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第8話 神ちゃんと“クラウドファウンディングス”

 ああ……妹に嫌われた。妹に嫌われた。おしまいだぁ……おしまいだぁ。


 墓石は絶望の淵に立っていた。

 昨日の夜、実の妹である墓石直(はかいしなお)にひどく怒られたからである。


 この世の終わりじゃ。もう命狙われているとかどうでもいい……何もかもどうでもいい……


 登校中、心にダメージを負いすぎたせいか、足取りも右へ左へフラフラとおぼつかない。


 家を出て、数歩歩いたところで、またあの不吉な髪色が目に入った。

 昨日、少女が倒れていた交差点に、倒れていた少女が立っていた。

 腕組みをして、キョロキョロと往来している人達を観察している。

 そして、墓石の姿に気がつくと、全速力で走ってきた!


 墓石の目の前で立ち止まり、両手をひざに置き、下を向いて息を整えながら話す。


「ぜぇ……ぜぇ……、おい……昨日の土下座の人……久しぶりだな。ぜぇ……ぜぇ……、多分なんだけどよ……わたしのろ…ギター……持ってたりしない?」


「家にあるよ。──ここで待ってろ。すぐ持ってくる」


「おおきに……! ぜぇ…」


 関西の人間ではなさそうだけど、関西弁でお礼を言われる。

 墓石は、昨日のことで(いささ)か少女に苛ついていたが、その気持ちを押し殺し、ギターを返して、早く心配事から解放されたかった。


「ほらよ」


 ギターケースを片手で持ち上げ、少女に返す。

 一方の少女は両手で受け取り、重そうに抱えながら、背負い直した。


「いや〜、本当に色々と悪かったね! お兄ちゃん」


「────時に、お兄ちゃん?」


 そう言いながら、怪しい視線を墓石に向ける少女。

 墓石の身体を頭のてっぺんから足の爪先に至るまで、舐めるように眺め回す。


「いい身体をしてるじゃぁないか。ちょっとさー、わたしに協力してくれないか?」


 手をワキワキさせながら、空中で何かを揉むジェスチャーをする。


「いや……何を協力させようとしているか分からないが、止めとくよ! 正直、もうお前に関わりたくない」


 身の危険を感じ、断りを入れる。


「えっー!? まだ何も協力してもらう内容を言ってないのに!?」


「何も言ってなくてもヤバそうなことに誘い込もうとしてることは十分分かった」


 じゃっ! と片手でお別れのジェスチャーをした後、学校へ向かおうとする墓石。しかし──


「頼むよおおお! 君にしか頼めないんだよおおお!」


「うるせえ! 離れろ!」


 少女は墓石の腰周りにしがみつき、遠くへ行かせないようにする。

 周りの通行人は、ヤバい二人だと思い、見て見ぬふりをして遠巻きに通り過ぎていく。 


 早く学校行かねーと、遅刻するってのに……!

 昨日も無断欠席したから、さすがに二日連続欠席になるのはヤバい!


 少女を振り払おうとするも、しがみついて離れない。すると、遠くから─────


「あー! 見つけた!」


 という、別の女の声が聞こえた。

 その女の声に、墓石にしがみついている少女が反応する。


「おっ、石川氏おはよう! こんなところで何してるの?」


「『何してるの?』はこっちのせりふよ。こんなところで何してんの!? 電話にも出ないし」


「携帯をどこかに忘れてきちゃった!」


「えー!? またー!?」


 この石川という女性──少女の知り合いのようだ。墓石は、すぐさまこの登場した女性に少女を引き取ってもらおうと思った。


「あの……すみません? このちびっ子の保護者かなんかですか?」


「……? まあ、そんなところです。この子とは同い年なんですけど」


 石川さんの見た目は、ぱっと見大学生くらいの年齢に見える。片や黒髪金髪ミント髪少女は女子中学生にしか見えない。


 ────同い年? 見えねえ……

 まあ、そんなことはともかく……


「さっきから、こいつにつきまとわれて迷惑してるんです。連れて帰ってもらえませんかね?」


 話が分かりそうな石川さんに交渉する。


「はい、もちろんです。迷惑かけてごめんなさい。さあ、帰るよ。(かみ)ちゃん」


「いーやーだ!」


 まるで、駄々をこねる子どものようだ。うちの直の方がよっぽど大人びて見える。

 ───それにしても、この少女の名前。“(かみ)”というのか。神木(かみき)? 神山(かみやま)? 神村(かみむら)

 もしかすると、(じん)という苗字であだ名が“(かみ)ちゃん”というのかもしれない。


 神ちゃんと石川さんのやり取りを聞きながら、呑気にそんなことを考えていた。


「石川氏聞いてよ! なっちゃんの代わりを見つけたんだ!」


「えっ?」


 その言葉を聞いて、石川氏が神ちゃんを引き剥がそうとするのを止める。


「見つけたって……まさか……なっちゃんの代わりってこの人のこと?」


 石川の視線の先には墓石がいた。

 墓石は状況を今一つ飲み込めずにいたが、面倒事に巻き込まれる予感が徐々に強まってきた。


「……確かに、力強い両腕の筋肉で、体格もいいわね。スポーツも得意そう」


「強面なビジュアルもいいでしょ?」


「確かに、バンドメンバーにいてもいいわね」


 勝手に話が進んでいくことに身の危険を感じ、墓石はこの場をすぐに去ろうと試みる。


「あの……盛り上がっているところ悪いんだけどさ。そろそろ学校行かなきゃ行けないんだよね。俺皆勤賞だからさ。休みたくないんだよ」


 昨日の時点で、皆勤賞はもう達成できなくなったが、嘘でも皆勤賞を引き合いに出せば、見逃してもらえると思った。


「だから、助けてやりたいのはやまやまなんだけどさ。学校向かうわ。じゃっ」




「────大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 ピリリリリリッと、墓石の携帯が不意に鳴り響く。


 何だ!? 家族の番号しか登録されてねーのに……!

 携帯が鳴った!? 誰だ?


 ピッ──通話ボタンを押す。


「あ……兄貴?」


「お……おう、直か? どうした?」


 妹からの着電だった。昨日のことがあったから、絶妙に気まずい空気が流れる。


「さっき、敷織(しきおり)高校の大澄先生から電話があって、兄貴のクラス、風邪や忌引とかで、クラスの半数以上が欠席になるから、急遽学級閉鎖にするんだって。だから、今日は学校休みらしいよ」


「えっ!? マジか!? それは……困る!」


「いや……困ると言われても困る。じゃあ、わたしは学校行くから……切るね」


 直は容赦なく電話を切った。

 これで、学校に行くから───という理由で逃げられなくなった。


 電話から漏れ聞こえた音で、墓石の予定が空いたことを察したのだろう。

 神がこちらをニヤニヤしながら見ている。


「なっ? 大丈夫になったろ?」


「“大丈夫になる”って何で分かったんだよ?」


 神は直からの連絡が来るより前に、《《大丈夫》》と言った。まるで、学級閉鎖を前もって知っていたかのように────


「なぜ分かったって? ……うーん、まあ強いて言えば────」


「──わたしは運がいいからな。全ての出来事はわたしの都合の良いように進んでいくからね」


 何を言ってるんだ、こいつは……? 本気で言ってるのか?


「神ちゃん、その言葉好きよね」


「じゃあ、一緒に行ってくれるか? ええと────」


 神は俺の名前を呼ぼうとして、口ごもった。


 あれ……? 一回名乗ったはずだけど……もしかして、俺の名前忘れてる?


「墓石だ」


「そう! 墓石! ──ん? ──ちな、下の名前は?」


「優一……墓石優一だ」


「墓石優一か! ……えっ!? 墓石優一!?」


 神は、何故かすごく驚いている様子だった。珍しい苗字だからだろうか。


「──墓石優一。なんか……」


 何かを思い出そうとするように腕組みをして考え事をする神。


「墓石……墓石……はかいしん! 破壊神! (かみ)! わたしと一緒だな。じゃあ、君の名前はそこからとって、“カイシン”と呼ばせてもらおう!」


 何か考え事してると思ったらそんなことかい!

 そして、頭の文字の“は”は何故取られたのか……?


「そう言えば、申し遅れてたね。わたしは(かみ)だ! 気軽に“(かみ)ちゃん”って呼んでくれ」


「わたしは石川です。よろしくお願いします」


 神ちゃんと石川氏──先程の2人のやり取りで、何となく名前を把握していたが、改めて自己紹介される。


「よろしくお願いします」


「────で、神ちゃんは俺に何を協力させたかったんだ?」


 墓石は観念したように、神に尋ねた。


「まあ、見ての通り、わたしらは音楽をやってる者でね。この石川氏と、(しん)くんと……あと、なっちゃんってメンバーの四人でバンドを組んでいるんだ」


 初めて聞く名前だが、“晋くん”、“なっちゃん”というメンバーが他にもいるらしい。


「──で、そのメンバーの1人であるドラム担当の“なっちゃん”が、学業に専念したいとかで、最近バンドを脱退しちゃったんだよね」


「ふーん、それは残念だったな」


「そうなんよ……そこで、代わりのメンバーを探していたところ、────カイシンを見つけたってわけ」


「えっ……」


「ギターケースを軽々しく持ち上げるその筋肉! そして、強面でパンチのキいてるフェイス! 風貌がもうバンドマンっぽいってビビッときたんだよね! ──脱退したなっちゃんの代わりに、ドラム担当として、加入してくれ! カイシン!」


 “顔が怖い”って言われるのちょっと気にしてるんだけどな…


 神は、両手を合わせて、すり合わせる。名前“神”なのに、祈っている。


 石川は無言で隣で事の成り行きを見守る。


 墓石はバンド活動をする自分を想像してみた。過去にバンド活動をやったことはないが、これを機に始めてみるのも悪くないかもしれないと思い始めていた。

 偶然だろうが、今日学級閉鎖になったのも何かの縁だと思って、チャレンジしてみるか、と。


「神ちゃん──石川氏──、協力するよ。ドラムなんて全然やったことねーけどな。──それで、このバンドはどこかで演奏とかしてるのか?」


「いんや。まだ結成したばかりで、人前で演奏はしたことはないよ」


「そうなんだ」


 まだできたてほやほやのグループらしい。


「でも、目標はあるよ! 今年の夏に瀬海(せかい)市で開催される“ワールドライブ”に出場が決まってるから、そこに向けて目下練習中!」


「ワールドライブ!?」


 ワールドライブ──瀬海市の人間に限らず全国的に知名度のあるイベント。日本でも有数の大規模な夏フェスである。有名アーティストも多数出場し、観客も10万人を越える規模で毎年参加している。

 地元の有名なイベントであるが、墓石はまだ行ったことがなかった。

 そんなやつが、いきなり出場者として参加することになるとは、人生は何が起こるか本当に分からない。

 と、ここで墓石は一つの疑問を抱く。


「────というか、何でそんなでかいイベントに結成したての無名バンドが出られるんだ?」


 本来であれば、テレビに出るような有名なグループだけが出場できるイベントのはずなのに。


「たまたま運がいいことに────わたしの親戚が運営側にいたんだよね。ギャラ無しを条件に、出場させてもらえることになったんだ!」


 また“運”か。さっきも“運がいい”と言っていたな。さすが“神”と名乗るだけのことはある。


「なるほど。おもしれぇじゃねえか。じゃあ、早速ワールドライブに向けて練習しようじゃねーか!」


 日本中のアーティストが集まるビッグイベントに、自分も参加できるということに、いつの間にか気分が高揚していた。


「何だよカイシン! 急に乗り気じゃーん!」


「やるからには、本気でやりてーからな」


「じゃあ早速スタジオ行こう! 晋くんはもう来てるよね!?」


「そうだね、うちらも行こうか。これからよろしくね“カイシン”」


 石川からもカイシンと呼ばれて、むず痒くなるような嬉しさがあった。


「よろしくな! ──ところで」


 スタジオに向かおうとする神と石川に呼びかける。それは、もう一つ肝心なことを聞き忘れていたからである。


「どうした? カイシン」


「──ところでよ、このバンド名は何て名前なんだ?」


「うちらのバンドの名前は────“クラウドファウンディングス”!!」


 クラウドファウンディングス────なんかダセェ……


(しび)れただろ?」


「……いや」


「え〜、痺れろよ〜。わたしなんてこの名前を思いついた時、めちゃめちゃビビッときたのに」


 こいつが命名したのか。ダセェと思うけど、でも一周回ってこういう名前の方が逆にセンスがあるのかな?


 墓石はバンド名には疑問を抱きつつ、神と石川の後について行き、練習会場であるスタジオへ向かうまた。



 クラウドファウンディングスのカイシン──

 ワールドライブへの出場まであと八十四日。


続く

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