第4話 三十本勝負
「メーン!」バチンッ!!
もうこれで何度目だよ……
何度目の敗北……
もう止めてくれ……
春野由良が放った一打は、綺麗に墓石の装着している防具の面を上から叩いた。
「ぐあっ……!」バタンッ!
墓石は剣道場の床の上に倒れ込んだ。
竹刀を当てられたことによる頭を貫く痛みと、面を打たれて試合に負けた敗北感と、ここ数日の疲労も重なり、倒れ込んでから、すぐに起き上がることができなかった。
「はぁ……はぁ……くっそ……!」
「今回もわたしの勝ちだね、優一くん!」
床にうつ伏せで倒れている優一を、春野は見下ろしている。
春野は面を取り外し、ほとんど汗をかいていない素顔を露わにさせる。
「今回の“剣道”でえーと……十八勝目かな!」
「ああ……また俺の負けだ……」
汗が滝のように、床に零れ落ちる。
対して春野は何事も無かったかのように、涼しい顔をして立っている。
勝負が決し、その試合を見ていた大勢のギャラリーが歓声をあげる。
剣道場の中は、春野と墓石の他に、三年一組のクラスメイトほか、その後春野のファンになった生徒でいっぱいになっていた。
集まった人々は、春野と墓石の剣道の試合を観に来ていた────というよりは、春野の姿を見に来ていた。
試合が終わるとすぐにギャラリー達は春野に駆け寄って行き、飲み物やタオルを渡したり、団扇で扇いだりと、試合が終わった後の春野を労っていた。
春野の人気は相変わらずで、転校してきてからわずか三週間ほどで、クラスメイトだけでなく、他クラス、他学年に至るまで、その存在は知れ渡っていた。
転校してきてからおよそ一カ月程で春野はクラスの人気者から、学校の超人気者になっていた──!
──そして、状況が変わったのは春野だけではない。
「墓石くん、大丈夫?」
「春野さんは流石だけど、墓石くんも結構強いんだね!」
「次は勝てるよ! ファイト!」
試合後、墓石の周りにも、数名の人が集まってきていた。
名前も知らない男子生徒が墓石の肩を担ぎ、墓石を立たせてくれた。
別の、名も知らぬ女子生徒が、墓石の防具の紐を解き、楽にしてくれる。
「あ……ありがとう」
何となく──申し訳なさから、お礼がぎこちなくなる。
「気にしないでよ! 僕ら墓石くんのことも応援しているからさ!」
悪い気はしない。
高校生活三年目にして、やっと人から気さくに話しかけられた気がする。
「それじゃあ、またね! 次も応援してるよ!」
そう言い残すと、墓石の周りにいた生徒達は剣道場から出て行った。
不思議なことに、それ以外の大勢の生徒の姿もいつの間にか消えていた。つい数分前まで、あれだけ盛り上がっていたのに、今は静寂が訪れている。
今剣道場に残っているのは、墓石と──春野の二人のみ。
剣道着を着たままの春野がゆっくりと墓石に近いてくる。
「ナイスファイトだったね、優一くん。今回は負けるかと思ったよ」
「よく言うぜ、俺の打ち込みを華麗に捌ききった後、容赦なく上手く面を打ち込みやがって。──春野は、剣道の経験があるのか?」
「ううん、ぜんぜーん。学校の授業でちょこっとやったことがあるのと、テレビとYouTubeでプロの試合を数回見たくらいかな」
たったそれだけの努力でこのプロ顔負けの腕前。
天才──こいつのためにある言葉なのかもしれないな。
俺は春野に剣道で勝てる全く気がしなかった。
実は墓石優一には剣道の経験があった。小学校の習い事で六年間みっちり鍛えていたのだ。
そのため、そこら辺の未経験者にはまず負けることが無い──ましてや体育の授業でやったことがあるという程度の人間には負けるはずが無かった── しかし、《《その程度である》》春野由良には負けたのだ。
───そして、今日に至るまでに、墓石が春野に負けたのは“剣道”だけではない。
春野が転校してきてから、これまでに十八回負けている。
テニス、水泳、数学のテスト、野球、将棋、短距離走、カラテ、柔道、ボクシング、ウェイトリフティング、メンコ、腕相撲、英語力、格闘ゲーム、サッカーPK対決、バスケのフリースロー、ディスカッション、そして今回の剣道。
ではなぜ、このような状況にのか?
なぜ墓石優一と春野由良は戦っているのか?
春野との勝負──それは遡ることおよそ一カ月前から始まった──
〜今から一カ月前〜
「ねーねー、優一くん。単千尋の居場所を教えてよ」
春野が転校してきてから二日目──唐突に話しかけられた。
「悪いな。単さんの場所は俺も知らないんだ」
墓石は本音で答える。
本当に知らないのだ。
仮に知っていても教えるか気はさらさら無いのだが──
「本当にー? 実は隠してるんでしょ! 教えてよ! ここだけの話にするからさ!」
冗談っぽく問いかけてきているが、知らないものは知らないし、もし知っていたとして、春野に単の居場所を教えてしまったら、単が殺されてしまう。
「本当に知らないものは知らない」
「そーなんだ。ざーんねん」
“残念”と言いつつ、春野の言葉からそこまで本気度は伝わらない。
「──それならさ、思い出させてあげようか?」
「──“思い出させてあげる”?──いや、だから、そもそも単さんがどこにいるかを知らされてないんだ。だから本当に知らねーんだって」
重ねて言うが、本当に知らない。
墓石は、一切のとぼけ無しで答えている。
「いいや──優一くんは知っているはずさ。きっと聞かされているに違いないんだよ。でも思い出せないように《《させられている》》────時に──優一くんは、単千尋の部下に“記憶使い”というのがいるのはご存じかな?」
「なに!? “記憶使い”!?」
「そう。人の記憶を自在に操作できる人がいるんだ。優一くんは、その人に《《記憶》》を一部消されてる可能性があるんじゃないかな?」
記憶使い──全くもって初耳の能力だ。
単千尋には三人の部下がいるのは知っているが、そんな能力者はいなかったはず──
まず、“寿命使い”の《《女》》、そして、“観測使い”の大澄衛時────そして、もう一人────ん?
そこまで考えてから、思考が停止する。
まるで、頭の中に靄がかかったような感覚に陥る。
───最後の一人の能力って何だったっけ?
というか、どんな人物だった──?
思い出せない──
墓石の表情から、記憶を消されていることを悟ったように、春野は問いかける。
「ね? 忘れているでしょ?」
春野の言ったことに信憑性が出てきた。
「お前の言うとおりかもしれない──、単さんの部下である三人の人物にかつて会っているはずなのに、一人思い出せないやつがいる」
“記憶使い”──その人物も俺に何かしらの影響を与えている人物の一人なのかもしれない。
そうなると──
単の部下達から、俺は勝手に寿命を延ばされ────勝手に記憶を消され──勝手に私生活のほとんどを観測されているということになる。
「もし……わたしの憶測が正しいのであれば、思い出せないのは、無理ないかもしれないね。優一くんの記憶の秩序が乱されているのだから」
思い出せない=記憶を消されている、ということは、墓石にとって衝撃的な事実であったが、都合の悪いことではないとも思った。
墓石が単の居場所を思い出せないのであれば、少なくとも墓石からは単の居場所の情報が漏れることは無いのだから。
しかし、春野由良は先程“《《思い出させる》》”と言ったのだ。次はその方法が気になった。
「俺の記憶が消されたであろうことはひとまず理解できた。それで──お前は、その“記憶使い”とやらに消されてしまった記憶をどうやって思い出させようとしているんだ?」
「それはね───思い出させる《《きっかけ》》を与えてあげるんだよ」
「きっかけ?」
「そう──きっかけ。じゃあーねー、─────うん! いい方法を思いついた!」
何かを思いつき、目の前でパンッと両手を合わせた春野の表情は自信に満ち溢れている。
「これから一日一回──わたしの墓石くんで一対一の勝負をしよう」
「勝負──?」
「そう。内容はなんでもいいの。優一くんが得意なものであるほどいいかな。例えば、テニスとか、かけっことか、百人一首とかのスポーツじゃなくてもいい───とにかく《《勝敗が決まるもの》》で三十回勝負して、わたしが全ての勝負で勝ったら───」
「────単千尋の居場所を教えて欲しい」
「──逆に、優一くんが、一回でもわたしに勝つことができた場合は、大人しく引き下がってあげる。単千尋と君の命を諦めるよ」
「それは本当か!?」
「もちろん、春野由良に二言は無いよ。でも結果はわたしが三十連勝して終わると思うよ。その時は、死んでもらうからね?」
ニコッと笑いかけられたが、とんでもなく恐ろしいことを言ってきやがる……
こちらはとても笑い返せる内容ではない。
しかし──三十回勝負する中で、たった一勝すればいいというのは、だいぶこちらに有利な条件じゃないか?
「その勝負のった──! 俺が勝ったら約束どおり、俺達を見逃してくれよ」
「じゃあ、決まりだね! ただし、じゃんけんとかくじ引きみたいな完全な運だけの勝負は駄目だよ。持ち前の頭脳や技術を駆使して戦うものに限らせてもらうよ。そして、それらの勝負でわたしが一度でも負ければ、約束どおり優一くん達を見逃してあげる。その言葉に嘘偽りは無いよ。でも──」
「──わたしが負けることはないかな。だって、わたしには三十連勝する《《自信》》があるのだから」
春野が爽やかにそう言い放ったその次の日から、春野由良vs墓石優一の三十本勝負が始まった。
そして、墓石は順調に負けを積み重ねていって、今に至るまでに、十八連敗という負の記録を打ち立てることとなる。
残りあと十二回負けたら、デッドである。
しかも今回の勝負は、墓石が一番得意としていた“剣道”。その“剣道”で負けてしまったことで、墓石の“自信”は大きく損失していた。
「そう言えば、“剣道”って優一くんが、小学生の時、近くの道場で習ってたんだよね? しかも、聞くところによると、小学生の頃に出場した地区大会では見事優勝してるんだってね! すごい! すごい! ────じゃあ、結構今回の勝負は自信あったのかな?」
とても嫌らしい質問をしてくる女だ。
さすがは密国庁という国の機関の人間だ。墓石のような一般人の過去を調べることなど造作もないことのようだ。
春野の調査のとおり、墓石は過去に剣道で優秀な成績を収めており、剣道勝負も勝つ“自信”があった勝負の一つだった。
──そんな勝負で負けてしまったのだ。
「ああ……お前の言うとおりだ。俺は“剣道”に一番自信があった。しかし、その勝負で今日負けた」
もうこの後、どんな勝負をしても勝てる気がしない。実質、春野と墓石の勝負はここで終わったと言っても過言ではなかった。
「──とまぁ、いつものとおり、わたしが勝ったところで、質問させてもらうよ。『単千尋はどこにいる?』」
「──じゃあ、いつものとおり答えるぜ、春野由良。『俺は単千尋の居場所を知らない』──だ。それに約束では、“俺が三十戦全敗したら、単千尋の居場所を教える”ということだったよな?まだ“十二戦”残っている。勝負はこれからだ」
「そうだね」
この一連のやりとり、初日のテニス勝負からずっと続いている。
勝負が終わると、決まり事のように、春野が単千尋の居場所を尋ねる。そして、墓石が『知らない』と答える。
このやりとりを勝負の後で毎回行っている。儀式のように。
当然、春野も墓石も本気で会話をしていない。
春野もこの時点で、墓石優一から“単千尋”の居場所を聞き出そうとはしていないし、一方の墓石の方も、春野が本気で居場所聞き出そうとしてはいないことを理解している。
それなのに、勝負の後で必ず行われるやりとり。
墓石は一番最初のテニス勝負の頃から、そう考えていた。
しかし、今は違う。
今の墓石は、単千尋の居場所を思い出してしまっている。
それは何故か──?
この無意味とも思える問答が、春野のいう“単の居場所を思い出すきっかけ”となっていたのだ。
春野由良と、このやりとりを繰り返す内に、徐々に──断片的に思い出していったのである。
単千尋は──ここ瀬海市にある“渋津野図書館”というところにいる。
そこに身を潜めているということを知っている。
──知っている、ということを思い出した。
───いや、《《思い出させられた》》のである。
「まあ、あと十二回くらい勝負すれば、優一くんは、その内思い出すよね?きっとその頃には、墓石優一くんが“単千尋の居場所を思い出してくれる”という《《自信》》があるから」
また、《《自信》》か──
俺には、春野由良の能力が分かってきた気がする。
こいつは《《自信》》があることを、《《実現》》させることができる。
”墓石優一に勝負を挑み、その結果三十連勝する《《自信》》がある”
“墓石優一が得意とする剣道の勝負でも負けない《《自信》》がある”
“墓石優一が三十回敗北する頃には、単千尋の隠れている居場所を思い出すであろう《《自信》》がある”
《《自信》》を持って取り組めば、何でも上手くいく。春野にとって、望む方向に話を進めることができる。
それは、人間関係も──勝負事も──密国庁の任務でさえ──
《《自信》》を持って何事にも取り組むことができれば──自分の思うように《《秩序》》を生み出せる。
──ゆえに、“自信使い”──
「次の勝負はどうする?」
春野の言葉で我に帰る。
「また、優一くんの好きな勝負でいいよ!」
春野は、俺がどんな勝負を提案したとしても、勝てる気しかしていないんだろう。
ましてや、墓石優一お得意の剣道勝負にはすでに勝っているのだから──
「──そうだな、じゃあ次の勝負は──」
墓石は考える素振りをする。
腕を組んで次の勝負内容を考える《《ふり》》をする。
───次の勝負は墓石の中ではすでに決まっていた。
《《すでに決まっているということを思い出したのだ》》。
「次の勝負は”卓球”だ」
「卓球ね! いいよー! ちなみに経験あるの?」
「いや全くないな。体育の授業でやったくらいだ」
「あー、じゃあ経験値はわたしと同じくらいだね。今回もいい勝負になりそうだね!」
今回の勝負───墓石には、秘策があった。
それは一カ月前、春野から三十本勝負の提案をされた直後から計画されていた──打倒春野のための秘策。
──ついに“破壊使い”が動き出した。
続く




