第24話 秩序を破壊する者
密国庁 秩序維持課 特別会議室
「何だい? 何だい? もうここまで来たのお? 早いよお」
部屋の中には、秩序維持課長の村雨優貴と対峙する形で、墓石優一、鶴田亀子、大澄衛時が立っていた。
村雨が白々しい台詞を言いながら、墓石の顔をねっとりと覗き込む。
「いやあ、会いたかったよ! 君があの歴史に残る《《はずだった》》大事件“瀬海市機能停止事件”の犯人! 墓石優一くんなんだよね!? すごい! 本物を初めて見たよ!」
村雨はまるで、動物園でライオンやトラを見るかのような大袈裟なリアクションを取って見せるが、墓石達は至って冷静な表情を崩さない。
しかし、そんなことはお構い無しに村雨は墓石の手を無理矢理取り、握手をしてきた。
「よろしく、よろしく〜。以後お見知りおきを」
「あんたが、村雨優貴かい? 思ったより軽薄そうな奴なんだな」
「そうだよ。改めまして、わたしが秩序維持課で課長をやっている村雨優貴という。“まさき”は“優”という字に、貴族の“貴”で優貴と読むんだ。珍しいでしょ?」
村雨お決まりの自己紹介を終えたところで、殺気立っている鶴田が本題を伝える。
「あんた、墓石みたいな“秩序を乱す者”を集めて、自分に都合の良い世界を作ろうとしてるんだろ? あんたが過去にやってきた違法行為は、千尋さんが“探し出してきた”。罪を認めて捕まってくれないか?」
「んー、いいよ! でも、すぐに外に出てくると思うよ。警察は僕の言いなりだからね。それでもいいなら」
「何!?」
「もう大方完成してるんだよね。僕の秩序が」
鶴田が凄んでみてもまるで動じていないように続ける。
「この世界にいる邪魔な奴らは排除してさ。僕の言う事を聞いてくれるいい子ちゃん達だけを残したんだ」
「四大人災を使った暗殺の数々か」
それは単千尋が集めた資料の中に証拠となるものが多数あった。しかし、もうその証拠を突きつけても、村雨優貴は失脚できないところまで来ていた。
「長かったよお。この《《僕にとって》》優しい世界を作るのってのはね。僕はそれを“優しい理想郷”って呼んでるんだけどね」
優しい理想郷……それは、村雨優貴が望む世界。弱者を守るために、強者を徹底的に虐げる世界。
それは、殺しや脅し、何でもアリの世界だ。
そして、その暴挙を働く村雨を止める者は誰もいない。
それは、村雨にとって《《優しい世界》》なのである。
「そのユートピアの住人に、君達も入れてあげようと思ってたのになあ」
「そんなものに興味は無い。僕達はあなたがこれからあなたがしようとしている大量虐殺を止める。そのためにここに来た。もし、警察が機能しないとすれば、────ここで僕があなたを殺す」
大澄は最終手段を口にする。
普段、傍観者に徹している大澄から初めて強い言葉が出る。
しかし、もうそれ以外に村雨を止める手立てが無いことも事実だ。
「殺すなんて物騒なこと言わないでよ、大澄ちゃん。強い人達をガンガン殺して何が悪いのさ? 」
「どんな理由があろうと、故意に人の命は奪ってはいけない」
「じゃあ、聞くけどさ。金持ちや権力者が秩序を作ると、弱い人達が割を食うことになるじゃない? その結果、弱者の生命が脅かされることはいいの? 金持ちは気に入らない弱者を世間から消し、メディアの情報も操作する。そして我々弱者は泣き寝入り。そんな世の中、本当にみんな幸せなのかな?」
やり方は間違っいるが、村雨の弱者に寄り添う考えは、一概に否定できるものでも無いように思える。
「我々弱者が軽んじられ、世間に殺されるのであれば、先に強者を殺した方がいいのではないかい?」
「そんな世の中秩序が保てるとは思えない」
「──それを維持するのが我々なんだろ!!」
今まで穏やかに喋っていた村雨の様子が一変する。
いつものヘラヘラしたような雰囲気は姿を消し、まるで鬼の形相のような表情で、大澄の言葉を強く否定する。
その様変わりに、大澄も鶴田も多少怯んだようだった。
「お前らは揃いも揃って、綺麗事ばかり並べている。今のままじゃ世の中は変わらないんだ。わたしを筆頭とする秩序維持課が秩序を変えていかなければならない」
「たから、わたしは“秩序を乱せる者”達を集め、世の中の強者どもに対抗しようと思っている。わたしを止めることは、弱者が虐げられる世界を肯定することになる」
村雨が課長になってから、人材探しに精を出すようになった。
それは、世界を変えるため────世の中の権力者に制裁を加えるためである。
単千尋の能力で多くの人材を確保していた。
瀬海市機能停止事件の時、村雨は墓石も取り込もうとしていた。
「世界中の弱者を守るために、大量虐殺は必要なんだ! わたしを止めても構わないが、それだと弱者は救えないぞ!? 大澄! 鶴田!」
「弱者を救いたいという考え自体は正しい。しかし、何度も言うようだが、そのやり方が間違っている。あなたのやり方では、世界の秩序は大きく狂うことになる。秩序は保たれない!」
「こうなったら、こいつを力ずくで止めるしかないな」
大澄と鶴田が実力行使に出た。
二人で村雨の身柄を取り押さえようとして、村雨に詰め寄った。
その瞬間──二人は村雨の足元に倒れ込んだ。
何者かがものすごい速さで、大澄と鶴田の腹を殴り、二人をほぼ同時にダウンさせた。
黙って後方から見ていた墓石の目にははっきりとその姿が捉えられていた。
「そいつがあんたのボディーガードか?」
「彼を使いたくはなかったんだけどね。ありがとう、遠出くん。助かったよ」
「はい、最後の一人も倒していいんですよね?」
ただ一人残っている墓石のことを指差しながら、どこからともなく颯爽と現れた遠出は、隙を見せないよう戦闘態勢を崩さない。
鶴田と大澄は把握していなかったが、遠出歩は“反撃使い”として、密国庁に登録されており、文字通り、村雨を捕まえようとする鶴田と大澄に“反撃”を加えたのである。
反撃をさせたら、遠出を倒せる者はこの世に一人もいない。
墓石も、遠出や村雨を倒そうと攻撃を加えようとするなら、即座に遠出に反撃され、気絶させられるという打つ手のない状態となった。
しかし、仲間二人が倒された当の墓石はまるで動揺している様子が無かった。
「村雨さんっていったっけ?」
遠出の反撃を見ても、その存在が眼中にないかのように問いかける。
「わたし? そうだよ」
「あんたの言ってることあながち間違いじゃないと思うよ。世の中の権力者はろくな奴がいない。みんな消えちまえと思ったこともあったよ」
墓石がそのように考えたのは、“瀬海市機能停止事件”の時に、多くの権力者の情報を調べる上で、人間の汚さを垣間見たからである。
権力者をこの世から排除するというやり方自体は、当時の墓石のやり方によく似ていた。
「そ、そうなんだよ! だから、あの事件のことを知った時、君のことを《《いいなあ》》と思ったんだよね。今からでも、わたしと組む気はないかい? もちろん君のことは優遇するよ!」
「優遇……か」
「そうさ! こんなやつらについても何のメリットも無いだろ? わたしとともに“優しい理想郷”を築こうじゃないか!」
村雨は墓石に再び握手を求めた。
この手を取ってしまったら、村雨に賛同したことになる。
「メリットか……メリットなんか知らねーよ」
「ん?」
「俺はあんたにつく気はない」
「それはどうしてだい?」
「あんたのやり方には賛成してるよ。“優しい理想郷”──いい案じゃねーか。ろくでもない権力者は一掃しちまったほうがいい」
「そうだろ? それはさっき聞いたよ墓石くん。他に何が気に入らないって言うの?」
「んー、そうだな……俺が気に入ってねーのは……」
墓石は次の瞬間、遠出を思い切り殴り飛ばした。
殴られた遠出は、後方の壁に当たり、意識を失う。
「何するんだ!? 墓石くん!? 遠出! 反撃しろ!」
遠出は意識を失っているため、動くことはできない。
「“反撃”がそいつの特技なんだろ? だったら“反撃”させなきゃいい。一発で気絶させりゃ、問題無いだろ?」
“反撃使い”は、攻撃を受けた後の行動を取らなければならない。
反撃できなければ意味が無い。
墓石は遠出の能力を見極め、遠出の秩序を“破壊”したのである。
唯一のボディーガードを失い、ここで初めて村雨も焦りが見え始めた。
ポケットから無線機を取り出し、密国庁にいる登録者達に呼びかける。
「すぐに特別会議室に来てくれ! 遠出がやられた! 誰でもいいから、墓石優一を倒してくれ!」
「……」
「誰も来ませんよ」
「はあ!?」
無線機の向こう側からは、誰の返事もしない。
本来であれば、待機させている20名の村雨の部下が応答し、墓石を倒しにくる手筈であった。
しかし、誰の応答もない。
「何で誰も来ないと分かるんだ!?」
「全員、“破壊”してからここに来たので」
「へ?」
「部下って、“刀使い”、“洗脳使い”、“速さ使い”、“影使い”、“巨大使い”、“掘削使い”、“破滅使い”、“読み使い”、“星使い”、“蟻使い”、“鍵使い”、“着物使い”、“熊使い”、“扉使い”、“兵隊使い”、“花火使い”、“台本使い”、“岩使い”、“手足使い”、“必殺使い”だろ?」
そこにあげられたのは、確かに村雨の部下20人の登録された能力名だった。
しかし、なぜそれを知っている?
「今、全員下の階で気絶してるよ。そいつらの秩序はすでに“破壊”した。すでに、単さんからあんたの部下全員の“秩序”を聞いていたから、何も難しくなかったよ」
「……!?」
「で、そいつが最後の一人。さすがに、その新人くんは何使いか分からなかったから、迂闊に手出しできなかったけど、大澄先生と鶴田のおかげで把握できたわ」
「そんな……」
「“反撃使い”かなと思ったから“反撃”できないように、一発で倒させてもらったよ」
そんなこと分かっていても容易に実行できることではない。
しかし、相手の秩序を“破壊”できる墓石優一であれば、相手の秩序が分かってしまえば、“破壊”することが可能だ。
それが“破壊使い”なのである。
「あとは、あんた一人だけだな。秩序を作る者達を利用して、己の秩序を作る“使い使い”の村雨優貴」
使い使い──村雨自身も秩序を作り、秩序を乱す存在であった。
秩序を乱す者達を利用して、秩序を作る者。
「なぜ、わたしが“使い使い”だと知っている!? それは秩序維持課の者達でさえ知らないはずだ!?」
「──単さんの遺言の中にあったよ。あんたが殺した単千尋の最期のメッセージの中にな」
単千尋は死の間際に、まだ存命の鶴田に全ての情報を託していた。
その中には村雨に関する情報も含まれていた。
「俺はな、世界の秩序なんてどうでもいいんだよ」
じりじりと墓石は村雨との距離を詰めていく。
村雨は打つ手無しといったように、墓石の存在にただ怯えていた。
「密国庁とか……瀬海市とか……優しい理想郷とかよ……本当どうでもいいんだよ」
村雨の目と鼻の先まで近寄る。そして──
「でもな、俺の大切な人達を傷つけ、殺したお前を許さねえ」
墓石の拳は村雨の頬から顎の部分を打ち砕き、遠出歩を殴り飛ばしたように、村雨の体も勢いよく壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちた。
村雨はそのまま気を失った。
「単さん、終わりましたよ」
*
こうして密国庁秩序維持課は、一人の高校生に制圧され、優しい理想郷計画は幕を閉じたのである。
村雨達は今までの犯罪を公表しない、そして命を奪わない代わりに、墓石優一と《《二つの約束》》をさせられた。
一つは、優しい理想郷の実現。
それは、村雨が目指していた優しい理想郷と名前こそ同じだが、内容は似て非なるものだった。
秩序を作る者達の能力を使って、強者の存在を消すのではなく、弱者を救おうというものだった。
被災地支援や、生活に困窮する者の支援、子どもや老人に優しい社会を目指した。
密国庁の活動は、見える化が図られるようになり、何をやっているのかがよく分かる慈善団体となった。
それが、一つ目の条件。
優しい理想郷の実現。
そして、二つ目の条件は、墓石優一を密国庁秩序維持課に所属させるというものだった。
これは、村雨優貴や他の職員を監視するためである。
密国庁を辞めた大澄と鶴田も、密国庁に戻り、墓石をサポートする形で復帰した。
新体制の密国庁の働きのおかげで少しずつではあるが、世界全体の秩序は保たれ始めた。
やっていることは微々たることではあるが、確実に世界中をいい方向に動かしていた。
秩序は保たれたのだ。
続く




