………?」
「お前、何者だよ?!なんで、ルディさんとカリナと一緒にいる?!」
一方的に、いきなり上から目線で言われて、俺は、ムッとする。
「それ、あんたに関係あるか?」
「あるに決まっているだろう!あの人たちと僕は、仲間だ。
お前みたいな“モヤシ”が一緒なんて、今後の依頼にも悪影響するし、足手纏いだ。何が目的かは知らないが、サッサと離れろ!」
フン!と馬鹿にした口調でまくし立てられて、俺はかなりイラッとした。
昨日聞いた話では、普通、“依頼”を受ける場合、冒険者は依頼者に、レベルやランクの掲示された冒険者カードを提示し、実力に偽りがないことを示すのだが、見せられても“知識”のない俺には判断できない為、2人のカードを確認していない。
だが、ルディオスとカリナの実力は、自ら護衛を申し出る“自信”からも、それなりに高いのだと、俺は思う。
自分で2人を見て、そう感じたのだ。
この“見て”感じる“直感”は、俺的にはかなり当たると思っている。それに、クロガネが何も否定しなかったのも、判断理由だ。
だからこそ、“依頼”したのだ。もちろん、短時間だが一緒にいて、2人の人柄も気に入ったのもある。
問題はこの“勘違い”野郎だ。
確かに俺は、非力だし、戦えないし、足手纏いだが、2人はそれを承知で“護衛”を受けたのだ。
逆を言えば、俺自身が非戦闘員じゃなければ“護衛”を依頼なんてしない。戦えるなら、テンプレ通り、さっさと冒険者にでも登録している。
こちらの事情も分からないのに、パーティだかなんだか知らないが、いきなり出て来て、ゴチャゴチャ言われる筋合いはない。
「あんた、“冒険者”失格だな」
「なにっ?!」
「非力で戦えない“足手纏い”な俺が、何故、彼らといるか、ちゃんと考えたのか?
彼らはきちんと分かった上で、俺と一緒にいるし、俺も彼らの実力と人柄を信じて、一緒にいる。
あんたが本当に“仲間”なら、彼らだって、きちんと話しているだろ?」
「なっ……!ふざけるなっ!!」
カッと激怒したプレイが、腰のショートソードに手をかける。
クロガネが、俺の腕から下に降りて、俺の前でプレイに向かって威嚇する。クロガネの足元から、金色の光が零れ始めた。
その光から、何かが波紋のように広がるのが見えた。魔法だろうか?
どちらにしても、俺は、クロガネを止める気はなかった。
そのとき。
「プレイ、何をしている」
静かな、だが怒りを含んだ声が割って入った。
はっと、声の方を見れば、ルディオスとカリナが立っていた。どうやら、俺が集合場所に来るのが遅いので、迎えに来てくれたらしい。
「る、ルディさん……」
「ルーディを気安く呼ばないで、プレイ」
2人の登場に動揺したプレイに、カリナがピシャリと言って、俺の傍に来た。そのまま、俺の片腕にしがみつく。
「シオン、おはよう」
「お、おはよう、カリナ」
「シオン。大丈夫か?」
「ああ、うん。大丈夫。……遅くなってごめん」
「気にするな。原因は分かっている。こちらこそ、迷惑を掛けた」
そう言いながら、ルディオスも俺の傍に来る。
クロガネは、発していたものを引っ込めて、不機嫌に鼻を鳴らして、俺の足元に座った。
「いや、ルディオスが謝る必要はないよ。だけど、俺は、こいつと一緒に[イオーリス]に行くのは嫌だな。ルディオスとカリナには、悪いけど」
「同意だ」
「なっ?!何を言うんですか、ルディさん?!」
冷ややかな視線を投げたルディオスに、プレイが声を上げる。
昨日、ルディオスがプレイに一緒に行くかどうか聞いていたのを思い出し、おもわず言った俺は、ルディオスの肯定に困惑する。
「え?いいの?」と、カリナを見れば、「当然、かな?」と、カリナが首を傾げた。そして、対峙するルディオスとプレイを指差す。俺は、そんなカリナに促されて、視線を2人に戻した。
「“パーティ”は、昨日解散したはずだ。プレイ、お前とは、“今”は仲間ではない。
元仲間であり、新人だからと気を使ったが、お前とは、今後一緒に行動したくない」
「そんな……っ!」
きっぱりと言ったルディオスに、プレイは顔を青ざめさせて、絶句する。
どうやら、新人であるプレイを気にして、[イオーリス]まで誘ったことが、プレイの中では未だに“仲間”であり、パーティを組んでいることになったのだろう。
確か、俺への言動にも、“仲間”という優越感みたいなものが滲み出ていた。
「なんでっ!そいつより僕の方が……っ!」
「シオンは役立たずじゃないわ。元々、私たちには“護るべきもの”。かな?……でも、それだけじゃない……」
叫んだプレイの言葉を切って、カリナが口を開いた。それを引き継ぐようにルディオスが、静かに言う。
「オレたちは、彼が、シオンが“戦えない”ことを承知で、彼の“依頼”を受けた。同じ[イオーリス]に行くからな。
だが、プレイ。
戦えない者を見下して、さらに危害を加えようとするその態度。今のお前は“冒険者”として、最低だ。冷静に考えれば、彼が“依頼者”だと簡単に分かったはずだ。そうでなくとも、“力無き者”を護るのもまた、“冒険者”の使命であり義務だ。
“冒険者”としての最低の義務も使命も心構えもないお前と、オレは一緒に行動するつもりはない」
「い、依頼者………?」
プレイは、呆然と俺を見た。
後で聞いたが、レベルやランクが低いと、護衛依頼は受けられないそうで、プレイ自身のレベルではまだ無理らしい。
だから、プレイは非戦闘員な俺を見ても、“護衛依頼”とは思いつかなかったようだ。とはいえ、それでもなんらかの“依頼者”だと察するべきだったのだ。
ルディオスの説明では、この辺境では、野獣や魔物退治や探索が依頼のメインになるとはいえ、“外境”の村から依頼されたり、個人的に森の採集などを依頼してくることもあるのだ。
まぁ、俺はどう見ても“旅人”だし、“村人”には見えないが、冒険者とそうではない人間との組み合わせなら、“依頼”を想定するのが普通らしい。
だから、昨日、プレイが“普通”に判断してれば、別に隠すことのない依頼なので、ルディオスたちもきちんと説明しただろう。
昨日の時点で、プレイは対応を間違えたのだ。
「“依頼者”であるシオンの意向だから、プレイと一緒はもう無理ね。“依頼者”に危害を加えようとしたし、考え無しにかなり失礼ばかり言ってたもの。
プレイが[イオーリス]に行きたければ、1人で行くことね」
「…………っ!!」
カリナの言葉に、プレイは愕然とした表情で、俺とカリナを見つめた。
基本的には“対等”なのだが、そこは“依頼者”である俺の意向が優先される、のか?
「シオン。私たちはどちらでもいい、かな?
プレイは、勘違いと思い込みが激しいけど、基本的に良い子だし、腕も悪くないわ。
シオンさえ良ければ、“同行”させれるけど、どうする?」
すると、カリナが、俺を見上げて言った。
これも後で聞いたのだが、この町の“ギルド”は正式なものではないので、この町で登録した冒険者も、原則的には“冒険者”ではないらしい。
だから、低レベル低ランクならいいが、ある程度成長してから、他の町に行っても、冒険者ギルドに再登録する羽目になり、一からやり直しという事態になりがちなのだ。
低レベル低ランクのうちは、きちんと登録すれば、そのままの状態で登録してくれるので、無駄にならず、きちんと成長できるのだ。
プレイは、冒険者としては未熟だが、弓などの腕は悪くないし、基本的に礼儀正しいので、ルディオスたちも新人育成として、一緒に[イオーリス]に連れていこうと思ったらしい。
カリナの言葉に、プレイがハッと縋るような視線を投げかける。
だが、俺は、首を横に振った。
だって、変わり身早すぎるだろ、お前。
つい今し方まで、俺を散々に非力扱いして、馬鹿にして、敵意バリバリだったじゃん。しかも、攻撃しようとしたのを、忘れたのか?
どうしてそれで“一緒”に行けるのか。
まぁ、内心、ザマァとか思わなくはないが、それ以上に………。
「信用できない」
俺は言った。
「確かに、プレイだっけ?………お前の言うとおり、俺は非力だし、戦えない。けど、だからって馬鹿にされたら、正直、頭に来てるさ。
でも、それだけじゃない。
俺は、お前を“信用”できない。
今まで敵意を向けられていた人間を“同行”させるなんて、無理だろ?
裏切られて殺されたい自殺願望者か無類の“お人好し”なら、許したかもしれないけど、生憎、そこまで馬鹿じゃない。
とてもじゃないけど、無理だ」
『まぁ、当然だな。そなたが良いと言っても、我が否定するぞ?2人には悪いが、そやつをシオンに近づけたくはない』
クロガネが、ぐるる……と猫らしかぬ唸り声を上げる。金色の眼光が鋭く、プレイを射抜く。
黒猫の姿だが、元は獰猛な獅子だ。
プレイは、クロガネに怯んだように後退した。
「自業自得だ」
「仕方がないわね?」
ルディオスも、カリナも、俺の判断を肯定する。
その冷ややかな態度に、プレイは、自分のやったことの大きさに気づいたようだ。
泣きそうに顔をくしゃっと歪め、縋るように2人を見るが、その冷ややかさに余計に打撃を受けたらしい。
「…………っ!」
俺の方はまったく見ずに身を翻すと、駆け出すように去っていった。
「謝りもしないとか、反省の色がないな」
「謝ったら、一緒に行った?」
「ん~、ないかなぁ?
でも、きちんと謝って、ちゃんと反省しているなら、ルディオスやカリナに免じて“同行”くらいは、許可するつもりだったよ。
つかず離れず的に、“付いてくる”くらいの。
あいつも[イオーリス]には行ったことないんだろ?
1人で行かせて道が分からずに、遭難したとか、俺のせいで、町から出れずに将来潰れたとか、逆恨みされたら困るし………」
カリナの言葉に、俺は、肩をすくめた。
「それって、シオンはお人好しね」
カリナが少し呆れたように言った。
「そうかなぁ?」と、俺は、首を傾げる。
すると、「いや、駄目だ」と、その横でルディオスが厳しい眼差しで、プレイの去った方を見ながら口を開く。
「プレイは、依頼者であるシオンに敵意がある。安全上、“同行”といえど、一緒の行動は危険だ。オレたちは、“依頼”として請け負った以上、護衛としてシオンの安全を護る“義務”がある。
対等にとは言っても、その辺りは譲れない。プレイは、自業自得だ。彼の責任を、シオンが気にする必要はない。
もし敵対し、シオンに害するつもりなら、オレがプレイを切る」
「いやいや、そこまでしなくても…っ!」
ルディオスの真剣な口調に、俺は、慌てた。
本気だ。
ルディオスは、本気で言っている。
いくら“護衛依頼”だといっても、そこまでする必要はない。プレイだって、本当は理解しているが、意地を張って素直になれないだけだろう。
まぁ、本当に逆恨みしてきたら、どうしようもないが。
「違うのよね。ルーディは、シオンを護りたいだけ、かな?私たちは、そういう性を持つ種族だから……」
『ふむ。少し“過保護“だな。先が思いやられる』
俺が、マジ切れなルディオスに焦って宥めている中、カリナがそう呟き、クロガネが呆れたようにルディオスを見上げたことを、俺は知らない。