第23話 復活
単千尋、海川農里が冬木そよのウイルスによって絶命してから一日が経過した。
墓石優一はまだ夢の中で、過去の出来事である“瀬海市機能停止事件”を回想している頃──
鶴田亀子は、春野のアパートの目の前に来ていた。
鶴田も冬木そよの作り出したウイルスに感染していた。
しかし、“寿命使い”の能力によって、墓石に分け与えていた999年の寿命を回収したばかりだったので、鶴田は千歳を超える寿命を持っていた。
寿命の増幅は、病気への耐性も底上げするため、鶴田亀子は生き残っていた。
「ここに墓石がいるのか。四大人災のやつらも」
チャイムを何度か鳴らしてみるが、誰も出てくる気配が無い。
扉に鍵も掛かっていない。
「入ってみるか」
「お邪魔しまーす」
部屋の奥の方から女性達の声がする。四大人災のメンバーだろうか。
鶴田は、大澄から『墓石が四大人災の三人に連れ去られた。恐らく、墓石を救うためであると思われる』ということを聞いており、大澄から聞いた情報を頼りに単身で乗り込んできた。
奥の部屋に入ると、三人の女性と、中央に墓石が眠っているベッドがあった。
部屋の中はバタバタと慌ただしい様子だった。
「二人とも、朝ご飯作ったから、さっさと食べて! あと、深琴(神ちゃん)は、昨日の洗濯物出しな! 由良は必要な物ある? この後買い出しに行くから!?」
「えー!? 二日連続同じ服でもいいじゃーん! 気に入ってるんだよー」
「駄目よ! 昨日の匂いが付いてるわ! あと、あんた昨日お風呂すっぽかしたでしょ!? 今からでも入んなさい!」
「えー、やだよー。髪の毛洗うのダルいじゃん」
「頭が一番汗をかくの! 頭臭いって言われたくないでしょ?」
「えー、それは嫌だけどさー」
「オカンかよ」
夏目と秋山のやりとりが、年頃の娘を持つ親とその娘のようななりとりで思わずツッコんでしまった。
その声に気が付き、顕微鏡で何かしらを見ていた春野が鶴田の方に顔を向ける。
「あら? あなたは誰かしら?」
「勝手にあがって悪かったな。わたしは────」
「この女は、鶴田亀子! わたしの永遠のライバルで、ゆーたんの彼女に最も近い女よ」
「円慈は黙っててくれる? 鶴田亀子って……密国庁秩序維持課の単班に所属していた鶴田さんよね? もう辞めてるから“元”密国庁かしら?」
春野が冷たく秋山に言い放つ。
この前の“墓石NTR作戦”を通して秋山的には、鶴田の方が自分より好感度が高いという認識になったらしい。
勝手に鶴田のことを認めているようだ。
「お前らが墓石を拉致ったと聞いて、様子を見に来たんだ。どうやら衛時(大澄のこと)の言う通り、助けてくれてるみたいだな」
春野が治療薬を作り、秋山がそれをサポートしている様子を見て、敵ではないと判断した。
「で、この奇抜な髪のネーちゃんは何してるんだ」
「バーカ、バーカ、カイシンのバーカ。ハーゲ。根性無し。お前のかーちゃんでーべそ!」
何やら墓石の傍らで、神ちゃんは眠っている墓石に罵声を浴びせていた。
「優一くんに“不運”を与えてるの。その“不運”を積み上げることで、優一くんの助かるための“運”を上げてるのよ…………多分」
罵声中の神ちゃんに代わり、春野が答えてくれた。
“不運使い”の夏目深琴の能力で、墓石にとって不幸なこと(女の子から罵声を浴びせられる)を、墓石にとって幸福なこと(風邪が治る)に変換しているとのこと。
その不幸の積立のたに、罵声を浴びせているらしい。
「そうか。まあ、頑張ってくれ…………そうだ、一つ聞きたいことがある。お前らは何で墓石を助けるんだ? 敵だったろ」
「三人とも冬木そよが嫌いだから……だけじゃなくて、わたしにとって優一くんは───」
「好敵手だから」
「友達たがら」
「未来の旦那だから」
「えっ? 何だって? 同時に喋るなよ」
「とにかく、今優一くんに死なれたら寝覚めが悪いのよ!」
「お、おう、そうか」
かつては敵だった四大人災の三人も、墓石との戦いを通して、墓石優一という人物の人柄に惹かれたのだろう。
今では頼もしい味方となっている。
「──ていうか、お前ら防護服は着なくていいのか!? 墓石やわたしから感染するかもしれないぞ」
「その心配は無いから脱いでるのよ」
作業に戻った春野が、顕微鏡を覗き込みながら、何やら薬品をかき混ぜている。
治療薬作りを再開した。
「この病気の性質は理解したわ。どうやったか分からないけど、これは『単千尋』『海川農里』『大澄衛時』『鶴田亀子』『墓石優一』、そして亡くなった図書館のオーナーにしか感染しない病気ということが分かったわ。だから、わたし達三人や無関係な一般人には感染しない」
「そんなことできるのかよ」
「《《そんなことができる》》のが、“風邪使い”の冬木そよなのよ。そよは、自由にウイルスを作り出すことができる。このウイルス……感染対象を絞る代わりに、感染能力を大幅に上げてるわ。ちなみに、あなたは平気なの?」
「生憎、寿命がとてつもなく長いんでね。病気ではまだ死なないが……時間の問題だ」
鶴田は自身の寿命を延ばしているが、それでも加速度的に減っていっている。
すぐに絶命することはないが、鶴田の寿命も終わりに近づいている。
「なら安心して。あなたの分の治療薬も作るから。というか──」
コトっ……と、春野コップに入った透明な液体をテーブルの上に置いた。
「完成したわ」
「マジかよ」
「飲んでみてよ」
春野の指示通り、鶴田は躊躇なくそれを飲み干した。
「飲み干したけど……効果があるか分からねーな」
「元々あなたは症状がほとんど出てないからね。じゃあ、体に害は無さそうだから、優一くんにも飲ませてみようかな」
「おい! わたしは毒味役だったのかよ!」
鶴田のツッコミを無視し、春野はできたばかりの治療薬を墓石の口から丁寧に流し込んでいく。
薬を飲ませてから、ものの数秒で墓石は苦しそうな寝顔から、いくらか楽になったような寝顔に変わる。
発汗もおさまり、呼吸も緩やかになった。薬が効いているようだった。
「見るからに効果が出てるな。すげーな、お前!」
「お前じゃくて、春野由良よ。わたしに不可能はない。何でもこなせる“自信”があるから」
「カイシンに卓球で負けたけどな」
「……! そのリベンジのために助けてあげたの! 負けっぱなしはわたしの主義に反するわ!」
「春野ありがとな。墓石を助けてくれて」
「あら、鶴田さん。タダで助けたと思ってるの?」
「はっ!?」
「助けた見返りに、お使いに行ってもらえない? わたしカップ麺が食べたいんだけど」
「別にいいけどよ」
「わたしはー……、ピザと寿司とハンバーガーとラーメンとー……」
「わたしはスタバのカフェラテとスコッチがいいです」
不満そうな鶴田に、神ちゃんと秋山も要望の声をあげる。
「お前ら注文が多すぎる!! 自分達で行けよ!」
「村雨の手配した人間が彷徨いてるかもしれないでしょ? わたしらも密国庁を辞めて逃げてる身だから、あまり外に出たくないのよ」
「それはわたしも一緒だ。……まあ、墓石を助けてくれた礼に、それくらいはやってやるよ」
「ありがとう、鶴田さん」
「ただし────派手頭の女は注文を一つにしな!」
「はーい」
結局、神ちゃんが妥協する形で注文数を減らして、鶴田が買い出しに出ることになる。
────その数時間後、墓石が治療薬の効果で回復し、目覚めることとなり、現在に至る。
目覚めてすぐ、春野由良からこれまでの経緯を聞く。
「俺はこれから“村雨優貴”に会いに行こうと思う。単さんからの遺言があるからな」
「そう、村雨はわたしらの元上司よ。大したことはできないけど、自分の周りは“秩序を乱す者達”で守ってると思うから、そう簡単には近づけないかも」
「秩序を乱されたら、“壊して”やるまでだよ」
「カイシンなら大丈夫だよー。わたしらに勝ったんだから自信持ちな!」
「わたし達も贖罪の旅が終わったら、帰ってきます」
「贖罪の旅? 何でそんなことするんだ?」
「わたし達は、あなたが思っている以上に今まで残酷なことをしてきているからね。人を何人も殺してきた」
「……」
「だから、今度は困ってる人達を救う方に能力を生かそうと思ってさ。まあ、それで過去の罪は到底消せはしないのだけれど」
「そんでまずは、逃げてるフユキンも捕まえて、四人で人助けの旅をしようと思ってるんだ」
「だから、それまで待っててね。ゆーたん」
贖罪の旅と言うが、かつて四大人災は秩序を乱し、国を滅ぼしたことまである者達だ。その罪の数は数知れず、到底生きている内に償えるものではない。
「まあ、優一くん。世界のどこかで出会ったら、また卓球してよ! 次は負けないから」
その会話を最後に、墓石は春野のアパートをあとにした。
春野達とは、和やかに別れたが、もう二度と会うことはないだろう。
墓石はそんなことを心の片隅で思いながら、思い出の場所へと向かった。
渋津野図書館────
「お互い何とか生き残ったな」
「ああ」
「これからどうするんです?」
そこには、単千尋の部下の鶴田亀子と大澄衛時がいた。
大澄は感染した単達と接触しなかったため、冬木のウイルスによる攻撃は受けていなかった。
「密国庁 秩序維持課 村雨優貴を止める。それが単さんから託された最後の言葉だった」
「本当にいいのかよ? 墓石もタダじゃ済まないかもしれないぜ?」
「元々俺が瀬海市で暴れたことが原因で、単さんが辞めることになっちまったからな。ここに残ったのも俺を監視するためなんだろ?」
墓石は今事件の記憶を全て取り戻している。
単千尋が墓石を庇い、村雨に身柄を渡さなかったことも思い出した。
単千尋は墓石のために、密国庁を辞めたのだ。
「どうだかな。結局、あの人のことは完全には理解できなかったな」
「全くです」
珍しく意見を述べる大澄。
「でも一つだけ言えるのは、千尋さんはいつも後悔しない道を“探して”、それを信じて突っ走ってた。墓石がどうとかじゃなくて、自分の信じたことをやり切ってたんだ。だから気に病むな!」
「そう……だな」
「村雨課長を止めに行きましょう」
「衛時、珍しくやる気だな! 何か心境の変化でもあった?」
物事に無関心、自分から他者に干渉しないし、干渉されたくない。
自分の意見は持たず傍観する。
それが“観測使い”大澄衛時のこれまでの生き方であった。
しかし、単の死により、大澄の中でもいくらか意識改革があったようだ。
「はい、珍しくムカついてますよ。単さんと海川さんを殺した罪を償わせる。いや……償わせたい」
常に冷静沈着な大澄が感情を露にしている。
「行こうぜ、大澄先生。村雨の元へ向かおう」
単千尋の弔い合戦が始まった。
続く




