しごと、みつけて 8
しばらくタクを追いかけている内に彼らが向かう先、正確にはマサオが向かう先がおぼろげながら判明してきた。前の刑事がそれに気付いていればいいんだが。
一応身体を鍛えてあるのか、近付いてはいるがなかなかタクに追いつく気配はない。むしろマサオに追いつかないというのは軽いショックだ。これでも体力には自信があるほうだけど、そんなに体格が良いとはいえないマサオにすら追いつけないなんて……。
マサオが向かっている先は簡単だ。町の中心部へと向かっている。どうしてそこへ向かっているのかはさっぱりとはいわないが、いやむしろこの町の人が大量に集まる処だ。ハローグッバイの手口を考えると薄ら寒い考えしか浮かばない。とはいえおそらく自分の意志とは無関係だろう。何をきっかけにしてそうなったのかはさておき、今の彼は自分の意志を押し込まれ誰かに操られている状態にある。つまり催眠状態だ。
マスターの言葉を信じるならば――催眠となるとハローグッバイの手口だ。
まさか爆弾を持ってきているということはないだろう。何をするつもりかはわからないが、彼らの手口は自爆という決着だ。爆弾があろうがなかろうが、自らの命を犠牲にして目的を果たすことに変わりはない。――だから目的を果たす前にマサオを捕まえ正気に戻す。そうしないと取り返しのつかないことになる。
緑の街はそこここに蔦が這っている。操られたマサオなら引っかかりそうなものだが、やはりこの町で大人になった彼の身体は蔦を避けて走る癖が身体に染み着き、この程度の障害物を退けて走るなど造作もないのだろう。転けそうな気配は無かった。正気の私より上手く走っている。そうか、だから追いつけないんだ。
――仕方ない。今の私ならあの時の悪夢を克服できているだろうか。
使ってみて胃の中のものを戻さなければ万々歳なんだが……。
ちょっと街を壊すことになるが、足止めする方法は今のところこれしかない。
元々この街は無理な建築を繰り返してきた建物ばかりで、斜めになりながら互いに支え合っている物が多い。しかもその状態で廃墟というのも多々ある。どうして行政がこういった建物を放置しているか、といえば、原因はこの街特有の植物にある。あちらこちらから生えるこの緑達は建物を取り囲むだけではなく、古い建造物だと隙間に根を張り、ちょっとの地震でも崩壊が起きるぐらい脆くしてしまっている。ここまで酷い状態だと解体もそう簡単にはいかず、その上密閉されたかのような建物の群れは解体そのものを安易に許してはくれない。そうしていつしか街は混沌の様相を呈してきたのだ。
そんなこの街のその構造を、私はよく理解している。
だからどこをどの様に崩せばどこが崩れるか、そんなことは一目瞭然だった。だが、私の狙いを実行するには場所と、もう少しマサオに近付く必要がある。無闇に走るだけで追いつかないのなら、ランナーみたいな走りをしなくちゃならない。しかし精神的に疲れるから本当は嫌な手段なんだ。
ぐんと身体を張って加速する。あっさりとタクを追い抜いて、私はマサオの背後についたが、これ以上はこっちの体力が持たない。短距離というのはあまり人を追うには向いていないようだ。しかしここまでくれば問題ない。さっと周囲を見回して、右手の建物は廃墟だとその落ちぶれっぷりから判断し、私は足下に転がっている太い枝を掴んで窪んだ壁の部分に突き刺し、テコの要領で思いっきり壁の一部を剥ぎ取った。剥き出しになったそこへ自分の手のひらを当てる。
弾んだ息のままではそのまま壁に触っても、すぐにどこが崩れるかの把握が遅れてしまう。なら最初から外側を引っ剥がした状態で触れればいいのだ。この手のひらは壁のどこがどういう風に壊れるかを脳みそに伝え、そして把握した私は一端手を離し、すかさずそこを掌で打ち据えた。
すると壁は次々と崩壊していく。その勢いはすぐさま止まるが、ちょうど良い具合にマサオの前で崩壊が止まり、おそらく正常な判断ができないマサオは崩れた壁に足を取られて思いっきり転がる。多少の怪我は許してくれよ。
「おうりゃ!」
そんなマサオに、若い刑事が跳びかかった。
「捕まえたぞ!」
意気揚々と宣言する刑事を余所に、私は胸を押さえてしゃがみ込む。急激に胃の中がひっくり返された不快感に襲われ、喉を焼く酸を滲み汗で顔を歪めながらも元に押し込んだ。最悪な気分になったが、それを表に出すわけにもいかない。
まただ、いや、やっぱりだ。この力を使えばこうなることなど分かっていただろうに。身体の底から自身を締め付け破壊するかのような苦しみ。十年前の罪の懺悔。脂汗の量が私を如何に苦しめているのか如実に顕している。
はぁ、と新しい空気を肺へ流し込む。緑の町はなにしろ酸素が多いので、濃い緑の匂いでこの気分を一掃してくれないかと願ったのだが、どうにも上手くいかないようだ。
次回更新は7/15(月)22時を予定しています!




