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2、親切な女


 ・・・なぜ、僕はここにいるんだろう?


「昨日の夕食の残りで悪いが、傷む前に消費したいのでな。スープはすぐに用意するから、少し待っていてくれ」


 そう言って少女、もとい20歳の女性はキッチンに向き直る。


「・・・・」


 僕はテーブルに並べられた料理に目を落とす。炊飯器からつがれたばかりの炊き立てご飯に、残り物らしいが、可愛らしい大皿に盛られた手作りの酢豚。冷たい麦茶の注がれたコップは水滴を滴らせている。そして今彼女が作っているのはおそらくコンソメスープ。食欲をそそる香りが鍋から漂ってくる。


 ・・・いや、何で僕はここにいるのだろう。たしか、彼女の前で盛大に鳴った腹の虫のせいで、変な同情を持たれてしまったのだ。腹をさすりながら、無言で立ち去ろうとする僕を、「・・・残り物しかないが、それでもいいなら食べて行くか?」と彼女は言った。断る理由もないし、言われるまま、僕は彼女の家に着てしまったということだ。何の不自然もない。・・・いや、十分不自然か。


「おまたせ」


 そう言って彼女が僕の前にスープカップを置く。玉ねぎと人参の千切りが入ったスープに、彩りにドライパセリが浮いている。僕の向かい側に腰掛けると、「いただきます」と律儀に言って食べ始める彼女。その動きに不自然なところはない。


「・・・いただきます」


 僕も手を合わせて食べ始める。

 おいしい・・・。

 思えば、このような手作りの食事を食べたのはいつぶりだろうか?数週間行っただけの大学を中退して、体を売って生活するようになって早2年。それまでは実家で暮らしていたが、家に帰ることなどほとんどなかったために、母親の手料理など食べたのがいつだったのか思い出せない。家を出てからも、客や見ず知らずの女の家を渡り歩きながらありつく食事も、もちろん手料理なんてものはなかった。だいたい、男娼を家に上げるような女が手作りなんてするはずもない。いや、これは偏見かもしれないが。まぁ、とにかく、こんな食事は久しぶりだった。

 思わず無言で黙々と食べる僕を、いつからか彼女が向かいでぼうっと眺めていた。箸は止まっている。


「・・・え?どうかした?・・・あ、おいしいよ、すごく」


 適当にではなく、本心だった。しかし、取ってつけたような言い方になってしまい、なんだか少しもうしわけない。だが、それを気にした風もなく、彼女は僕を見ながら、


「他人と食卓を囲むのは久しぶりだ・・・」


 となにやら感慨深げに言った。


「君は、ここで一人暮らしなの?」


 そう、僕は問うた。ショッピングセンターから少し離れた住宅街のマンションの一室。それが彼女の家だった。しかし、若い女性が一人で住むにはかなり広いような気がする。置いてある家具も、かかっているカーテンも、どちらかというと大人の男向け、と言ったところか。もしかしたら父親と住んでいるのかもしれない。そんなところに見ず知らずの男を連れ込んでいいのか?というか、僕はこのままではその父親につるしあげられるということはないか?


「数年前から一人だ。一緒に住んでいた祖父はすでに他界している」


 淡々と言う彼女。そうか、とりあえずつるしあげはなさそうだ。なら、そんなに急ぐ必要もないな。僕は彼女の手料理をゆっくりと味わった。


「ごちそうさまでした」


 そう言って箸を置く。彼女は「お粗末さまでした」と、無表情に言って食器を片づけようと立ち上がる・・・ところを、僕に腕を掴まれて再び椅子に座った。


「・・・何?」

「・・・お礼、しようと思って」

「・・・?」


 きょとんとする彼女。しかし僕は彼女の腕をつかんだまま、飛びきりのサービススマイルを浮かべる。

 お礼。僕ができることと言えばひとつだけだ。


「寝室はどっち?」


 そう言いつつ、リビングから見える二つの扉を交互に指さす。見ず知らずの男を家に上げて食事をごちそうする、それってただの親切なわけないよね?このご時世、見返りをもとめない親切なんてありはしない。・・・君だってそうなんだろ?

 でも、今日の僕は機嫌がいい。久しぶりにおいしい食事にありつけた。だから今日はいつもよりちょっぴり多めにサービスしてもいい。まぁ、体は子供だし、僕が楽しめそうなところはないけどね。僕はロリコンではない。


「・・・」


 笑顔の僕を彼女は不思議そうに見やる。そして、


「君、なんか勘違いしていないか?」

「何が?」

「私は別に礼など求めておらんぞ?」


 そう言う彼女。


「遠慮しなくてもいいよ?」


 僕は言う。もしかしていざとなったら尻込みしてしまったとかかな?もしかして怖くなったとか?あぁ、きっと初めてなんだ。無理はない、この体じゃ・・・。


「だから、別に遠慮などしておらん。それに、私はそういうのに興味はない。君を食事に誘ったのは単なる気まぐれに過ぎん。感謝などしなくていい」


 気まぐれ?そんなのウソだ。


「・・・君、今まで一体どんな生活をしてきたんだ。考え方がずいぶんと歪んでいると思うのは私の気のせいか?」

「僕が・・・歪んでる?」


 彼女は呆れたように言う。


「人の親切には裏がある、なんて思ってやしないか?それもあながち間違いではないかもしれんが、みんながみんなそうではない。それに私の行いはただの気まぐれだ。親切ではない」


 僕の手を振り払い、彼女は食器を片づけ始めた。「気まぐれ・・・」僕はその様子を眺めながら、その彼女の言う“気まぐれ”と言う単語を頭の中で繰り返した。





 彼女が言った「君はいったいどんな生活をしてきたんだ」と言う疑問。別に変ったことはしていない。共働きの両親、馬鹿な教師たち、そんな奴らに嫌気がさして、高校の終わりごろからなんとなくグレ始めた。今時よくあることだ。

 取りあえず大学には行けと親に言われ、足で名前をかいても入れるような馬鹿学校に入学した。しかし、端から授業になんか出るつもりもないし、家にも帰りたくないないから真夜中にそこらへんでぶらぶらしていると、どこぞの女に声を掛けられた。


「お小遣いあげるから、おねーさんと遊ばない?」


 それがきっかけだった。この生活の始まりは。

 別に後悔しているわけではない。むしろ感謝しているくらいだ。金のなかった僕に、稼ぎ方を教えてくれた。それから自分の見た目はそれなりに女受けすることを知って、何の不都合もないまま今に至る。まぁ、毎日毎日その日の宿を探すのは結構骨が折れるわけだが。


“気まぐれ”という言葉もよく聞いた。「あんたと遊ぶのなんて気まぐれだから」「私にはちゃんと彼氏がいるから、君と寝るのはほんの気まぐれよ」そんなことを彼女たちはベッドで言う。その気まぐれはありがたい。そのおかげで僕は宿にありつける。しかし、彼女たちはその気まぐれの見返りを必ず要求した。だから、だから僕は不思議で仕方がない。・・・君が、僕を望まないことを。




 彼女が食器を洗っている間、僕がそんなことを考えていると、彼女は僕の視線が気になったのか、一つ提案してきた。


「そんなに礼がしたいと言うのなら、ひとつ頼みたいことがある」

「へぇ、何?」

「その体を活かして・・・」

「活かして?」


 彼女がすっと天井に指をさした。


「電球を、取り換えてくれるか?」




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