早伎津 壱
早伎津は夜の海岸で一人、泣いていた。
なんで…
なんで…?
そればかりを心の中で繰り返す。
数えで十五になる。水生の郷の漁の民の娘だ。
早伎津には下に弟や妹が五人もいた。ついこないだ、二つになったばかりの妹が亡くなった。悲しかったが、幼い子どもが死ぬのは別段珍しいことでもない。早伎津も両親もすぐに日常へ戻った。
早伎津は両親を手伝いながら毎日弟妹の面倒を見ていた。
もう十三になる弟は海に出て、父と共に漁をしている。
本当はその下の妹が守りをする役なのだが、まだ十にもならないから何かあると、
姉ちゃあん
と言って早伎津に助けを求めに来る。
早伎津は六人の兄弟がいてその長女だったから、我慢強く、優しい性格に育った。
今日早伎津はちょうど母の手伝いが無かったので、下の子を連れて野に遊びに行った。
まだ歩けない子は早伎津が背負い、小さい子は大きい子と手を繋がせて。
初夏の野は花こそそんなに無いものの、やんちゃざかりの子ども達が駆け回るにはもってこいの場所だった。
「あまり遠くに行っちゃだめだよ」
弟達が遊ぶ中で早伎津は腕に籠を下げ野草を摘んでいた。
「早伎津」
名を呼ばれて顔を上げる。
目の前に見知った顔の少年がたっていた。
「柾木、どうしたの?」
平静を装いながらも頬が少し、紅潮する。
柾木は早伎津より二つ年上の幼なじみだ。
海に出て日に焼けたせいか精悍な顔つきになった。
目尻にすっと入れた紅色の文身が美しい。
小さい頃はよく一緒に遊んでもらったものだが、最近はなんだかぎくしゃくしてお互いに避けるようになっていた。原因はわかっていた。早伎津は柾木が好きだ。その事に気づいてしまってから、早伎津は柾木の前に立つとうまくしゃべれなくなったのだ。
うれしい。
早伎津は自然とそう思った。
「今日は、漁、手伝わなくていいの?」
「あぁ、まあ」
「そっか」
会話が途切れ、沈黙がその場を支配する。
早伎津は目を伏せ、野草を探しているふりをした。
先に話し始めたのは柾木だった。
「なぁ」
「うん?」
「俺さ…」
喉まで出かかった言葉を飲み込むように口を閉じる。
「なぁに?」
早伎津は促した。
「いや、やっぱりいい。それより、お前、元気か?」
「?元気だよ」
柾木は話題を変えてしまった。
何だろう…気になるな…
「ならいいんだけど…よっ、と」
柾木は早木津の隣に腰を下ろした。早伎津の鼓動が早鐘を打つ。
やだ、髪とか乱れてるのに。恥ずかしい…
「柾木はどうなの?」
早伎津はうつむきながら言葉を返す。
良かった。声、震えずに出せた。
二人で話すのは本当に久しぶりだった。
「俺?うん、元気だったよ」
柾木は答えて、ごろんと仰向けに寝転んだ。見上げる空はぬけるように青い。
「やっぱり、野は気持ちがいいな」
早伎津も幼い頃のように一緒に寝そべりたかった。でも妹を背負っていたからそれは叶わない。少しがっかりしたが、柾木の顔が見えるように横に向き直って言った。
「ねぇ。そろそろ都からの船が着く頃ね」
年に一回、水生の郷にやってくる都の船は珍しい品々や技術を運んでくる。早伎津は毎年それを楽しみにしていた。
「あ?あぁ、そうだな」
「今年はどんなものが見られるかしら。あぁ一度でいいから采女の装束を着てみたい」
「見たこともないくせに」
柾木は笑った。早伎津は口を尖らせる。
「もう、柾木ったら。見たことはなくてもどんなものかは知っているんだから」
「はいはい」
それから二人は他愛もない話をした。時間はあっという間に過ぎ去った。
「もう日が傾いてきた」
「本当だ」
「そろそろ帰らなくちゃ。夕餉の支度もあるし」
「そうだな」
二人は立ち上がる。
「…ねぇ、柾木、本当はもっと他に言いたいことがあるんでしょう?」
早伎津は思い切って尋ねてみた。
柾木は困ったような、少し泣きそうな笑顔になる。
「…うん」
「言いたくないなら、言わなくてもいいけど」
その笑顔を見て、早伎津は慌てて付け加える。
「いや、言うよ。…俺さ」
二人の間を風が吹き抜けてゆく。
「俺、今度の都の船に乗って都に行くんだ」
いつの間にか空気は冷たくなっていた。
「え……?」
早伎津は、一瞬何を言われたのか理解できなかった。




