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なかを、とりもち 1

新章開始です!

今回は今までと違って軽めの雰囲気で進んでいきます。

 翌日の朝、私が目を覚ますとなぜかシキが部屋でテレビを見ていた。


 まだ早朝も早朝だ。太陽も顔を覗かせているか怪しい。こんな早く起きることなどない私にとって、これはかなりの拷問に近い。もう少し寝かせておいてくれとばかりに布団の中へ潜り込むと、もそりと何かが入り込んできた。布団の中で目が合う。


「……」


 シキがじぃ~っとこちらを見ている。無口で無表情な少女はそれでも一所懸命意志を伝えようとしているのだろう。しかし伝わらない。人間のコミュニケーションはつくづく言葉が必要不可欠だと思い知りながら、これ以上の睡眠を諦めることにして、布団を捲り上げてベッドに座った。


「おはよう」


 相手の意志はともかく、とりあえず挨拶をする。シキもぺこりと頭を下げて「おはようございます」と言ってきた。


「朝食」


 すっと伸ばされた白い指が一点を刺す。

 見ればなるほど目玉焼きが並んでいた。つい昨日オムライスを食べたばかりだというのにまたもや卵料理か。この子の卵好きには呆れてしまう。いや、そんなことより高カロリーの取りすぎによる体重の増加を気にすべきか。

 それよりも何よりも、この子が入ってきて料理をしていたのに気付かなかった自分の不甲斐なさだ。どんなに眠り込んでいても人が入ってきたら気付く自信があったのに、それはあっさりと破壊されてしまった。無表情言葉足らずというのは気配まで極小にしてしまうものなのか。どうやらシキの天職は頼まれ屋じゃなくて泥棒か不倫相手を尾行する探偵辺りらしい。

 二人して向かい合ってコタツの上に並べられた目玉焼きを食べ始める。二人分の箸は用意していなかったので、私は箸、シキはフォークで食べることとなった。

 黒ずんでいない目玉焼きも実に久しぶりだ。その柔らかさと苦みのない料理に心の中で感動しつつ、しかし決して顔には出さないように努力を要した。美味しいが、こんな苦労する朝食もなかなかないだろう。

 無言でばくばくと食べ続ける私から何かを察したのか、シキはフォークを動かしながらもどこかしら満足げに私に目を向けていた。少しだけ恥ずかしい。


「今日の仕事は?」

「ああ、今日か」


 喉が渇いたから冷蔵庫からお茶を取り出してふたつのコップに注ぐ。シキの前に置いて自分の分を自分のところに置き、座ってから返答する。


「頼まれ屋に予定はない。昨日と同じく探しに行くんだ」

「立ってるの?」

「立ってることが仕事じゃないが、そうだな、頼まれるまで探すか待つかをするしかない。つくづく儲けない仕事なんだよこれは」


 儲けないからといってやらないわけにはいかない。食い扶持を稼ぐには自ら動かないとならないからだ。


 食器を片付けてから着替えを済まし、アパートを出立して私達は昨日と同じく通りを歩く。朝から人が忙しなく歩いているのに、こちとらのんびりとしているのだ。さて、仲間外れはどっちかと頭の中でそんなことを妄想しながら楽しんでいると、くいと袖が引っ張られた。


「誰か来る」


 シキの言うとおり目を遣ると、見覚えのある老人――ゲンさんがのんびりとこちらに歩いてきていた。私が顔を向けたと知ると、手を挙げて振ってくる。


「おはよう、今日はどうしたんだい?」

「おお、おはよう。いやはや、老体には堪えるなぁ」


 今は閉じている店前の階段に腰を下ろしたゲンさんは、こきりと首を鳴らした。


「仕事だよ。どうせろくに稼いでないんだろう。持ってきてやったんだが、どうかね」


 マスターといいゲンさんといい、嫌味ばっかり言ってくる連中ばかりだ。この街にはもっとストレートな感情で素直に仕事を持ってくる奴はいないのかね。


「ありがたくて涙が出るね。で、何の頼みだい?」

「ああ、知り合いの孫がな、お前さんに仕事を頼みたいんだが自分で行くのは嫌だと言ってなぁ。困ったもんなんだが」

「なんだいそりゃ。自分から持ってこない理由を教えてもらおうじゃないか」

「悔しいんだと」

「……よく分からないんだが」


 悔しいから私のところへ依頼に来ない? そんな客初めてだ。


「女に仕事を頼むのはプライドが許さん」

「はぁ?」


 声に出してしまうぐらい、ゲンさんの発言に驚いた。


「もちろんわしの言葉じゃないぞ。そいつの言葉だよ。昨日家に招待されてなぁ。いやはや、ホームレス同然のわしにはありがたいコトだと思っておったら、そういう下心があったわけだ」


 この場合の下心とは当然私に依頼を頼むという意味だ。自分から来なくて、わざわざゲンさんを介して仕事の依頼をさせるとは、一体何を頼むつもりなんだろう。昨日といい今日といい、良くない日になりそうだ。


「頼み事というのはな」


 少し心構えを作ってから、私は耳を澄ます。


「ぶっちゃけ、結婚式のスピーチだ」

「……」


 そうかそんな仕事は初めてだ赤の他人がやるこっちゃない。


「オーケー、わかったよ。じゃあそのアホを説得しに行くから詳しく聞かせてくれ」

「勘違いしなさんな。何もお前さんが本当にスピーチをやるってぇわけじゃない。そいつにやる気を起こさせるって依頼さ」

「さらに意味がわからないんだが……しかもややこしい言い方をしてくれる」


 やる気を起こさせるってのがいまいち分からない。いや、分からなくもないんだが、それがスピーチとなると果たして私にどれだけアドバイスが出来るものやら。

 だが、ゲンさんはさっきこう言った。――知り合いの孫だと。

 ゲンさんがいくら年老いていて、さらにその知り合いが上の年齢でも、私より遙か年上の孫というのはちょっと考えにくい。私とほぼ同年代ぐらいだろうと思われるが、それでも私みたいな女にアドバイスを受ける方はどう思うだろうな。何はともあれ、ゲンさんの頼みなら引き受けるしかないわけだが。


「……結婚?」


 言葉足らずの上に物知らずのシキが問いかけてくる。


「男女縁結びのことだ。もう一つ言うと、今回の内容は私の性格からかけ離れている仕事ともいえる」

「そう言うな。こんな馬鹿げた仕事など、お前さんしかやりゃぁせん」


 結婚式場には担当が付くんじゃないのかねぇ。むしろそういうところでアドバイスを受けるべきだと思うがね。


「やる気を起こさせる、ねぇ……」


 そんな依頼引き受けたこともないし、数ある経験の中でもどれを活かしていいのかさっぱりだ。夜の『グリーンランチ』にでも連れて行ってぱぁっと飲み明かせばやる気になるかもしれないが、私とて見知らぬ相手と何時間も飲む気にはなれないし、飲みはあまり好きじゃない。


「実際に会ってみてくれ。向こうはお前さんを知っとるようだぞ」

「はぁ……」


 私の事を知っていたとしても、私が相手を知っているとは限らない。やる気はしないが会うだけ会ってみよう。これも仕事だ。


「わかったよ。ゲンさんの頼みじゃ仕方ない。よし、今日の依頼はこれだ。いいなシキ」


 確認を取らずともやらなきゃいけないが、一応シキも納得した上での仕事だとしたほうが後々めんどくさくなさそうである。ま、尤も文句を言うような子じゃなさそうだが。

 私達が引き受けるというので、ゲンさんはその依頼人のところへ私達を案内してくれることになった。


 しばらくこの大通りを歩いていたので、通りに面した家なのかと思っていたら、突然右に曲がった。裏路地をしばらく通っていくと、マンション群の地域に差し掛かる。一軒家と違ってマンションともなると定期的に業者が草取りを行うので、壁中に蔦が這っているということもなく、コンクリートの白い面がよく映えていた。本当は表の大通りから行く場所なのだが、ゲンさんが見つけた近道を通ってきたらしい。


「なるほど、ここでメシを食ったら旨そうだ」

「食材が違ったぞ」


 昨日の味を思い出してゲンさんはにやりと笑う。


「私も一度、ご相伴にあずかりたいものだ」


 ぽつりと、シキが呟く。


「オムライス最高?」

「多分ね」


 うちの冷蔵庫で眠る半額セールで購入の卵よりワンランク上の卵だろうね。

次回掲載予定は7/26(金) 22時前後となります。

宜しければ次もまた読んでください!

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