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ふたり、はなれて 11

 だが、人間がどんなに早く動いても、無慈悲な弾丸は私を撃ち抜き殺すだろう。あの鉛玉は瞬時に私を肉塊へと変貌させる。どんなに足掻いても勝てないものは存在するんだ。私の心が元居た町の住民に勝てなかったように!

 引き金は、ゆっくりだが、確実に私の足よりも早く引かれる。

 そうして銃声音が崩壊しかかった建物の中を駆け巡った。

 ……ピクリとシキの顔が上げられる。その瞳はなんというか、本当に意志の光を宿してはいなかった。けど、今の音で僅かばかり反応したということは、つまりまだ彼女が元に戻る可能性がないわけじゃない。

 そんな事を考えながら、私は自分のどこを撃たれたのか改めて確認しようと、その死の穴を見下ろしたのだが。


「あれ?」


 しかし、白いシャツは肩の傷以外、どこにも血痕の痕がない。


「……タク!」


 そして銃を撃った人間を見て、私はそう声を上げた。


「やめてください、ジンヤさん!」


 左腕に包帯を巻き、右手で拳銃を構えたタクが叫んでいた。

 どうやら彼が威嚇で撃ったらしい。

 予めタクに連絡を入れて、奴が爆弾を仕掛ける建物の特徴を伝えてあった。ここを発見して来るかどうかは賭けだったが、どうやら成功したらしい。しかも即座にジンヤへ銃を向けて威嚇してくれるなんて、なかなかやってくれるじゃないか。その激しい音は熱くなった私を助けるだけじゃなく頭をも素早く冷却し、正常な思考を取り戻すきっかけとなった。とはいえ、力を使った反動や奴の言葉のトラウマで精神的にも肉体的にも限界に近い。


「なんだ、お前か」


 心底から興味のなさそうな声を出す奴は――ジンヤは、はぁと息を吐きながら銃口をタクに向けた。


「お前の出番は昼で終了してんだよ。い~い見物だった」

「あなたは……いや、あんたは何を言ってるんだ……? 昼間って、結婚式だっただろう……? まさかあの結婚式場に爆弾を仕掛けたのは、あんたなのか……? なぁ、そうなのか?」

「今更何を」


 嘲笑し、ジンヤは応える。


「俺以外、誰があんな楽しいことをやるってんだ?」


 やはりそうか、と私は一人で納得する。先ほど自虐かと思った最大の理由は、つまりこいつは絆の深い人間が壊れる様を見るのが大好きだったんだよ。特に肉親ともなれば最高の材料ともなるだろう。その料理が一番のご馳走――人生最高の瞬間となる結婚式の時に、自らの手で、破壊した。

 ……あの東地区に現れた不気味な男もまた、こいつの実験の一つだったのだろう。もしかしたら今日の為だけにマサオ夫妻もも巻き込んで実験を繰り返していたのかもしれない。とんだゲス野郎がいたものだ。


「馬鹿な……あそこには……あそこには、あんたの娘がいたんだぞ……あんたの娘の、結婚式だったんじゃないか……どうして涙一つ流してないんだよ。どうして、そうも笑っていられるんだよ……?」

「人間が笑うときは、大概楽しいからだ。心の底から可笑しいことは、心の底から爆笑しよう。それが人間というものだ。まぁ、尤もこれはお前にゃ教えなかったがな」


 タクの両目から涙が溢れる。あの時の結婚式場に居たのはタクの親友と、そして先輩であるジンヤの娘の結婚式だったのだ。だからタクは耐えられずに泣いたのだ。

 信じていた人間に、こうも無情なまでに裏切られた。到底理解しがたく、信じたくもない状況で。


「壊れる様は、たとえどんな形のものであろうとも美しい。ああしかし惜しかった。ここでイチコを殺せばシキの精神がボロボロと崩れゆく様を楽しめたというのに。ああ、貴様程度の平凡な刑事に邪魔をされるなんて、俺もヤキが回ったモンだ。しかしまぁ、そのいいタイミングで俺を狙い撃ちしなかったのは甘いな」


 そんなことできる奴なんてそうそういない。しかも身内の人間をいきなり撃てる奴がいれば、とっくに正気なんて失っているだろう。――だが、このジンヤという男はとうに正気を失っている。


「だから貴様は中途半端なんだよ。俺のように一つの物事を徹底的に楽しむ人間にならなきゃなぁ。人生というのは、思った以上に楽しいもんなんだよ。それを今日、知ったんだ」

「ふ……ざけるなぁ!」


 今度こそタクが銃口をジンヤに向ける。しかし躊躇いが生まれたタクよりも、ジンヤが躊躇なく引き金を引く方が圧倒的に早かった。

 ジンヤの指先から発せられた音に、ワンテンポ遅れてタクの足から血が噴き出す。さらに遅れて悲鳴が響き渡った。


「そうだ」


 それを、またもやにやけながら、その男は見下ろした。


「何もかもが中途半端! だがその壊れかけた顔はとてもいい! ああぁあ、やはり俺は壊れるところを見るのが大好きだ。どんな極上の酒よりも、近しければ近しい者程、壊れゆくところを見るのが大好きなんだ……!」

「だから、自分の娘も壊した……って……訳かよ……!」


 痛みに顔を歪めながらも、タクはそう問い掛ける。


「ああ、目の前で式場の一部を爆発させてやった。あの時、あいつの顔は本当に一生忘れられないぐらい素晴らしかった。あれでこそ育てた甲斐があるというものだ」


 ここまで性根が腐っている奴を見たのは初めてだ。自分の娘でさえ、手前勝手な趣味趣向の道具としか見ていなかったのだ。緑の町でもっとも醜いゲス野郎の称号を与えてもいい。

 そんな野郎とはもう一言も口をききたくない。


「そういうわけだタク、お前は刑事としてはあまり優秀な方じゃあ無かったが、その顔は額縁に飾りたくなる。最後に思い出をありがと……うお!」


 声も聴きたくなかったので、私は足下の植物を両手で掴んで、思い切り引っ張った。

 植物といっても床を張っているのは蔦だ。しかもちょいと頑丈な蔦なので、多少無茶したところで数本重ねれば切れることもない。しかも時間帯は夜に差し掛かり、都合良くここは水浸しで足下の視界は良好とは言い難く、この程度の蔦を踏んでいることなんて気づきもしなかっただろう。

 そう、タクに気を取られている隙を狙って奴の足下まで生えている蔦を私は引っ張ったのだ。

 バランスを崩したジンヤが私に銃口を向けるが、その方向は定まらない。その隙にタクがジンヤに飛び掛かって拳銃を奪おうとするが、あの足ではその健闘も心許なく、すぐさまジンヤに蹴られて地面を転がってしまった。だが次の瞬間、私は奴の懐へ潜り込んで銃を持つ手首を掴み、顔面に頭突きをくれてやった。額が奴の歯にでも当たったか、軽く切れる感触。それに構わず怯んだ男の腹にも拳の一撃をくれてやる。あくまで不意打ちだからこそこの身体でこれだけの連打を叩き込めた。次はおそらく無いだろう。

 シキの手を掴んで壁際まで寄り、私はその壁に右手をくっつけた。

 ――さて、あと一度。

 あと一度でいいんだ。私の身体よ、持ってくれ。いや、毀れてもいい。だが、この一回だけは、全ての呪われた過去が私を絞め殺そうとも、彼女を守る力だけは!


「……シキ」


 この子に傘を差せるなら、この身が滅ぶ事も怖くはない。

 何しろこの子は私に初めて――


「……だめ、イチコ」


 私の覚悟をどうして悟ったのか、ゆっくりとシキが目を開いた。


「イチコが壊れるのはみたくない」

「私はそれだけの事をしているんだよ。きっとシキと出会ったのは、どっかの神様が私に与えてくれたチャンスだったんだ」

「だめっ……」

「だから、今は眠りな。次目を覚ました時、シキにはそんな豪雨でも決して濡れやしない大きな傘がありますように」

「いや、だぁっ……」


 しかし、そんなシキの瞳を私はそっと閉じた。半覚醒状態だったとはいえもうほとんど寝てしまう寸前だったのだろう。それだけで彼女の意識は闇へと落ちていった。


「く……そ、こんなことをして……タダで済むと……!」


 ジンヤが落とした拳銃を拾い上げた。


「五月蠅いね。タクには悪いが、もうその溝臭い声を耳に入れるのも嫌なんだ」


 半分開いていたまぶたを閉じてやると、本当にそのまま力を失って身体を預けてきた。小さな寝息を立てるシキに心から安堵し、私は遠慮なしに壁を圧す。


「くそ、この糞女が……!」


 壁を圧した意味を理解しない男が拳銃をこちらに向ける。今更その銃口はなんら怖くもない。


「あんた、私の力を最後の最後で理解しなかったね」


 ぱらり、と天井から埃が舞い落ちて、ジンヤに降り注ぐ。


「……なんだ?」


 ジンヤが見上げ、その顔が恐怖に引き攣り、目は限界まで開く。


「だから、アンタは負けるんだよ。自らを崩壊させてね」


 すでに崩壊が始まったジンヤの真上。

 その下にいることはどれぐらい恐ろしいだろうか。

 それがアンタが今まで他人に、いや肉親に与えた恐怖だよ、と教える義理もない。

 この壁に押し当てた右手から始まった崩壊は一直線にそいつの頭上へ伝わり、最早天井としての意味を失ったコンクリートによって押し潰されるジンヤ。かつてもっと大規模の人数をこうやって潰したことのある私にとって、出来るだけやりたくなかった方法だ。最後のこの瞬間まで躊躇していたやり方で、本当ならもっと早くこうしていれば良かった。あの人達と一緒のやり方で、この野郎を始末するのは本当に嫌だったのだ。

 崩れゆく天井の下から、いまだ悲鳴は聞こえていた。

 そんな奴に目をくれることもなく、私の意識は痛みを伴うことなく、深い深い、深淵よりもさらに深い闇へと落ちていった。


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