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ふたり、はなれて 4

 通りに出ると、なるほど確かに混乱を来しているようだと納得した。あまり起きない自動車の渋滞、飛び回る号外欄、通りに面した店頭にぶら下がったラジオの喧しいニュースなど、散々な有様だ。まるで今から戦争でも起きるんじゃないかといった具合にピリピリとした空気が張り詰めている。テロリストが爆発を起こしたのだろうという噂がまことしやかに駆け抜けていった様が想像できるようだ。情報規制もこうなると意味がない。そも、情報規制すべき機関が狙われたのだから、効果すらないだろう。


「こりゃぁ、まずいな」


 こんな中、シキ一人が彷徨っていても――最悪倒れていても――気遣う人はかなりの少数だろう。この町でほとんど知り合いのいないシキを捜す奴は、きっと私だけだ。

 人混みを掻き分けて先ほどの結婚式場へと向かう。その会場へ着く前に黄色いテープが道に引かれていて、これ以上は進めなくなっている。見れば警察も数人立っていて力ずくで抜けるのは難しそうだった。

 仕方ないと呟きつつさらに人混みを掻き分けて脇道に入り、できるだけボロ臭く周囲の影響が少なさそうな建造物を探す。古くさいってのはそれだけで人が住んでいないと知れるから、ある程度破壊しても誰かが傷つくことはないだろう。――もちろんテロリストが使用した爆弾程の物なら話も違ってくるが。


「ここだな」


 年月の経過により色の変化した壁に手を当てる。

 シキを助けたい。助けなければならない。その心が真実ならば、トラウマを克服できるはずだ。だから私は自分の口で宣言しなければならなかった。


「破壊する」


 軽く力を込める。すると手を当てた部分を中心に壁が面白いぐらい簡単に崩れていき、その壁には人一人が通れるぐらいの穴がぽっかりとできあがった。案外大丈夫だったなとその穴の奥を見遣れば、そこに男女が折り重なるようにして倒れていた。片方の目だけで私を見ている、その目は――


「……はっ、かはっ、はぁっ……!」


 ……居ない。そこには誰もいない。よく見ろ。ほら、誰もいないじゃないか。きゅぅ、と締め付けられる胃を宥めながら壁の奥、瓦礫が散らばる部屋を凝視する。実際、そこには誰もいなかった。じっとりと浮かぶ脂汗が頬を伝っていく。

 舞う砂埃に咽せながら建物の中へと入り、規制された向こうの通りへと抜ける。下手に彷徨くと警察に見つかるので、なるたけ慎重になる必要があるだろう。

 ――壁を破壊しながら進むのは、目立つな。それに一度でこれなら身体が持たない。

 物陰に隠れながら行くしかないだろう。なんという怪しい人物であろうか。

 とはいえ忍び足でこっそり歩く訓練なんてしたことのない私の足音は、砂利を踏む事で結構目立つこととなる。その音で敏感になっている警察官の一人が通りへと出た私に気付き、すぐさま怒鳴り声を上げてきた。


「うわ、しまった」


 一瞬、逃げるべきか迷ったが、ここら辺は警察が大量にいるだろう。逃げたところですぐさま包囲されてとっつかまるのは目に見えている。本気になればまた変わってくるんだろうが、そうなると先ほどの破壊を繰り返すことになるので、緑の町のダメージはかなりの物となる。それは私の望むところではない。


「何をやってるんだ。まだこんなところに一般人がいたのか」


 顎に髭を生やした警官が私の腕を掴む。まぁ、今の私は彼の目に相当怪しく映っているんだろう。しかしこういう時、咄嗟に頭が回るのは私の特技と言ってもいい。


「ああ、すまないね。ちょっと刑事さんに頼まれていたんだよ」

「刑事?」

「タクという刑事を知っているだろう? 彼は無事なのかい?」

「知り合いなのか、あんた?」

「知り合いさ。ついでにいえば頼まれ屋という仕事を営んでいる。噂ぐらいは聞いたことあるだろう?」

「あ、ああ、なんでも頼み事を引き受けるとか……」

「個人的にも知り合いである彼からちょっとした頼まれごとを引き受けていてね。もし信じられないようなら彼を連れてきてくれないか。話は通じるはずだ」

「いや……しかし、タク刑事は今、怪我をしていて……」


 あの爆発に巻き込まれてたんだ。それも仕方ない。ついでに彼の生死の確認も取れた。

 しかし目の前の警官は私の話でだいぶ迷ってきているようだ。あとはそれなりの理由をつければ完全に自由とまでいかなくとも、この腕から解放されるだろう。最悪なのは捕まることだ。捕まりさえしなければなんとかなる。

 なんにしろタクは死んでいない。それも精神的に大きかった。


「なら尚更だ。彼は今どこにいるんだい? 友人として放っておくわけにはいかないよ」

「あ、ああ、今病院へ搬送しようとしているところだが、正直どこもいっぱいでね。幸いそこまで酷い怪我じゃないから、後回しになってるんだが……」

「それは良かった」


 ほっと胸をなで下ろした、そういう態度をとる。確かにタクも心配だが無事さえ分かればそれでいい。今はまずシキが優先される。目の前の警官には私がタクを一番心配していると勘違いさせておくといいだろう。さらに警戒心が解かれるからね。

 それにタクと話が通じれば警察を使ってシキを捜してくれるかもしれない。


「とりあえずタクには会えるのかい?」

「あ、ああ、話すことはできるが……」

「じゃあ案内してほしい。あるいは場所を教えてくれないか。途中で他のお巡りさんに見つかっても大丈夫なように何かしら証も欲しいんだが」

「ち、ちょっと待ってくれ」


 すぐさまトランシーバーを取り出して仲間に連絡をしている。それから「タクさんは?」とかいう声が聞こえてきたので、直接本人に連絡を取ったようだ。


「あんた、名前は?」

「イチコ。タクに聞いてみな?」


 言われたとおりに警察官はタクに名前を確認している。あとはいくつか特徴を伝えたようで、そこで初めて彼と知り合いなんだと確信が持てたようだ。


「わかった。特徴を伝えたから直接向かってくれてかまわない。だけど、くれぐれも注意してくれよ。あの頼まれ屋だっつっても、ここが危険なことに変わりないんだから」

「わかってるさ」


 警察に礼を言い、伝えられた場所へと向かう。タクに会って協力を仰げば何かしら進展するかも知れないし、それに私がここを自由に動き回れるようになればシキを発見する可能性もぐんと高まる。

 そういう期待をせずにはいられない。


 ――だから、タクのところへ向かう途中、それは錯覚かと思った。


「なっ……」


 慌てて足を止めて見上げる。そこは古い建物の上。空を見上げれば不穏な空気が呼んだのかどことなく曇っていて、近々雨が降りそうだった。その真下、建物の屋上、どうやってそこまで行ったのかわからないが、彼女はそこにいた。


「……シキ!」


 五階建てぐらいの建造物だ。こちらが名前を呼んでも少女の耳には届かなかったようで、呆然と遠くを見遣っている。……様子がおかしい? 意識はあるのか?


「くそ、そこまで行った方がいいな」


 その屋上へ行くべく建物の中へ入ろうとしたが――


「あっと、そこにいるのはイチコさんじゃないか」


 ――聞きたくない声が聞こえてきた。


「どこに行こうとしているんだね、タクなら向こうだが」


 こんなタイミングで出てくるなんて、ちょっと狙いすぎだろうと声に出さず毒づきながら、振り返った。煙草を吹かした刑事が一人、こちらを鋭い眼光で睨んでいる。


「……名前はなんだっけ、そうそう、ジンヤとかいったね」


 どうしてここにいるのかを尋ねても愚問に過ぎない。警察なら現場に居ても不思議じゃないからだ。しかしどこか違和感が拭えないのはどうしてだろう。ジンヤが平然な顔をしてここにいるのは絶対におかしいという思い込みと疑問。


「覚えててくれたかね。それは光栄だ。で、どこに行こうとしているんだ?」

「どこへ? どこでもいいじゃないか」


 あくまで直感だったが、今のこいつには『何も教えてはならない』という気がして、そう誤魔化した。


「一般人が彷徨かれちゃぁ困る。それともあれか、シキという少女を捜しているのかね」

「……」


 やはりおかしい。

 どうしてシキが行方不明だとこいつは知っているのだ。私は警察の人間には一言もシキが行方不明だなどと伝えていない。


「なぜだという顔だな。あの爆発を起こしたのはシキだ。……だから隠れてるんだろう」

「何を、言っている?」

「お前さんは何も知らないかもしれんが、こっちは調査済みでね。あの爆発、いや、破壊は一人の少女が起こしたんだよ。わからんのかね、この町のテロリストにかかったあの夫婦がおかしくなった時、近くに誰がいた? 俺やお前さんじゃない。あの子だよ」

「ちょっと待て、短絡過ぎる」


 すぐさま否定しなければいけない、と私は声を張り上げた。


「あの時はそうかもしれないが、彼女はずっと私の傍にいた。少なくとも今回の爆発とは無関係だ。勝手に決めつけるのはやめてくれないか」

「勝手に? とんでもない。そもそもこの町でハローグッバイの存在が騒がれ始めたのはあの子が来てからなんだ。――お嬢ちゃんよ、本当に心当たりがないというつもりか? あの子が気付いたこと、話したこと、本当に何もヒントが無かったというのか?」

「あるわけがない。彼女は無関係だ」


 刑事の言っていることは滅茶苦茶だ。ハローグッバイの事件はそれよりも前に起こっている。刑事の言っている『ハローグッバイの存在』とは何を意味しているというのだ。


「もしや、シキって子はコインの存在を知っていた、とか」

「……なんだって?」


 もちろんテロリスト共の象徴、そして道具として使用するあのコインの事を言っているのだろう。それとシキが関係しているなんて、一体どれだけ話を飛躍させればいいのだろうか。いい加減その妄想に付き合っているのにも疲れてくるので、私は背中を向けて一端この場を去ろうとする。何しろ奴はシキを疑っているのだ。だったら一度この場を離れ、奴がここから消えた後からまた来た方がいいと判断する。

 しかし、奴の言葉は私の足を止める実に効果的な一言を告げる。


「道楽息子の釣り堀広場」


 ――そこでようやく奴が何を言いたかったのかに気付く。


「……まさか、お前は」


 そうだ、あの時シキは何と言った? 私はあの時、何も気付かなかった。だがよく考えてみろ。一体あの言葉にはどれだけ重要な事実が隠されていた?


「どうして、そんなことを知っている?」


 シキは、あのコインが釣り堀に投げられた事を知っていた。

 じゃあそのコインを投げたのは誰だ。

 シキが注目し、それをじっと見ていた。――それだけならまだわかるが、そもそもコインは握ってしまえばすっぽりと手に包まれてしまう程度の大きさなのだ。そういう意味では現代に出回っている小銭と同等の大きさだろう。そんなものを投げる時、手の中にあるコインが見えるか? 投げられた後に飛んでいくコインを見てそれがハローグッバイの物だと気付くか?

 そうだ、そういうことか。

 つまりシキは最初からコインの存在を知っていた。

 せき止められていた水がそれこそ堰を切って猛威を奮うかのごとく、頭の中を巡る思考は止まってくれない。少女をこの町に連れてきたのは誰だ。両親だ。シキがコインを知っていたということは、その両親が教えた可能性は高い。そして釣り堀へ投げたのは彼らだろう。

 もう一つ加えるなら、その後彼らは亡くなっている。――一人娘を残して。

 マスターの情報と照らし合わせれば簡単だ。過去にハローグッバイの事件を起こした容疑者からコインのありかを教えられ、そうしてその日の内に見つけ、どうしようもなくなって釣り堀へと投げ捨てたのだ。じゃあ何故その容疑者は弁護士にコインの在処を教えた? 教えるほど信頼していた? ――信頼とは、つまり仲間だということか?


「どうして……」

「気付いたようだな。そういうことだ。これも我々警察の綿密な捜査によって判明したことだが、なるほど頼まれ屋をやっているだけあって頭の回転は速い。きっかけを与えるだけで事実にまでたどり着くとはな」


 くらり、と意識が混濁しそうになる。

 もしそうなら、シキがテロリストとして今回の爆発を起こしたということになるのか。彼らの手段は催眠術による操作だ。別に犯人が現場にいる必要はない。シキが私のところにいて、それで爆発が起こったとしても、たったそれだけでシキが関係無いとは断定できないということなのだ。いくら私のところにずっといたとしても、四六時中一緒ではなく、たまには一人になることもあった。 

 私の目から離れている時があったのだ。


「当然……シキの両親について調べてるんだね」

「当たり前だ。彼らの両親は立派なテロリストだよ。ハローグッバイも最近は組織崩壊が広がっていてね、以前ほど情報収集に苦労はしなくなっているんだ。なんなら、証拠を見せてやろうか?」

「……遠慮しておこう」


 ああ……シキ。

 頭の中に不安と不穏が堆積し、ずんとのし掛かる。

 私は一体、どうしたらいいんだ。


「頭の回転が速くて色々思考を巡らせているようだが、お前さんは探偵じゃあない。もちろん警察でもない。怪しいと思った人間を通報する義務がある。――よく理解して欲しい」


 またもや釘を刺してくる。つまりシキを見つけたら即座に引き渡せ、さもなければ共犯者と見なすと告げたも同然だ。一度犯罪者になれば再びこの町で商売をするのは難しいだろう。常識的に判断するなら、ここは彼の言葉に従うのが正解だ。


「わかったよ」


 だから私はそう告げた。


「いいだろう。それじゃ俺はもう行く。こんな状態だから忙しくてね」

「せいぜい頑張ってください」


 最後は捨て台詞となったが――


「くっく……せいぜい頑張れよ、頼まれ屋。どうせお前も俺と同じ穴の狢だ」


 何の話だ、と聞き返しそうになったが、これ以上あの刑事と関わり合いたくない。


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