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そして、いっしょに

 不思議なことに、私は目を覚ます。

 どうして生きているのか不思議に思い、周囲を見回すとタクが私を抱え上げていた。私のみならず、シキまで抱えている。足には何かしらの布を巻いて止血しているようだったが、どこか見覚えがあると思っていたらそれは私のハンカチだった。


「起きた……か」

「……ああ、起きた。大丈夫だよ。多分動ける」

「そうしてくれ。さすがに二人はきつい」


 何故私が生きているのか、どうして力の調整なんてもう出来ずにあいつと一緒に瓦礫の海へ飲み込まれたはずの私がこうして無事なのか、色々と疑問に思うところはある。辛そうなタクからシキを託され、その辺については彼の口から語られることとなった。

 崩壊はジンヤの天井にのみ起こった。

 私の力が衰えたのか、あるいはその前に気絶してしまったのか。崩壊は私のところまで届かなかったようだ。タクが見た感じだと奴もまだ生きているということだが、当分は動けそうもなく、その間に警察へ連絡して逮捕してもらうとのことだ。

 一部を崩しただけならば、いくらなんでも全てが崩壊するわけでもない。まだ元デパートである建物はそのまま健在し、絡み付く植物たちをいつ巻き込んで崩れ去ってもおかしくない程度の風貌を保っていた。こういう建物がそこここにあるから、緑の町は人が住んでいるところと廃墟と化した場所がいくつも点在しているのだが。

 だからといって一部が崩れた建物の中にいつまでもいるのは精神衛生上良くないし、実際いつ自然崩壊が始まってもおかしくないぐらいなので、タクは私達を抱えて外へと出た後、とりあえず通りにまで出たということだ。

 これでテロというデマから始まった連続爆弾魔は終止符を打つこととなるだろう。

 しかし連続した爆発による混乱は未だ醒めやらぬ様子で、どこもかしこも大通りともなれば渋滞が発生している。シキも寝たままで、さらには苦痛に呻くタクを抱えたまま病院ともなると、これはまた結構な重労働になりそうだった。

 近場に知り合いがいればなんとかなりそうなものだが。

 せめて公衆電話ぐらいあれば……と病院に向かいつつ、電話ボックスを探す。幸い、電話ボックスはすぐに見つかった。しかし道路が車による渋滞が発生しているように、電話ボックスも近年希に見る混雑を呈している。これはさすがに利用できそうもない。


「う……ぬ、布はないか……?」


 タクが小さくそう呻いてきた。


「私のハンカチ勝手に使っておいて……は仕方ないね。一応止血はしてあるみたいだが」

「……これじゃ弱いな」

「貴重なハンカチを一枚使って巻いてるってのに、文句を言われるとはね」


 かといって他に布はない。仕方ないと、タクを壁に寄り掛からせ、私は自分の袖を思い切り破ってタクに渡してやった。軽く驚いた顔をしたタクは何も言わずにそれを打ち抜かれた太ももの部分にきつく巻き付ける。


「……弾は貫通してるから、これで……なんとか病院までは……」

「いいや、もう歩けるような顔をしてないね。それにシキも病院まで連れて行きたい」

「大丈夫、だって……お前が連れて行くより……」


 息を切らせながら、タクはトランシーバーを取り出した。それに思わず、あ、と声を出してしまう。


「仲間呼んだ方が、手っ取り早いんだぜ……?」

「さっさと教えてくれ」


 ふぅとため息をつく。同僚のピンチならいくら忙しくてもすぐ駆けつけてくれるだろう。しかも足を撃たれたとあってはね。


「他の警察が来ると面倒だ……その子、病院へ連れてけよ」


 シキについて色々尋問されると厄介だからここを立ち去った方がいいと、彼は言ってくる。


「そうさせてもらう。――本当に大丈夫だろうね」

「死にゃぁしねぇよ。……あとで顔見せるから、それまでに男勝りの顔をちょっとは女らしくしてろよ?」

「ほざいてな」


 軽く笑い合って、私はシキを背中へと担ぎ直す。

 最後に別れの挨拶をして、私は病院へと向かう。

 路地を駆けながら病院へ向かったところで、その人の多さには愕然とした。普段は年寄りの集会所と化している平和な病院が、今日は商売繁盛しすぎてパンク寸前ではないか。見れば何台も救急車が止まっているし、人の山は出入り口にまで達している。これでは到底シキを看てもらうことはできないだろう。


「仕方ないか」


 私の肩もついでに看てもらえればと思ったのだが、そう上手くはいかないらしい。思い出したら肩がじんじんと痛み出してきた。


「どっかで自分の手当もしないとな……」


 とりあえずアパートへ戻るかときびすを返したところ、背中から小さな声が聞こえてきた。

 シキが目を覚ましたのだ。


「イチコ……ここは?」

「外だ。体調は大丈夫か?」

「う、ううん……だいじょぶ」

「それならいい。病院行ってとっととアパートへ戻るか」

「……その前に、おろして」

「おっと」


 歩けるのなら是非とも自分で歩いて欲しい。シキを降ろすと、最初はちょっと蹌踉けたが、すぐさましっかりと立った。どうやら問題なさそうだ。シキは色々と言いたげに何度も目を合わせたりそらしたりしながら、とりあえず言うべき言葉の妥協点を見つけたようだ。


「肩、大丈夫?」

「ん、ああ、出血で酷く見えるが、すでに血は固まってるからね。実際はちょっとかすっただけだ」

「……でも」


 彼女の、でも、というのはもう一つの心配事、私の心の事を思ってくれているのだろう。


「心配することじゃない。それよりもお前さんを看てもらった方がいい」


 催眠術に何度も掛けられているとなると、ちょっと後遺症とかそこら辺が心配だ。何もないとは思うが、念のためというのもある。


「うん。じゃあ」


 と、シキはそこを指さす。


「あそこ」

「あそこって……」


 見上げると、なんともはや、そこは見覚えのある場所じゃないか。


「屋上」

「分かったよ。けど、あそこは足場が危険だ。行くのはお勧めしないね」

「身軽に行けば、きっとだいじょうぶ」

「気楽に言ってくれる」


 ふぅ、とため息をついた。放っておいたら勝手に行ってしまいそうだ。

 彼女が指さしたという場所は、私達が初めてあった日、シキが勝手に昇っていったビルの屋上だった。彼女はそこで胸の中をさらけ出し、大泣きしたことを思い出す。また何か胸の内をさらけ出したいのだろうか。だとしたらあそこは誰もいないし、大声を出したところで誰にも聞こえやしないだろうから、うってつけだろうね。

 そんなところがちょっと羨ましかった。大人になるとそこまで胸の内をさらけ出すことはなくなるんだ。ずっと内に溜め込んで、そのドロドロした感情がいつか消えてくれることを願うしか方法はない。子供は大声で喚き散らして辛さを共有させる。そして共有する。

 それが私には出来ない。

 私だけだろうか。大人はみんなそうじゃないのか。

 ……だから、子供を構いたくなるのか?

 よく、わからなかった。

 けど一つだけはっきりしている。シキが、あの時の私とさほど歳の変わらない女の子が、自分の所為で身内を殺さなくて済んだ事実をとても嬉しいと感じることだ。ああ、私があの時死んでしまっていたら、そうだ、きっとシキは一生心に傷を負ってしまう。どうしてそこまで考えが至らなかったのだろう。


「よっと」


 何にしろビルの外側階段を危なげに昇っていくシキに内心穏やかではいられず、できるだけすぐ傍をついていけるよう身軽な少女のあとに重い身体を引きずっていく。

 途中の崩れた部分をジャンプして乗り越え、そうして屋上に着く。眼下に広がる緑色の町と、いまだ燻る煙、そしてどこぞのサイレンの音。町は混乱したままで、しかし人々の声はどこ吹く風とばかりに、緑達は悠々と葉っぱを伸ばしていた。たとえ町がどうなろうとも、このどこから生えてきているかわからない植物たちにとっては関係がないのだ。彼らと共生しているなんてのは人間達が一方的に勘違いしているだけに過ぎず、人間が居なくとも、こういう町がなくとも、緑達は繁栄していくことだろう。

 人間が破壊を楽しむのは、人間が作りし文明のみ。文明なんぞ持たない自然は、果たして破壊する、される、という感覚や感情を持ち得ているのだろうか。奴が破壊をせずとも、この町は緩やかに崩壊へ向かっているというのに――


「きれい」


 町を見下ろしながら、少女はそう呟いた。


「この光景は、きっと他じゃ見られないだろう」


 ビルの白と灰色、そこに絡み付く緑色。

 この町は繁栄と崩壊が入り混じり、その危うさが他にはない魅力を創造しているのだ。


「ここを、破壊しようとした」


 それはあのジンヤの事を言っているのだと思い、私は同意するために頷いた。

 ――だが、違った。


「わたしは……ここを……」

「シキ?」

「意識、あったから。わたしはここを破壊しようとしたの。……ずっと、前から。なにもしらなかった。おとうさんとおかあさんは……言われた通りにしろって……だから、わたしは……あの時、おとうさんとおかあさんから逃げた」


 ちょっと話の流れが掴めず、沈黙してしまう。


「逃げたとは、つまり……」

「ここへ、逃げてきたの。そうしたら、おとうさんとおかあさんは、わたしを見て笑って、わたしをあやつってたコインを投げ捨ててくれた。――そのあと、ふたりは車に轢かれた」

「……そうか」


 シキの両親はこれ以上娘を利用することに嫌気がさしてコインを捨てた。だが、その直後交通事故に遭い、亡くなった。その事故すら親子の絆を壊すところを見たがったジンヤが引き起こしたものかもしれない。何しろジンヤはハローグッバイの連中を知っていただろうことは間違いないし、事実、シキをよく知っていた。そのぐらいやってもおかしくはない。このことは敢えてシキには黙っていようと思う。

 シキがジンヤに操作されていたのは間違いない。彼女が私のところへ来たのは偶然かもしれないし、それこそジンヤの狙い通りで、そこまで催眠術で操られていた可能性はある。私が確認した中だけでいうと、シキが催眠術操られていたところはおそらくマサオのところに一人で行った時と、結婚式場で一人行方不明になった時だ。マサオの時は元々彼を催眠に掛けておき、シキの何かの行動でスイッチが入るようにしていた。ヨウコが掛からなかったのは偶然に近いだろう。結婚式の時に発動した催眠は爆発か何かをきっかけにして私から離れるようなものだ。こちらから離れて、そしてシキを探す私を目撃し、はっきりとした絆を確認したジンヤのほくそ笑んだ顔を想像して胸を悪くした。もうあんな奴の顔を思い出すのはやめよう。

 しかし彼女が私に見せていた乏しい表情と新鮮な感情はきっと本物だ。ジンヤはそんな私達の間に生まれた絆を破壊して楽しみたかったのだろう。


「わたしは……わたし、は……あの時、きっとこころを落としちゃった。ぽっかりと胸に穴があいちゃった。泣けなかった。悲しめなかった。どうして……どうして?」


 それはコインを見たからだ。あれは心に空白を作る。シキはそれを感じ取り、きっと頭が混乱したのだろう。しかし――


「だが、君は泣いた」


 その時のことはよく覚えている。あの雨の日、どうしてか乾くこの手は何も掴めていなかった。


「うん」


 そしてシキも覚えている。


「ありがと、イチコ」


 少女は近寄ってきて、私の手を取った。


「この手、イヤじゃない」

「……そうか」


 軽く返事をしただけだったが、私にとってそれがどれ程の衝撃だったのか、目の前の少女はきっと分からないだろう。事実を知った上で、破壊のみを生み出すこの手を気に入ってくれる人間がこの世にいるなんて。


「イチコは、わたしよりずっと大変だったから……わたし、もう、泣かない」

「それは違うかな」


 彼女の決意をあっさりと否定した私は、大きく見開かれるその目を真正面から受け止める。


「いきなり泣かれるのは迷惑だが、理由があって泣くのは迷惑じゃない。それは仕方ないんだよ。人間なんてものは、そもそもそんな強く出来てるわけじゃないんだ。どんな人間も完全に一人だけで生きていけやしない。シキは特に強くないんだから、小鳥が羽を休めるように、せめて身近の人間に寄り掛かって泣くことぐらいはしてもいい」

「……でも、わたしは」

「君は親を亡くした。テロリストに関わっていたというのなら、親戚も預かっちゃくれないだろう。これからは他の子供と違って働いて生きて行かなきゃならない。引き取り手のいない子供は自力で暮らしていく制度だからね。だから強く在ろうという気持ちはわからなくもないが……無理をすることはない」


 まるで自分に語りかけているようだった。


「これから頑張らなくちゃならない。そして頑張ることに疲れたら、疲れたと言っていい。そういうことさ」


 かつて、私は一つの町を破壊した。

 物質が破壊される軌道とでもいうのか。この手が触れた無機物の中身を感覚だけで読み取り、どこを圧せば効率よく破壊可能かを知るという妙な力を、物心ついた頃にはすでに身につけていた。そんな私を嘲笑い忌み嫌う連中に嫌気が差していた私は憂さを晴らす為、定期的に破壊行動をしていた。

 しかし、いつしか町の連中は私を悪魔か何かと思いこみ始め――追放、または処刑すべきだという声が上がり始める。この法治国家においてあり得ない蛮行が自分の身に降りかかる恐怖は相当なものだった。

 だから私は全力で抵抗し、町を一つ、破壊した。

 触れるだけで無機物を破壊し尽くすこの手は、町を一つ破壊する恐るべき力を有していたのだ。人々が住む場所を破壊すれば、そりゃ大規模な地震が起きたのと同じで、きっと何名も亡くなったことだろう。大混乱に陥った町を静かに見下ろして、私は廃墟同然となった町を出て行った。

 そうして放心状態になった私が辿り着いた場所は、ここだった。

 ここでは私を知る人間は誰もいない。

 誰もいない場所で、私は生まれ変われるだろうか。

 生まれ変わったら、私は何をしたい?

 その疑問の果てに辿り着いた答えは、人から頼られたい、だった。

 今まで邪魔者扱いされてきた私を変えるには、その逆のことをやるしかなかったのだ。

 こうして緑の町でも珍しい『頼まれ屋』が誕生した。


「……うん」


 ぎゅぅっと、私の手を握りしめてくる小さな手。私は、この手を握ることで彼女に大きな傘を差してやれたのかもしれない。だって、今この手は乾いていないのだから。こんなにも温度を持っているのだから。

 そうか、シキと出会ったことで変わった私はあの時過去に呪い潰されることなく、こうして生き残ったのだ。


「わたし、変わりたい。この町で」


 そして私を心から頼ってくれた少女。私もまた、彼女をきっかけに変わっていけるだろうか。過去の呪縛に縛られたこの心を変えて、この町で生きていけるだろうか。


「さてね、それは自分次第さ」


 シキと自分自身に、そう呟いた。

 変わりたいという気持ちが本物なら、多分変われる。


「そう思うなら当分の間、頼まれ屋の助手でもしてくれないか?」


 どうせすぐには他の仕事のあてなんて見つけられないだろう、と付け加える。

 すると少女は乏しい表情で精一杯の驚いた顔をして、それから、初めて微笑んでみせた。


長らくお付き合い頂きありがとうございました!

これにて一旦イチコとシキの物語は終了します!

楽しんでいただけたならばそれが一番の幸いです。

途中からかなりの不定期になってしまい、大変申し訳ありませんでした。

「緑の町の頼まれ屋」という作品自体はまだまだ色々裏設定とかあったりしますので、いつかそのうち続きなり短編なり書けたらなぁ……と密かに思っています。私自身がイチコ&シキというキャラを気に入っていますので!


週末(金曜夜22~23時ぐらい?)より新しく連載を始めたいと思います。今度はかなりコメディ要素の強い作品となり、本作品より幾分読みやすいはずです……!

そちらもまた宜しくお願いいたします!

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