しごと、みつけて 4
口約束ではあるが依頼の成功時、失敗時の報酬を取り決めてから私達はその家を出る。鞄の中にしまったコインのせいか、肩に掛かる重圧はいつもより大きく思える。
とんでもない依頼を受けてしまったもんだと、今になって溜め息をついた私の袖を、小さな手が引っ張った。
「その釣り堀、知ってる」
「へぇ、観光で遊んだのかい」
何だろうと思ったのだが、そんなことかと私は適当に相づちを打つつもりでそう尋ねる。
「コイン、投げられてたから」
「……コイン?」
鞄の中にあるコインが震えた気がした。思わず大事な相棒を落としそうになる。
「ちょっと待て。こいつが釣り堀の中に投げられたのを見たっていうのか?」
少女は無言で頷く。
……なんてことだ。
「じゃあ、一体誰だっていうんだ!」
「……」
少女は黙ったままだった。しばらく顔を背けていたと思うと、こちらに向き直って首を横に振る。期待はしたものの、結局は何も無しか。
「思い出せない……なんだか、そこだけ、思い出せないの……」
「わからない、知らないということかい……とにかくつい最近投げられたものというのは間違いないわけか。さて、益々換金する手段に困ったことになるぞ」
つい最近、というのが悪い。つまりテロリストの一味が既にこの町の中へいる可能性があるのだ。そうなると彼らをマークしている連中だっているわけで、この町は表面こそこうして普段通りだが、ちゃぶ台を引っ繰り返すように裏を見ればおそらくとんでもない騒動が待ち構えているはずだ。そんな騒動が一日や二日で収まる筈もなく、そもそもテロリストが逮捕された、あるいは最悪テロが敢行されたなんて話はいまだ一切聞こえてきていない。
まだ騒動の真っ最中、あるいは爆発する寸前という可能性が高いのかもしれない。何も起きていない、証拠も何もないから騒ぎにならない。しかし警察機構も市民へ簡単に悟られるほどそこまで愚かではないだろう。今の私が水面下で何が起きているか知らないのは当然だ。
その中でこのコインを売れ、だと? さすがに馬鹿馬鹿しい。売ってしまえばすぐさま足がつく。私は何もしていなくとも先刻説明した通り警察に捕まる可能性があるのだ。そんな危険な橋は渡れない。無実の罪で捕まるつもりはないし、仲間のコインだといってテロリスト共に命を狙われるのも勘弁だ。
「しょうがない。この依頼は断るかね」
シキがここで嘘をつく理由もないだろうし、結局それが賢明な判断だろう。途中まで来た道をくるりと反転する。
「それじゃ、もっかいあの家に行こうか」
がっつくつもりはないが、金にならない依頼ほどむなしいものはない。いくらになるのかちょっと興味はあったのだが、諦めて返すことにしよう。あるいは処分する方向に話を持って行くべきだ。私の提案を聞いたシキは同意する意味をもって頷き、マサオ達の家へと向かう。彼らにこのコインを渡したままにするのは恐ろしいし、私も下手に口外できないトンデモ品物なんだが……。
どうせ羽振りの良くない仕事だ。
彼らの家が見えてきた。さて、どういって断ろうかとぼんやり考えていた私の隣で、シキがぴたりと足を止める。
「変な人がいる」
軽く驚いて見遣ると、なるほど彼ら夫婦の家に二人ばかり如何にもという男がいた。スーツ姿で何かひそひそと話している。警察かテロリストがわからないけど、これはちょっと厄介だ。
「仕方ない。通り過ぎよう」
「断らなくていいの?」
「変なのに絡まれるよりかはマシ。このまま仕事に行く振りしてやり過ごす」
あらゆる依頼をこなしてきた私の勘が囁いてくる。連中は真っ当な人間じゃない、と。大体この手の勘は当たるから嬉しくないね。
「次の仕事は?」
彼女の声にしてはやや大きめにそう尋ねてきて、一体何のことかと数秒思考が回転したが、何を言いたいのか察した私はにやりと笑った。
「ああそうだな、次は酒場だ。確かネズミの退治を業者に依頼したらしいんだが、手抜きをされてまた直ぐに沸いて出たという話だね。それの肩代わりをやってくれときていた」
「……」
無表情だった少女の顔が、ぴくりと動く。
「……ねずみは、ちゅーちゅー」
「いや、意味がわからないんだけど……」
しかめっ面をしているところから、どうやらネズミが嫌いなのだろうというのはわかるが。
「とにかくだ。今日一日食い付けるだけのの頼みをしてくれるってんだから、あのオーナーも気前がいいさ。下手すれば明日、明後日分の金も手に入るね。何しろ気前がいいんだから」
私達はそんなよく分からない会話をしつつ、彼らの横を通り過ぎた。
通り過ぎる瞬間、彼らを一瞥する。――左肩がやや下がり気味、真っ直ぐに伸びた背筋に乱れのない歩き方。なるほど、本当に真っ当な一般人とは言い難い。ある程度の武道をやってるか、または軍人の臭いを感じさせる彼らが正義の味方なのか悪の手先なのかはさておき、我々一般市民が関わっていい類の人間じゃないのは間違いなさそうだ。
だからすぐに視線を逸らした。あまり長く見ていると彼らに勘付かれる。
会話というのは便利だ。喋りながらなら少し目を動かしたところで怪しまれる率は低い。シキがそこまで頭の回る子だとは思わなかったが、もしかしたら彼女もそこまで気を回したわけじゃないかもしれない。そこは本人に訊けばいいだけの話だ。
「お金が入ったら、今日のご飯はオムライス」
「さりげなく注文するな。私は卵料理が苦手だ」
「……」
じぃっと見上げてくる。視線を逸らして、私はぽつりと呟いた。
「すまない、言い方が悪かった。食べるのは好きだ。料理が苦手なんだ」
両手を上げて降参のポーズをとる。昨日と比べて随分喋るようになったが、これはこれで揚げ足取りが得意で厄介だと思い知った。
「とにかくだ、実際酒場には行かなきゃならない。ちょっと情報を集めたいんでね。これも頼まれ屋の仕事だよ。こういう何でも屋みたいな職業は一端依頼を受けてしまったら情報を集めるだけ集めておくんだ。情報があるということは、身を守る術にも繋がる。そして成功する秘訣ともなる。覚えておくんだね」
「うん」
「素直でよろしい。それじゃいこう。なに、酒場といったって昼間は酒なんか売っちゃいないさ。ただの定食屋だよ」
次回更新は7/3(水)22時頃を予定しています。




