なかで、みたもの 5
更新ペースが遅れ気味ですみません……!最新話アップしました!
是非読んでいってください!
バラリ、と散った破片と手に刺さった欠片の痛みで自分を取り戻す。
爆発音も、その前に来るだろう衝撃や熱などは一切無かった。ただただ静かに爆弾だったモノが砕け、粉となり、自然へと還っていくのみの光景に安堵したのも束の間――私は抵抗すら許されずその場にしゃがみ込む。
「あ、がはっ……!」
吐きそうになるのを懸命に堪えるために、地面を伝う根っこを思い切り掴んで引っ張った。私の力では大地から引きはがすことなど難しいが、それでもあらんばかりの力で握り、腹の底から込み上げてくるおぞましさから耐え抜こうとする。
呻き声さえ上げられない。
何しろ今の私はフラッシュバックしてくる過去の記憶に歯を食いしばる以外、どこにも余裕が無い。
今まで以上に汗が酷い。
この間はまだ覚悟を決めていたからいいものの、今回は咄嗟の対応だ。心構えなんてあったものではない。人間が作ったものなら壊せぬものなどないこの手だが、それはかつて私の犯してしまった過去の記憶を強烈に呼び起こす起爆剤ともなりうる。そしてその思い出は私にとって毒の刃だ。心臓にでも届けば確実に私の命を奪うだろう。
足りない酸素を必死に吸い込みながら私はちらりと男のほうを観ようとする。
目の前に爛れた顔と飛び出た目玉があった。
「――ッ!」
悲鳴を上げそうになった瞬間、そこにはただの地面と根っこが現れる。
「……げん、かく……」
そう、ただの幻覚だ。
ここには死体などない。
爆弾を爆発させる前に壊したのだから当たり前だ。
「はぁ……はぁ……」
ようやく落ち着いてきた。
まだ胃の中がひっくり返りそうな気分は直りそうにないが立ち上がる分には問題無いだろう。頭を軽く振って改めて男に目を向ける。その場にしゃがみ込んだ男は呆然と空を見上げており、やはりまだ目が虚ろだ。まるで心の無い生きた人形のようでもある。
「……まだ爆弾持っていないだろうな?」
失礼とは思いながらも男のポケットに手を突っ込む。これが清く正しい女性なら恥ずかしさで顔を赤らめたりするんだろうな、などと自分の性別の情けなさに空しさを覚えながらも調べたところ、さすがにこれ以上は持っていなさそうだった。
「あんた、なんでこんなことをした?」
問いを投げ掛けるが無反応。そもそも女の私がこれだけ触っても反応一つ無いのだから当たり前だろう。
「……応えないならいいけど、後で警察には通報するからね」
実行したことを顧みれば今すぐにでも身柄を確保しなければならないような危険人物であるのにも関わらず、私は何故かそうしなかった。今の彼は無害だ。確証は何も無いのにそう確信してしまう不可思議さには自分でも呆れてしまう。
「シキ!」
連れの名前を大声で叫ぶ。
「大丈夫か!」
「うん」
ひょこりと、木の陰から彼女は姿を現した。
「だいじょうぶ。イチコは?」
「ああ、大丈夫だ」
少女の姿を見ると、先程までの気持ち悪さがすぅと引いていく心地好さを覚える。
「あの人は?」
「わからないな。何しろ返事が無いからね」
あれでは死人と大差が無いだろう。
そうなれば何も出来やしない。たかが頼まれ屋なんていう一般からはぐれた仕事しか出来ない私に、これ以上何をしろというのだろう。
「それよりも……」
「ああ」
わかっている。あの緑の塊を調査していたマナコがこちらに戻ってこない、というのが心配だ。あれだけの派手な音をさせたのだから気付いていないなんてことはないだろう。
「調べる?」
「調べていいものか怪しいけどな……」
わざわざ念を押してまでこれ以上来るなと警告したマナコの真意を測りかねて、思わず躊躇してしまう。それに経った今爆弾騒ぎで酷い目に遭ったばかりだ。どちらかといえば今すぐ家に帰りたい気分の方が強い。
「イチコ……」
「なんだい?」
「頼み事」
「へぇ、何のだい?」
「三人で帰りたい。イチコと、マナコと」
そして自分、とシキは自らを指差した。
「なるほどねぇ……」
そんな納得するまでもなく彼女の真意などわかっていた。わかってはいたが、それを実際に聞くまで私は決して邪魔をしなかった。
――ああ、そうだよシキ。
頼まれ屋はね、頼まれたら断れないんだ。断るときは筋が通っていないか相手が信用ならない時ぐらいさ。
特に私はこの子の頼みを断れないようだ。あの雨の日に出会ってしまったのもあるだろうが、それよりも彼女の少ない言葉は一切の嘘が無く、とても純粋で、本当にそうしてほしいと願っているからだろう。そんな宝石みたいな頼まれ事を断れようか。
「シキ、私の鞄を持てるかい?」
「うん」
「ならこの塊の裏手に回ってマナコが入っていっただろう入り口を探すんだ。そして……いやこれはまだ確証が無いから言えないな。ああ、本当は今すぐ警察に駆け込んで今起こったことを説明し、協力を仰ぐべきなんだけどね」
「おなじ人が来たら危険だから……」
また爆弾を持った人間が来たら、今度こそマナコの命が危険だと言いたいのか。
日に何度もそんなことが起こるなどさすがに考えられないが……
「いや……」
ありえる、という結論が瞬時に導き出される。
そういう話をついこの間聞かされたからだ。それらを平然と実行する集団が緑の町に潜伏しているという。その目的はまだはっきりとしていないが、爆弾によって自爆テロを行う連中の噂……
ハローグッバイというテロ組織だ。
そいつらが何かの目的や実験等でここらを利用している?
連中にとっては幸いなことに、ここにはまず人がいない。目撃されることがまず無いのだ。だとしたら潜伏先もこの壊滅した東地区ということは十分考えられるし、催眠によって町の人間を利用し、爆弾テロの実験を行うのにも最適ではないか?
『とりあえずだ、この先では何が起こるか分からない。せいぜい行方不明にならないでくれよ。――頼まれ屋さん』
ジンヤのセリフが今になって思い出される。
行方不明だなどと不吉なセリフに惑わされている場合でも無いのだが……。
早歩きでぐるりと塊の後ろへと回る。本当は走ってでも行きたいところだが、しかし足場の悪さと、シキがまだこの辺の地面に不慣れな部分があるということでそれは止めておいた。正直私でも安全とは言えない足場だ。
途中どこからか溢れてくる水などでズボンまで濡れぬよう慎重に歩を進めつつ、ようやく裏手へと回る。
案の定というか、私の想像通り彼女はそこに居なかった。
「え、どこにいったの?」
「たぶんここさ」
そこで私は自分の鞄をシキに預ける。
そうしてずかずかと進んでいき、緑の塊の、とある部分の前で足を止めた。
「色が違う……」
「そう、ここだけ薄くなっているんだ。多分簡単に手で開くのか、あるいは元々空洞だったかだね」
恐らく中へと続く空洞なのだろう。そうでなければあいつがここで姿を消せる筈が無いからだ。
しかし今はこうして閉じてしまっている。今ここで――この緑の塊が急激に手薄の場所を埋めたという現象が起こったということは、きっかけはあの爆発ということになるのだろう。
「じゃあここを?」
「ああ、中に閉じ込められている可能性が高い」
この中が空洞だと言ったのは彼女だ。調査をするなら中に入って、ということも当然考えられる。そしてその事実には重大な秘密があるのだろうけど、そんなことを考えていたらそもそも救うことすら出来ないだろう。
ズズズ、と地の底から巨大な物体が這うような音が聞こえてくる。
「……成長してる」
シキの一言にぞっとした。
足下を見ると、なるほど目に見える速度で蔦と根っこが伸びている。秒間で数ミリといった勢いともなれば益々猶予が無い。
「急ごう。これ以上成長されたら私でもどうにもならない」
「うん」
「私はこの手薄の部分を刈り取ることに専念する。シキにはそのサポートをお願いしたい。具体的には鞄の中に何があるか今すぐ理解して、私が言ったものをすぐに取り出せるようにするんだ」
「わかった」
「しかし時間が無い。すぐ作業に取りかかるから、やりながら覚えるんだよ」
「うん」
我ながら相当無茶を言っているのは自覚している。けどこの成長速度を見る限りとにかくこの草木共を刈り取ることだけに専念しなければ到底追い着かないだろう。私はシキが優秀であることに賭けるしかないのだ。
そして私達までこの植物の成長に巻き込まれると判断した時点で即座に逃げる。その選択肢だけは決して誤ってはならないのだ。
「いくよ」
「はい」
こくりと頷くシキの頭をぽんと優しく叩く。
「まずは除草剤を――」
そうして作業が始まった。
――始めてから驚いたのは、シキは最初こそたどたどしかったもののすぐに把握したのか、みるみると手際が良くなっていったことだ。私が何を欲しているのかすら予想しているようで、言うと同時に欲しい物が掌にあるといった感覚には私の方こそ躊躇いを覚えるほどだ。
想像以上に彼女は優秀だ。恐らく、将来的には私を超えるぐらいには。
まぁ、今はそんなことどうだっていい。
彼女の助力のおかげで思った以上に作業が捗り、これなら危険が及ぶ前に撤退する必要も無さそうだ。
しかしこの成長速度は何なんだ。爆弾による衝撃によって刺激を受けて身を守る為に急成長をしている、ということだろうか。
だとしたらあの爆弾は――ハローグッバイの連中はこの緑の塊について何を知っていることになる。わざわざここまで来てこいつに向かって爆弾を投げる、なんてのが偶然だなどと思う方が平和的な発想だろう。
マサオの時の件といい、徐々にだが私の周りには不穏な空気が纏わり付いてきている気がしてならない。
「よし、もう少しだ……」
そうして蔦をさらに一本、切る。
すると――中の空洞がじわりと見えてくる。
やはり手薄だった。まるで最初から穴が開いているかのように、ここを覆う蔓の量が少なかった。
だから私達でも中を確認出来るのだが。
私は咄嗟にシキを後ろへ下がるようにジェスチャーする。声にすら出せなかった。余裕も無かった。ただただ少女にここから離れるよう促すだけで精一杯だった。
下がれ、下がれ、ととにかく手を振る。
気配のみでシキが下がっていったことを確認したところで、改めて私は状況を整理するべく、流れる汗を拭いながら中身を観る。
「なんだ、これは……」
これは、こればかりは、さすがに想像を超えていた。
そしてなるほどと妙に納得する。マナコが隠していた事実というのを目の当たりにすれば、彼女がどうして隠したかったのか理解できるというものだ。
「だけど、なんなんだこれは」
その上で私は疑問を投げ掛ける。
植物の腹の中、その空洞へ向かって虚しい問いを投げ掛ける。応える者は無く、そしてその時のことを知っている『人達』は皆黙したまま全く微動だにしない。
乾いた肌。
乾いた瞳。
乾燥し皮の色が変化し頭髪が禿げ――
「一体、何が、あったんだ……?」
乾ききってゾンビとなった人間の骸が何十体もそこにあれば、否が応でも畏るべき想像に身を震わせるというものだった。
『ナカデ、ミタモノハ?』




