プロローグ・『魔女の手』
プロローグ二つ目です。今回だけは連続しての掲載になります。
その構図はとても複雑だった。
しかしこの手の平はどの様に複雑な構造をも読み取り、そして最も柔らかく、最も弱く、最も脆い点を軽く押した。するとどうだろうか。そこを中心にして複雑怪奇に成り立っていた柱の一本があっという間に崩れ去ったではないか。自業自得だが粉々になったコンクリートの粉に軽く咳き込んでしまう。
私を囲む連中はその力を目の当たりにして、とうとう少女一人を襲って殺すという意志を失ってしまったようだった。そうなってしまった理由は実に簡単で、結局人は根源から滲み出る恐怖に勝てないということなのだろう。怖いから避けていた、怖いから触れないでいた、怖いからとうとう殺そうとした。場合によっては最低趣味の人間が中に混ざっており楽しんでから始末すればいいという下衆がいたかもしれないが、そんな人間の欲望すらもこの手は容易く破壊する。
人間が造り上げたものは全て例外なく容赦無く崩壊させてしまう。――破壊の申し子と自称するわけじゃないが、やはり破壊するためにこの手は存在しているのだ。
「やはりこの子は悪魔だ……!」
誰かがそう叫ぶ。これだけいると誰がそう叫んだのか判別つかないし、つけようとも思わなかった。
ただ同じ町の人間である私を指差して悪魔呼ばわりするこの連中を見るのが悲しかったし、それ以上に悔しかった。こんな奴らにどうして私は我慢していたのだろう。どこに我慢する意味があったのだろう。最初から歯を食いしばって耐えるなんてことをせず、こうして力を奮っていれば晴れやかな気分になれたというのに。そうだ、散々私を貶し脅えさせてきた連中を、今度は逆に脅えさせている。これ以上の快感は恐らく無いだろうが、反面、力を使うことによる恐怖もあり、まるでかつて読んだことのある天使と悪魔のせめぎ合いのような感覚が頭の隅で密かな闘争を繰り広げていた。
「殺せ、あの魔女を! 殺さないと俺らが殺される!」
「遊び半分でこの町はもう半分も破壊された! 今やらないと俺らの住む場所がなくなる!」
生き残る意志と私への恐怖がせめぎ合っているというのに、彼らは勇敢にそう怒鳴り続けた。とはいえ殺されてやる気はないので、襲い来る連中は容赦なく叩き潰そう。この町を壊すこの手はそれをいとも容易く実行できるのだから。
――しかしいくら破壊の手があるといっても、数名が持つ猟銃で撃たれれば死ぬだろう。この身体は年相応の女の子なのだから仕方ない。迫る恐怖を前に平然としているのは――手と思考がどうにもぶっ飛んでいるからだ。
「撃て――」
相手が言い終わる前に、私は両手を床にくっつけた。
突如地震のような地鳴りが響いたかと思えば、彼らの足下がまるで魔法の如く砂へと変貌し、軒並み階下へと落下していく。誰一人逃す気はなかった。一人でも逃せばまた襲われるので全員が集まった瞬間に階下へと突き落としたのだ。ただしそれでも寸前で銃を撃ってきた人がいたみたいで、弾が私のこめかみを掠り、どろりとした血が頬を伝う。……一応動くのに問題は無いようだった。
突き落とした後、上の階へ登った私は彼らの真上へ追い打ちをかけるようにして、今度こそ粉まで砕いたコンクリートではなくある程度まとまった固まりのまま、彼らの真上に床を落とした。これで仮に生き残っていたとしても既に虫の息だろう。
――そこへ行くべきだろうか。
ふとそんなことを考えた。彼らが全員動けない状態なのを確認すべきではないか。もし油断して建物を出ようとした瞬間に背中を撃たれたら助からない。だから確認すべきだ。生き残る為に。
「……ふぅ」
小さく息を吐いたのは自分の中に残るモヤを、肺の中に残った空気に包んで吐き出したかったからだ。こんなことをしている私といえど、死体を見るのだけは少なからず恐怖を覚える。奴らは本当に死んでいるのだろうか。もし死んでいなければ、怖いと思わなくて済むけど、生きていたら撃たれて殺されるかもしれない。
死ぬのは怖い。殺すのは怖い。何より彼らの目が怖い。
あれだけ私を蔑み、魔女とか悪魔扱いしてきた連中といえど、同じ町に住んできた人間なのだ。だから彼らを憎んで殺したくはなかったが、しかし彼らの方は違う。私の手を畏れた彼らは恐怖故に私をそうやって扱ってきた。終いには父や母すらも私を避け、あの目を向けてきた。そう、私を拒絶するあの目が怖かったので、私はとうとう恐怖に身を委ねて行動を起こしてしまったのだ。
町を破壊する、という全ての町民が恐怖する行為に出てしまった。
だから彼らが私を殺そうとするのもある意味道理だし、そんな彼らから身を守る為にこの力を最大限に利用してしまうのもまた道理だ。元々道理なんてなかったのに、何が道理かと未来の私は唾を吐くことだろう。しかし今はそれが全てなんだ。
「はぁ、はぁ……」
たった二階降りるだけで息が切れる。水も何も口に入れず、一体何十時間経過しただろう。
体力は限界だった。目も霞んできてると思う。
そんな視界に捉えた光景は、まさしく地獄絵図と呼べるものだった。
数秒耐えることも叶わず、私は胃の中から何かを吐き出した。圧倒的な重量で潰された人間達の絵を生み出したのは紛れもない自分だという事実が、何もない胃の中すら引っ繰り返そうとしたのだ。
潰された人達の中から、二つの視線がこちらに向けられている気がした。何も考えられず振り向いてみると、二つの視線は、それぞれ顔を半分に潰された父と母だった。父は手に猟銃を持っていた。あり得ないことだが、その猟銃からかすかに煙が出ているように見えて、私を撃ったのはよりにもよって親だったのだと確信してしまった。
「あ、あ……あ……!」
ここで初めて、自分の行ってきた行為がどれ程のことかを知った。
この手が一体何なのか、はっきりと理解した気がした。
「ああああ、あ……ああ……ッ!」
――だから私は、この町を完全に破壊してしまったのだろう。
というところで、私はパッチリと目が覚めた。
以上がプロローグです。宜しければ今後ともお付き合いください!




