なかで、みたもの 4
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東地区全部が崩壊しているわけではないのだが他地区に比べるとやはり緑の量は段違いだ。この中を進んで目的地へ行こうとするならば、やはり専門職の手を借りる他は無いだろう。
とりわけ専門職というわけでもないが資格保有者としては余り意味の無いプライドもあって、出来るだけ手際良く邪魔な草や木を刈って道を切り開いていく。そこそこの太さの蔓や葉っぱ、枝は先程購入した道具で問題無く刈り取っていけるものの、その中に紛れたやたらと太い枝、あるいは無駄に堅い蔓などが問題だ。とはいえ全く予想していない展開では無く、こんなものは基礎の知識にある対処法で十分だ。
その中に時折手強い植物が唐突に現れる。こちらの枝切り鋏では太刀打ちできない程の強烈な奴だ。やたらと太かったり、あるいはどうやっても斬ったり出来ない類の植物連中の対処法は燃やすか枯らすか、である。もちろん燃やすなんてことは出来やしないので枯らすしかない。
「そこでこいつが必要となる」
先程シキが「これならできるかも」と指差した農薬だ。しかし残念ながらこれは草刈り屋としての免許を持った人間でなければ扱えず、無免許の人間が使えば違法となるシロモノだ。スプレー式に中から農薬を噴き出すタイプだが、これを枯らしたいところに吹きかける。
枯らす、といっても部分だけ水分を奪う薬品だ。町中を張り巡らせてるようなこれだけの巨大な植物を全部枯らすとなれば一体何日かかることやら、想像もしたくない。だからこそ必要な部分にのみ吹きかけて強制的に水分を奪い、細く凋れたところで力一杯鋏で断ち切るといった案配だ。
「……手間かかるわねー」
「こんな強烈なのはそうそう無いさ。けどあったらあったで先に進めなくなるからね、こういう危険な農薬が必要なのさ」
もちろん人間にだって多大な効果を発揮する。万が一眼球にでも薬品が触れれば失明するかもしれない程のものなのだ。免許制とするにはそれだけの訳がある。
こうして切り開いた先に見えてくるのは、実は私も初めてお目に掛かる巨大な緑色の塊だった。
そう、まるで緑の町を覆う植物達の親玉とでも言わんばかりの巨大な何か――蔓が幾重にも絡まりあってバスケットボールのような形状の、一種の建造物と化しているような感じだ。想像していたよりも遙かに大きく目に入ってきた瞬間に思わず呻き声が喉の奥より漏れ出てしまったほどだ。
ちらりとシキへと目を向ければ、やはり同じく硬直しているようだ。
「シキ」
そっと声を掛けて頭をポンポンと二回叩く。
「……ん」
ようやく我に返ったようで、少女は何度か首を横へと振った。
「さて、ここからはどうするんだい?」
「中に入って調査するわ」
「は?」
マナコのあっけらかんとしたセリフに振り返る。
「ちなみに貴方達はここで待っていて。中へは私だけで行くから」
「いや、中に入るって……どこから入れるんだ、これは」
そもそも中もビッシリと蔓や枝や葉っぱが犇めいているんじゃないのか。人間が入れるような隙間があるとは思えないのだが、しかしマナコは私の疑問にさらりと返答する。
「入れるのよ。そもそもこの塊は外敵から身を守ることなんて考慮されてないみたいだし、それに中は巨大な空洞よ。あ、他の人達には黙っていて」
最後の一言にゲップが出そうになり、顔を顰める。
「聞きたくもない機密情報を聞いてしまったみたいだ」
やれやれと肩をすくめてみせると、マナコは鼻で笑ってきた。余計なことには巻き込まれたくないというこちらの性格を見抜いた上での行動だろう。なるほど、確かに何かの機密情報とやらを言いふらせば私が嫌う『とても面倒くさいこと』になるのは目に見えている。
それはさておき最初に受けた建造物という印象は、奇しくも正しかったということになるのだろう。ただ私の想像する以上にこの塊には妙な秘密が隠されているようだ。当然ながらこの塊が普通なわけがない。一晩で東地区の大部分を壊滅させた植物の異常繁殖は未だその原因が解明されていないというが、マナコの態度を見る限りある程度の解析は済んでいるのかもしれないと、頭の中では余計な事をついつい考えてしまう。
「あとは決してそれ以上近寄らないこと。いいわね」
「理由は?」
「それこそ機密情報よ」
「了解。じゃあ聞かないことにする」
余計なことにまで首を突っ込むほど私はお人好しじゃない。マナコがそういう以上、何かがあるのだろう。
さてと、そうなると途端にやることを無くす。
なんとなくマナコがどうやって入るのかシキと二人で遠くから見守っていたのだが、彼女はぐるりと塊の後ろへと回ってしまった。こうなってはもう姿など見えやしない。
「わざとかねぇ」
「なにが?」
「なんでもない」
しかしここでぼぅとしているのも、何というか手持ち無沙汰である。とはいえあまり探検したいとは思えない場所だ。ここへ来るルートは過去幾人かのチームである程度整理された道であるからこそ、当時凄惨なことになっただろう傷痕を目にしなくて済んだのだ。それが少しでも奥に行けば――当時の生々しい過去が置き去りとなったまま現れることだろう。私一人ならまだしもシキにそれを見せようとは思わない。
「イチコ、しりとり」
「いや、しないから」
苦手ではないが得意でも無いゲームの提案を却下しつつ、ふとシキが背負っている鞄の中身が気になってきた。
「それ、何が入ってるんだ?」
「おべんとう」
「ああ、なるほど」
なんとも暢気な話である。彼女一人だけがピクニック気分というのも、まぁ和むものではあるが。
「じゃあそれ食べようか」
「ダメ、あの人待つの」
「……ああ」
むしろここに待たせてるぐらいだから奴の分まで食べてしまおうという私の意地汚さに恥ずかしくなってきた。
しばらくやることが無くて座っていると、ふと近くから人の歩いてくる音が聞こえてくる。なんだ、と疑問が浮かぶ前にシキの手を取って木陰に隠れた。
「イチコ?」
「喋らないで」
人が来る、という状況が異常だとすぐに察したのだ。
余程の理由がない限りここへ人が踏み居ることはないだろう。
――つまり、余程の理由があるのだ。
こんな廃墟の、それこそ何が起こるかわからないような場所に来ざるを得ない理由。そんなものを考察したところで答えなど出よう筈も無いが、しかし頭は妙に回転しようとして忙しい。その原因の一端としてその足音の主が何をしようとしているかという好奇心が手伝っているというのもあるのだろう。
だからシキに声を出さぬように注意させ、植物の裏へと隠れて動向を見守る。
ザリ、という音は砂を踏みしめたものだろうか。
深い緑の道を現れたのは――見覚えのない男だった。旅行者といった格好ではなく実にラフなスタイルからこの町の人間であることは間違いなさそうだが、その妙に頼りない足取りは一体何だろうか。
「……イチコ」
シキもその雰囲気を察したのか、不安そうに名前を呟いてきた。
「……」
何よりおかしいのがその瞳だ。
光が無くどこまでも虚ろで、そして遠くを見ている。夢遊病者のようでいながら、しかし倒れそうな足取りは一点に向かって進んでいた。そう、あの巨大な……マナコが調査をしている植物の塊へと向けて、だ。
男はある程度まで近寄ると、そこでピタリと止まる。距離にして約五メートルといったところだろうか。そこで左手に持った袋からボールらしきものを一つだけ取り出した。
「……ん?」
なんだあれは。
「どうしたの、イチコ」
「いや……」
見覚えがあるような気がする。
かつて、どこかで、思い出したくも無い昔に……。
自分はアレを知っている。
どこで見た? どこで目撃した? 何故見た?
思い出さなければならない焦燥感に襲われる。あれを放っておけば大変なことになる。それが分かっているのに、なかなか思い出そうとしてくれない脳味噌に苛立ちが募ってくる。
「あれは……」
思い出せ、急いで思い出せ。
あのボールは。
いや、あの【殺意の塊】は。
「……爆弾だ!」
手投げ式の爆弾。
そうだ、私は良く知っている。あれの正体を誰よりも好みを持って体験したのだから。
止めなければ、と思い立って行動を起こそうとしたのだが、それよりも早く男はその爆弾を緑の塊へ向けて投げたのだった。
宙を一定の速度で舞うその球は緑の塊にぶつかり一度だけコツンと跳ねたかと思えば、そこで怖ろしい程の凶暴性と殺意を撒き散らした。
爆発したのだ。
己が中心として周囲の生物を死滅させるべく、武器としての役割を果たしたのだ。
多少離れていたとはいえ相手は爆弾だ。身体を強かに打ち据える衝撃から全身を守るべくその場へと伏せようとするが、身体に感じる浮遊感に怖気を覚えて思わずシキへと振り返った。
彼女は木の陰に隠れている。あまり変えない表情を僅かとはいえ精一杯に変化させてこちらに向かって何かを叫んでいたが、爆音が全ての音を掻き消した。
ゴロリと身体が地面を一回転する感触。
「かっ、けはっ……」
痛みで息を吸うのだけが精一杯だ。生きていたことに感謝をして今は呼吸を整える。噎せ返るような湿気でも酸素があれば生きていけるもんだと、改めてそんなことを思い出した。
爆発の直撃を避ければ死なない、なんてドラマを信じている連中に思い知らせてやりたいぐらいだ。ああいうのは爆発もそうだがそれに伴う衝撃も同様に危険なのだ。今はまだ爆音の影響で耳がうまく働いていないものの、鼓膜ぐらい破けていてもなんら不思議ではない。それに衝撃によって、そう、例えば跳んできた煉瓦が頭に直撃でもしようものなら即死すら免れない。
「はぁ……」
息を吐いて起き上がる。
ついとシキの姿を探した。……見つからないが、無事だろうか。すぐに探さなければと歩き出そうとしたところで、まだ男が立っているのを発見する。
信じられないことだが一番近くにいたその男はその場から一歩も動いていなかったのだ。爆風で吹っ飛ばされていたておかしくない。それに耐える体重も、そして筋力もあるように思えないが、そもそもどんなに鍛えた人間だろうと限度はあるだろう。そもそも人を殺す道具なのだから人間の生身の頑強さなど大した問題にならないのだ。
そして男はやけに膨らんだポケットから何かを取り出した。
「なっ……」
先程と全く同じ爆弾だ。
「ま、待て!」
思わず男の前に身を乗り出す。ここでもう一度あんなことをやられたら、今度こそ私達が無事であるという保証は無い。それにシキがいないのだ。この男がこれを投げるのとシキを見つけて逃げるの、どちらが早いかなど考えるまでも無かった。
「落ち着け! 話ぐらい聞いてやるから!」
なんとかこちらに意識を向けようと怒鳴るように言うものの、男の目はまったく私に向けられていなかった。
「いいからそれを捨てて――」
男の腕がボールを投げるように大きく振り上げられる。
「くそ!」
どうすればいい!
ここで爆発したら今度こそ死んでしまうかもしれない。いくらなんでもこんなところで死ぬのはゴメンだ!
あれは爆弾だ。強烈な破壊力を秘めた小さな兵器だ。
そう、あれは、人間が創り出した『人工物』だ。
私はそれに気付いてしまった。あれが人間の作った物ならば、それは私にとって何ら脅威とならないことを。
いや、気付いたのではない。
単に思い出したのだ。ついこの間も久方ぶりに使ってしまった呪いの力。
だがこんな一瞬でソレが可能だろうか。
迷ったが、考えている余裕は無い。
私は覚悟も何も決まらないままただ勢いに任せ、男が爆弾を手から放す一瞬前に自分の右手をその爆弾に叩き付けたのだった。




