なかで、みたもの 2
「そもそも一旦終了したこの調査に、予算がそんな下りるわけないでしょ」
などとぶつくさ文句を垂れているマナコから目を離し立ち上がった。古ぼけた皮の鞄と財布を手にとって、首を回す。すると小さくポキッと音が鳴った。
「そろそろかな」
「? 何がよ?」
彼女がそう疑問を口に出すとほぼ同時、玄関の戸が叩かれる。
私がどうぞということも無く、叩いた主がそのドアを開いた。
「準備できた」
そう呟いただけでまるで我が家のように中へ入ってくる少女を見て、マナコは目を丸くする。私のことを知る人間ならこんな女の子が無遠慮に部屋へ入ってくるのを許すはずも無いと知っているからこその驚愕だろう。
何より驚いたと思えるのは、彼女の格好が私と瓜二つだということだ。コレに関して言えば私もかなり抗議の声を上げたいところなのだが、目の前の少女の強情っぷりには舌を巻かざるを得ない。
「誰……その子? まさか隠し子?」
「年齢を考えろ年齢を。こんな子がいたらお前がまず気付いてるだろうが」
「それもそうだけど。でも尚更その子は何なの?」
「別に怪しい出所じゃないさ。仕事を手伝ってもらっている」
と、説明すると、少女が首を横に振った。予想外の反論に言葉をなくす。
「ちがう。パートナー」
「あ、ああ、そうそう、そういうわけだ」
「なんか変な子ね」
普通初対面の相手に変だと断言するものではないだろう。少女……シキが私を見上げてきて、その瞳だけで「だれ?」と尋ねてきた。
「こちらは古い……腐れ縁のマナコだ」
「そうね、腐れ縁ね。的確な紹介ありがとう。で、そちらのお嬢ちゃんは?」
「……」
シキは答えない。じ、とマナコを眺めたまま表情すら変えないので、私ですら何を考えているか安易に察することは出来なかった。
「先ほどもこの子が自己紹介したと思うが、まぁ、パートナーだ。まだまだ未熟だが頼まれ屋として働いてもらっている」
「こんな子供が?」
とマナコは驚くものの別段珍しい話というわけではない。身寄りのない、あるいは金のない家庭ではまともに教育を受けさせることすら出来ないのだから、当然幼いながらも金を稼ぐ方向に人生がシフトしていく。その程度、ここで暮らしていた者なら常識でもあるのだが、どうやら彼女は随分と都会に染まってしまったようだ。
「なるほどね……。むしろ驚いたのはあなたが誰かと組んだことね。飄々と一匹狼を気取っていた私の友人はもはやここに居ないわけだ」
「気取っていたつもりはないんだがね……」
自然とそういう態度になっていたのは、それまでの人生経験があればこそだ。もう少し人と関わる幸せな生活を営んでいればそうでもなかったことだろう。今更詮無いことではあるが。
「まぁいいわ。とにかく案内を頼むわね。必要な道具があればこちらから必要経費として出させてもらうけど」
「ありがたいことだね。専門職じゃないんで道具なんてからっきりだよ。頂けるものは頂きたい」
「そうね、どうせ買う金なんて無いと思っていたし」
失礼な奴だ。しかし事実だから黙っている他に無い。
「それじゃあ必要な物をここに書き出しておいて。ついでに店に行って価格も調べるわよ」
「ぽんと懐から出してくれないのかい?」
「あのねぇ、あんたの仕事と違ってこっちは公務員よ。税金で飯食べてる以上キチンとお金の管理しなきゃならないの。少しでもズレたら大目玉食らうのは私なんだから」
何ともめんどくさいことである。考えようによっては私みたいな人間がルーズ過ぎるだけなのかもしれない。金というものは管理すればそれだけ貯まっていくものだろうか。恐らく検証する価値はあのだろう。特に私みたいな金にもルーズで常に貧困生活を強いられている者には、だ。
あくまで私が想像する見立てではあるが、必要な道具を一通りそこに記載する。細かい商品名や価格は実際に店へ足を運ばないと分からず、普段から特に必要としていないものなんざ憶えていない。
シキも連れて草刈り屋専門ショップへと赴く。緑の町で売られている草刈りキットはこの町でしか出回っていない特注品ばかりだ。というよりも他所ではまるで必要としないからだが、この町では必須でもありそれなりの需要がある。
比較的新しい外見の二階建て建造物を見上げれば、真っ直ぐ真横にくっついた看板に『フラワーガーデン』と記載されていて、思わず渇いた笑みが浮かんでしまう。手動のドアを開いて中に入れば心地よい程度の空調が効いていてなんとなく落ち着いてしまう。緑の町は基本的に湿気が多いのだ。
「さてと、必要な物をカゴに入れなさい」
「まったく……偉そうだな」
「当たり前よ。誰が金を出すと思っているの?」
「税金を納めてくださっているありがたい皆様から」
「ならよろしい。国民に平伏しながらキリキリ選びなさい」
とても平伏しているような態度の公務員ではなかった。
「正直東地区がああなってから近づいたことなんてあんまりないからねぇ。道もどれだけ覚えているか」
「大丈夫でしょう。方向さえ合っていればたどり着くわ」
「曖昧だな。そんなんでいいのか、お前の仕事は」
「私が知る限り最も曖昧な職業のあんたに言われたくはないわね。というよりも地図を用意してあるに決まってるでしょ」
「じゃあ私は案内役というよりもモーゼのように道を切り開く役を演じればいいわけだ」
そんな会話をしている私の袖を引っ張る手があった。
「イチコ、これ」
シキが手に取ったソレを見下ろす形で目に入れて、思わず少女の頭をポンポンと叩く。
「……そんな小さな枝切り鋏じゃ、恐らく蔓の一本も切れやしない」
そこらの枝を刈る程度ならまったく問題無いが、これから行く場所となれば話が変わる。そもそもシキに切らせるつもりは全くない。危険というのもあるが、素人に手伝わせるより私一人でやったほうが効率が良いからだ。
「そうだな……最低このぐらいは必要か」
ずしりと重く太い鋸と、人間の首すら簡単に切り落とせそうなごつい鋏、そしてとにかく鋭さだけを追求したナイフと植物の耐久性を激減させる除草剤など、まぁまぁ揃えてはマナコの前に積み上げていく。
「イチコ、そういえばさっきあまり近づいたことがないと言っていたわね」
「ん、そうだけど」
「ならどういう植物がいるのか、実感があまりないわけね」
「そうだな」
言いたいことはわかる。つまり私自身に『東地区の異常繁栄した植物を刈った経験が無い』という疑問を投げかけてきているのだ。
「知り合いの草刈り屋から何度か刈る方法は聞いたことがあるから大丈夫だろ」
「お金払うんだからしっかりしてよ」
「本業じゃない人間を安く雇うんだ、同じ手際を求められても困るがね」
軽くそう言って全ての商品をマナコに差し出す。
「うわ、重ッ……!」
カゴがミシミシと音を立てている。それを両手で必死に掴んでいるのを見ると、なんというか……
「年寄り……! 臭いって……! 思ったでしょ……!」
読まれた。
「大丈夫だ、普段デスクワークしかしてない連中の筋力にゃ最初から期待してないから」
「そ、そうね……! 男か女か分からないような人の筋力は凄そうですものね……!」
嫌みを言うぐらいならとっととレジにカゴを置いた方がいいだろうに。
腕が悲鳴を上げているだろうマナコを眺めつつ、私は自分の鞄の中身を確認する。特に何かが入っているわけではないのだが、あれらの道具を入れるのはこのバッグだ。古いが作りは頑丈で、あの程度の重さなら耐えられるだろう。
「……はい!」
レジに転がっている道具を指さしつつ、私を呼ぶ声が聞こえる。もう持ちたくないのでここからは自分で持て、ということだろう。
「はいはい」
ひょいひょいと鞄に突っ込んでいくが、一応取り出しやすいように並びは考えてある。
「イチコ、除草剤なら撒ける」
「いや、これも使い方があるんだ」
どうしてもシキは私を手伝いたいらしい。彼女が常にそう望んでいるのは知っていることなので、今の発言も薄々予想がついていた。
「じゃあ行くわよ」
荷物さえ持たせなければ元気一杯のマナコは一度肩をぐるりと回してから私達に指示を下す。クライアントなので逆らう理由もないが、とりあえず一言。
「だからコーヒーセット一つ持ってこれないんだ」
「うるさいわね」




