こころ、さがして 4
少女はこれでもかという程、一生懸命になって街を歩いていった。
そんな体力がある身体には到底思えないのだが、正直案内役である私の方が先にへたってしまいそうだった。子供の体力には着いていけないなんて、思ったより歳を取った……ということになるのか。、まだ二十一なのにそんな衝撃を受けつつも、なんとか大人の体裁を保つべく先行して歩く。先行とはいえ、一応少女自身に行き先は決めている。基本、彼女が行きたい場所へと着いていき、迷いそうになったり、危険な場所を回避するために私がいるといった案配だ。
緑色に染まったこの町はそれこそ結構な広さがある。これを隈無く探すことなんて一日で済む話ではない。ましてや今は私が設けた期限付きだ。少女が全てを捜し回れる筈がないのだ。
それでも彼女は諦めない。
青いワンピースを揺らしながら、植物に支配されかけた街を歩き続ける。私はそんな少女を時折振り返ってちらりと一瞥した。
ふと、少女は足を止める。
「ん?」
少女が見上げている先は、もう古くて誰も利用しなくなった廃ビルだ。
「ここのビルは背が高いから、みわたせる」
全部は無理だから上から探すつもりらしいが、だったらわざわざ廃ビルなんかじゃなくても良いだろう。こういうのは誰にも管理されてないから結構危険な箇所があるものだ。崩壊の危険性がある以上、少なくとも近寄るべきではない。――特に私は。
だが、少女は私の心配を余所に外側の非常階段を昇っていく。慌てて後を追い、私も階段に足を掛けて昇っていった。
身軽な少女は疲れを感じさせない軽い足取りでひょいひょいと駆け上がっていく。そこここに崩れた壁の破片やら曲がった階段やらで、私の方は思った以上に鈍足に進んでいった。
子供は危険を知らないから、困るんだ。
「危険だ、そんな先に行くな」
崩れたりして、あの子を危険な目に遭わせる訳にはいかない。とは思うのだが、やはり慎重に昇っていく。こういう場所の危険性は私の方が熟知しているからこそ進む速度が鈍くなってしまうのだ。蹌踉けた際に右手を伸ばして――一種の恐怖に囚われてその手を引っ込める。冷や汗が流れ鼓動が早まった。
ようやっと屋上へ辿り着くと、少女は手摺に掴まりながら食い入るように街を見ていた。緑色の町。ここで大切なこころを失った少女は、果たしてこの緑が何色に見えているのだろうかと疑問に思う。私には見慣れすぎて何とも思わない、ただの緑が広がる町の景色だが……。
それは短慮だったとすぐさま思い知る。
このビルは確かに高いので、町を、そして街を一望出来る。地元に住む私ですら滅多に観ない光景は実に壮観だ。私の手が生み出す破壊とは違う、あらゆる箇所が緑の浸食で崩壊しかかった町。しかし繁茂する緑達の美しさは見慣れていたとしても、改めて目を奪われてしまう。
「……」
屋上をずっと駆け回り、少女は街の全てを見尽くそうと努める。やせ細った小さな身体を振り回し、何度も何度も同じ場所を眺めては、別の、観たばかりの所に視線を向ける。いつまでも、いつまでも。
さて、今は何時だろうな。
生憎時計は持ってきていない。肩掛けの大きなバッグの中は懐中時計一個すら放り込んじゃいない。時間が気になると空腹に気付いてしまうものだ。もう昼なんてとうに過ぎてしまっただろう。となると夕方に近いのだろうか。分厚い雲が太陽を隠してしまったので
、時間がさっぱり把握できやしない。
灰色の雲から少女へと視線を戻す。
少女は手摺に身体を寄り掛からせたまま、動かなかった。
諦めてくれたか。自分でしっかりと理解したなら、それでいい。そうすればもう二度と探そうなんて思わないだろう。
「ここは危険だ、戻るからな」
放っておけば何時までもそこに居そうな少女へそう声を掛ける。だが……。
「どうして、見つからないの?」
「……それは」
言葉に詰まる。それは君の両親が──と、何故私は言えないんだ。出会ったばかりの少女へ、必要以上の心配をしてどうするというのだ。
「こんなにさがしたのに」
──唐突に、雨が降ってきた。
「さがせば、見つかるって思ってた……」
「見つからなかったんなら、そういうことだろう」
あぁ、結構強めに降ってきてるよ。
「わたしは!」
少女は叫んだ。雨の強さに決して負けぬ大きさで。
「わたしは、どうすればいいの……!」
濡れそぼった顔を伝うは雨の水滴か、あるいは。
右手を胸に当てて八つ当たりのように私へ叫ぶ。いや、叫ぶ相手は別に私じゃなくても良かったのだろうが、偶々彼女の傍にいた人間が私だったに過ぎない。
「こんな町で……どうすれば……」
本物の雨は傘を差せばいいだけなんだが。
「すべて、なくして……」
彼女の双眸から溢れる偽物の雨に、傘は差せない。
「だったら、泣くしかないな」
傘を持っちゃいない私は、肩をすくめた。そんな傘などもう十年も前に失って――いや、昔からそんなものを持たされたことはないし、この手は持てないだろう。
だから私の知っている範囲で言葉を紡ぐしかない。
「泣いて泣いて、それでもまだ悲しかったらもうちょっとだけ泣いて、それから明日は晴れたらいいなって願いながら布団に潜ってぐっすり眠るんだ」
「……」
「どうすればいいかって言われたら、私にはそれしか返答のしようがない。暖かい布団ぐらい頼まれれば用意してやるが、どうする?」
ざぁざぁと喧しく降っては私達を強く叩いてくる雨の中、まるで穏やかな日中を思わせる暖かさで私は言ったんじゃないかと思う。意識もせずにするりとそんな言葉が出てくるなんて自分でも意外だった。
傘なんて持ってきてない。雨なんてどうでも良かった。
でも何故だ。
目の前の少女の雨に傘を差してやりたい。ましてや、止ませてやりたいなんて、そんなことを願う心が不思議だった。この少女はただ通りすがりに頼まれて、それこそちょっと手伝えば二度と会うこともない、それだけの関係だった筈だが。
「ううん、いい……ふとんなんて、いらない……」
「じゃあ、どうする。私は何をすればいい?」
「……思い切り、おもいっきり泣くから、みててほしい」
少女の心からの頼みに、頼まれ屋の私が引き受けない訳にはいかない。
「わかったよ」
だから頷いた。頼まれたからというのもあるが、なんとなくそう予想していたことでもある。
思う存分泣けば、雨を降らせば、少女のこころの雨は止むだろうか。
中途半端な優しさで慰めるより、いっそ少女の言う通り、思いっきり泣いてしまえばすっきりするに違いない。──などというのは勝手な考えだ。何にしろ傘を差せない情けない私に可能な事は、泣きじゃくる小さな子供を見守るように眺めているだけに過ぎない。
その為にも私はこうして一緒になって雨に降られているのだろう。私の頭から顎にかけて伝わる雨。落ちる水滴、跳ねる水溜まり。水をたらふく飲み込んだ鞄が重くのし掛かり、肩を圧迫する。
そうして、いつまでも雨に降られたまま、時間が流れていった。
次回は6/21(金)の22時を予定しています。
「こころ、さがして」編は次で終了!その次からは新章開始です!




