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第6話 計算式

六月六日 午前五時 快晴

 渋津野図書館(しぶつのとしょかん) 一階 書庫(現在は卓球場)───


 今日は墓石 優一(はかいし ゆういち)春野 由良(はるの ゆら)の最終決戦の日である。


 墓石は単 千尋(たん ちひろ)に協力してもらい、卓球の練習を朝の五時頃まで続けていた。


「単さん、ありがとうございました。こんな時間まで練習に付き合っていただいて。それでは最終決戦行ってきます」


 単は、眠気と疲労で、立つのもやっとの状態だ。


「いや、いいんだよ……わたしの命もかかってる話だからね……」


 単は、ふわわ〜と大きな欠伸をしながら、近くの本棚に寄りかかっている。今にも寝てしまいそうなくらい、上瞼が下瞼にくっついている。


「眠そうですね」


「眠いよ。だって、墓石くんが寝かせてくれないんだもん。いつも朝まで練習するけど、君は眠くないのかい?」


 この練習はなんと十七日間続いている。そして、毎回朝五時まで練習した後、墓石は登校するのである。一睡もせずにだ。

 墓石は十七日連続で徹夜している。

 単の口調もいつもとは違く、眠気のせいで少し幼くなっている。


「眠く…ないですね。まあ、命かかってますし、真剣にやらないとなんで」


「そうか……、君達は《《似た者同士》》やんな………まあでも、頼もしい限りゃ……」


 眠気の限界が来たらしく、卓球場にへたり込むようにして寝落ちした。

 単の小さな寝息のみが聞こえてくる。


「単さん、行ってきます。ありがとうございました」


 寝てしまった単を起こさぬよう小さくお礼を残し、墓石は学校に出発した。


 扉の閉まる音で単も一瞬だけ目を覚ます。


「……行ってらっしゃい、墓石くん」


 そう呟くと、単はそのまま夢の中へと旅立った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

六月六日 午前八時


 墓石優一は学校に来ていた。

 普段通りに登校し、一限目の授業を受けている。


 春野由良も同じく、普段と変わらない様子で授業に出ていた。


 お互いに登校してから言葉を交わしていない。


 一限目〜五限目まで、何も特別な事はなく、淡々と一日が消化されていった。


 そして、下校時間────


 いつも全ての授業が終わり、下校時間になると勝負が行われていた。


 敷織高校(しきおりこうこう)の卓球場に二人は来ていた。大勢のギャラリーも。


 すでに墓石は卓球のユニフォームに身を包み、ラケットの保護フィルムを剥がし、試合の準備を整えていた。


 春野由良も同様にユニフォームに着替えを済ませており、今は試合前のストレッチを行っている。


 ストレッチをしながら墓石に話しかける。


「今日もよろしくね。優一くん」


「ああ、今日こそは負けねーよ」


「わたしだって負けないよ! いい勝負にしようね!」


「いや、春野──、今日でお前は負けるんだよ」


 ストレッチを続ける春野を睨見つける。

 墓石の様子がいつもと違うことに、違和感を覚える。


 今日の墓石優一は《《自信》》に満ち溢れている──?

 一体なぜ?


「優一くん、怖い顔してどうしたの? 今日の勝負は卓球なんだからさ──もっと気楽にやろうよ。別に本気で勝つ自信がある訳じゃないでしょ?」


「──それとも、何か勝つ秘策があるのかな?」


 春野がストレッチを終えて、ラケットを持ち、卓球台の正面に立つ。


 いつもの余裕の表情とは程遠く険しい顔で墓石を睨みつけていた。

 今は墓石の方が余裕の表情を浮かべる。


「秘策ならあるさ。お前の《《自信》》とやらを攻略する秘策がな」


「本当かな? 嘘を付くのは自由だからね。また

──いつものとおり──わたしに負けることになると思うよ」


「そうかもしれないな、だから春野──今回は本気で勝負することを約束するよ。その証拠に──」 


「────いいことを教えてやる」


「いいこと?」


「ああ。単千尋は渋津野図書館というところにいる」





「はあっ!!!!!!??????」


 思わぬカミングアウトにいつもの春野のキャラが崩れる。


「優一くん、正気!? まだ勝負はついてないよ? ここで単千尋の居場所を喋っちゃったら、これから卓球する意味ないじゃん。どういう意図があるのかな?」


 揺らされる──揺らされる──春野由良が揺らさている。


「どうもこうもない。今回の卓球が俺の中で一番自信がある勝負なんだ。これで負けたら、残りの勝負はやるまでもなく、俺は負けるよ」


「何でそこまで……? なら、もう帰ろうかな。──というか、勝負しなくていい? それなら、わたしはもう図書館に行きたいんだけど」


「それでも構わねぇよ。でもよ……お前は《《俺の命》》も今回の目的に入ってるんじゃないか? 卓球でお前が勝てば、《《自信》》を失った俺は死ぬんだろ?」


「そうなるね……」


「だからそのためにも、お前は三十本勝負をやりきらなければならない。それがお前が作り上げた《《秩序》》なのだから」


「悔しいけど、君の言うとおり。わたしは、この勝負から逃げられない」


「そうだろ?」


「なら一つ教えて。なぜこのタイミングで、単の居場所を教えたの?」


 揺らされる──春野由良は揺らされる──


「背水の陣ってやつさ。なぜなら──俺は卓球で春野由良に勝つ《《自信》》があるからな」


「《《自信》》ね。まあ言うのは自由だからね」


 ギャラリーは春野と墓石のやりとりを黙って見守る。

 100名以上が押し寄せている卓球場には音一つ無い。


「春野由良。お互いに本気でやろうぜ」


「グダグダ言ってないでさっさとやろうよ。これが《《さいご》》の勝負になるんだから。───最後じゃなくて最期のさ」


 春野がラケットを構える。


 墓石もそれに釣られて戦闘態勢に入る。卓球の戦闘態勢に。

 しばらく二人が睨み合いをしてると、その空気を壊すように割って入った人物がいた。


「では、この勝負の審判は僕がやりましょう」


 大澄 衛時(おおすみ えいじ)が突然現れた。手には卓球の試合で使う点数カウンターを持っている。


「やっと出てきたか」


「《《やっと》》というか、ずっと見てたよ。君が十八回負けるところをね」


 墓石のムッとする表情に、爽やかな表情を向ける大澄。


「でも今回は君も覚悟を決めたみたいだね。春野由良とのラストバトルってわけだ。それならば近くで見届けさせてもらうよ。春野さんもいいよね?」


「勝手にどうぞ」と冷たく言う春野。


 観測者 大澄衛時が審判を名乗り出たところで、試合が始まる。

 試合のルールは、一セットあたり十一点の、二セット先取三セットマッチで行われる。


 春野と墓石は軽く二、三回ラリー打ちを行った後、じゃんけんによってサーブ権を決める。


 一セット目のサーブは春野から開始となった。


「じゃんけんでさえ、わたしの勝ちだね」


「本命は卓球(こっち)だろ。勝ち誇るのは二セット取ってからにしな」


 春野のサーブを繰り出し、試合が始まった。

 そのサーブは、えげつないほど下回転のかかっている球だった。


 この球はネットを越えないよ、優一くん。

 少し練習したみたいだけど、それじゃあわたしに勝てないんだから。


 しかし、墓石優一は難なくその球を捌き、春野のコートに返す。


 あれれ? 回転量が足りなかったかな?じゃあこれはどうかな。


 春野はさらに下回転をかける。その球の軌道は低く深い、返球のしづらい球。


 しかし、それも難なく墓石は返球した。


 もしかして、優一くんは下回転の処理だけ頑張って練習したのかな? じゃあ、逆に攻めた方がいいのかな。


 春野は大きく振りかぶり、球に強烈な上回転をかけてドライブさせる。


 せいぜい動揺してよね! 優一くん!


 しかし、当の墓石優一は至って冷静。

 春野のドライブを見て、ラケットを構える。


 先程の下回転処理のための構えではなく、スマッシュを打ち込む構えである。


「春野由良────、やっと俺の事を見誤ったな」


 春野のドライブをスマッシュで打ち返す。打ちこまれた球は、春野のコートでワンバウンドした後、春野のラケットをすり抜け、後方にいるのギャラリーの中に消える。

 大澄が墓石側の点数カウンターをめくり、カウントは1-0となる。


「その動き、昨日今日で練習して会得した技術じゃないね?卓球経験が無いというのは嘘だったのかな?」


 春野の問いかけに圧を感じる。

 ギリッと墓石優一を睨む。

 その眼光は鋭く、墓石を睨み殺しそうな勢いである。


「嘘じゃねえよ──」


 墓石は、トントンとラケットで肩を叩きながら余裕の笑みを浮かべる。


「──俺が卓球の練習を始めたのは、お前に“三十本勝負”を持ちかけられて、一つ目の勝負“テニス”で負けた日からだ。それ以前に卓球なんかほとんどやったことなかったぜ」


「一つ目の勝負──“テニス”の時から?」


「ああ、テニスの後から、卓球勝負で勝つことに焦点を絞って練習していた」


「なぜ、卓球なの?」


「単さんが得意だから。高校時代に三年間ずっと全国一位だったんだってさ」


「単千尋が!?」


「──そう。それでお前にテニス勝負で負けたその日から、単さんに卓球の稽古をつけてもらってたってわけ」


「──十七日連続で、夜八時から朝五時まで」


「そんな────」


 それは、春野由良が各勝負の前日に行っていた、体育館貸切練習と似ていた。


《《わたしと同じような練習方法を卓球のみに絞って、十七日連続でやっていたの》》!?


 春野由良も、“三十本勝負”が始まってから、一睡もせず、夜中は次の日の勝負競技の練習をしていた。

 墓石優一と唯一違うことは、春野は次の日の勝負種目のみを一夜漬けでプロの領域に達するまで練習していた。

 その度に、各国のプロの選手達を拉致して連れてくるという荒業を使っている。


 一方の墓石優一は、卓球のみを一夜漬けでひたすら練習していた。いや────十七日連続だから十七夜漬けである。


「そう。始めから他の勝負は勝つ気が無かったってことね」


 しかし、墓石優一にそんなことを水面下で進めている素振りは一切無かった……演技していた……?   何かを企んでいたら、わたしが分からないはずがない。それであれば、それを暴ける“自信”があったのだから。


「いや、俺は全部勝つ気でやってたさ」


「──嘘つき」


 春野は二本めのサーブを繰り出す。

 横回転をかけているように見えるが、実のところ上回転がかかっているフェイクサーブだ。


 ──しかし、墓石優一は難なくレシーブする。ボールの勢いを殺し、ネット際に落とす高等テクニックを使う。


 春野は腕を伸ばし、何とかボールを拾うが、それが墓石のチャンスボールとなり、スマッシュが炸裂。カウントは2-0となる。


「俺は常に本気さ。だから、お前に負ける度にちゃんと“自信”を喪失して、絶望したぜ」


「でも本当は、裏でこそこそ練習していたんでしょ!? わたしに全く悟らせずに!」


 サーブ権が移り、墓石サーブからスタートとなる。


 打ち合いながら、両者は対話する。


「種明かしをするとだな。“記憶使い”のおかげで、この計画はバレなかったのさ。日中の俺は“単千尋と共に卓球の特訓をしている”ということを忘れていたからな」


 ──“記憶使い”──海川 農里(うみかわ のうり)──!? 墓石優一の記憶に無いことは、いくらわたしに“自信”があったとしても暴くことはできない。墓石から何も悟れなかったのはそういうこと!?


 また墓石が打ち合いを制する。


3-0


「もうひとつ教えてほしいな。なぜ十九番目という中途半端な勝負で、その“自信”のある卓球を持ってきたの?」


 打ちながら喋る春野。しかし、息があがっている様子はない。


「終盤の勝負だと、《《俺が何かを仕掛けてくる》》とお前が疑う可能性がある。かと言って、早い段階で仕掛けるには、俺の卓球の実力が、お前の一夜漬け練習にはまだ勝てないと思ったからだ────」


「──その絶妙なラインが十九番目の勝負だったんだ」


とは言え、と一言付け加えながら、春野のコートにスマッシュを打ち込み一点を取る。


「“十九”という数字は単さんが《《探して》》きた数字だ。────“(さが)し使い”が探してきた数字を信用しない理由ってあるか?」


4-0


「俺とお前はよく似ているって、単さんは言ってたぜ」


「似ている?」


「俺とお前は相手に勝つために、奇しくも同じ方法を取っていたのさ」


 真夜中の練習──睡眠無し──プロ級のプレーヤーを相手にひたすら試合──


 墓石優一と春野由良の唯一の違いはその練習量。一日か十七日かの違いのみ。


「だからって、純粋にいっぱい練習すれば、強くなるって簡単な理屈じゃないでしょ!?」


5-0


「そうだな。俺も努力は量より質だと思ってる。その質によって、実力の差は生まれる。普通ならな。──普通の人間ならな」


 ここまで墓石に説明されて、春野も段々と理解してくる。


「───わたし達は、秩序を乱す者。“破壊使い”と“自信使い”。優一くんは、《《わたし達の計画を破壊するため》》。わたしは《《墓石優一に勝つ自信をつけるため》》。それら秩序を作るために、それぞれ練習していた。その結果、お互いに質のいい努力をしていたということなのかな?」


「そのとおり。そして、俺達のスタート地点(卓球の実力)は同じくらいの体育の授業でやったくらい。すると簡単な計算式ができる──俺達二人にしか当てはまらない計算式がな」


 『元のポテンシャル+質のいい努力×努力した日数=卓球の強さ』──!

 元のポテンシャルと努力の質が同じであれば、練習量が実力の差に直結する!


 そんな──そんなことになっていたなんて!? 今のわたしでは勝てない!? 優一くんに負けるの!?


11-0


 一セットも取られることなく、墓石優一は一セット先取した。


「優一くん、──いや“破壊使い”さん。あなたを甘く見ていたよ」


「まだ一セット残ってるだろ?簡単に諦めるなよ」


「わたし達の力の差は、単純な計算式に当てはまるんでしょ? それなら、いっぱい努力した優一くんには勝てないよ」


 “自信”を完全に失った春野の動きは、一セット目と比べると動きのキレが無くなる。


「それならいいことを教えてやる。その計算式を覆すとっておきの方法がある。それはな──“気合”と“根性”だ!」


 パーンッと春野の脇をすり抜けて、ボールは台に触れず床に落ちた。

 墓石のスマッシュはアウトボールとなった。

 ここで初めて春野由良に点数が入る。


2セット目 (墓石)5-1(春野)


「“きあい”と“こんじょう”?馬鹿馬鹿しい」


 アウトになったボールを拾いに行こうとしたら、ギャラリーの中からボールを拾ってくれた人達が歩み寄ってきた。


「春野さん、負けないで! まだまだ挽回できるよ!」


「墓石のプレーも上手いけどさ。さっきみたいにミスも出てくる。粘れば勝てるかもしれないぜ!」


「試合の中盤で、墓石くんも容易に打ち抜けなくなってるよ。春野さんが墓石くんのボールに慣れてきたんじゃない?」


「いずれにせよ、春野。一セット目みたいに楽しくやろうぜ! お前も卓球上手いよ! “自信”を持て!」


「“自信”持って! 春野さん!」


「勝てるよ!」


「ファイト!」



 ギャラリーの生徒達から応援の言葉を受ける。

 その生徒達の能天気な雰囲気が腹立たしかった。

 この勝負で賭けているのは、純粋な卓球の実力の優劣ではないのだから。


 さむいなぁ……“きあい”と“こんじょう”でどうにかなったら苦労しないのよ。


 春野は、ギャラリーの生徒からボールを受け取る。


 もう勝てないでしょ。一セット目、優一くんは無失点。このセットも5-1。普通に考えてもう逆転できないでしょ。


……………………


…………


……



──でも


 腹立たしさ……と同時に不思議な感情も芽生えている。温かさ……というか、安心感……というか、希望のような。


 “きあい”と“こんじょう”じゃなくで、“自信”でわたしは、今まで勝ってきた。スポーツも勉強も、人生も……!

 “自信”はわたしの味方。わたしのパフォーマンスを引き上げてくれる最高のパートナーだった。


 改めて、応援に来てくれた生徒達の顔をまじまじと見る。


 応援か──

 今まで感じたことなかったけど、負けてる時の応援ってここまで心強いものなんだね──心地がいい。負けてるけど気持ちが軽くなる。やる気が沸く。心が熱くなる。

 ────諦めるって気持ちがどこかへ行っちゃったみたい。


 台に戻る頃には、春野の心に再び火が灯っていた。

 小さな小さな──それは吹けばたちまち消えてしまいそうな小さな灯火が。


「優一くん、諦めるの止めるよ」


「?──どういった心境の変化だよ?」


「勝つ“自信”が出てきたってことかな」


「そうかよ」


 春野は、ニヤッと笑う墓石の表情を見逃さなかった。


「何でそんなに嬉しそうなの?」


 春野の奮起ににやけてしまった。どうせ倒すなら本気の相手を倒したいというのが、墓石優一の性分だ。


「────いや、なんでもねえよ。さあ、続きをやろうぜ!」


 試合が再開する。

 点数は5-1で墓石がリード。

 しかし──


 パチンッと、春野が打ったスマッシュが墓石の脇をすり抜ける。墓石は反応することができない。


「やるじゃねーか!」


「君もね!」


 火が2つ。お互いの火を消し合うため、再び激しくぶつかり合う。


5-2


 試合は続き、点数が積み上がっていく。

 徐々に春野が追い上げながら───


5-3

5-4

6-4

6-5

7-5

8-5

8-6

8-7……

…………


 そしてついに──


10-10


 点数が並んだ。

 後ろのギャラリーも盛り上がる。

 全員が一丸となり、春野を応援する。


 カンッ──カンッ──と、ラケットとボールの音だけが卓球場に響く。


……14-13……

14-14

14-15

15-15

16-15

16-16

16-17

17-17……


 点数はさらに、積み上がっていく。

 試合は予想をはるかに越える長丁場となったが、とうとう終わりが近づいてきた。


「うおおおお!」


 墓石が強烈な音とともに放った球は、春野のコートでワンバウンドして、台から離れていく。


 それをカット(※強制的に下回転をかける技術)で相手コートに返す春野。


 墓石はそれをドライブする。


 球は春野の真正面。ラケットをバックハンドで構え、ボールのバウンドに合わせて、ラケットを前面に押し出す。


 強烈なカウンターに墓石は全く反応できなかった────しかし──


 墓石がとっさに構えたラケットに、たまたまボールが当たり、春野のコートに弾かれた。


 球の軌道は高く、その後チャンスボールになると思われたが────球はそのままネットに引っかかり、春野のコートでツーバウンドした後に転がった。


 審判の大澄が点数カウンターをめくった。

 そのカウントは────


(墓石)32-30(春野)


 これで、セットカウントは2-0となり、墓石の勝利となった。


 二人は肩で息をしながら、何も言葉を交わさず、そしてそのまま────台の傍らに倒れ込んだ。

バッターン! と、ものすごい音とともに倒れる春野を見て、周りの生徒が駆け寄る。


「大丈夫!? 春野さん!」


「生きてる!?」


「すごい音だったけど、怪我とかないか!?」


 春野は答えない……というよりもう意識が無くなっていた。


「……寝てる?」


 春野の寝息に気が付き、気絶というより、入眠したということが分かる。倒れ込んだ時の外傷も特に無いようなので、一同はひとまず安心した。


 寝息は一つではなく、墓石の方からも寝息が聞こえる。


 生徒達がホッとしたのも束の間、大澄が生徒達に声をかけた。


「じゃあ皆さん、これで二人の試合は終わりです。後は先生が二人の面倒を見るので、下校して下さい」


 大澄の声かけに、生徒達は渋々卓球場から退出した。

 どの生徒も名残惜しそうに、倒れている春野を見ながら退出していった。


 卓球場に残ったのは、眠ってしまった春野と墓石、大澄の三人だけになった。そこへもう一人──


「やあ、大澄くん、二人の勝負は終わったかな?」


 単千尋が現れた。


「終わりましたよ。墓石くんの勝ちです」


 大澄はいつもの調子で淡々と答える。墓石が勝ったというのに、嬉しさを微塵も感じさせない口調。実際、大澄にとって、どちらが勝っても心底どうでもいいのかもしれない。

 たとえそれが、上司の命が賭けられている大勝負だったとしても。


「ああ、終盤の方は、外から見ていたよ。たった二週間プラス数日の練習で、よくここまで腕をあげたものだよ。まあ、まだわたしには遠く及ばないけどな」


「春野由良も一日の練習でここまで仕上げてきたのはすごいですね。プロ同士の試合を見せられているようでした」


「それにしても、最後は負けるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。怖いねぇ、根性と気合、自信……どれも勝負に欠かせない重要な要素だ。途中まで二人の実力はほぼ互角だった。だけど最後に勝負を決めたのは──」


 ピンッと卓球台に張ってあるネットを人差し指で弾く。


「──運だったね」


「2人とも連日の徹夜に加え、練習と勝負の疲労に加え、試合が終わり緊張感から解放されたことで、寝ちゃったんだね」


 単はニヤニヤしながら、交互に春野と墓石の寝顔を眺め回している。


「今なら春野由良は無防備ですね──」


「────殺しますか?」


 不意に沈黙が訪れる。

 大澄はあくまで合理的に考え、意見を述べたのだろう。

 ここで、見逃してしまうと、後の脅威になる恐れがある。排除できるものは、排除できるうちに──そう言いたいのだろう。


「ん? いや!」


 単千尋は、大澄の提案をすぐさま否定する。


「せっかく墓石くんが頑張って平和的に解決できそうなんだから、何もしなくていいんじゃない?」


 大澄の表情は崩れない。


「それに、春野由良は“三十本勝負”という秩序を自ら作り、そして敗れた。それであれば黙っててもわたしらの前から姿を消すさ。それが──」


 “秩序を乱す者の掟。秩序を乱す者は、自身の秩序には必ず従う”ということ。


「それにしても──」


 単は2人の墓石と春野の顔を見比べる。


「2人ともいい寝顔だね。特に春野由良は、負けたというのにとても清々しい顔をしている。全力を出しての敗北は気持ちのいいものなのさ」


「そうですか」


「そうなのだよ。じゃあ大澄くん、墓石くんを家まで運んであげてくれたまえ。わたしは春野を保健室まで運んで、ベッドにでも寝かせておくよ」


「分かりました」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 単千尋は寝てる春野をおぶって保健室に連れて行った。

 春野の身長をおぶれるのは、春野より長身の単くらいである。



「単千尋、わたしに背中を見せてもいいの?」


 春野が目を覚ましたらしい。


「やあ、お目覚めだね」


「警戒心が無さすぎるんじゃない? このままあなたの首を絞め上げることもできるのよ?」


「はっはっは! そしたら墓石くんが頑張って勝ってくれた意味が無いな!」


「………」


「“秩序を乱す者は、自身の秩序を重んじる”。君は自分の作ったルールで負けたんだ。わたしには手を出せない」


「………よく言われている言葉だけど、わたしがそれを守るとは限らないんじゃない?」


「いーや、君は自分の秩序は守るはずだよ。だからこそ、それだけの力を発揮できた」


「……お見通しってわけね」


 校舎の中には夕日が差し込んできており、廊下に夕日が反射して眩しい。


「もういいわ、単千尋。後は一人で帰れる」


 そうか──と言い、春野由良を降ろす。


「三十本勝負に真っ向から挑んで負けたのなんて初めて」


「君は墓石くんにもっと感謝した方がいい。彼が平和的な解決を望まずに、本気で君を“破壊”しようとしていたら、君もただじゃすまなかっただろう」


 数カ月前の瀬海市(せかいし)のように───


「そうね、そのお礼に、あなたが図書館に隠れていることも他の人災達には秘密にしておいてあげる」


「それは超がつくほどありがたい話だが、何か裏があるのかな?」


「裏なんてないわよ。わたしが達成できなかった任務を、他の三人が容易にクリアするのが気に食わないだけ」


 春野は昇降口に向かって歩き出した。ゆっくりと夕日の光に向かっていく。


「君はこれからどうするんだい?」


「帰るわよ」


「どこに帰るんだ?」


「さあね」


 靴に履き替え、単の方に向き直る。


「今度優一くんに会ったら伝えておいてくれる? “すっごく楽しかった! また、勝負しましょ”って」


 単は、フンと鼻で笑った後冷たく言い返す。


「自分で明日伝えなよ」


「────意地悪な先輩ね」


 そう言い残して、春野は校舎から出て行った。





 その次の日から、春野由良は二度とこの学校に登校してくることはなかった。


続く

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