第3話 “観測使い”と“自信使い”
『あとは──“じしん使い”って呼んでくれてもいいですよ!』
確かに春野 由良はそう言った。
“じしん使い”──地震? ──自信? ────はたまた自身?
密国庁の言う“◯◯使い”というのは、己の特技──スキル、能力を用いて、『この世界の秩序を乱せる者』のことを指す。
春野は“じしん”に自信があるのだろう──
その“じしん”が何なのかは分からない。
墓石はホームルームが終わり、職員室に戻ろうとする“観測使い”と呼ばれる大澄 衛時の後を追った。
墓石が大澄に追いつきそうになった時、大澄は後ろを振り返らずに墓石に話しかけた。
「放課後、体育館裏に来てくれ。その時に君の疑問に答えよう──僕が答えられるものについては」
と言われたので、墓石は「分かった」と言い、クラスに戻っていった。
その後、一限目から五限目までの間、墓石は春野を徹底的に観察した。
何を企んでやがる。春野由良。
一限目 数学。
春野はどうやら数学が得意らしい。高校生ともなると、自分から手を挙げて先生からの質問に答える者はいない。皆無だ。なんなら、先生が誰かに質問を答えてもらおうと指名しようとすると、みな俯き気味となり、先生と目を合わせようとしなくなる。
墓石も俯いた。
しかし──そんな中、先生の質問に全て挙手し、答えようとする生徒がいた。春野だった。
春野しか手が挙がらないため、春野を指名するしかない。指名された春野は完璧な回答をする。そして次の質問も春野だけが手を挙げ回答する。次の質問も春野、次も春野──というのが、十回くらい続いた。恐らく、先生も転校してきたばかりの生徒が積極的に授業に参加してくれるのが嬉しかったのだろう。しかし、ついに十一個目の質問を投げかけた時、ただ一人手を挙げる春野を見て、先生が「そろそろ春野さん以外にも答えてもらいますね」とクラスメイト達に伝えた。しかし、春野は───
「先生! わたしみんなの分まで答えますよ! わたしを指してください!」
「でもね……そうなると春野さんしか授業に参加しなくなってしまうからね。贔屓しているみたいになってしまうよ」
と、伝えると周りの生徒から、「先生! 春野さんを指してあげてください! 答えたいのに無視するのは可哀想です」とか「わたし達も別に答えなくても大丈夫なので、春野さんに答えさせてあげてください」といった反論の声があがった。
みんな指名されたくないためか、クラスの心は一つになっていた。
駄目なクラスだった。
「うーん、そうですか……」
中年の数学教師は、困った様子で少し考えた後、何も言い返せず、春野の反論通り、再び高らかに手を挙げる春野を指名した。
──そんな調子で数学の授業は終わった。
結局その後の授業中の質問は全て春野が答えた。
クラスの上位成績者しか答えられないような難しい質問も春野が淀み無く答えていた。
そんな、春野の様子から、クラスメイト達は春野に対して一目を置き出していた。
特に『数学の苦手な生徒』や『人前で話すことが苦手な子』からは羨望の眼差しを向けられていた。
続く二限目の英語──三限目の物理でも同じようなことが続き、クラスの大半は春野に尊敬の眼差しを向けていた。
また、四時限目の体育の授業でも春野は活躍していた。
授業内容は『バレーボール』であった。
春野は長身を生かしたプレーで、試合ではずっと活躍していた。
スパイカー、リベロ、セッターのポジションはどこにいても全てを完璧にこなし、サーブ、レシーブもプロ顔負けの技術を披露した。
バレーのチームは毎試合、メンバーを固定せずに変えていたが、春野のいるチームは、春野以外が未経験のド下手だったとしても決して負けることはなかった。
四限目の体育が終わる頃には、春野は完全にクラスの人気者になっていた。体育館から教室に戻る時、春野の周りにはクラスメイトが集まり、春野が中心となり、楽しく会話しながら廊下を進んでいた。
男子はもちろん、女子生徒達も春野の虜になっていた。また、ショートヘアでスラッとした佇まいであるため、『イケメン女子』的な扱いも受けていた。
その春野を中心とした人の輪ができてる中、数メートル後ろを墓石は一人でとぼとぼ歩いていた。
ちなみに、クラスの中での墓石は春野とは真逆に近い存在で、友達は一人もいない。特段嫌われてもいないが、人気者とは程遠い存在。
勉強は中間くらいの成績、運動神経は普通より少し上くらいと、特筆するところはほとんど無いステータスである。
元から友達と呼べる存在はいなかったが、春野がクラスメイトに受け入れられていく程、疎外感や孤独感といった感情が強くなっていた。
何故だろう? 春野が俺の敵だからだろうか…?
友達がいなくて、誰にも話しかけられないのはいつものことなのに、いつもより辛い…
春野と出会ったのは今日が初めてなのに、勉強もスポーツも万能であるところを目の当たりにして、五限目が終わる頃には、墓石も春野のことを『すごいやつ』だと思うようになっていた。
一日中観察していたが、春野は性格がいいということも分かった。
誰にでも公平に接し、他人の悪口を言わない。相手の良いところをさり気なく褒める。
──こいつ、人心掌握の天才か?
授業が全て終わり、下校の時間となった。
春野はその日仲良くなった数名の友達を引き連れて、学校近くにあるカフェに向かった。
今日が転校初日とは思えないほど、クラスに溶け込んでいた──というより、今日だけでクラス一の人気者になっていた。
一方の墓石は、今日一日誰とも喋らず下校の時間を迎えていた。
まだ、新学年が始まり三週間。これから友達を作っていこうと思っていたのに──まだ、話し相手さえいない。
何だこの敗北感。
いや──これから一人話す相手がいる。
放課後、体育館裏で大澄が待っている。
よかった、一人話し相手がいて──
まぁ、楽しいお喋りをする訳では無いが──
墓石は荷物をまとめて足早に体育館裏へと向かう。
今日一日を通して、春野について分かったことをまとめると───
文武両道で、勉強、スポーツ何でもこなす。
性格が良くて、誰とでも仲良くなれる。
おまけに、スタイルが良く、顔もいい(あと胸もデカい)。
性格は爽やかで明るくて、常に──何をするにしても堂々としている。
堂々と──いや──春野を言い表すには、“堂々としている”というよりも、“何をするにも自信に満ち溢れている”と、言った方がしっくりくる。
“自信”
それが春野の得意とすることか。
“じしん使い”とは、“自信使い”だ。
と、ホームルームで“じしん使い”と言っていた“じしん”について、墓石なりに結論を出せたところで、体育館裏に到着した。
しかし、冷静に考えてみると──
何だよ……自信使いって……
それただの“自信がある人”じゃん。それでどうやって国を滅ぼせるっていうんだよ。
何でそんな能力で、春野は人災と呼ばれているんだ──?
「待ったかい?」
後ろから急に声をかけられる。それは待ち合わせをしていた大澄衛時の声だった。
「お久しぶりです。一カ月振りっすね」
今は一応、先生と生徒という関係であるため、敬語を使う。
ちなみに、一カ月前の関係を一言で言うなら、──“テロリスト”と“正義のヒーロー”だろうか。
墓石の方が“テロリスト”で大澄が“正義のヒーロー”側。
「そうだね。墓石くん、あの時振りだね?妹ちゃんも元気でやってる?」
一カ月前は敵(?)同士の間柄だったが、大澄はまるでそんな時期がなかったかのように、穏やかな口調で話しかけてくれた。
「はい、妹もおかげさまで元気にしてます。今は学校にもちゃんと通えてます」
「そう、それはよかった」
大澄はニコッと笑った後、早速本題に入ってきた。
「──それで、今回は命を狙われてるというわけだ。うちの上司と同じく」
上司──とは、単千尋のことである。
「ええ、何が何だか分からないまま協力してる感じですよ。俺はともかく、何で単さんも命を狙われているんですか?」
「──さあね、それは僕にも分からない」
まず聞きたかった質問は、単の答えと同じく、教えてはもらえないようだ。単も大澄も何かを隠してるように見える。
「そうっすか。まあ、その質問は単さんにもはぐらかされた感じでしたし、俺としては協力した見返りに“寿命”を戻してくれればそれでいいんですが──」
「──聞きたかった二つ目の質問です。今回のあんたは《《味方》》ですか?」
静かに威圧するように問う。
敵であるならば、ここで戦いになる可能性もある。
しかし、墓石の威圧には気がついていないかのように涼しい顔で大澄は答えた。
「今回は《《味方》》だよ。君が単さんの味方なら、僕も同じく味方だよ。──でも、今回の僕の役目も《《観測》》だけだ」
やはりか──
一カ月前──”瀬海市機能停止事件”の際に、この男は単側にいたのだが、《《その時》》も墓石には、一切危害を加えなかった。この男は見ていただけ。安全なところで見ていただけだった。
「“観測使い”は、観測対象に干渉しないし、干渉されない。僕は見たもの聞いたものを、単さんに伝えるだけさ」
「わかりました。──それならそれで構いません。敵でないのならそれだけで有難いです。──あと、もし知ってるなら教えて欲しいのですが、四大人災の能力は知っていますか?」
正直、この質問の回答もそこまで期待していなかった。四大人災の能力は、単も知らなかった。ということは、恐らくこの男も知らないだろう。
「知らないよ」
やはり涼しい顔で答える。これは本当に知らないように見える。
しかし、この男。さっきから言葉を交わしていて気づいたのだが、必死さが伝わってこない。上司が殺されそうなのに、必死な様子が伝わってこないのは、元からそういう性分なのだろう。
それがこの男の本質。
単千尋の協力者ではあるが、単も墓石と同じく大澄の《《観測対象》》なのだ。
まるで、テレビの向こう側の人間を見るかのように──もしかすると、目の前で単が殺されたとしても感情は動かない──それが大澄衛時なのだろうか。
「でも、今日の春野さんの自己紹介で、彼女の能力は分かったかな。彼女は“自信使い”──自信が彼女を形成しており、彼女自身が秩序を形成する──
もう手遅れなほどに、相手の土俵はできあがってきているよ」
まるで他人事のように大澄は微笑む。
相手の土俵か……明日から春野の攻撃が始まるのかもしれない。今日の一日が準備期間で、嵐の前の静けさなのかもしれないということは、墓石も感じていた。
春野の攻撃が始まっても、恐らく大澄は助けてくれないだろう。
何かあったら、俺一人で対処しなければならない。
「墓石くん。──なら一つアドバイスをしよう。春野由良──彼女は“自信使い”──“自信”を武器にし、“自信”を操ることができる」
………?
“自信”を武器にし、“自信”を操る。
大澄は何が言いたい──?
「彼女の攻撃は、ゆっくりじっくり時間をかけて君を蝕むだろう。──既にナイフは君の心臓に刺さり始まっている。単さんの心臓にもね」
「? ──そうですか。正直俺には春野の能力──“自信使い”がどういうものなのかさっぱり分からないですが、まあ忠告として聞いておきますよ」
大澄の助言の真意は分からなかったが、大澄との会話で、彼女が“自信使い”であることについては、確証を持つことができた。
「では、先生。これで帰らせてもらいます。今日はお忙しいところありがとうございました」
「うん、気を付けて帰るんだよ」
感情の籠もらない声で別れの挨拶をする大澄を背にし、墓石は帰路についた。
大澄衛時──敵ではないが、味方でもない。
彼はただ“観測”するのみ。
墓石優一と単千尋、4大人災のことを───
そして、ここ瀬海市の行く末を───
続く




