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ふたり、はなれて 3

「落ち着いたか?」


 マスターが暖かいココアを私の前に置いてくれた。

 叫びながら散々中を捜していた私をマスターが無理矢理『グリーンランチ』まで連れてきたのだ。自分でも記憶が曖昧で、冷静になった今、喉が痛くなるほど叫んでいた自分に呆れてしまった。完全に我を見失っていたらしい。


「あんなに取り乱すイチコちゃんってぇのは初めて見たぜ。ま、仕方ねぇわな」


 向かいの席に座ったマスターが大きく息を吐いた。今店は休業中だ。この騒ぎで店を出しても客は来ないだろうという判断と、何より私を落ち着かせるために余計な人を排除したというのがある。本当に申し訳ないことをしている。

 マサオ達はマスターが家に連れ帰っていったらしい。お腹に赤ん坊がいるヨウコに無茶はさせられないので病院に行くように伝えたらしいので、後はこちらが何かすることもないだろう。心配なのは今回の爆発でこの町の病院が怪我人で埋まっちゃいないかどうかだ。


「シキちゃんは見つかっちゃぁいない。こちらでも捜すが――」

「わかっている。見つかる可能性は低いだろうね。あの爆発が何かはわからないが……」


 突然の爆発だ。あまりにも理解を超えている。

 だがマスターは的確な答えをあっさりと告げてくれた。


「テロリストだろうな」

「テロ……奴らか」


 奴ら、つまりハローグッバイだ。あいつらがお得意の爆弾を仕込み、会場を吹っ飛ばしたというわけだ。なるほど、あんな威力の爆弾を使用するわけだ。本当に危険な連中だ……。


「ああ、さっき言っただろう。覚えてねぇのか」


 驚いて顔を上げる。


「……すまない」

「動揺していたからな、しゃーねぇだろう……といいたいが、まだ駄目だな。今すぐにでも飛び出していきそうだ。ちったぁ大人になったと思ったが、まだまだだなぁお嬢ちゃんは。冷静になれよ。お前はぶち切れると犯罪者になっちまうからな」


 彼はその独自の情報網で唯一過去の私を知っている人間だ。だからそう言われるとどうしても弱くなってしまう。


「……わかってる、わかってるさ、そんなことは。ところで、奴らはどうして警察関係者のところを狙った? 何を企んでいる?」

「わからねぇ」

「……わからないって」

「目的が見えねぇんだよ。警察関係者が集まるところを爆発したなら、すぐさま次の行動があっていい。声明も何もねぇんだ。ただ裏ルートであそこが狙われていると直前で知ってな、お前さんが向こうにいることは聞いていたから、すぐさま忠告しに行ったらこの様よ」


 マスターが右腕を上げる。二の腕に包帯が巻かれていた。


「大丈夫なのか?」

「料理は弟子に仕込んであるからな。ちったぁ休養とることにするぜ。たまにゃ休んでもいいだろう。そんなことより、今回の爆発だ。警察の混乱に乗じて行動を起こすにしても、まだ何もねぇ。一体何が企みなんだってんだろうな」

「……そうか」


 奴らの目的は何も見えない。それを調べて潰すのは警察の仕事だが、その警察が狙われたんだ。しばらくこの町は荒れることだろう。


「そうだ、町は大丈夫なのか?」

「町? ああ、結構な範囲が崩れたらしい。脆い建物ばかりだからな、あんな盛大な爆発が起こると崩れるところは崩れてしまう。死傷者の数は未だ把握できてねぇようだ」


 ちょっとした地震でも危ない建物ばかりなのに、あれだけの爆発だ。さっきの盛大な砂埃は爆発とは直接関係のない建物が振動で崩れたからというのもありうる話だ。


「お目付屋っつー裏ルートからといっても、実は結構怪しいところもある。俺ぁこの情報がわざと流されたんじゃねぇかって読んでるんだが、そこらもまだ目的と合わせてハッキリしねぇ。もしかしたらテロリストじゃなくて単独犯の可能性もありうるな」

「単独犯? その根拠は?」

「集団行動するってぇんなら、爆発に時間差がありすぎるってぇんが根拠の一つさ」


 なるほど、集団ならあれだけの爆発に時間差を置く理由が無いということか。単独ならば爆発を一つ一つさせていくのだから……つまり、自分の手で爆発させていたということか。遠隔操作のスイッチではなく、爆発を確認してから次の爆弾を見に行った? どうしてそんな無駄なことをしなければならないのか、犯人の心がいまいち掴めない。

 しかしそうなると、ジンヤから聞いた事前情報にあった数日前この町に入り込んできたという情報はデマで、警察ですら偽情報に踊らされているということか。そんなことが可能な人物なんて、果たしているのだろうか。


「それと、今ここで話すのも何だが、あのシキって子の両親についてだ」

「……なんだ?」


 シキ、という名前だけで頭が反応してしまう。


「あの子の親が、ハローグッバイが起こした事件の容疑者についた弁護士だって知っているな。別にそれ自体は構わねぇだろう。そういう法律だ。両親自体も人に恨みを買うような世間体ってぇわけじゃなかった。ま、弁護士なんざ色々とあるだろうが――問題はそこじゃなく、その弁護士と容疑者の間で何かがあったってぇんだよ」

「何か?」

「弁護士とその妻が亡くなる前の日、その弁護士に不審な動きがあったそうだ。あくまで目撃情報だから明確じゃねぇが、しょっちゅう緑の町に来ていたから顔見知りの一人や二人、いてもおかしかぁねぇ。そういう連中からの情報によると、その日は明らかに動揺していて、何かを探していたってことだ」

「なるほど、興味深い情報だが、今はさして必要としない情報だね」


 そんなことより、シキがどこにいるかだ。あの爆発の後に彼女はどこへ――


「ま、あくまで俺の推測に過ぎねぇが、その弁護士の動きってぇのはハローグッバイに関係しているのかもしれんぞ。根拠もいえんがな。とりあえずそいつでも飲んでゆっくりしてろ。疲弊した頭と身体じゃ何もできやしねぇだろ」


「……ああ」


 相づちのような返事をすると、マスターはため息をついたまま厨房の奥へと引っ込んでいった。そうして一人残され、現状をもう一度整理する時間ができる。

 シキがいなくなった。

 それだけでポッカリと胸に穴が開いたようである。

 行方不明届けを出したところで見つかるだろうか。しかし警察に大打撃が与えられた今、子供一人捜している余裕なんてないだろう。


「……駄目だな、ここでゆっくりしている余裕なんてない」


 疲弊しきった身体を休めろとマスターは言うが、その心と身体が落ち着いていられないと騒いでいるのだ。こんな気持ちは久しぶりだ。考えるより先に身体が動こうとしている。もっと冷静に物事を把握する自信はあっさりと崩れ去ったようだ。


 マスターに気付かれぬよう店を出る。


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