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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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煌びやかな世界の裏側で

掲載日:2026/02/16

「……では、それじゃ始めますね」


「よろしくお願いね。終わったら教えてちょうだい」


「はいわかりました」


 依頼人である小太りの中年女性に会釈してから、俺と同僚二人はダンジョンに向かった。

 場所は女性の自宅裏庭。

 二方を壁に囲まれた、隅っこの角のあたり。



 そこに、ダンジョンの入口が発生していた。



 中から魔物が出てこられないように板が何枚も置かれ、その上に、レンガやコンクリートブロックなどの重しが適当に乗せられてある。

 のける。

 ただ置いてあるだけなので、手こずることなどない。


 板や重しの下にあったものは、見慣れた石造りの階段。

 オーソドックスな入口だ。

 下から上ってくる人と上から降りてくる人がやっとすれ違えるくらいの幅しかない。


「反応は?」


 機器を操作している同僚に尋ねる。


「……Cランク。発生したのが先週だというし、はは、予想通りだ。入口のサイズも小さい。こんなものだろ」


 同僚Aが(どこに面白さのツボがあったのか俺にはわからないが)笑いを交えて答える。


 便利な機械だ。

 ダンジョンから放たれている波長だかを関知してるらしいが、機械音痴の俺にはよくわからない。 


「この庭にスライムや角兎がウロついてるのを、依頼人が目撃したそうだ」


「それ、どうなったんだ?」


「叩き殺したってさ」


「これでか?」


 別の同僚が、壁を指差す。


 同僚Bが指差したダンジョン入口のそばの壁に、長めの棒が立て掛けられていた。

 下になっているほうに、小振りな、叩くための部位がついている。木製の槌のようだ。


 叩き棒。

 身も蓋もないネーミングだが、意外と親しまれている。安くて使いやすいし、軽くて丈夫なので、どこの家にも一本はあったりする。


「それだろな。素手でやるわけないし。いい運動になったとか言ってたぜ、あのおばさん」


「運動ね。ま、その程度の魔物退治なら、ラジオ体操と大差ないわな、はは」


「ははは」


 同僚Aにつられて笑ってしまった。

 こいつはちょっとしたことで笑うのだ。


「それよりも、魔石出たのかね」


 同僚Bが興味深そうに言う。

 スライムや角兎なんぞが魔石を落とすはずがないだろうに。

 相変わらず欲の深い奴だ。


「ないない。もし奇跡的に出たとしても使い物にならないハナクソだろ。なんにせよ俺たちには関係ない話だ。仕留めたのは俺たちじゃなくて依頼人なんだからさ。それより仕事だ仕事」


「だな、ははは」


 機器をしまいこみながら同僚Aが言う。


「そうだな。んじゃ、今日もいっちょ頑張りますか」


 肩をぐるぐる回し、同僚Bがやる気をようやく出し始めた。


「では…………これより、駆除開始!」


 いつものように高らかに告げ、俺は先頭をきって階段を降りていくのであった。





 ダンジョン。



 ある日、ある時を境に、世界中に現れた謎の迷宮。

 原因はいまだに不明。

 学者やコメンテーターや政治家や宗教家が自説珍説推測妄想をベラベラ垂れ流してはいるが、決め手となるものはない。


 だからといって、話題の種にするだけで、何もしないで放置……というわけにはいかなかった。

 地球上にいない種類形状の生き物──魔物が、あちこちのダンジョンから姿を現し始めたからだ。


 怪我人が出た。

 死人も出た。

 怯える者も多かったが、こちらからもやってやるとばかりに逆に乗り込んだり、力試しで挑んだり、自暴自棄になって死なばもろとも自殺のつもりで入ったり、配信のネタにしようと面白半分に潜り込んだりと、さまざまな理由でダンジョンに踏み込む者が続出した。

 怪我人も続出した。

 死人も続出した。


 そんな中。


 特殊な力に目覚めた者も現れた。


 スキル。魔法。身体能力の異様な向上。

 次第に彼ら彼女らは、迷宮探索者、迷宮冒険者、迷宮挑戦者、迷宮配信者などと呼ばれたり名乗ったりするようになっていた。

 最初のほうこそ非合法な行為として規制されていたものの……やがて、法整備が驚くほどスピーディーにととのっていくと、国から公式に認められた、憧れの職業となっていった。


 役人や政治家のやることにしてはやけに素早く合法化に至った、その最大の理由。

 それは、未知の物質がダンジョン内から発見されたことだ。


 魔石。


 近年のエネルギー不足を解消して余りある力を秘めた物質。

 魔物が死ぬとその場に落とすことがある、謎の物質。

 その恩恵をもっとも受けているのは、なぜかダンジョンの発生が他国と比べて群を抜いて多い国──日本であった。


 かつて石炭が『黒いダイヤ』と呼ばれ国内を潤わせたように。

 今は、魔石が『迷宮のダイヤ』と呼ばれ、その位置に居座るようになったのだ。


 しかし。

 ダンジョンの全てが、そのような、危険と隣り合わせの一攫千金ばかりではない。


 何のうまみもない、貧弱な魔物しかいない、狭いダンジョンもある。

 初心者向けのチュートリアルにすらならない、だがほっとくわけにもいかない、粗大ゴミのようなダンジョン。

 探索する価値も、謎に満ちた冒険も、挑戦すべき難敵も、配信すべき見どころもない。

 邪魔な穴ぐら。

 誰も潜りたくない、しみったれた空間。



 ──この連中のように、そんな場所を駆除する専門の業者が現れたのもまた、世の趨勢か。





「ここまでの成果は……スライム二匹に、角兎一匹か」


 成果としては無いにも等しいな。

 こんなもの、ろくに体を鍛えていない学生でもやれる。

 体を鍛えるのと無縁そうな、あの依頼人のおばさんでもやれたくらいだしな。


「あっちにピリピリグモいたぞ」


 右のルートに行っていた同僚Aが戻ってきた。


「苦戦したか?」


「はは、するわけねーだろあんなので。むしろどうやったら苦戦できるか教えてくれよ」


 ペシペシと愛用の槍で自分の手の平を軽く叩きながら、同僚Aが笑う。


 そこに、左のルートを調べ終えた同僚Bが来た。

 こちらは二刀流だ。

 だが、剣や刀ではない。

 中国武術で使われる、三股に分かれた、切るのではなく刺すための武器──サイを両手に持っている。


「こっちはスライムばっかりだったよ。といっても三匹だけだが。魔石は……やっぱわかっちゃいたが落とさねーな」


「まだ言ってんのかお前。期待するだけ損だよ損。こんな雑魚中の雑魚どもがそんなありがたいもの落とすかよ。夢見んなって」


「夢くらい見る自由はあるだろ」


「家帰ってから布団の中で見るんだな、はっははは」


「るせぇ!」


「そう、すねるなすねるな。お前だってわかってただろ? ……さて、左右はもうこれで調べ終えたし……何もなかったなら、やはり本命はこの先かな?」


 本命。

 それはダンジョンの核、すなわちダンジョンコアのことだ。


「さっさと壊して終わろうぜ。場所が場所だ。どうせ手間のかかるサイズや固さじゃないだろ」


 叩き棒よりずっと破壊力のある、長柄のハンマーを肩にかけて、正面のルートを進む。

 同僚二人も、軽い口喧嘩をしながらもついてきてくれている。


 ハンマー、槍、サイ。

 それぞれが手に持つのは、違う武器。

 各自が一番使いやすいものを用いるのが、暗黙のルールとなっている。

 一応、会社から用意された武器もあるが、使いなれないものを使って怪我をするのも馬鹿馬鹿しい。ちなみにその用意された武器が同僚Aの使っている槍だったりする。


 さて。

 いつものように、ササッとブッ壊して仕事を終えるとしようか。

 ムダがなく手早く要領よくやるのが一流の仕事人だ。

 自分がそこまで一流かどうかはわからないし、世間様の目には、まともなダンジョンに潜れない半端者としか映らないのだろうが……。


「だとしても、やれることをやらなきゃ生活できないからな」


 二人に聞こえない程度の声でつぶやく。





 学生時代。

 教師引率のもと、ダンジョンに潜り、いろいろと実技を学び成長もした。

 独学ではあったが、自宅でトレーニングもした。


 が、スキルや魔法に目覚めることもなく、身体能力の上昇も少なめ。みそっかす。


 卒業後、クラスメートだった連中の誰からもパーティ入りを誘われず、入ろうとしても、やんわり拒否された。

 実力不足。

 才能不足。

 誰も欲しがるはずがない。

 やむなく一人、ソロで頑張ってみたのだが……やはり能力が劇的に向上するなんて漫画みたいなことはなく、成長は微々たるものだった。


 才能ある奴らが成功して、金や名声を手に入れていくのがまぶしかった。

 ほどほどの才能持ちがほどほどに結果を残していくのを見させられ、歯がゆかった。

 自分は、あいつらのようにはなれない。

 一流にも二流にもなれない。


 昼間のバイトや、たまに手に入る質の悪い魔石を売ったりして、食いつなぎながら配信者の道を目指していたが、芽が出ることもなく、ついに泣く泣く諦めた。

 それからしばらく、何もやる気が起きず、くすぶっていた。

 テレビをダラダラ見るか、スマホでダンジョン配信動画を見るか、レトロに片足突っ込んでるゲーム機を起動させるか、古本屋で買ってきた漫画とか読むか、そのいずれかをたまにやるだけ。


 ふと、昔のクラスメート達がどうしているか気になり、色々検索してみると。

 何人かは一流の配信者や冒険者となり、実績も積んで成功していた。なかなかの有名人になっていた。


 嫉妬。


 その二文字が、頭を何度も何度も、嫌がらせのように繰り返しよぎった。

 自分の情けなさが身に染みた。

 それと同時に、うまいこと成功したんだなこいつら──という、同郷への応援にも似た気持ちも生まれていた。

 身なりも立派なものだ。

 安物しか身につけてない俺とはあまりにも違う。住む世界が違うとはこういうことかと思った。

 自分もこうなりたかった。ファンにちやほやされたり、他人に元気や希望を与えたり、才能をフル活用して大儲けしたかった。


 動画の中では、見覚えのある顔が笑っていた。

 惚れ惚れする笑顔だった。

 俺はこんなふうにはもう笑えない。学生の頃に才能のなさをひたすら突きつけられた時に、明るい笑顔は枯れ果てた。

 手持ちには、愛想笑いと苦笑の二つしか、もうない。


 やはり諦めるしかないようだ。

 違う道に進むか、泣く泣く親元に戻るか。

 アパートの一室で貯金を切り崩しジリ貧になりながら、実家に帰るかどうか迷いながら腐っていた時。

 求人サイトをだらだら流し読みしていたらこの仕事をたまたま見つけ、面接を受け、合格し、今にいたるのである。


 やはりダンジョンと縁を切りたくはなかったのだ、俺は。

 どんな形であれ、ダンジョンに関わりたかった。

 その未練がましい思いから、この仕事を選んだ。

 他に潰しがいまさら効かなかったというのもある。なにせ、これしかやってこなかったのだから。


 同僚二人も、そんな感じだったらしい。

 まあ、こんな仕事につく人間は、だいたいがそうだろう。


 以前、酒の席でお互い語り合ったことがある。

 自分らは栄光あるレースを早々に棄権した三流だと。周回遅れになる前に見切りをつけ、無駄にもがいて恥の上塗りをすることを避けた三流だと。

 しかし世の中に必要な三流だと。

 それでいいじゃないかと、安い居酒屋で、そう互いをなぐさめ合ったものだ。



「……ん? あれ、もうか」


 自問自答に気を取られすぎていたようだ。


 ダンジョンコアは半壊していた。

 いつの間にこんなに殴りつけていたんだ俺……ここまで仕事に慣れると、物思いにふけりながらでもやれるんだな……。

 まあ、俺だけがひたすら攻撃してたわけじゃないが。三人がかりだしな。


 もう、あと少し。

 もうちょい殴ればこいつも限界を迎えて砕け散り、このダンジョンもおしまいとなるだろう。

 そうなれば依頼は完了。

 依頼人と細かいやり取りをいくつか交わしてから、会社に戻ることになる。駆除代をその場でいただくか、後から振り込んでもらうか選んでもらう。



 ──そして。


 ダンジョンコアが砕けた。



 あとはもう、ほっといても自然にここは消滅していく。

 そういうものなのだ、ダンジョンとは。

 消えるまで長くても数日かかるだろうが、こうなれば、もう魔物が出てくることはないし、危険はほぼない。

 それでも、板と、板が動かないように置いていた重しを、入口の上にまた戻しておいた。庭の一角にダンジョンの入口が開きっぱなしのままだと、依頼人やその家族もなんか気持ち悪いだろうからな。


 これが、いつもの仕事。

 日本の片隅で、地味にダンジョンと関わる者たちの日常だ。





「次はなんだっけ、隣の市の幼稚園だったか?」


 一仕事終え、車内にて。


「ああそうだ。建物の裏に、オオダンゴムシばかり出るダンジョンが現れたとか。電話の向こうで保母さんが半泣きしてたらしいぜ」


「ははっ、オオダンゴムシ。よりによってスライム並の雑魚の巣かよ。ショボいねえ。入る気も失せるわ」


 オオダンゴムシ。

 ただのでかいダンゴムシ。

 小学生でもタイマンで負けそうにない魔物だ。


「だから俺たちの出番があるのさ」


「魔石は絶対に期待できそうにねえな……ひっでえクソダンジョンだ」


「その代わり楽でいいだろ。さ、さっさと行くぞ。そのクソダンジョンが俺たちを呼んでいるからな。あまり待たせたらかわいそうだ」



 脚光を浴びることもなく。

 時の人になることもなく。

 ただ、日々淡々とダンジョンを駆除して、給料日には割と悪くない額の入った封筒をもらい、顔見知りな人気ダンジョン配信者の動画をうらやましそうに恨めしそうに視聴し、愛用の道具の手入れを欠かさず、たまに身体能力が上がったり小さな魔石を得たりして喜び、同僚とくだらないことで揉めたり、コンビニの焼き鳥をつまみに発泡酒を飲んで寝る。


 もう背伸びはしない。

 これでいい。

 このままでいい。

 それが自分の身の丈にあった生き方だと、会社名の書かれたワゴン車に仲間ともども揺られながら、俺は妥協と納得をするのだった。

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