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こころ、さがして 5

 雨が上がると、今度は赤みを帯びた光が射し込んできた。


 赤く染まる緑の町は、あれだけの雨をその強かさで乗り切ったのか、一日の終わりの序章を告げる夕焼けに顔が紅く染められた。

 私の隣を歩くようになった少女を連れて、私はとある場所へ向かっていた。

 これ以上は他人である私がどうこう出来る問題じゃない。

 だからこそ、その白く小さな建物の前に連れてきたのだ。

 その中で暇そうにしている男性へ声を掛ける。


「すみません」

「はい、なんですか」


 蒼い制服に包まれた男性が振り返った。


「ああ、頼まれ屋さんですか」


 こちらを見てそう言う男性。意外と私も有名だな。


「ええ、そうです。あの、それでこの子、迷子らしいんですが」

「迷子、ですか」


 そこそこに歳めいた男性は私と子供の顔を見比べてから、


「貴方の子じゃありませんよね」

「そんな歳じゃありません」


 なんていう失礼な警察官だ。子供どころか彼氏もいないというのに。


「わかりました。それでは事情を聞きますので、少々よろしいでしょうか」


 幾つかの書類と経緯を訊ね、署へと連絡を入れている。

 そう、ここは交番だった。警察署ではなく、どうして交番を選んだかといえば、この交番の装いがあまりにもひっそりとしているからだろう。派手なのは嫌いだ。彼女との出会いも、そう、雨に濡れることすら地味なもんだった。


「それじゃ、お別れだ」

「……」

「君が親戚に連れて行かれることになるか、それとも孤児院に行くことになるかはわからないが、元気でやるんだ」


 少女は黙ったままだった。

 そこへ電話を終えた男性が少女を見て「なんと」と呟く。


「お嬢ちゃん、随分濡れているじゃないか……なぁ、頼まれ屋さん。服を買いに行ってはくれませんかね。見てて忍びない。お前さんもついでに着替えてきたほうがいいですな。男物で構わないなら、ここにもありますがね」

「いや、私はいいですよ。──そうだな、この子の服は買ってきましょう」

「いい、このままで」

「風邪引くぞ」


 つい、そう言ってしまった。


「ううん、買って貰うから」

「誰にだ」


 じぃっと、私を見つめてくる少女。


「……私が? なら頼まれたんだ、仕事を兼ねて買ってくるんだけど」


 ふるふる、と首を振る。


「よく分からないな」


 溜息をついた。最初から分かりづらい子だったが、ココまで来るともはや手の付け所がない。


「まだ、やんでないから」


 やんで?

 と、聞き返そうとした私の手をぎゅっと握ってくる。それに驚いた私は慌てて手を振り払おうとしたが、その寸前で冷静さを取り戻す。私の手は『人間』を破壊しないことを思い出したのだ。


「……おや、随分と気に入られたもんですね」

「冗談はやめてください」


 軽口を叩く警察官に思わず反発してから、私は少女へと目を遣った。


「私は君の面倒は見られないよ。自分の事で手一杯なんだ」

「……」

「……はぁ」


 私の手を握るその指は、益々堅くなっていく。


「すみません。もう少し説得してからもう一度来ます。何時になるかわかりませんが」

「ああ、構わないですよ。そうしてください」


 警察も薄情なもんだ。困った私をあっさりと帰してしまう。まぁ、この町は迷子が多いだろうし私の事も知っている様子だったので、そう気楽に構えているのだろう。もしかしたらかつて彼の依頼を受けたことがあったのかもしれないな。

 そんな交番から離れ、私は自分の家に向かう途中で足を止めた。


「雨が止んでない、だったな」

「まだ、胸が痛い。ここがね、ぎゅっとなる。わたしのこころもきっと、この町に落としてしまったんだと思うの」


 自分の家族を失ったこの町で、彼女もまた自分を失ってしまったのか。彼女も私に似て、表情を変えるのは得意ではなさそうだった。少女の心は何時どこで落ちて、そして少女の何を変えたのか、その顔からは決して読み取れなかった。

 ──他人がどうこういう問題ではない。

 頬に何かが当たった。空を見上げれば、またもや分厚い雲が紅い空を覆い、やや早めの夜の闇を擬似的に作り上げていく。早く帰らないと再度濡れてしまう。今度こそ風邪を引いてしまうだろう。


 しかし、その雨が降る前にこころを無くしたと思い込んでる少女へ一言言っておきたかった。


「なら、また探せばいい」

「え?」

「この緑色の町は、そういう意味じゃ自由だよ。ちょうど私のアパートの隣から人がいなくなってね。大家、というか管理人のおばちゃんには私から話しておこう。私が二つの部屋を借りるとな。雨も降りそうだし、何しろこの辺りにはロクなホテルや宿屋が無い。やや離れないと駄目だな。それにあの手のホテルはぼったくりも多い」

「それで、いいの?」

「君の雨、止んでないんだろう。私はさっき君に傘を差そうとした。だけど私の手には傘が無かったんだよ。雨の中なのに、手の平が乾いた気がしていた。それがとても悔しくてね。私は悔しくなると必ずやり遂げたくなるんだ。アパートの前でドンと鎮座する生意気な緑が気に入らなかったから、徹夜で勉強して次の日には草刈り屋の免許を取ったぐらいだ」


 私の手は決して生み出す手ではない。過去の経験と思い出が克明にそれを語っている。ただ、そこまで少女に語る必要はなく、ただ気取ってみせただけで安心させる言葉が自然と並べられたようだ。


「……ぷっ」


 その可愛い声に、思わず目を見開いた。


「その代わり、納得するまでだ。その後は出て行くんだ。それまでは私の仕事を手伝ってもらうから……笑うなよ」


 顔を下に向けているから表情こそ覗けなかったが、その声と気配で十分分かる。

 小さく笑っているだろう少女の顔をなんとか見てやろうとしていると、なんだかこちらも笑いたくなった。が、それで笑われるのもどこか癪だ。私は努めて表情を変えずに、あのぼろ臭いアパートへ向けて歩いていった。

次回サブタイトル「しごと、みつけて 1」更新日は6/24 22時辺りを予定しています!

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