5、馬鹿な男と馬鹿な女
それからは何事もなく、つつがなく終了した本日。僕はシャワーを浴びて濡れた髪を拭きながらリビングに戻ってきた。冷蔵庫を開けて、麦茶をとりだす。
・・・もうすっかり自分家のようだな。居候なのに。
そう思い苦笑する。今まで赤の他人の家で冷蔵庫をあけるなど、気にしたこともないのに、いまさらながらにそれが結構行儀悪いことだと思い始めた。
・・・僕も、普通に暮らし始めて、普通の価値観がつき始めてるのかな・・・。
なんて、バカバカしい。お前はいつまでたっても、ただのクズだよ?わかってんの。
ふと自嘲気味な笑みが漏れた。そしてリビングのソファーに腰を下ろす。最近の僕の寝床だ。さて、髪が乾くまで何しようか。テレビは・・・すでに彼女が寝ているので却下だ。そして彼女の明かりの消えた寝室に目をやる。
「・・・」
そして僕は、何を思ったのか、再びその部屋へと足を踏み入れた。
この前と全く同じように、彼女はそこで寝ていた。案の定、鍵はかけられていなかった。・・・ホント、馬鹿じゃないの?これじゃ、襲ってくれとでも言ってるようなものだ。昼間あんなことがあったのに、・・・ねぇ?
ギシ・・・
僕は彼女のベッドに腰を下ろす。まだ彼女は目を覚まさない。すやすやとその口から洩れる気持ちよさそうな寝息が、なんだか気に障った。
・・・塞いでしまおうか?
彼女のその口を見ながらふと思う。何もしゃべれなくなればいい。
彼女の耳を見ながらふと思う。なにも聞こえなくなればいい。
彼女の目を見ながらふと思う。なにも、見えなくなってしまえばいい。
・・・僕の名前しか言わないで。
・・・僕の声しか聞かないで。
・・・僕の顔しか見ないで。
僕は彼女の首に手を伸ばす。君なんか・・・死んでしまえばいいよ?
「り・・・お?」
首に添えられた手に反応して、彼女が目を覚ました。
なんて・・・え?今、僕は何を考えた?
はっとして彼女の首から手を放す。
「どうした?・・・眠れないのか?リオ?」
目をこすりながら体を起こす彼女。優しげな声。僕だけに、向けられた言葉。僕は自身の手を強く握りしめながらコクンとうなずいた。
「眠れ・・・ないんだ」
「そうか」
「だからさ・・・」
「うん?」
ガッ!
「!?」
僕は彼女をベッドに押し倒した。パイプベッドがギシっと大きな音を立て、僕に強く押さえつけられた彼女の体は、ベッドに深く沈みこむ。
「眠れないんだ・・・だから、ちょっと遊ぼうよ?」
僕の濡れた髪から、彼女の頬に水滴が落ちる。
「リオ?」
「そうだな、吸血鬼とオオカミ、どっちが勝つか勝負しようか?」
クスクスと僕の不気味な笑い声が静かな部屋に響く。
「君が僕の血を全て吸いつくすのと、僕が君を食い尽くすの、どっちが早いと思う?」
「リオ?いったい何の話だ?なぁ、リオ!・・・んっ!」
僕は彼女の唇をふさいだ。かみつくように、強く。
「ん・・ふっ、んんー!!」
彼女は僕の胸を両手でばしばしとたたくが、そんな物ではびくともしない、だって僕は男だし、彼女の体は普通よりもかなり小さい。僕は、彼女の凹凸のない胸元に、手を差し込んで・・・
「痛っ!」
僕は突如襲った痛みに、彼女から唇を放した。自身の口に手をやる。ピリッとした痛みが走る。鉄の味・・・噛まれたか。
「リオ・・・」
弱弱しい彼女の声に視線をやると、彼女は口のはしから赤い筋を流し、僕をまっすぐに見つめていた。思わず僕は笑ってしまう。ははっ!負けちゃった。彼女に血を持って行かれた。全部じゃないけど。
やっぱり、君は吸血鬼?・・・なんてね。
「り、お・・・?」
彼女は乱れた寝巻を直しながら、僕に震える手を伸ばす。馬鹿だな。咬まれるよ?馬鹿なオオカミが、食べちゃうよ?
ふと彼女の顔をうかがうと、心底おびえきった表情で、涙ぐみながら、それでも僕にその手を伸ばす。・・・なんだ、ようやく理解したんじゃないか。そうだよ。僕は怖いんだよ?それくらいおびえてくれないと。そして、できればもっと警戒を。
僕は彼女の手を振り払った。
「・・・ごめんね?」
そう言って、彼女の部屋を、そして彼女の家を飛び出した。
「さて、今日の宿はどうしようかな」
僕は独りごちる。そうだな・・・今日もネットカフェかな。
所持金残高残り1190円なり。あと一晩しか泊まれないけどね。そのあとはどうしよう?まぁ、また明日考えればいいか。
彼女の家を飛び出して、その日は一晩、街中をぶらぶらして過ごした。金持ちそうなおねーさん方に声を掛けられたが、そんな気分じゃないので無視。結構辛辣な嫌味を言われたけど気にしない。そして次の晩はネットカフェのオープン席で夜を過ごす。さすがに寝心地は悪い。正直疲れは全く取れず、寝れたのか寝れなかったのかはっきりわかないけど、意識は数時間飛んだのできっと眠ったのだろう。でも、別に今は夏だし、野宿でもいいか。そうだ、それがいい。
でも、場所を探すのは後でいい。とりあえずちょっと休憩しよう。そう思って目についた公園へ入る。遊具のほとんど撤去された都内の公園。子供はいなかった。それはそうだろう。こんな何もないところで遊んでもつまらないだろうから。しかしこれはかえって好都合だ。ゆっくりしていこう。
僕は手近なベンチに座り、下を向く。やっぱり疲れはとれていない。でもこの疲れは、眠ってとれるものなのか。この胸にあるもやもやは、眠って消えるものなのか?
分からない。もう、どうでもいいや・・・。
そんな投げやりな気持ちで地面を何とはなしに見つめていた。すると、ふいに視界に小さな子供の足が映った。何だ、この公園、子供くるんだ・・・
そう思って顔をあげる。
「・・・ミコト」
「・・・探したぞ、リオ」
彼女は泣き出しそうな顔をしていた。よく見ると、目の下にはクマができている。顔色も悪い。
「なんで・・・」
僕はうつろな目で彼女を見返す。
「帰って・・・来ないか?」
彼女は言う。震える声で。今にも泣き出しそうに。
「・・・戻ったら、僕は君に何をするかわからない」
そう、僕は言った。
「・・・構わない」
少し間をおいて、彼女は凛とした声で言う。
「・・・僕は君を襲うかもしれないよ?」
「・・・構わない」
「・・・殺してしまうかも?」
「・・・構わない」
僕はふっと呆れたように笑った。
「君、馬鹿じゃないの?」
「・・・そうだな、馬鹿かもしれない・・・でも、」
彼女が突如僕の手を取った。爪を立てて、強く、強く、握る。・・・痛いよ。
「私には、リオが、必要だ」
「・・・・!」
必要?僕が?こんな僕が、君には必要なのか?僕は再び呆れるように笑った。
・・・君って、本当に馬鹿だね。
僕の頬に涙が伝う。あぁ、そう言う僕の方が、ずっとずっと馬鹿だ。本当に・・・救えない。
彼女の部屋に戻る。何ら変わりないいつもの部屋。僕はソファーに座った。彼女はキッチンでお茶をついでいる。コポコポコポ・・・もうすでに聞きなれた、麦茶を注ぐ音。
「はい」
ガラスのコップを二つ持ってきて、片方を僕に手渡す・・・
「ひゃ!?」
しかし僕はそれを受け取ることなく、彼女の手を強く引いた。ソファーの足元に麦茶がぶちまけられる。
「本当に馬鹿だよね?君は。・・・また、こんな飼いならされていない獣を部屋に上げるなんて?」
「・・・」
「本当に、どうなっても知らないよ?」
僕は彼女の黒いワンピースの裾をほんの少したくしあげた。あらわになったその白く柔らかい太ももに軽くかじりつく。
「!」
ビクリと反応する彼女の体。そこで視線をあげて彼女の表情をうかがう。さぞおびえて、幻滅した表情をしていることだろう・・・と思ったが、
「・・・望む、ところだ」
僕をまっすぐ見据える彼女の瞳。そこにはわずかな怯えと・・・強い、狂喜の光。
「ふっ、ククッ」
思わず笑い声が漏れる。いいね?その目。――ゾクゾクするよ。
僕は歯型のいったその箇所を、いたわるように優しく舐め、そして・・・
彼女の細い首筋に噛みついた。
今日は僕がバンパイアだ・・・なんて、ね?
3作目完結!
・・・おかしいな。こんな話になるはずでは・・・(汗)
人生くたびれた男が、おかしな話し方をする少女と出会って、人生変わる、ハチャメチャコメディー☆・・・になるはずだったのですが。はて、どこで間違えたんでしょうね? 自分で書いてる話なのに、何でこんなにも途中で大きく変わってしまうのか?不思議です。
また今回もまぁ・・・暗いな。悲しくはないけれども、なんかエロいし・・・(汗)
でも、以前からこんな歪んだ男のストーリーを書いてみたかったので、これはこれでいいか・・・。
ここまで読んでくださった方々、本当にお疲れさまでした。読後感あんまりよろしくない?すみません・・・。
感想とかもらえるとうれしいです。
ではでは!