絶望の序章 Ⅳ
「脱・・・出? 脱出ってただそれだけなのか?」
久人が不意に口を開いた。自分が想像していた答えとは少し違っていたからである。
14人もの少年少女を誘拐、監禁しおそらく非合法の粋で実験を行うとなれば人体実験といった身の毛もよだつ様な事だと勝手に想像していたからである。
他の者達も似たようなことを考えていたのか再びざわつきが広がりだした。
その言葉を聞いた栢山 橙耶は一瞬何かを考えるように視線を落とすと、納得したかのような顔つきをした後、先ほどまで同様壁に背を預けてそのまま何も反応を示さなくなってしまった。
「脱出ってどういうことよ?」
「目的はなんなんだ!」
「お願い、もう家に帰して・・・」
「くっそ!ふざけんじゃねぇぞ!」
数人が声を荒げて綺堂に言葉の弾丸を立て続けにぶつけている。
しかし綺堂は栢山の時とは打って変わって、またしても一同の嘆き、罵倒を聞かざるの状態である。 栢山の質問に答えたということはこちらの声があちら側に届いていのは確実である。それなのに反応しないということは無視をしているのだろう、ただ、なぜ一人だけ、冷たい表情をした少年の投げかけにだけ対応したのか、久人には全く検討がつかなかった。
「えー、この研究施設、正式にはBHKF086732-HF636という名前なのだが、我々研究者の間では長ったるいんでクルーエルラボと呼んでいる」
綺堂の着ている白衣、乱雑に生やした不精髭、ボサボサ頭に眼鏡といった格好がゲームなんかで良く見る典型的な研究員のそれであることからおおよそ予想は出来ていたが、自分からここの研究施設・・・クルーエルラボの研究者であることを遠まわしに自供した。
クルーエルラボ、その名称の意味が分かっていない者が多いようだ、どういう意味かと回りに尋ねる者がチラホラ見える。
そんな中で大輔はその意味を理解したようだ。
「クルーエル・・・ラボ・・・残酷な研究所・・・かよ、くっそ なんて名前なんだよ・・・」
「ここ・・・一体どんな研究しているのかな・・・?」
これまでの到底信じ難い状況に加えて、この負のインパクトが強い施設名に更なる恐怖を抱いたのか日々香が近くにいた久人、大輔にすがる様な思いを込めて問う。
当然、二人が答えを知っているはずがないということくらい日々香にも分かりきっていた。 適当で良い、正解じゃなくても良い、どんな事でも良いからこの状況で少しでも安心できる答えが欲しかったのだろう。
しかし、案の定その問いかけに二人は"分からない"という意を示すようにただ首を横に振るばかりであった。 分かっていたこととは言え、日々香の中での恐怖心は高まる一方である。
「えー、君たちにはこれからこのクルーエルラボから脱出してもらうわけだが、まぁゲームみたいなものだ。遊園地のアトラクションとかでもあるだろ?」
綺堂は一瞬の間を置き、淡々とした口調で説明を続ける。
「えー、ただ注意して欲しいのは君たちの脱出を妨害するためにいくつもの罠や仕掛けがある。それを掻い潜ってクルーエルラボからの脱出を成功させてくれ」
「罠・・・罠って一体なんなんですか!?」
恐怖に押しつぶされそうなのか涙で潤んだ瞳の日々香から発せられる声は上ずっていた。
しかし、日々香の懇願にさえ近い質問ですら綺堂はあたかも何も聞こえてないかのように話を続ける。
「えー、君たちのいる部屋の隅に大きなロッカーがあるだろう?そこには私から君たちへのプレゼントが入っている。 一人ひとつずつ持って行ってくれ」
その言葉と共にいままでモニターに集中していた各人の視線が一斉に冷たいコンクリートの部屋隅に鎮座している鈍銀色のロッカーへと向けられる。
学校で使われている掃除用ロッカーよりもふたまわり程大きく、扉は観音開きになるそれの中には一体何が入っているのだろうか・・・
綺堂の発言により、彼からの何かしらのプレゼントが入っていることを告げられたが、こんな状況下で一体何が起こるやもしれないと思うと誰もが開けるのを躊躇ってしまう。
そうして皆が顔を見合わせていると再びモニターの中の男が口を開いた。
「えー、まぁロッカーの中身は後で確認してくれ。 説明を続けるぞ。このクルーエルラボでのルールだがとにかく生き残る事だ。 生きて脱出出来た者こそ勝者となる。 えー、ただし、脱出までの時間を制限させてもらう。 タイムリミットは72時間だ」
「つまり・・・72時間以内にこのクルーエルラボとやらから脱出しろって事か・・・」
久人は神妙な面持ちで綺堂の説明を要約して口にした。
その正面では日々香が何かを感じたかの用に怯えながらぽつりとつぶやく。
「生きて・・・って事は・・・」
大輔もまた何かを悟ったように難しい顔をしながら日々香の言い切れなかった部分を補填して口を開いた。
「生きて、って事はつまり死ぬような可能性がある・・・ってことか」
他の者たちも次第に意味を理解してきたらしい。 綺堂の説明により一時静まり返っていた部屋は恐怖、怒り、不安といった負の気に再度包まれ、先ほどにも増して感情の波が言葉となって飛び交う。
「くっそ、髭面眼鏡!いい加減にしやがれ!」
「私・・・死ぬかもしれないの!?いやぁー」
「なんで俺がこんな目に・・・」
「いや・・・いや・・・おうちに帰りたい・・・」
久人、日々香、大輔の3人は顔を見合わせている。一体どうすればいいのか・・・こんな状況で自分たちは何をすればいいのか・・・それが分からないので互いが互いに助けを求める形になっているのだ。
当然3人もこの状況下で恐怖や不安、怒り、憎しみといった感情が湧かないわけではない。しかし、眼前でパニックに陥ってる者たちがいると逆に冷静になれるようで自分達の感情を押し込めて、
この混乱をなんとかして沈めなくてはという半ば使命感のようなものを感じていた。
幸いな事は自分たちを除く全員が全員パニックに陥っているわけではないということだろう。
3人の他に落ち着いた表情で画面を見つめ説明の続きを待つ大柄でものおとなしそうな少年、自前だろうか?メモ用紙にペンですらすらすらと流すような手つきで何らかのメモを走らせる水色の鮮やかなワンピースを着た小柄な可愛らしい少女、そして先ほど綺堂が反応して以来、壁にもたれて顔を伏せてしまっている栢山と呼ばれた少年。
彼らはこの状況下でも冷静であるようにみえた。
こんにちは、作者の村崎 芹夏です。 前回のあとがきでも書いたように今回から完全な新筆となっておりますので投稿期間が開いてしまい申し訳ありません。 今後もなんとか時間を見つけては書いて行こうかと思いますが、今回と同じくらいもしくはちょっと遅くなってしまうかもしれません。
というのも、同時進行で書いている青春学園モノ、アクションファンタジーモノの方の執筆が面白くて、限られた時間で全てを執筆するというのはどうにも難しいもので(汗
機会があればいま執筆しているほかの作品もこちらで公開しようかと考えておりますのでその時はよろしくお願いします。
はてさて、今回のクルーエルラボですが、物語自体はさほど展開しておりませんが、タイトルでもあります”クルーエルラボ”に少し触れております。
本当はもう少しみんなの絶望感や恐怖心といった感情描写を上手く書きたかったのですが、相変わらずの語彙の乏しさのせいでこの感じを伝えられているかすごく不安です・・・(笑)
明るい作品ばかり描いているのでやはりこういう描写は難しいですな。
では次回の更新はすこーし先になってしまいそうですが、また読んで頂けると幸いです。
今話も読んでくださった皆様に感謝を!