第11話 依頼
銀髪青目の美形剣士は、ルディオス。
連れの少女は、カリナといい、先攻ではなく、精霊術師だった。
見た目は十代前半くらい。綺麗な茜色の髪をツインテールで結い上げ、明るい緑の目をしている。
あまり表情が出ないみたいだが、ややたれ目がちで、おっとりとした可愛らしい少女である。
どうやら、彼女も“翼種”のようだ。
明るい緑色のワンピースに黄色のタイツとショートブーツ。革製の小さなリュックを背負っている。
白地に緑の唐草模様が入ったフード付きの外套を上から身につけていた。
「あ、あの、困ります!依頼は、こちらを通して頂かないと……!」
「そうなの?でも、あらか様に断ろうとしてたよね?なら、個人で受けても問題ないかな。
それに、私たちは[イオーリス]の冒険者。こちらのギルドを通す必要はない。だって、ここ、“ギルド”と言っても、冒険者ギルドに加入している訳じゃないし………」
カウンターから受付嬢が、困ったように言うが、それを少女ーーカリナがぴしゃりと叩き切る。
「お前は?」
「俺は、シオン。こっちがクロガネ」
ルディオスは背が高いので、自然とこちらを見下げる形になる。鋭い青の眼光に、俺は、少しビビりながらも、短い問い掛けに答える。
「……“オン”の音を持つか……」と、ルディオスが呟いた。うん?なんか前にも聞いた感じが………。
「まぁ、いい。……さっきも言った通り、オレたちも[イオーリス]に移動する予定だ。最近、あちらへの護衛依頼は少ないから、護衛料2人で金貨2枚でどうだ?
野宿が基本になるから、野宿の準備と食料をそちらが負担してくれれば、あとは自己負担だ」
「野宿ですか。……俺は、隠居していた祖父の家から出てきたばかりで、詳しくは分からないんです。 事前に買うということですよね?」
「ああ、一緒に回ればいい。荷物は、オレもカリナも“魔法鞄”持ちだから心配するな」
そう言うルディオスに、俺は頷いた。
横では、受付嬢相手にカリナが淡々と言い合っている。どうやら、カリナに歩がありそうだ。
『ふむ。なかなか良いのではないか、シオン』
俺の腕の中で大人しくしていたクロガネが言う。
それは俺も思っていたので、小さく頷き、最後の質問をする。
「護衛料は、前払い?」
「いや、そうだな。前払いで銀貨10枚。後はあちらに着いてからの成功報酬でいい」
「……分かりました。
俺は、隠居していた祖父の元で育ったので、世間をあまり知らないし、戦えない。足手纏いになるかとは思うけど、出来うる限りは協力します。
それでよければ、[イオーリス]まで一緒にお願い出来ますか?」
敢えて、“足手纏い”を強調する。
すると、ルディオスはニヤリと笑った。
「心配するな。お前1人くらい、十分に護れる力量がなければ申し出ないさ。
オレも、カリナも、実力はある。なんなら、カードを提示してもいい」
「いえ、大丈夫。信じます。
短い間ですが、宜しくお願いします」
俺は、ルディオスに頭を下げた。
すると、ルディオスが俺の頭を乱暴に一撫でする。
「頭を下げるな。これは“対等”の依頼だ。
こちらにも利益があるから、受けたんだ。これから、しばらく一緒に行動するなら、尚更だ」
「えーと、はい。………じゃなくて、うん」
「とりあえず、夕食にはまだ早いな。これからの詳細を話すなら、どこかでお茶にするか」
「カリナ!」と、ルディオスが呼ぶと、ぐったりした受付嬢と何故か、広げていた地図を手にして、カリナがこちらに来る。
「勝った………!ブイ!」と、ピースをするカリナ。その表情は変わらないが、どこか得意げである。
地図は言い合いの末の“戦利品”らしい。
「護衛の依頼を受けた。シオンとクロガネだ」
「あたしは、カリナ。よろしく。“尊きお方”」
ルディオスの簡単な説明に、カリナはこちらを向いて言った。
俺は、おもわず言葉に詰まる。
『むぅ。……さすがは“翼種”だな。そなたのことを見抜いているようだ』
クロガネが言えば、カリナの視線がクロガネに移動する。
「“守護”の黒獅子が“猫”になっているなんて、初めて見た、かな。面白いね」
『我とて好きでなっているわけではないぞ、小娘。シオンが言うから、この姿でおるのだ!』
「いや、だって……、クロガネがアレだと目立つじゃん」
「獅子、別に小さくなるだけで良かったんじゃない、かな?」
『ぐっ………この姿の方が愛嬌あってよいであろう!自然で可愛いのだぞ?』
「自分で“可愛い”とか言う自意識過剰、かな」
バチバチと、カリナとクロガネの間で火花が散る。
そう言えば、自然にクロガネとカリナが話しているな。クロガネの“思念”って、普通、聞こえないはずなのに。
「分かっているようだが、オレたちは、“聖獣”の声を聞く事ができる」
ルディオスはそう言うと、俺からクロガネを取り上げてカリナに渡した。そして、俺の腕を取るとさっさと歩き出す。
出入り口で立ち止まり、ルディオスは、残された1人と一匹に「行くぞ」と、声を掛けた。
クロガネは、カリナの腕の中できょとんとし、カリナは、ルディオスの言葉に慌てて追い掛ける。
そのまま、3人(と一匹)でギルドを出た。
通りを歩いて、小さな広場にあるカフェに入って、それぞれに注文する。
ルディオスの歩幅に付いていくのがやっとだった俺は、ようやく解放されて、ホッと息を吐いた。
「すまない。疲れたか?」
俺の様子に、ルディオスがすまなそうに言う。
「いや、大丈夫。それで、えーと、………正直、あんまり分かってないんだけど………」
「そうなのか?だが、オレたちが“翼種”だと、分かっていただろう?」
声を潜めて、ルディオスが探るように俺を見る。
「数百年前に姿を消した“黒獅子”と、間違いなく古き尊き血を引く“聖なる存在”が、こんな辺境に現れるなんて、前代未聞だ。
しかも、[イオーリス]に行きたいなんて、一体、どういうことだ?」
俺は困って、クロガネを見た。
カリナの隣に座る黒猫は、俺の視線に『まぁ、正直に話すしかないな』と、あっさりのたまう。
俺は、「うーん………」と、悩んだ。
いや、話すのはいいのだ。ここまでバレていて、適当な“設定”を貫く気はない。
だが、話して信じられるかが非常に怪しい。なにせ、俺自身、分かっていないことだらけなのだ。
「なんというか………。正直に話すけど、信じられない話になるかもしれない………」
「どう言うことだ?」
こちらを見て、目を細めるルディオス。
いや、眼光が鋭くて、怖いですよ。ルディオスさん。頼む。威嚇しないでくれ!
俺は、内心、ビビりながらも、これまでの経緯を話すことにした。
まぁ、大したことではない。俺が、“記憶喪失”なことや、何故か時々“知らない”知識が浮かんだりする事。気付いたら丘にいて、野獣に襲われ、神殿跡に逃げ込んだらクロガネに会ったこと。
そこから、町に来たこと。
そんなに大した目的もなければ、重い過去もない。ただ、成り行きだけで今に至るのだ。
『我は、“宝玉”を探し出すことを薦めているが、シオンは乗り気ではない』
「というか、何にも分からないからなぁ。まずは、きちんと生活できるようにしないと、どうしようもないだろ?
別に、探さないとは言ってないよ。なんとなくだけど、多分、自分に関わる物であるなぁとは思うし………」
「それで、[イオーリス]か。なるほど、理解した。確かに、[イオーリス]辺りなら、情報も手に入りやすいだろう」
ルディオスは、納得したように言った。
聞けば、俺が“聖なる存在”であることは間違いないらしい。
“翼種”は、聖なる存在に作られた種族のため、聖なる存在や聖獣を見分ける事ができるそうだ。
ただ、この時代、“聖なる存在”は希有で、大国である[帝国]や[皇国]がこぞって探しているらしい。
「“宝玉”は、かつて、この内海全域を治めた[統一王国]の至宝だ。“王国”の王や王族は、“神”が創り給うた“聖なる存在”であり、最も古き尊き血筋であり、“神”から賜りし“宝玉”の唯一の使い手だという。
王の一族で、全ての“宝玉”を使える者が“王”となる。………黒獅子が言うなら、シオンには“王”の素質があるのだろう」
「いや、そんな大それたこと……」
「だが、シオンが“宝玉”を扱えるなら、見つかれば[帝国]も[皇国]も黙ってはいないだろう」
「うぇぇ~、なんか面倒臭い………」
「まぁ、“聖獣”や“翼種”でなければ、“聖なる存在”の見分けはつかない。だから、そうそうバレる心配はないだろうが、な」
うなだれる俺に、ルディオスが苦笑した。
ちなみに、護衛については、前金の銀貨10枚を払い、ついでに[イオーリス]に着くまでの食事代は全部負担することにした。
ルディオスやカリナは、料理ができない。[イオーリス]からこの町に来るときは、商隊の護衛を受けて来たので食事は問題なかったらしい。
そんなわけで野宿時の食事の調理を、俺がする事になったので、まぁ、纏めて作れば食費も抑えられるだろう。
野宿での調理は初めてだが、簡単な料理くらいなら出来る、と思う。やった記憶はないが、記憶を失う前に多少はやっていたのかもしれない。
ただ、調理道具や調味料は無いので、買わないといけないだろう。
そう言えば、「まぁ、やってみればいい」と、ルディオスが言った。
あまり期待されていないようなのが、少し悔しいな。宿の厨房を借りて、一度試してみるか?
そう思いながらも細かな分担を決め、明日、必要なものを一緒に買うことになった。
「とりあえず、宿屋はどこだ?」
「ああ、そこの[コマドリ亭]っていう小さな宿だよ」
「この町では、良心的な宿屋かな。私たちたちの[オシドリ亭]とは、親戚だって聞いた」
「一階が食堂だから、夕食とか食べれるし、なかなか美味しいよ。ボリュームがあるし」
「いいなー。[オシドリ亭]は、宿だけかな」
「食堂だから、食べるだけでもいいんじゃないか?もし良かったら、今日は、一緒に食べる?」
「ヤッタ!奢り!」
「……いや、まだ、町を出てない。各自払いだ、カリナ」
「がーん……っ!!」
ルディオスの言葉に、がっくりと肩を落とすカリナ。その様子に、俺は苦笑した。
そんな雑談をして、時間を潰していると、1人カフェに入ってきた客が、俺たちのテーブルの前に立った。
十代半ばの小柄な少年だ。
見事な金髪に獣のような耳、やや大きめの茶色いの目は気が強そうだ。
和風な前合わせの白い上着に深い青のズボン。その上に、胸当てや肘当てなどの軽武装をし、短いケープタイプの外套を羽織っている。背中にはロングボウの弓と矢筒を背負い、革製のウエストバックにベルト、ベルトにはポーチとショートソードが吊されている。
「プレイ、どうしたの?」
カリナが首を傾げる。
聞き覚えがあるなと思い、俺は、昼のオープンカフェで言い合いをしていた少年だと思い出す。
「そいつは、なんですか?!」
プレイと呼ばれた少年は、キッと俺を睨みつけて声を上げた。ルディオスは、溜め息を吐く。
「プレイには関係ない。それとも、一緒に[イオーリス]に行くつもりか?」
「それは……もう少し考えさせてください」
ルディオスの言葉に、プレイは怯んだように言葉を切る。そして、俯くと小さく言った。
「オレたちは、明後日には町を出る。そのときには、こちらのシオンも一緒だ。
一緒に来るつもりなら、それまでに考えておけ」
「……っ!なんで、そんな役に立ちそうにない奴も一緒なんですか!?
完全に足手纏いでしょっ?!」
「プレイには、関係ないかな?……まだ、私たちと“組む”ワケじゃないのに、“部外者”が口挟むことじゃない、かな」
声を上げたプレイに、カリナが冷たく言い放つ。
俺は、プレイの言い様に内心ムッとしたが、足手纏いは確かなので、何も言えなかった。
役には立たないが、一応、“依頼者”だから一緒なんだが、まぁ、正直、こいつは雇いたくないな。
プレイは、ぐっと言葉を飲み込む。
だが、すぐに俺を睨みつけて、「僕は認めないからなっ!」と、捨てゼリフと共に店を出て行った。
『ふむ。若いな……』
「そうか?……というか、“依頼者“だって発想はないのか、あれ………」
プレイを見送ったクロガネがしみじみと言い、俺は半分呆れながら、呟いた。
そのときは、“迷惑な乱入者”程度でそんなに気にはしなかった。ルディオスたちと一緒に夕食を取って、たのしい時間を過ごしたら、忘れてしまった。
だが。
翌朝、再び、対峙することになるとは、このとき、俺は、考えてなかったのだ。