第19話 冬木そよ
十一月十五日
Os Bar
ここは、渋津野図書館を運営している爺氏の経営するバーである。
店構えは小さいながらも、常に繁盛しており、今日も人で賑わっていた。
いつものとおり仕事をし、閉店時間が近づくにつれ、店内の客もまばらになってきた。
そして、閉店時間──
まだ一人客がバーカウンターに座っていた。
その客は開店当初から一人で店に入っていたのにも関わらず、酒や食べ物を注文せず、ソフトドリンクばかり飲んでいた。
バーに来る客で、複数名で来店する人の中には、酒を飲まない人がいる場合があるが、一人で来店して酒を一切頼まない客は珍しかった。
また、その風貌も目立つもので、小柄で、白髪に赤い眼鏡をかけており、一瞬老婆のように見えたが、よく見ると若い女性だった。それもかなり若い。二十代前半くらいに見える。
来店してから、誰かと待ち合わせている様子も無く、ただ携帯をずっと眺めているのみだった。
「すみません。これで閉店となります」
「そうなの? 居心地が良くて、予定より長居してしまったわ」
「それは何よりです」
表情はあまり変わらないが、本人的には居心地が良かったらしい。
少女の声は透き通ったような声で、どこか儚い感じがした。
「これを飲んだら帰ります」
「そうですか。しかし、焦らなくて大丈夫ですよ。まだわたしも片付けがありますので、しばらく店におります」
「まあ、優しいのね」
しばらくしてから、少女は注文した飲み物を飲み干し、お会計を済ませた。
「ありがとうございました。少し遅くなって、ごめんなさい」
「いえ、構いませんよ。わたしの帰りはいつも遅いので」
「そうですか。あの……待っていただいたお礼と言っては何ですが、占ってみてもいいですか?」
「占い……ですか?」
「ええ、わたくし占い師をしておりまして、あなたからすごくいい運気を感じたので、手相……見させてもらえませんか? すぐ終わりますので。あなたの手相にすごく興味があります」
爺も占いというものに、少ながらず興味があったため、少しくらいならと、手を少女に差し出す。
すると少女が手を取って、爺の手相をまじまじと見つめる。
「では、拝見します。………………、あなたの手相……やはりいい運勢ですね。最近、いい出会いがあったのではないですか?」
爺は、単千尋の顔を思い浮かべる。単との出会いは、爺にとっていい出会いであった。
図書館への寄附金や、海川が働いてくれることで仕事が楽になったりと、すごく助かっている。そして、単や海川、鶴田の人柄をすごく気に入っていた。
「当たりです。さすがでございます」
「ええ…………でも」
白髪の少女の顔が少し曇る。よくない結果も出てしまったのだろうか。
「あなたに死相が見えます。その新しく出会った《《方々》》にも死相が見えます。お気をつけ下さい。では」
それだけ言い残し、少女は足早に去っていった。爺は何も言えないまま、少女が店から出ていくのを見送った。
占いの結果もそうだが、少女の存在に胸騒ぎを覚える。
そこで、爺は少女の最後の発言に違和感を覚えた。
「『新しく出会った《《方々》》』? なぜ、一人ではないと分かったのだろうか……?」
少女のことが気になり、慌てて後を追うように店を出たが、外にはすでに少女の姿は無かった。
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十一月十六日
渋津野図書館 一階
そこには、単千尋、海川農里、鶴田亀子、墓石優一が集まっていた。
単千尋の私物の整理をしていた。
図書館での情報収集を終えたため、最後の四大人災である“冬木そよ”を退けたら、単はこの町を離れることにしたのだ。
元々は、“瀬海市機能停止事件”を起こした墓石優一の経過観察のためこの都市に残っていたが、“墓石優一は、もう二度とあの惨劇は起こさない”という判断に至ったため、経過観察も終了した。
手伝いに来ていた墓石は、床に散乱している資料をまとめながら、単に質問した。
「単さんは、ここを出たら密国庁に戻るんですか?」
密国庁の誰かから命を狙われているなら、その本部に戻るのは危険ではないかと思ったからだ。しかし、単に答えは墓石の予想しなかったものだった。
「えっ? 戻らないよ。だって、辞めてきたもん」
「そうなんですか? 何で!?」
衝撃の事実に墓石は驚いたが、他の二人はすでに知っていたようで、特にリアクションはしなかった。
「何でって……まあ……向いてなかったんだよな。上司の命令聞いてへこへこするってのがさ」
それは、確かに単千尋に向いてないなと内心思った。単が上司に頭を下げてる絵を想像できない。
「まさかとは思いますけど……辞めたのって、俺のせいじゃないですよね?」
「…………違うよ」
謎の間があり、墓石の確信が強まる。
やはり、単は何かを隠している。辞めたのか、辞めさせられたのか分からないが、あの事件が関係している気がした。
あの事件……瀬海市機能停止事件……その犯人、墓石優一。一つの都市から人々の姿を消させたという大規模な事件であるのに、そのお咎めが、“寿命を999歳まで延ばす”というよく分からない嫌がらせのようなお咎めで済んだのがまずおかしい。普通なら逮捕されたり、最悪死刑になってもおかしくないのに。
もしかして、単千尋は自分を庇って、密国庁を辞めたのではないだろうか? 上司の命令に背いて、墓石を匿ったから──!?
単に確認せずにいられなかった。
「あの……単さん……すみません。もしかして────」
「皆さんご無事でしたか!? 敵が来たかもしれません」
墓石の言葉を遮り、爺が図書館に現れた。
爺にしては珍しくひどく慌てた様子だった。
「敵とは? ……何かありましたか?」
爺は昨日オーズ・バーに現れた白髪の少女のことを話した。まだ、その少女の正体が密国庁からの刺客“四大人災”である決定的な証拠は無いが、その存在の不気味さが、爺に嫌な印象を与えた。
「冬木そよ、か」
「僕達も面識は無いから、その情報からだけだと本人かどうか判断できませんね」
「うむ、だがそろそろ警戒する必要があるな。爺殿すまない。勝手なお願いで申し訳ないが、当面はバーも休業してもらえないだろうか? あなたにも危険が及ぶかもしれない。休業中の費用はわたしが出すから、聞き入れてはもらえないだろうか?」
「分かりました。それに……わたしも最近、体調がどこか優れないので、少し休もうかと思ってたところです。単様のおっしゃるとおりにいたします」
「すまない、お大事にしてくれ。何か必要なものがあったら言ってくれ。海川くんに届けさせる」
「任せて下さい」
「ありがとうございます。皆さまもお気をつけ下さい」
その日は片付けを少し進めた後、お開きとなった。
帰り道──
墓石は今日の出来事を一つ一つ思い出していた。
なぜ、単千尋は密国庁を辞めたのか?
そして、なぜ墓石にもっと大きな罰を与えないのか?
最後の四大人災 冬木そよはもうこの町に来ている?
そして────なぜ冬木そよは、爺始一郎に接触してきたのか? そこに何か意味はあるのか?
いくら考えてもまだ何の答えも出せなかった。
「単さんが辞めた理由は、明日にでももう一回聞いてみるか。さっきは途中で話が終わっちまったからな」
墓石はそんなことを考えながら、自宅まで辿り着いた。
この時の墓石はまだ知らなかった。
生きている単千尋と会うのは、この日が最後になるということを────────
続く




