第20話 じしん、かみなり、かじ、おやじ
十一月十七日──
体調が優れない。
図書館から帰ってきてから、特にひどい……
目まいと吐き気、熱もあるようだ。
“風邪”でも引いたのだろうか。
体温計を脇に挟み、少し時間を置く。
思えばここ数年、働き詰めだったかもしれない。
妻に先立たれてから、仕事場である図書館とバーの往復ばかり。
妻のいない寂しさを埋めるために、ずっと仕事をしていた。
風邪など引いたこともなく、淡々と毎日仕事をこなしていたが────わたしも歳なんだろうな。
昨日はひどく疲れた。
『あなたに死相が見えます』──昨日の少女の言葉が蘇る。あの言葉を真に受けてしまったのだろうか。
あの少女は、単達が言っていた“人災”というものだったのか?
そうであれば、迂闊に図書館に行くべきでは無かったのかもしれない。
《《何かをされたのかもしれないのだから》》。
ピピピ……と、体温計の音が鳴り、手にとって数値を確認する。
“43.0度”
かなりの高熱だった。このコンディションであれば、単に言われるまでもなく、仕事は行けなかっただろうな。
ゴホッ……
咳も出てきた。
「今日は久しぶりに医者に行くとするか」
ゴホッ……ゴホッ……
うっ……
これは……!?
「血!?」
咳を受け止めた両手は、吐血により真っ赤に染まっていた。
途端に心臓付近に激痛が走る。
わたしの……体に……一体何が起きているんだ……!?
意識が朦朧としていく。目がかすみ、立っているのもやっとだ。しばらく咳が続いた後、床に倒れ込んだ。
そのまま、爺始一郎が起き上がることは二度となかった。
後日、近隣住民が異変に気が付き、警察に通報。爺の遺体が発見される。
その訃報はすぐさま単の耳に届く。
翌日
渋津野図書館 一階
単千尋と海川農里は、単の荷物の片付けを進めていた。
ある程度荷物の整理は終わり、卓球台がポツンと部屋の中央に置いてあるだけとなった。
「ここでの生活もそろそろ終わりですね。図書館に寝泊まりするのって、初めてなので楽しかったです」
「爺殿には本当に世話になったな。最後の鍋パーティーは爺氏にもぜひ参加してもらいたかったんだがな」
「そうですね。爺さん……残念です。早く冬木そよを退けて、ひとまず安心したいですね」
「村雨の駒は、“四大人災”だけだ。それを退けたら村雨のところに行こう。やつの悪事をつきつけるための証拠は揃った」
単千尋が渋津野図書館を訪れた理由────村雨優貴の悪事の証拠を本人に突きつけ、罪を認めさせること。そのために、過去の新聞記事や情報雑誌を保存しているこの場所を探し出した。
彼は過去に多くの人を殺めている。
ニュースで報道されないような犯罪者、違法なやり方で私腹を肥やす大手企業の社長や幹部、金に物を言わせ悪事を働く権力者などを、村雨は“秩序を乱す者達”を使って、人知れず殺めてきた。
村雨の目的は“優しい理想郷”を作ること。そのためには、弱者の生活を脅かす存在 ──金や権力を持つ者を片っ端から手にかけていた。強者が存在するから、その陰で弱者が虐げられる。村雨はそんな世の中を嘆き、秩序維持課に集まる人材を利用していた。
弱者に寄り添う姿勢はすばらしいが、そのやり方は常軌を逸していた。
そして、その立場に登り詰めるために、上司や村雨を調査する者も同じく葬ってきた。
その結果、現在の地位を盤石な物にしている。
そして、単千尋はここ渋津野図書館にいる間に、村雨が起こした殺人の証拠を全て探し出すことができたのだ。
「一応は元上司だ。わたしも手荒な真似はしたくない。この証拠を突きつけ、自首してもらえればいいのだが」
「──大丈夫ですよ。ボスが《《探し出した》》方法ですもんね。きっとこれが正解です」
「そうだといいね。この一件が片付いたら、海川くんはどうするんだね? 密国庁に戻るのかい?」
「うーん、俺は医者になろうかなと思います。自分の能力を生かして、心に強いトラウマを持つ人の記憶を和らげてあげて、そういった人の心の支えになりたいです。……まあ、まずは大学に通い直しですけどね。道は長いです」
「いい志じゃないか! 応援してるよ!」
「ボスはどうするんです?」
「わたしは、世界を見て回ろうと思う」
「世界?」
「世界各国を回って、見たことのない景色を《《探し出したい》》んだ。存在していることを知らないものを探す旅さ」
「いいですね!」
「ああ、君達には世話になった。特に墓石くんには頑張ってもらったな」
「頑張ってもらった……とは言っても、まだ終わってないですからね」
「おっと、そうだったな。もう全ての片がついた気になっていたよ。ここからが正念場なのに……ゴホッ」
「ボス……?」
荷物の整理を進めていた単の動きが止まる。
単は一つ咳をした後、自分の手のひらをまじまじと見つめていた。
その手のひらは、真っ赤な血で染まっていた。
「これは……!?」
「ボス! ぐっ……ゴホッ……ゴホッ」
単だけでなく、海川の体調にも変化が起きていた。
単と同じく咳の症状と発熱が出ていた。
「なんか、体が熱いです……風邪? でもこんな急に体調が悪くなるのか!?」
「これは、もう始まっているのかもしれない」
単の頭脳は高速で動き出した。熱で朦朧としてきたが、単千尋の頭脳は止まらない。 この事態の改善策を《《探し始める》》。
この症状────亡くなる前に会った爺の体調も良くはなかった。
もしかすると、爺はすでに冬木そよに何かをされていたのか?
毒……? ウイルス……?
そうであればあの時、我々も感染している可能性がある。
我々は距離を保ち、少ししか会話をしていなかった。
爺がなんらかのウイルスに感染しており、我々にもそれが感染したのであれば、感染力が強いウイルスだろう。
爺のここ数日の行動で起きた出来事で怪しいところと言えば、Os Barに客としてきていた白髪の眼鏡女。
こいつが“四大人災 冬木そよ”の可能性が高い。
そして、占いをしてもらう際に、その女の手に触れている。接触することによる感染──
であれば、亀ちゃんと墓石くんにも感染しているかもしれない……!
早く知らせなければ!
「海川くん! 至急、亀ちゃんに伝えてくれ! 我々はウイルスによる攻撃を受けている可能性が高い。今は他人との接触を極力控えるよう伝えてくれ!」
「……分かり……ました」
海川の症状が悪化し続ける。頭を押さえてるので、ひどい頭痛に襲われているようだ。しかし、何とか力を振り絞り、携帯で鶴田に連絡を取ろうとする。
「さて、わたしも……ゴホッゴホッ!ゴホッゴホッ!」
図書館の床に吐血による血溜まりができる。
単千尋の命ももう長くない。
墓石くん……君にも感染していたら、アウトだ。今度こそ我々の負けになる。
墓石に電話をかける。
─────────
────
「おっ、単さんからだ」
墓石は単からの電話に出る。
「おー……墓石くん、出てくれたか……」
電話口の向こうから、単の荒い呼吸音が聞こえる。
体調が悪そうだということが即座に分かった。
「単さん、風邪でも引いたんですか? なんか体調悪そうですね。何か買ってきます?」
「いや……わたしのことはいい。君の方は大丈夫か? 君にもこの病気が感染してるかもしれない」
「えっ……!? 実は、ちょっと頭痛がするなーと思ってたんですよね。少し熱っぽさもあります」
「何!? 本当か!?」
手遅れだった。
恐らく墓石にも感染している。
しかし、比較的症状が出てから、余裕がありそうにも見える。
「いいか、よく聞いてくれ。恐らく我々はすでに、冬木そよからの攻撃を受けている。この病気の症状がそうだ。すでに、わたしと海川くんは症状が悪化し、わたしに至っては吐血までしている」
「本当ですか!? 今、外にいます! すぐに向かって……」
「駄目だ! 君は亀ちゃんと会って、“寿命を増やしてもらってくれ”。彼女の“寿命操作”は、病気には有効だ」
「そんな……!? 単さん達の方を優先してください!」
「いや……恐らく亀ちゃんも、三人分の長期寿命は持っていない。自分ともう一人くらいだろう」
「しかし……」
ゴホッゴホッ!ゴホッゴホッ!
電話の向こうの単の咳が激しくなる。バチャバチャと水が跳ねるような音がする。血が落ちる音のように聞こえる。
「君に託すことにするよ。君ならこの逆境を何とかしてくれる……いつだってそうだったじゃないか? 冬木そよの件が落ち着いたら、密国庁 秩序維持課を訪れてくれ」
「勝手に託さないでください! 他に方法はないんですか!? みんなが助かる方法を《《探して》》下さい!」
「もう十分探したさ。……そして、出した答えが“君に託す”だ」
「──密国庁の村雨優貴を止めてくれ! やつは、大量殺人を企んでいる。やつの作ろうとしている秩序を“破壊”してくれ! “破壊使い”の墓石優一!」
「村雨……優貴……」
ゴホッゴホッゴホッ!
「……すまない。……わたしも限界のようだ……必要なことは鶴田くんに全て伝えてある……まあ……あとは元気にやってくれ。……そして、妹を大事にな、墓石くん」
「単さん!」
そこで単千尋との電話は途切れた。
しかし、単千尋と通話を終えてから、墓石の体調も悪化する。
個人差があるのか、咳はまだ出ていない。しかし、ひどい頭痛と悪寒、意識が急激に多くなっていく。
嘘だろ……!?
こんなに急に……!?
俺もここで死ぬのか……
単さん……みんな…………………直……
墓石はよろめきながら、近くの公園のベンチに横になる。症状が良くなる様子は全くない。
目は開いているが、体に力が入らない。
ちくしょう……鶴田に会うまで体がもたねぇ……
単さん、すみません。俺には村雨優貴を止められそうにないです……
墓石優一は静かに目を閉じた。
意識を失い、心拍数も減少していく。
チクッ────
墓石の傍らに、注射器を持った医療用防護服に身を包む者達がいた。手に持つ注射器を墓石に刺したようだ。
防護服に身を包む人物は三人いた。
注射器で何かを注入した後、墓石の呼吸が少し落ち着いた。心なしか気を失っているその表情も、少し苦しみが和らいだ顔になる。
「これで治ったの?」
防護服の一人が、注射器を打った防護服の人物に問いかける。
「いや、まだだよ。この薬は一時的に症状を和らげるだけで、完治はしていない。これからわたしの家に運んで治療薬を作るわ」
公園の奥に車が停めてある。そこに乗せて、墓石を運び出すつもりだ。
しかし、防護服達は何者なのだろうか。
「治せるの?」
「分からない。でも薬品を作る施設はもう準備してある。優一くんの血液や粘膜から、ウイルスを見つけて、その性質を確認するところかな」
「へー、そんなことできるんだ? でも薬なんて作ったことないでしょ?」
「わたしを誰だと思ってるの? やった事がなくてもできるに決まってるじゃない? わたしにはこの病気の治療薬を開発できる“自信”があるんだから」
注射器を持つ女がきっぱりと言い放つ。
「それにしても、カイシンも“運”がいいね。わたしらがまだこの町にいてさ。──そして、“運”よくこの公園に立ち寄るなんてね」
もう一人の防護服が言う。
「ちょっと二人とも真剣にやってよね。冬木のウイルスなんかにわたしの未来の旦那を殺させないでよね。完治したらまた“恋”に落ちてもらうんだから! 今度は真剣なお付き合いするのよ」
三人目の防護服が怒ったように言う。
「勝手にどうぞ。わたしは、とりあえず冬木そよなんかにわたしが唯一勝てなかった男を殺されたくないだけよ。わたしともう一度“卓球勝負”してもらうまで死なせないんだから!」
「頼もしいなあ! その台詞ビビッときたぜー」
「由良が治療薬を作るまで、しょうがないからまたサポートしてあげる。家事なら任せてよ」
元四大人災の三人、春野由良、夏目深琴、秋山円慈は協力関係になっていた。
冬木そよに勝つために──
「あなたのウイルス────“自信”を持って攻略させてもらうわ。“風邪使い”の冬木そよ!」
続く




