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海神  作者: 樋渡 幸
8/10

神室の婆 伍

社に着くと、婆は今日も同じように二人を招き入れた。

「よく来た。二人とも、よく来たな」

二人も昨日と同じように腰を下ろす。

「婆様、すっかり遅くなってしまって」

早伎津の申し訳なさそうな表情に、婆は僅かに口角を上げて答える。

「よい、よい。宴は重要な儀式でもあるのだから。……続きを話すことにしようか。今宵は余り刻が残されておらんからの」

婆は一度言葉を切った。今から話す言葉を探しているかのようだった。

「ふぅむ、どこまで話したか…」

「我らが海神の末裔であるというところまでだ」

柾木が婆に告げる。

「そうじゃった。海神は水生の郷の民をお守りくださっている。海原が凪ぐのも荒れるのも、みな海神次第じゃ」

「だからこの郷では、海神に祈り、感謝を捧げる」

柾木が続ける。この郷の者には分かりきっているぐらい分かっていることだった。

「豊玉姫があのような姿に化身しているのには、わけがある。待っているのだ」

「待っている?どなたを?」

早伎津の問いに婆は答える。

火遠理命ほおりのみことじゃ。波打つ稲穂の神」

「豊玉姫の夫となられた方?」

「そう。そうじゃ、火遠理命は天照大神の末裔で、豊玉姫を海神の宮で娶った。二神は海神の宮に御住まいになった」

「一緒に暮らしていたなら、なぜ火遠理命を待つことになったんだ?」

「火遠理命はその時兄神ともめていてな、地上へ戻らねばならなくなったのだ」

「じゃあ、そのまま御二人は会えなかったの?」

「いいや、それは違うな。それは違う」

婆は首を振った。

「豊玉姫は身籠っておられた。だが天孫の御子を暗い海底で産むわけにはいかないと言って、産み月になると地上へと上がられた。身重で綿の原を渡った」

しわがれた声が説明を続ける。

「豊玉姫はな、地上へ上がると砂浜で産気付いてしまわれた」




伴の者は慌てて産屋を建て始めた。

茅草の代わりに鵜の羽を用いて。


火遠理は妻のいる浜辺に駆けつけた。



火遠理様、私が子を産むときは産屋を決して覗かないでくださいませ


豊玉姫、我が妻よ。なにゆえそのようなことを言うのだ?

産屋は男の我が入らざるべきもの。もとよりそのような気はない


それでも、お願い申し上げます。決して中を御覧になりませぬよう…



姫はそう言い残して産屋へ籠った。


なぜ豊玉はあのように強く言うのか…


火遠理は妻の頑なな態度に不審を覚えた。

そして妻との約束を違えてしまう。


















産屋の入り口にかけてあるこもの隙間から垣間見た光景に、火遠理は息を呑んだ。

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