末代までも、××します。
消毒液に清潔な包帯、塗り薬に飲み薬……薬棚の残量を確認して、補助するもののリストを作る。
「これでよし、と……」
今年の流行り病は、重症化しやすいうえに治りが悪い。患者はなかなか絶えず、今日の診察もまだ終わらなそうだ。
「──お疲れさまです。薬棚の確認、終わりました」
疲れ顔の先生と、その周りを慌ただしく動いている修道女の方々にご挨拶をする。
先生は診察をしながらも、こちらに軽く手を挙げた。
「ああ、お疲れさま! 君はもう上がってくれたまえ。すまないね、色々と仕事を頼んでしまって……」
「あなたが手伝いに来てくださって、本当助かってるわ」
「薬の補充に棚の掃除、入院患者の衣類の洗濯に繕いに……毎日こうも忙しかったら、細かいところまで私たちだけじゃ手が回らないもの!」
疫病は少しばかり終息に向かう兆しを見せ、退院許可のでる患者も増えてきた。けれど近頃は腕利きの医者がいると噂になっているようで、疫病以外の患者も増えているのだ。
この流行り病はもう数ヶ月も猛威を奮っているし、誰もが疲れを隠せていない。
「私にできることがあれば何でも仰ってくださいね、お役に立てていれば嬉しいです」
元々ここは修道院近くの礼拝堂で、疫病の流行でこの町にある医院だけでは場所も手も足りなくなってしまったので、臨時の診療所となっている。
先生は少し離れた町から呼ばれていて、看護師は近くの修道女の方々だ。
私はほど近くにある家からここに通い、先生たちのお手伝いをしている。
家にいても一人で暇を持て余していたものだから、看護人を募っているという話を聞いて、私はすぐに戸を叩いた。
「では、皆さんまだまだお忙しくされているのに申し訳ないですが……私はこれで、お先に失礼させていただきます」
「ああ気をつけて……っと、そうだった。すまない、少しいいだろうか?」
先生は修道女の方に少しばかり指示をすると、席を立って私のそばへやってきた。
「この前の話なんだが……考えてくれただろうか? この疫病が終息に向かった後も、君にはぜひ私の医院で手伝いをしてもらいたいんだ。君はよく気が利くし、患者からの信頼も厚い。そのうえ熱心な勉強家で覚えも早いし……私の助手をしてくれたら、大変助かることこの上ないんだ! もちろん給金は弾むし、待遇だって出来る限り配慮をするよ」
先生は少し離れた町の大きな医院にお勤めだけれど、この疫病が落ち着いた後にはご自身の医院を開かれるらしい。
今はどこも人手不足とはいえ、私のような未熟な看護人を必要だと言ってくださるのはとても嬉しい。
私は元来身体が丈夫で、感冒にかかりにくく傷病の治りも早い。立ち仕事も苦ではないから、この仕事に向いていると自分でも思う。
何より働いていると、こんな私でも必要としてくれる誰かがいるのだと、そう実感することができる。
先生の腕はたしかだし、信頼のおける先生のもとで思う存分働くことができたらどんなに良いだろう。
……だけど、やっぱり──……。
「先生、嬉しいお申し出をありがとうございます。でもごめんなさい、もう少し……もう少しだけ、考えさせてくださいますか?」
「ああ、それはもちろんだとも! 今日明日という話でもないし、ご主人にも話を通さねばならないだろうし……ゆっくり考えてくれて構わないんだ。こちらこそすまないね、返事を急かしてしまった」
先生は言葉を切って、奥にいる修道女たちに目をやった。
「そうそう、彼女たちから聞いたよ。君は診察の道具や研究器具にも興味があるようだって。聴診器でも顕微鏡でも、もし気になるものがあったらいつでも声をかけてくれたまえ。君ならすぐ覚えるだろうから、時間を見て使い方を教えるよ」
「まあ……お恥ずかしい。以前こっそり触っていたのを、見られていたのですね」
隠し事が見つかってしまって、頬が赤くなる。
「いや、構わないんだ。もし君が僕の医院へ来てくれるなら、ゆくゆくは診察や研究のほうも手伝ってもらえたらと思っているしね」
先生は明るく言うと、また慌ただしく診察台へと戻っていった。
◾️
「──……お帰り」
家に着いて扉を開けると、思いがけず出迎えの声がした。きっと遅いだろうと思っていたのに、今日は夫が先に帰っている。
「あなた……今日は早かったのね」
「いやまあ……ね」
夫はいつも帰りが遅い。数日家を空けることもしばしばだ。
以前は急いで仕事を終わらせて、少しでも早く家に帰ってきてくれていたっけ。夫の仕事中私が一人で寂しくないようにと、花やお菓子もよく贈ってくれた。
最後にくれたのは、もうだいぶ前のことだけれど。
「今日はその……君に話があって」
奥の部屋から、ぼそぼそと夫が言う声がする。夫はそのまま姿を現さずに、途絶えがちに言葉を続けた。
「今日も君は、病院へ行って病人の看護をしてきたんだろう?」
「ええ」
「数ヶ月前……君が突然看病の手伝いに行くなんて言い出した時……正直言うと、僕は嫌だった。窮屈な思いも不自由な暮らしもさせていないのに、いったい何を言い出すのかと。それに、君の身体だって心配だった。どんな病気をもらってくるかわからないだろう?」
「まあ……そんなふうに、思ってらしたの」
私が診療の手伝いをしようと思ったのは、窮屈さや不自由さからではない。ただ、一人でいる時間がたまらなく寂しくなったからだ。
そもそもあの頃夫は私にとても冷たくて、私がどこで何をしようが気にも留めていなかったくせに。
キッチンに置いてある、空の花瓶にそっと触れる。これを贈ってくれたのも夫だった。
他にも贈ってくれた花瓶がいくつかあったけれど、そのほとんどは割れてしまって、今はこの一つだけ。
「君はよく働いた。流行り病も少しは収まっただろうし、もう充分だろう……? いい加減手伝いなんて辞めて……また、また前のように、僕だけを支えてはくれないだろうか? だからその……何が言いたいかというと…………悪かった、よ……──長らく君に冷たくあたってしまって、本当に悪かった」
私は花瓶から手を離し、夫の部屋の扉を見つめた。
「先だって僕が流行り病に罹った時……君がつきっきりで看病してくれた時、改めてわかったんだ。君がどれだけ、僕にとって大切な存在だったのかを」
私が礼拝堂の手伝いに行き始めてからほどなく、夫は疫病に罹患した。今はすっかり回復したけれど、一時はかなり重症だったのだ。
私は手伝いに行くのはしばらくお休みして、数日つききりで夫の看病をした。その間はほとんど寝ることもできなかったけれど、そんなことは全く苦ではなかった。
ただ、このまま夫が熱に浮かされたまま逝ってしまったらと思うと……それだけが、辛くて苦しくて不安だった。
「熱を測る君の手も、作ってくれた粥も、全てが僕を癒してくれて……君のいなかったら、僕はどうなっていたかわからない。僕一人では、あの高熱と痛みに耐えることはできなかっただろう」
たしかに疫病に罹って以来、夫の態度は少し変化していた。私の食事に手をつけるようになったし、外泊もなくなった。夫から久しぶりに求められることもあった。
私たちが愛し合っていた頃には到底及ばないけれど、およそ夫婦と呼べる程度の仲には戻っていたと思う。
「君の看病のおかげで、僕の心身の病は治ったんだ。心のほうは少し時間がかかってしまったが……少しずつ少しずつ……数ヶ月かけて、僕はようやく完治したんだ」
そう言いながら、部屋の扉を開けて夫が出てきた。手には立派な花束が握られている。
「今まで、寂しい思いをさせて本当に悪かった。君への愛を、ここに改めて誓わせてくれ」
差し出された花束は、とても美しかった。
「もう君に、寂しい思いはさせない。この部屋をまた、花でいっぱいにしよう」
私は胸が詰まって、言葉が出ない。
その花束を受け取って、そっとぎゅっと抱きしめる。久しぶりにかぐ、花の香り。
私が花束を受け取ると、夫の緊張は少し緩んだようだった。この話をどう切り出すか、きっとかなり悩んだのだろう。
照れ臭そうにしながら、花を生ける花瓶を探す。
「花瓶は……これしかないな。他のものは……割れてしまったんだったか。そうだ、次は花瓶を君に贈るよ。花瓶も花も、これからいくらだって君に贈る」
この大きく美しい花束は、残っている小ぶりの花瓶には不釣り合いだ。
夫はまた私に向き直って、照れ隠しのように言葉を続けた。
「あー……そういえばこの花束を買った時、何の祝い用かと聞かれたよ。プロポーズか誕生祝いか、それとも出産祝いか何かかって! 君の誕生日には、もっと素晴らしい花束を贈るよ。もちろん出産祝いも……そうだ、その……子供ができたらきっと、君だって寂しくなくなるんじゃないかと思うんだ。君と僕との子は……きっと素晴らしく可愛いだろうな。愛しい君が、可愛い赤子を抱いていて……そして僕は君と子供が待つこの家に、花束を抱えて帰ってくる……──僕はそんな幸福な日々を、これから君と送っていきたいんだ……──」
「…………子供?」
愛し合っていた頃は二人の時間を優先したいと、夫は子を作ることに乗り気ではなかった。
「……僕はまた、君と家族をやり直したい。今まで、僕のわがままで我慢させてすまなかった。でももう、君に寂しい思いはさせたくないんだ。僕だって子供は大好きだし、いつかは欲しいと思っていたしね。二人で、君と僕との子を抱きしめよう。花いっぱいのこの我が家で……──」
夫は微笑んで、私を抱き寄せようと手を広げた。
昔もよく、そうやって私を抱きしめてくれたっけ……──私はこぼれ落ちそうな涙をぬぐって、そして夫にこう告げた。
「……──残念だけど、それは無理なのよ」
全てはもう、遅すぎる。
◾️
「え……?」
夫は、私の言葉をうまく飲み込めていない。
私は抱き寄せられる代わりに、渡された花束を押し返した。
テーブルの上の、小ぶりの花瓶にまた触れる。
「この花瓶、昔あなたが私に贈ってくれたものなの。覚えている?」
「え? あ、ああ……」
無理やり渡した花束を受け取りながら、夫は怪訝な顔をして答えた。
「これだけじゃなくて、他にもたくさんくれたわ。もっと小さい一輪挿しに、大きな水盆。ガラス細工の素敵なものや、うすはりの華奢なもの。この花束にぴったりだった、口が広くて丸い花瓶……──」
夫がくれたもの、一つ一つを私は覚えている。
「だけどもう、みんな割れてしまった……──ううん、割ってしまったの。残ったのはこの花瓶だけ」
「え、いや……そんなこと、僕は気にしちゃいないよ。花瓶ならまた贈るさ! 割ってしまったことを気に病んでいるなら……──」
違う。私は夫がくれたものを、割ったりなんてしない。
「──……花瓶を割ったのは、あなたの恋人よ」
ばさりと音がして、夫は抱えていた花束を床に落とした。
「いや……え? いや、何言って……」
「あなたの恋人がね、以前ご挨拶にいらっしゃったの。あなたと別れて欲しいって、私に直接言いに来たのよ。その時に色んなことを教えてくれたわ。あなたとの馴れ初めや逢瀬についても、あなたが仕事と偽って何をしているのかも……」
「え? まさかそんな、あいつが……いや、そんな……そんなのは……全部、嘘だっ……! 信じちゃ駄目だ、でまかせだ!」
私だって、信じたくなどなかった。
けれどあの人が来てから、私なりに色々調べたのだ。そしてその結果──あの人の言うことは、全て本当だった。
夫は、私を裏切っていた。
「二人にとって私は邪魔者でしかないと、そう言っていたわ。私があなたと別れることを拒んだら、彼女は酷く怒ってしまって……部屋がめちゃくちゃになっちゃったの。この家があなたからの贈り物で溢れていたことが、よほど気に触ったみたい」
花瓶は投げ落とされて粉々になってしまったし、吊るしておいたドライフラワーも壁に飾ってあった押し花の額縁も、みんな無惨な姿にされてしまった。
私が守ることができたのは、この花瓶一つだけ。
「──……っ」
夫は青い顔をしながら、何も言わない。
あの日夫は帰宅せず、あれから部屋が殺風景になってしまったことにも気がつかなかった。
「永遠の愛を誓った仲なんですって? それなのに、私とやり直したいというの?」
「あ……いや……いや違うんだよ、本当に……あいつとは何にもなくて……いや、うん……」
もう取り繕ったところで意味がないと思ったのか、夫は急に膝をついてうなだれた。
「いやあの……本当に、本当にすまなかったっ……! あいつとはほんの、ほんの気まぐれで……僕が愛しているのは君だけなんだよ……本当だ、信じてくれ……」
落ちた花束から、何枚か花弁が散っている。
「どうか僕を許してくれ……っ! もう一度、もう一度やり直させてくれ! 君と僕とで、愛しい子を迎えて……幸せな家庭を築こう……」
夫はまた、先ほどと同じようなことを言う。だから私ももう一度、言い聞かせるように夫に言った。
「それは無理よ……──できないの。だってあなたはもう、子供を持つことができない身体なんですもの」
◾️
私の言葉に驚いたのか、うなだれていた夫は大きく目を見開いた。驚きを隠せない瞳と目が合う。
「…………? 何だって……?」
たしかに、すぐに理解し受け入れることは難しいだろう。私はゆっくりと、噛み砕いて夫に説明した。
「あなたが罹った流行り病はね、後遺症が出ることがあるの。重症化して高熱が続いてしまうと、子供を作ることができなくなってしまうのよ。あなたぐらいの年の男性は、重症化しないよう特に気をつけなくてはならなかったのに……──」
この病は幼な子が罹ることが多く、大人はあまり罹らない。抗体を持っていることが多いからだ。けれど夫は、罹ってしまった。
幼い頃から流行り病の類には罹ったことがないと、よく言っていたっけ。きっと抗体が作られることがなかったのだ。
夫の顔色は、だんだんと色を失っていった。心当たりはあるはずだ。高熱が続いた後、下腹部の腫れや痛みを訴えていたのだから。
「もちろん罹患した大人がみんなして、子供ができなくなるわけじゃないの。軽い症状ですむ人もたくさんいる。あなただってあの時……あの時私の忠告を受け入れて、家で安静にしていたら、もしかしたら……──」
夫が発病した時、私はすぐに気がついた。症状については先生から詳しく聞いていたし、それなりの数の患者を見てきていたから。
罹りはじめが肝心だから無理をしてはいけないと、私は夫にそう言った。しばらくは家にいて、横になっているほうが良いと。
でも夫は私の言うことなど気にもとめずに、無理してどこかへ行ってしまった。恋人が待つ、どこかへと。
「いやでも……まさか……そんな、まだそうと決まったわけじゃ……」
夫は私の言葉を、まだ受け入れられないでいる。
「そうね、もちろんただ高熱が続いただけという可能性もあったわ。でも私、調べたのよ。先生の顕微鏡を使わせてもらって……そうしたらやっぱり、あなたはもう、子供を作ることができない身体だったの」
「そんなの嘘だ……そんな、まさか……」
呆然とする夫をおいて、私は自室に入って荷物をまとめる。
荷造りはすでにほとんど終わっていて、身の回りの少しのものをトランクに入れるだけ。いつこの日がきてもいいようにと、ずっと準備していたのだ。
ああそうだ……今日医院から預かってきた繕いものも、トランクの中にまとめてしまおう。
今入院しているのは幼い子が多い。腕の取れてしまったぬいぐるみや、穴の空いた小さな靴下……繕いものは得意なので、いつも家に持ち帰って直している。
シーツやタオルなど、備品のほつれを直すこともある。病人が使用したものだから、きちんと洗濯や消毒をした後に持ち帰らなくてはならない。
けれどあまりに忙しい日は、なかなかその時間が取れない時もあって……特に手伝いを始めた頃は、不慣れで要領がつかめなかったものだから。
夫のシーツと備品のシーツはよく似ている。白色に、うっすらと入ったストライプ。
こっそり取り替えても、夫は全く気がつかなかった。流行り病の患者が使っていた、消毒前の汚れたシーツ……。
夫はどこで、あの病に感染したのだろう。
「何を、何をして……どこに行くつもりなんだよ?!」
荷造りをする私に気がついて、夫は大きな声を出した。
「さあ、どこかしら? あなたにはもう関係ないわ」
「僕に子供ができなくなったからって、僕を捨てるのか?!」
「……違うわ。私はただ、あなたが許せないの」
夫が私を愛してくれていたら、子供がいなくたって構わなかった。二人でも充分幸せだったから。
でも夫が私を裏切っていると知った時、私の幸せは崩れ去ってしまった。もう、元には戻れない。
「そんなに僕が憎いのか? もう戻れないって言うのかよ……?!」
「……ええ、憎いわ。あなたもあなたの恋人のことも、どれだけ恨んだかわからない。あなたと別れて、ずっとずっと呪ってやろうかとも思ったわ。あなたの子供も、孫も、そのまた子供も……みんな不幸になればいいのにって」
夫と出会ってからというもの、夫の幸せだけを祈って生きてきた。けれど、今は違う。
「そうよ、出来ることならそうしたかった……でも、私には耐えられそうもなかった……! あなたが私以外の誰かと一緒になるなんて、子を作るなんて、あなたを子々孫々恨み続けるなんて……私には……」
「じゃあ……!」
「でもね──……あなたを許すことは、もっとできなかったの」
私にはあなたを許すことも、恨み抜くこともできない。いっそその命を奪うことができたら、どれだけ楽だっただろう。でもそんなこと、私にはできない。
だから私は、私にできるやり方で、あなたを……──。
夫の心が私の元に戻ってきた今、心残りはなくなった。熱に浮かされた夫の、恋の病は治ったのだ。私の看病はもう必要ない。
荷造りはあっという間に終わってしまった。
「この花瓶も持っていくわね。あなたが私に贈ってくれた、大切な思い出だから」
夫はまだどこか、言い訳を探しているように見えた。
「……そうだわ。私ね、医院で助手をさせてもらえそうなの。診察や研究のお手伝いも……。今お世話になっている先生はね、この流行り病の第一人者なのよ」
花瓶をトランクに入れ直して、夫のほうを見た。
「もしこの先、あなたが私以外の誰かと幸せになろうとしたなら……私、あなたの症例を元に研究論文でも書こうかしら。もちろん名前は出さないけれど、わかる人にはわかる書き方をしてしまうかもしれないわ。あなたが子供ができない身体だと……たくさんの人に、知られたくはないわよね?」
相手があの恋人ではなかったとしても、私以外の誰かと幸せになるなんて許さない。
あなたの心は私のもの。最後の最期の時まで、ずっと。
「なんでっ……! なんでだよ! あんなに愛し合っていたのに! もう僕に、少しの気持ちもないって言うのか……?!」
やっぱり、夫は何もわかっていない。
「……今までありがとう。そして、さようなら。私、あなたのことを……──」
夫を一人残して、家の扉を静かに閉めた。
最後に何と言いたかったのか、自分でもよくわからない。
あなたへの気持ちは、とても一言では言い表せないから。




