しごと、みつけて 2
私みたいなちょっと名の知られている職業の者は人通りのある道をぼぅっと立っていればいい。看板でも立てていればなおさら完璧であるが、そこまでして目立とうという気は最初から無く、そもそも一手に仕事を引き受けるには一人じゃ厳しい。
甘い香り漂う通りは蔦の根っこ一本もなく、綺麗に掃除されていた。この町唯一の商店街ということもあり行政がやたらと気合いを入れて草刈り屋を雇うのだが、ちょっと顔を上げればほら、斜めになった建物が見えるだろう? あれで上べっ面の見せ掛け掃除なんてガタガタに崩されてしまう。まぁ、この大通りは人通りがあるだけあって、道に面した店はそれなりに白い建物ばかりだ。ミントの香りは、なるほど、あそこのお菓子屋から流れてくるものかもしれない。
三軒向こうのじいさんはイビキが酷いと有名だ。さらにそのじいさんのイビキを黙らせる為だけに叩くばあさんとは仲の良い敵同士として有名な二人で、人間あそこまで生きたらあんな感じでピンピンしていたいものだねと周囲を元気づける緑の町の名物でもある。さらには向こうの漬け物屋は不味い事で有名だ。何故潰れないのかといえば、よく罰ゲームで使われるからね。更にはほらあそこのおばさんを見てみよう。唇がまるで鱈子だろう? しかも絵に描いたようなザンス言葉なんだ。一度話しかけてみるといい。これまた笑っちゃいけない罰ゲームに使える。その代わり笑ったら大変だ。三時間は説教を食らわされることになるだろう
。
――わりかしこの町のガイドに関してはプロにも負けないと自負している。頼まれ屋としてガイドをすると、子供や観光というより遊びに来たおっさんおばさんにはとても受けが良いのだが、不思議と真面目な大人達にはまったく受けが取れない。これは感受性の違いなのだろうと自身を納得させているわけだが、さて。
そんな私のガイド術に通りすがりの人は笑っているのかといえば、決してそんなことはない。何が原因か、そんなことは私自身が一番よく分かっているのだ。彼らは私の口述ではなく、並んで立っている私達を見てくすりと小さく笑っているのだから。
しかも当の小さな本人はまったく笑っていない。これもまた私のプライドを小さく傷つけた。
視界の端に誰かが近寄ってくる姿が見えた。気さくそうな男で、年齢はおそらく私より上だ。聞いたことないから正確な年齢なんて知らないが、何にしろ見知った顔であることは間違いない。その男が右手を振って近寄ってきた。私と隣に無表情のまま立っているシキを見比べ、鼻で笑う。
「イチコ、お前妹なんていたのか」
「生憎だが、笑いが止められない奴に知り合いはいないんでね。それに彼女は妹じゃない」
「冷たいこと言うなよ。それに妹じゃないって、まさか娘って年齢でもないだろう。こんな大きな子供なんて」
「娘じゃないよ。この子は訳ありで預かっていて、今は仕事を手伝ってもらっているんだよ。どうしたんだいマサオ、新婚なのに女に声を掛けてくるなんて、いきなり不倫願望に芽生えたかい? だけど残念だね。私はアンタに興味がないんだよ」
「勝手と話を進ませた上で酷い言われようだ……。そうじゃなくて、仕事を持ってきたんだ。アンタに用なのは間違いない」
「へぇ、何を頼みにきたんだい?」
「ああ、頼みに来た」
――改めて言うが頼まれ屋の私はちょっとした有名人だ。こうして突っ立っているだけでその日暮らし程度の小銭を稼ぐぐらいには、向こうから依頼が来てくれる。もちろんそうじゃなきゃこんな仕事は成り立たない。何しろ何か頼むことありませんかとこちらからお伺い立てるというのは、なんとも差し出がましいじゃないか。それは『頼まれ』から少々遠い。
あくまで頼まれて依頼をこなすのが私の仕事だ。様々な仕事を受けてきた私の経験が、喩え知り合いであろうとも気持ちを硬くする。まさに職業病ということだ。だから私はまず彼の依頼内容を聞くことにする。内容を聞く前にオッケーするのはなんとも軽薄だ。相手も頼まれ屋という職業を知っている人間であり、こちらがイエスかノーか、その判断を下すのはまず話を伺ってからというのを把握している。
「それにしても」
マサオは私とシキを見比べて、プッと吹いた。
「なんでペアルックなんだ?」
「悪かったね」
私は隣で全く同じ格好をした――それこそ背丈、体格、髪型ぐらいしか違いのない小さな女の子をムスッとした顔で見下ろした。
こんにちは、と依頼者であるマサオの妻が頭を下げた。彼女はついこの間結婚したにもかかわらず、お腹を大きくふくらませている。マサオの妻、ヨウコが「お茶を用意しますね」と奥の台所へと引っ込んでいくのを止める間もなく見送ってから、私はテーブルを挟んで向こうに座る依頼者へと視線を移動させた。お茶はできるだけ頂きたくない。断りづらくなるからだ。もしかしたらそれを知っていて彼女はお茶を用意するのかもしれない。だとしたら随分なやり手である。
相棒である鞄を床に置くだけで、肩が楽になったと歓声を上げるようだ。慣れてる癖に何を言うかと心の中でぼやきつつ、その肩を回す。私が座った椅子の隣に並べられた椅子へシキがちょこんと座る。
そんな小さな少女を一瞥したマサオの顔は、こんな子供の前で話すのは躊躇うと悠長に語っていた。相手がわかりやすいのは商売上とても楽だが、後々の人生に苦労しそうだと、心の中で気遣ってしまう。
「頼まれ屋だよ、今のこの子は」
「そうか、しかし……実を言うとだな」
そんなもったい付けなくてもいいのに、身を乗り出した彼はまるで自分だけが知っている秘密の宝物を教える少年のようなひそひそ声で語り出した。暗にそれはシキになるたけ聞かせないように配慮しているのかもしれない。
「とんでもない物を見つけてしまったんだよ」
本当に宝物のことだろうかと自分の直感が恐ろしくなる。
「それが?」
とりあえず先を促さないことには、いくらでももったいぶるつもりだろう。
「まぁ、落ち着けよ」
両手を広げて私の前にかざす。
その間に彼の奥さんからお茶を出され、さて困ったものだと私はこっそりと苦笑した。マサオと違い、私は顔に表情を出す方ではないと自覚している。楽しくてもあまり楽しそうにしないのだなとかつて言われたことがあるぐらいだ。一礼をしつつ彼の隣に座る彼女はちょうどシキを向かい合う位置だ、あら可愛い子と、ヨウコは少女を見てそう言った。
「釣り堀で釣りをしていたんだ。ほら、最近出来ただろう、道楽息子の釣り堀が。ちょっとしたボーナスが入ったんでね、夫婦水入らずで釣りをしたんだよ」
道楽息子の釣り堀広場とは、その名の通り市長の息子が提案したとされるレジャーランドだ。近くの川から直に水を引き、そこに食べられる魚を泳がせておく。一時間に一定量の金さえ払えば誰でも道具を借りて釣りが楽しめ、さらには釣った魚を持ち帰ってもよし、そこのシェフに捌かせて昼食にするもよしと、一見手の込んだ施設である。内情を知っている私からすればなんとも複雑な感情を含ませざるえない施設なのだが。道楽息子は凄い提案をしたつもりなのだろうが、その実、彼が遊びたいだけで建造されたともっぱら噂で、そこから道楽息子の釣り堀広場と呼ばれている。結果的には成功なんだけどね。
そこそこ人気のあるその釣り堀へ二人で行ってきたということだ。
「妊娠中の彼女に無茶をさせるなよ」
ヨウコはそんな私の言葉に小さく笑ったようだった。
「まだ大丈夫さ。それでだな、その下からとんでもない物が見つかったんだよ」
「針に金塊でも引っかかっていたかい?」
茶化してみる。すると、マサオは軽薄な笑みを消して黙り込んでしまった。
「金塊じゃないんだがな……これだよ」
そっとそれを差し出される。
――そして私は、自分の愚かさを咄嗟に呪った。
次回更新は6/28(金)22時辺りを予定しています。




