第15話 ゆーたんとえんちん
十月一日
Os Bar
ここは、渋津野図書館オーナーの爺始一郎氏が経営するバーである。
昼間は図書館に勤務し、夜はバーのバーテンダーをやっている。
爺は、この生活を十年間続けている。
店内はさほど広くはないが、バーカウンター数席と個室数席がすでに満席で、賑わっている。
バーカウンターの一番奥に泥酔している単千尋が客として訪れていた。
すでに、数杯酒を飲んでおり、呂律が回らなくなっている。
単は一人でここに来ており、そこから少し離れたところで、爺は別の客の相手をしていた。
単は、図書館を仮住まいとするようになってから、夜な夜なこのバーに足を運んでいたのである。
半分起きていて、半分寝ているような状態の単。そんな単に話しかける二人組の男がいた。
「お姉さん、今日は一人? なんか楽しそうだねー。俺達と一緒に飲まない?」
若い女性が1人でいる様子を見て、イケイケの男性客がナンパ目的で近づいてきた。
「わたしは二人ですよ」と、べろべろに酔った状態で答える。視線も男二人に合っていない。
「お姉さん、酔い過ぎ! どう見たって一人しかいないじゃん! 見えない彼氏でもいるのかな?」
「見えない彼氏いてます」と、頭をグラグラさせながら答える。傍から見てもまともに会話できる状態じゃないのは明白だ。
その単の手を取り、男達は連れ出そうとする。
「もっといい店知ってるからさ。ついて来なよ」
「お姉さん、スタイルいいね!モデルみてーだな!」
「やめてくれへー」と、情けない声を出しながら、抵抗するが、椅子から腰が浮き上がる。
それを見かねて、爺が止めようとするが、男達は単を連れ出そうとするのを止める気配はない。
そのまま、男二人と単は店の外に出て行き、爺も後を追う。
男の一人が、後を追う爺に気がつく。
「おっさん、揉め事を起こしたくないよね? 見なかったことにしてくれるなら、店に迷惑かけないからさ」
「その方はわたしの友人です。触れないでいただきたい。すでにあなた方は迷惑です」
「ん? ジジイ、やんのか?」
単を地面に降ろし、二人が爺の方を向く。
爺の身体もなかなか大きいが、今目の前にいる若いナンパ男達二人もなかなか良い身体つきをしている。普通にやり合ったら、爺の分が悪い。
男二人が戦闘態勢となり、爺氏も身構える。
「あれ? 千尋さん?」
若い女の声が二人の男達の背後から聞こえる。
「何でこんなところで寝てんすか? ……って酒臭さっ! どんだけ飲んだんだよー」
三人が単の方を見ると、単の傍らに金髪にスカジャン、青のジーパンを履いた細身の女がそこにいた。
単を肩で担ごうとする。
「待てよ! ネーちゃん!」
「何だよ?」
「……ネーちゃんもよく見ると可愛い顔してるじゃねーか。お前も俺らと飲むか?」
「飲まねーよ、わたしは未成年だ」
ドサッと再び単を地面に降ろす。
「ナンパのつもりか、お前ら? わたしはもっと硬派な男が好きなんだよ」
「っんだと!? 生意気言ってんじゃねえ!」
と、男の1人が拳を金髪の女性の顔に振り下ろす。
女性は躱すこと無く、その拳を受ける……が、その体はビクトもしない。
「こいつ!?」
「何だよ弱いな。手加減でもしてんのかよ?」
もう一人の男が、女性の腕を掴み強引に引っ張る。
その瞬間、女性の拳が男の鳩尾に突き刺さった。
鳩尾を殴られた男はそのまま、声を上げることなく、膝から崩れ落ちて、気絶した。
「触んな」
続けて、先程顔を殴ってきたの男の目の前まで間合いを詰める。
「てめえ、わたしのツラをよくも殴ってくれたよな? 覚悟はできてるんだろうな?」
「う、うるせえ!」
残った男も拳を繰り出すも、それはヒラリと躱される。
そして────
「うらあああっ!」
またしても、女性の拳が、もう一人のナンパ男の鳩尾にクリティカルヒットし男は倒れ込む。
そして、残った爺を睨見つけ、威嚇するような表情をする。
「爺さん、あんたもやる気かい?」
「いえ、滅相もございません」
爺は敵意が無いことを伝える。
「あなたは単様のご友人でいらっしゃいますか?」
「……? ああ、わたしは鶴田亀子って者だ。そこのバーでこの千尋さんと待ち合わせしてたんだけどさ。来てみれば、変な奴等に絡まれてたからビックリしたよ」
「────ってか、待ち合わせしてるのに、来る前に酔いつぶれんなよ、千尋さん」
呆れ顔で単を見下ろす。
「ふがっ」
イビキのような音を出す。単千尋はアスファルトの上で眠ってしまったようだ。
「単様は、わたしが図書館に運んでおきます」
「いや、いいよ。千尋さんは適当にわたしがビジネスホテルにでも連れてくから────ていうか、図書館って何?」
そこで爺は、これまでの単と出会ってからの経緯や、宿泊施設として自身が運営する図書館を貸していることを伝える。
「探し出してんなぁ……自分に都合のいいものを……ったくこの人は相変わらずちゃっかりしてんなあ」
「──じゃあ、悪いけど案内してくれよ。仕事が終わったら、図書館にはわたしが連れてくよ」
その後、爺の仕事が終わるまでバーで時間を潰した後、爺と鶴田と、眠っている単は、図書館へ向かった。
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十月十五日
「ゆーたん、あ〜ん」
「あ〜ん」パクッ
墓石と秋山のカップルは近くの公園に来ていた。
付き合ってからおよそ一ヶ月半が経つが、いまだに仲がいい。
今日は秋山が作ってきたお弁当を墓石に食べさせている。
今の二人の状態は、俗に言う『バカップル』になっていた。
「えんちんのお弁当、すごい美味しい! 毎日食べても飽きねーよ!」
墓石の顔は蕩けきっていた。
「うれし〜! 明日も作るからね! ゆーたん」
「ありがとう、えんちん」
お気づきだと思うが、二人の呼び方も墓石が『ゆーたん』、秋山が『えんちん』という名前で呼び合っている。
仲が良すぎるがゆえ、周囲の人の視線も生温かいものになっていた。
そして、その様子を遠くから見守る人影があった。
長身の女性と小柄な金髪少女──“探し使い”の単千尋と“寿命使い”の鶴田亀子だった。
「えっ? ……何あれ? あれが墓石優一……?」
鶴田亀子は絶句していた。
かつて、瀬海市を混沌に陥れた男の成れの果てが《《あの姿》》である。
「なあ千尋さん、いくら何でも人違いじゃねーか? わたしの知ってる墓石は、もっとこう……硬派な感じだった気がするが」
「人は“恋”をすると変わってしまうんだな」
「そんなしみじみ言ってる場合じゃねーだろ。しかも相手は人災ちゃんの一人だろ? 大丈夫なのか?」
「ん〜、今のところ異常という異常が無いから、わたしもノータッチにしているんだが、妙に胸騒ぎがするんだよな」
「胸騒ぎじゃなくて、胸焼けじゃねーか? 昼間から公園で変なもの見ちまったし」
チラッと、墓石と秋山の方に目を向けると、今度は墓石が秋山の口元で“あ〜ん”をしていた。
実際には見えないが、今2人の周りにおびただしいハートマークが浮かんでいることだろう。
少しゾワッとしてしまったせいか、鶴田は少し身震いをした。
「学校じゃあ衛時もちゃんと見てんのかよ?」
「大澄くんも“観測”してくれてるよ。まあ、彼らの家の中までは見れないけどさ」
「うーん、そうか……」
鶴田はこの場から離れたそうに立ち上がる。
ラブラブな二人の様子を見てられないといった感じだ。
「じゃあさ、もうそっとしておいてやろうや。聞くところによると、秋山ってやつは、春野っていう“自信使い”のサポートメンバーみたいなやつなんだろ? じゃあ、脅威にはなんねーんじゃねーか?」
「──千尋さんが、墓石が浮かれてるのに、嫉妬してるだけじゃねーか?」
「いや」
そこで、単も立ち上がり、小柄な鶴田を見おろす。
「わたしではなく、“君の方”じゃないか?」
「ん? ……なにがわたしの方?」
「君の方が墓石くんのこと好きだったから、嫉妬してるんじゃないかい?」
ニヤニヤしながら鶴田に詰め寄る。
「別に好きじゃねー《しゅ》」
鶴田は台詞の最後の少し言葉を噛んだ。
「あれ? 動揺してる? わたしが気がつかないとでも?」
「…………」
「亀ちゃん、硬派な男が好きだもんね」
「……今の墓石のことは好きじゃねーよ」
鶴田はこの瞬間認めた。
鶴田亀子は、墓石優一のことが好きだった。
正確に言うと、“瀬海市機能停止事件”を起こした頃の、出会った当初の墓石のことが好きだった。
しかし、今の墓石は秋山に骨抜き状態にされており、見るも無残な状態である。
「今の墓石は……好きじゃ……ねえ」
───でも、やっぱり顔はタイプなんだよなー!!!
無理やりひねり出したような、否定宣言を聞き、それでやっと単も引き下がる。
しかし、今の墓石の状態を加味したとしても、見た目は鶴田の好みらしい。(単には到底それを言うことはできないが)
今の墓石の顔はやっぱりカッコいい──でも──
「今の墓石は…好きじゃない」
「分かった。分かったから」
「と、とりあえずこの場は離れよう。あいつらの存在は目の毒だ」
好きだった人が、他の女といちゃつく姿を見ることは、精神が削られる。
「そうだね。あれはあれで面白いから見ていたいけど……、わたしはね、本当は亀ちゃんの方に墓石くんを振り向かせて、秋山から引き剥がしたかったんだけどね」
亀ちゃんも可愛いし───と、本当に思っているのか疑問だが、一言付け加える。
しかし、鶴田の気持ちは変わらない。
「今の墓石は幸せそうだしさ……わたしの入る余地は無いんじゃねーかな? ……べ、別に好きじゃねーけどさ!このまま放っとこうや」
──サヨナラ、墓石。わたしは新しい恋を見つけるよ。
「………………」
公園のベンチでいちゃつき続ける二人を尻目に、単と鶴田は公園を離れる。
昨日から、鶴田も単と同じく図書館での寝泊まりを開始したため、2人は図書館へ向かう。
帰路についても、鶴田は終始ブルーな状態だった。
あーあ、あいつらはこの後も家でラブラブするんだろうなー、わたしは一人寂しく、上司と帰宅──この差は何だろう……あっ、ちょっと泣きそう……
「……亀ちゃん、元気出しな」
「いやいや、意味分かんねーし! 別に何も思ってねーし」
「分かった。分かったから」
「分かってねーし」
「────ちょっといいですか?」
「「うわっ」」
単と鶴田の前に唐突に、“観測使い”の大澄衛時が現れる。
「びっくりさせんなよ!」
「すみません。鶴田さん、ご無沙汰してます」
「おう……で、どうした?」
「報告です。単刀直入に言うと、墓石くんは何らかの催眠状態にあると思います」
「催眠状態!? どういうことだ!?」
大澄は、いつもの調子で報告を続ける。感情の起伏が激しい鶴田亀子と、感情をあまり表に出さない大澄衛時、真逆の二人であるため、話すテンションがチグハグになる。
「今の墓石くん、おかしいと思いませんか?」
「おかしいね。それは秋山円慈といちゃついてることを言ってるのかい?」
「ありゃあ、恋しちゃってるだけだ! 放っておこうぜ!」
墓石はおかしくなったてしまったが、色恋でおかしくなってると決めつけて、大澄の言い分を聞こうとしない。
しかし────
「ここ数日、墓石くんを見ていて、違和感を抱く場面がありました………ここじゃあれなので、図書館に行きませんか?」
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十月十五日 PM八時
大澄達は、渋津野図書館一階の卓球場に集まる。
初めて来た大澄は、図書館の内装に驚く。高価な彫像もそうだが、卓球台が二台も図書館内に置いてあり、その上にはベッドがそれぞれ敷いてあった。
「何ですか? これ?」
卓球台を指差す。
無感情無関心の大澄もさすがに気になったため、単に質問する。
「これ? 卓球台兼ベッドだ。……で、大澄くん、本題だ。墓石くんに違和感を抱いた根拠とは?」
無理やりな回答で会話を終わらせようとする単に、さすがの大澄も少しイラッとしつつも、単の質問に答えようとする。
「まずはこれを見て下さい」
そこには、墓石が通う敷織高校の食堂付近の自動販売機が映し出されていた。
「これは?」
「これは、学校内に設置されている防犯カメラの映像です。映像の日にちは二日ほど前です」
「ほうほう」
「しばらくすると、墓石くんが現れます」
大澄に促され映像を見ると、墓石が自動販売機を横切ろうとしていた。
その後ろを秋山が走って追いかけてきて、包のようなものを渡していた。
「この時間はお昼休みなので、渡した物はお弁当みたいですね。そして、そのまま二人は食堂へ歩き出した」
「……何だよ、衛時。これのどこが違和感なんだよ? ただ、いちゃついてただけだろ?」
「問題のシーンはこの後です」
「むっ。墓石くんだけが戻ってきたな。……そして、ゴミ箱に何かを捨てた。これは?」
墓石がゴミ箱に捨てた物は、先程秋山から受け取った物とは別の包みだった。
「墓石がその場を離れた後、また誰か来たぞ! …………ってお前かい!」
次に現れたのは、大澄衛時であった。
墓石が捨てた物を拾い、中身を広げる。その中身は──
「……これも弁当? しかもこれも手作り?」
「でも、墓石くんは他の誰かに作ってもらった弁当を捨てたということか? この日は秋山の弁当があるから?」
「でも、墓石に弁当を作る奴って他にいるのか?」
「それは、この後確認が取れました。この捨てられた弁当を作ったのは、“墓石直”、墓石くんの妹です」
「何!?」
「あいつは妹が作った弁当を捨てたのかよ!?」
「大澄くんは、その事実を誰から聞いたんだい?」
「それが……墓石くん本人から聞きました」
「「はぁっ!?」」
単と鶴田は同時に驚いた。
「墓石くんは言いました。『えんちんに、お弁当作ってもらったから、直の弁当はいらなくなった。だから捨てたんだ』と」
「おいおい……あいつは絶対そんなこと言うやつじゃねーだろ! だって、あいつは……墓石は……確か重度のシスコンじゃなかったか!? だって《《あの事件》》も元はと言えば──」
「これは異常事態だな。あり得ないことが起こった。我々の知る墓石くんは《《妹が自分のために作った弁当は絶対に捨てない》》。何があろうともだ!」
「ああ、こいつは絶対おかしいぜ! ──何かがすでに始まってるのかもしれねーな」
秋山が原因なのかはまだ分からないが、確実に異変が起きている。
このままでは、墓石はもちろん、単達の身にも良からぬことが起きようとしていた。
「やっぱわたしやってみるわ。千尋さんが前に言っていた“墓石を振り向かせて、秋山から引き剥がす”ってやつ?わたしも、このままじゃ事が悪い方向に向かってるような気がしてきた。」
墓石に異常が起きているため仕方なくやる。という大義名分ができたため、鶴田亀子は気が変わったようだ。
「おお! 亀ちゃん、やってくれるか! ──では、わたしの立てた当初の作戦を遂行する時だな!」
「でも、本当に上手くいくのか? 見た感じ秋山にベタ惚れだったぞ?」
「まあ、そこは亀ちゃんの魅力で何とかするしかないな。いずれにせよ、もうこの方法しかない。名付けて“墓石優一NTR作戦”だ!」
「……嫌な作戦名だな」
かくして、“探し使い”単千尋が探し出してきたとっておきの《《作戦》》が決行されることとなった。
続く




