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しごと、みつけて 5

 この緑の町は他の街と変わらず、昼と夜とで別の顔を見せる店がいくつかある。昼間から公然と『夜の仕事』をしている店がそもそも真っ当な訳もなく、自ら近い将来警察の捜査を受け容れると公言しているようなものだ。そんな馬鹿な店に近付く客もそうそういないが、敢えて入店する客がいるとするならば私達とか繋がりのない世界に住む連中ということになる。まぁ、そもそも警察が調べる時には店の主人もとんずらしているのが常だがね。他にも様々な店が緑の町には存在しているが、すべてを紹介していけばそれだけで日が暮れてしまうことだろう。

 昼間は定食屋、夜は酒場と変わるこの店もまた他と連なって変幻自在な顔を見せる。夜の酒場といえばごく普通だし、別にそれが昼間定食屋だとしてもありきたりすぎて気にすることもない。むしろその程度なら生やさしいもんだ。先程も言ったが私達が今いる店の特徴は変幻自在な顔を見せるという奇抜性だ。昼と夜で違う顔ならそこらの店と同じだが、店のマスターまで同一の筈なのに表と裏の顔を併せ持ち使い分けている。しかも何種類もあるからややっこしい。


 それを知っている私の顔を見た『グリーンランチ』のマスターは、深く深く溜め息をついた。深い髭と彫りの深い顔、妙な筋肉質に背が高く声も渋いとあるんだから、なんといっても近所のマダムから大人気。本人がどう思ってるかは別だがね。


「イチコちゃんよ、あんたが来なさるってぇこった、またややこしい事を持って来たんだろう?」

「よく分かってらっしゃる。助かるよ」


 くすくす笑って私はテーブルに腰掛ける。他に客が居ないことを確認してから、テーブルの上に置いてある鈴を鳴らした。


「お前さんしかいねぇんだから、呼ばなくてもわからぁ。で、注文はなんだ、そっちのペアルックな嬢ちゃんなんか腹ぁ空かしてんじゃねぇか?」


 ペアルックという単語はなかなか心を抉ってくれるが、ここで顔に出してはマスターの思うつぼだ。やはり知り合いには突っ込まれるな、この格好は……。


「そりゃそうだ。それじゃあ美味しいオムライスを頂こうかな」

「だめ」


 シキにそう断言される。


「なんで?」

「それ、成功報酬だから」

「……本当か。ここのオムライスは美味いんだが……まぁいい。じゃあ何か適当なものお願い。シキ、あんたはどうする?」


 彼女にメニューを渡して、椅子にもたれかかる。


「くっく、年下からいいようにされるなんざ、イチコちゃんらしくねぇじゃないか」


 それには応えず、私は手を挙げる。


「ドリンク。コーラで」

「真っ黒かい?」

「どす黒いね」

「オーケー、それじゃあ奥の部屋に行こうか。おい、こっちの嬢ちゃんの注文しっかり受け付けておけよ!」


 厨房の奥へ怒鳴るようにそう言ってから、マスターは顎で閉じられた扉を指した。

 その部屋へ案内されると、窓にはカーテンが掛かっていて、実に薄暗い。窓から明かりを取り入れず部屋の電気を付けたマスターは机の中から紙と鉛筆を取り出してテーブルの上に置いた。特にこの紙とペンに意味はないが、ここで何を話していたかというのを第三者に見られても疑われない内容をでっちあげて記録しておくのだ。


「さて、今回は何を調べりゃぁいいんだ?」


 これがこのマスターが持つ別の顔である。表が定食屋か酒場のマスターだとすれば、今この瞬間、ここにいる男の顔はまさに裏だ。ここの定食屋のメシはオムライス以外ごくごく普通なので、用件といえば自然とこの裏の顔に、となる。


「さっきの厨房の奥にいたの、まだ若かったけど?」

「ああ、あいつぁまだ俺のこっちの顔は知らねぇよ。だから誰もいなくてもこうやって引っ込んでんじゃねぇか。で、そっちの連れはいいのかい?」

「構わないさ。仕事を手伝うといってきたけど、どこまでやらせるか決めてないんだ」

「そうかい。それで今日は何の話だ?」

「一応断ろうと思っている依頼なんだが――ちょっと不安になってきたので、先に情報を仕入れておこうと思ってね。もちろん口外無用。知れば、アンタも危ないよ」

「なるほど、鯖味噌と……」


 一見デタラメに見える紙に書かれた内容だが、一応マスターの頭の中で整合性は取れているらしい。私にはさっぱりわからないが。


「で、何の情報が欲しいんだ?」

「テロリスト」

「テロリストねぇ。赤の傷とか青の癒しみたいな名前だけでも対立しそうなチャチなとこかい。それともハローグッバイみたいな危ないところだってぇんかい? まさかそっちゃぁないか」


 はっはっは、と豪快に笑うマスターを、私は簡単に砕く術を持っている。


「見せた方が早いね」


 鞄の中からコインを出してそれをテーブルの上に乗せる。カラン、と乾いた音が鳴った。マスターの表情が完全に固まり、しばらくの間、目の前にある『あってはならないもの』を凝視する。


「……っとと、いかんいかん」


 ぶんぶんと首を振ってマスターはそう呟き、それから急に立ち上がって凄い剣幕で怒鳴り始める。


「なんだこれは。お前さんはこんなものをなんで持ってるんだ! どんな危険な依頼を受けたんだ! お前さんのモットーから外れる代物じゃぁねぇんか!」


 血圧が上がりそうなほど声を荒らげるのも仕方のないことだ。持っているだけでテロリスト扱いされるような物を自分の店に持ち込まれれば、誰だってそうなるだろう。馬鹿なオーナーならその途端に通報ぐらいするかもしれないが、眼前の男はそんな浅はかじゃないことを重々承知しているから、私も躊躇わずコインをさらけ出すことが可能なのだ。


「落ち着きなって。私はとある依頼者からこれを金に換金してくれって頼まれただけだ。私自身がテロリストというわけじゃない。むしろテロを起こすならこんなとこに寄らずとっくに起こしてるだろうさ。それ程心配することもない」

「……で、俺に何を調べろってんだい」


 どっかと座り直した男はさらに深い深い溜め息をついてくれた。さっき顔を見せた時とは比較にならないぐらい深く重い溜め息だ。気持ちはわかるが、何もそこまで悲観することもないだろうに。

 依頼者の名前は決して出さないようにして、とりあえず簡単に事情を話した。


「それで、この街で彼らが何をしようとしているのかを知りたい。このコインを依頼者へ返そうとしたら変な奴らがいたので断念し、せめて身を守る程度の情報を手に入れておこうと思ってね」

「変な連中ねぇ。……いきなりで面食らったがそりゃ当然の判断だ。俺たちゃ個々の力で身を守るっきゃぁ方法がねぇんだ。わーったよ。やばそうだと思ったら俺も調べるのを諦める。そっちもせいぜい大人しくして、頃合いを見計らってから依頼をキャンセルするんだな」

「そうするつもりだよ。私だってこの町に住む人間だから、周りに迷惑を掛けるのは本意じゃない。そういう意味でも情報を集めて欲しいんだ」

「まったく、お前さんが欲しいといってきた情報の中でも飛びっきりだな。ハローグッバイなんて外で話すだけでも禁句に近い。――そういや、その理由をお前さんは知っているのかい?」

「いや?」


 その理由というのは、ハローグッバイという名前の由来だろうか。それなら知っている。彼らが自爆テロをする直前、ハローと一言告げるからだ。それから自爆で数名巻き込みつつこの世からグッバイする。彼ら自身は自らの組織名を挙げてこそいないものの、その特徴的なテロ行為からハローグッバイと呼ばれるようになった。

 そうじゃなくて、外で話すだけで禁句とされたほうの理由なんだろう。

 実を言うと詳しくは知らない。

 彼らのうわさ話をする程度ならば、誰だって不思議と思わない。むしろその程度はあって当たり前なのだ。それなのに井戸端会議すら封じる彼らのテロ行為とは、一体何なんだろうか。以前から気になっていたことだが、積極的に調べるつもりはなかったので、初めてそれに耳を傾けるということになる。――まぁ、もっとも私が興味を示さなかっただけで、結構周りの連中が知っている可能性は大だったりする。


「突然普通の人がテロリストになっちまうってぇのが彼らの怖さというのは知っているな?」

「ああ、もちろん。だからこそコインを持っているとそれだけでしょっ引かれる。それしか防ぐ方法が無いんじゃ、それも仕方ないだろうね。もっとも、そんな強引な事をさせる事態に陥らせた奴らが恐ろしいんだけど」

「ああ、じゃあどうしていきなり人が豹変するのかも知っているか?」

「さてね、聞いたことないな」

「催眠術だよ」


 あっさりと答えられ、私は思わず納得しかけた。催眠術で死ねと命令しているというのか。しかしそれは本当に可能かどうか疑わしいので、素直に信じられない。自分の生命を脅かす行為を催眠術でさせるのは不可能と思われているとどこかで聞いたことがあるからだ。

 ……いや、そうじゃないか。もしそれがテロ行為の催眠ではなく、例えば物を渡すだけの催眠だったらどうだろう。目標の建物に小包を運び、受付でもいいが、ハローと言いながら渡す。ちょうど時間ピッタリに設定された小包爆弾はそこで爆発する――そういうことだろうか。これなら催眠術にかかった人間は自分の命が脅かされているなんて思わない。そんな仮説を言うと、マスターは鼻を鳴らして頷いた。


「余計な説明の手間が省けるってぇもんだ」

「だけどいつ催眠術を掛けている? ちょっと派手過ぎだね」


 時間を指定して相手に催眠を掛けて荷物を運ばせる。これだけの手順をいつこなしているというのだろう。やろうと思えばやれなくもないが……普通とは数が違う。どこかで目撃証言が出てもいいぐらいのテロ行為が行われたのだ。


「そこでこのコインが出てくる。こいつの幾何学模様ってぇのを見たことあるか? じっくり見てるとな、あることに気付く。その模様は複数の円で構成されちゃぁいるんだが、実は法則性があってな。……ああ、もちろんそんな法則性云々語れるほど詳しかぁねぇが、そいつは精神に作用して、心の中に一種の空白を作っちまうんだ」

「……じっくり見てしまったんだが」

「安心しろ、お前さんは催眠にかかるようなタマじゃねぇ!」


 大声で下品に笑われた。乙女みたいな繊細な心なんぞ持ってないと言われたようで、ちょっと複雑な気分である。


「空白のある人間に催眠術をかけるってぇのは非常に簡単らしい。そこで奴らの手の者がちょちょいと仕掛けりゃ立派なテロリストの完成ってこった。だがもしその幾何学模様に何かしらの意味が込められていたなら、また話は変わってくるかもしれんがな」


 つまり私にはただの滅茶苦茶な模様にしか見えずとも、これの制作者は意図的に人の脳へ命令を下す何かを埋め込んでいるということか。


「へぇ、なるほど……ちょっと待ってくれ。そりゃぁ非常にまずいことになる」


 全身から血の気が引いていく気がした。

 もしそれが本当なら、私は大変なミスを犯したことになる。その取り返しのつかない事態、という言葉そのものが心を縛る恐怖となって血液を巡り身体中を痺れさせてくる。それらの幻想を振り払い、マスターへ目を向ける。


「奴ら……この町にいるかいないかは別として、まだテロ行為を止めてないね?」

「そりゃぁそうだ。なんだ、どうした?」

「私は依頼者からこれを受け取ったんだ。その理屈で言うと、依頼者は――」

「――しまった、そりゃぁそうだ。その依頼者はとっくにテロリストになっちまってるかもしれねぇ」

「くそ!」


 すぐさま立ち上がり扉の取っ手に手を掛けたところで、背後から声をかけられる。


「おい、それでも奴らの情報を調べておくか!」

「お願い。後々どうなるかわからないからね」

「わかった!」


 店の中を歩いている最中、こっちを見ているシキに、


「ここで昼飯を食べてるんだ。すぐに戻ってくる」


 と告げて外へと飛び出した。

次回掲載は7/5(金) 22時を予定しています。

申し訳ありません。私用にて7/5公開は無理でした。7/6(土)に改めて掲載したいと思います。

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