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第17話 鍋

 “恋使い”の秩序──

 一 対象の男性に恋をする。

 二 秋山円慈(あきやまえんじ)に恋をされた男性は、秋山円慈を好きになる。

 三 秋山円慈に恋をした者は、秋山円慈の奴隷(どれい)となり、秋山円慈の命令は絶対となる。


「明日は86号と朝に会って談笑する。で、89号はLINEのやりとりだけで済まそうかな。93号と94号は完全に心を奪ったからしばらく放置でもOK。それで、82号と83号はもう《《キリ》》かな。この二人から得られるものはもう無いし──」


 秋山円慈は、春野のアパートにいた。

 リビングのテーブルに座り込み、何やらノートに書き込みを行っている。


「今日のまとめはこんなとこかな。で、後は、──────“恋人ナンバー99号 墓石優一くん”の記録は、“今日は鶴田亀子とデート。瀬海市動物園と運動公園へ行く。墓石優一の心変わりは無し。”……まー、当然よね。あんなヤンキー女にわたしの魅力が負けるわけないのに。単千尋のあの提案は理解に苦しむわ」


 今日の墓石と鶴田のデートの一部始終は、密国庁の秋山の部下が監視しており、秋山にはその様子が逐一報告されていた。

 そのため、デートの結果、墓石が秋山に“恋”をしている状況は変わらないということは知っていた。

 その証拠に、デート後に墓石から、こんなLINEのメッセージが入った。


『えんちん、デート終わったよ! 明日はえんちんとデートしたいから、予定空けといてね! その時に、単千尋の居場所を伝えるね♡』


 墓石は秋山の奴隷を辞めることができなかった。秋山から離れることができなかったのである。


「大好きよ、ゆーたん♡ 単千尋の居場所を聞いたら、ゆーたんを使って単千尋を殺してもらいましょ! あと、鶴田亀子、大澄衛時、海川農里の三人もね! 特に鶴田亀子は勘に障るやつだったから、わたしの方でトドメを刺したいなあ」


 時計は深夜0時を回っていた。ここらで、秋山も寝る準備を始める。


「……これで、村雨課長にもいい報告ができそう。明日が楽しみ!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

渋津野図書館 一階 卓球場兼単千尋の寝室


墓石と鶴田のデートの次の日


 この日、単千尋の他三人の部下である鶴田亀子、大澄衛時、海川農里が集まっていた。鶴田から昨日のデート結果を報告していた。


「みんな、すまん。墓石の気持ちを秋山から離れさせることはできなかったよ」


「亀ちゃんは、頑張ったよ! 元気出してよ」


「ありがとな、農里。頼みがあるんだけどさ、ちょっと失恋の記憶消してくれよ」


「……まあ、亀ちゃんが望むなら」


「いや……やっぱ待ってくれ。墓石とデートできたことは覚えておきたい。やっぱ無し!」


「オーケー」


 海川と鶴田は仲が良く、二人で仲良く話すことが多い。そして、その二人のやりとりを興味無さそうに眺めるのが大澄衛時だ。


「……で、これからどうするんです?」


 二人の会話を遮るように大澄が口を開いた。

 大澄は単に向かって、疑問を投げる。


「現状、墓石くんの意思は秋山円慈の支配下にあります。このままでは、秋山円慈にここの場所を伝えた後、密国庁の刺客が送り込まれくると思われます。────というより、秋山が墓石くんに命令し、彼自身が我々を殺しに来るかもしれません」


 大澄が冷静に分析した意見を述べ、館内に緊張感が生まれる。

 先程まで談笑していた鶴田と海川も、大澄の意見を静かに聞いている。


「……そうだね。大澄くんが述べてくれた可能性が一番高いな。恐らく、我々のことをよく知っている墓石くんがここに来るだろう。そこでだ──」


「──君達はここから逃げたまえ。わたし一人でここに残るよ」


 単の提案に、他三人は驚いた様子だった。

 誰も、単のその提案を受け入れたいとは思っていなかった。


「千尋さんも一緒にここから出ましょう! 居場所がバレたからってここにいる必要ありませんよ!」


「そうですよ! ここには確かに貴重な記録が残っていますが、別の所でも探せばまた見つかりますよ」


 鶴田と海川が説得しようとする中、やはり大澄は一言も発さない。じっと、単の決断を待っているようだ。


「“秩序を乱す者は己の作った秩序を重んじる”。──わたしは、秋山に秩序を提案し、彼女はそれに応えてくれた。その結果、わたしは敗れたのだ。ならば、わたしは受け入れたいね。たとえ、自分の命が懸かっていてもだ。それが、“探し使い”単千尋の生き様さ」


「そんな……」


「まあ、君達には世話になった。《《密国庁を辞めてまで》》、わたしについてきてくれたのに勝手に幕引きをしてすまない」


 単千尋が頭を下げる。

 自分についてきてくれた部下に申し訳ない。その気持ちがプライドの高い単に頭を下げさせたのだ。


「海川くん、わたしの記憶には無いが、わたしは宝くじでかなりの額を当てたそうだね? その軍資金を三人で分けて遠くに逃げてくれ」


「……しかし!」


 ガタンッ


 何者かが卓球場の扉を開けようとしている。

 もう刺客が来てしまったのだろうか。

 すりガラスから、扉の向こうの男の影が見える。そのシルエットから、扉の向こうにいるのはどうやら墓石優一のようだ。

 秋山の命令でここに来たのだろうか。


 バンッ────!


 勢いよく扉が開けられる。

 その手には、何か黒くて平たい鈍器のような物が握られていた。


「よお、思ったより早く来たんだね? 墓石くん」


「お久しぶりです、単さん」


「墓石!? その手に持ってるのは────鍋?」


「おお! 鶴田! そのとおりだ。みんなで飯食いません? 鍋でもやりましょうよ」


 状況が飲み込めず一同ポカーンとしてしまう。

 墓石は単を殺しに来た、という様子は無く、そこにいるのは単達が知っているいつもの墓石のようだった。


「お前……秋山とのデートはどうした? そこで、ここの場所を教えようとしてたんじゃなかったのか?」


「ああ……秋山とは別れたよ」


「「「えっ!?」」」


 墓石は持ってきた鍋を卓球台の上に置く。その他にも食材やら、食器やらをたくさん持ち込んできていた。


「正確には、秋山に振られたんだ。秋山が俺の事を好きではなくなったらしい」


「…………そうか、……ふふっ、…………はっはっは!」


 何かを察したように、単の顔には笑みがこぼれる。


「千尋さん、どうしたんすか?」


 誰も単の笑っている意味が分からない様子だ。


「いやいや、やるなー墓石くん。またやったんだね。秩序を“壊した”んだな?」


 墓石と単の中では会話が成立しているらしいが、他の三人は状況を何一つ理解できていなかった。


「ええ────」

「では、俺こと墓石優一が振られたということで、俺の失恋会の鍋パーティーをやりましょう!」


続く


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