第14話 村雨優貴という男
遠出 歩は、密国庁の庁舎内にある会議室に呼び出されていた。
部屋に入ると、中には誰もいなかったが、机と椅子が整頓されており、照明がつけられていた。
遠出は、民間企業である某自動車メーカーに勤めている人物で、年齢は三十代手前で、社内では優秀なエンジニアとして活躍している。
今回、密国庁から招集の依頼があり、庁舎の一室に来ていた。
密国庁とは、仕事上の付き合いも全く無いため、どのような理由で、自分が何故呼ばれたのか見当もつかなかった。
しかし、国の機関からの要請であるため、会社の指示で、仕方なくここに来ていた。
受付の女性からは、しばらくお待ち下さいと言われているため、大人しく待ってはいるが、落ち着かず、部屋の中をウロウロと歩き回る。
部屋の中は、白い壁に時計がかけられていることと、他には机と椅子があるのみで、とても質素な部屋だった。
俺はなぜ呼ばれたのか…?
緊張した面持ちで待っていると、密国庁の職員らしき男が入ってきた。
男は遠出の姿を見ると、ニコッと笑いかけた。
その男の風貌は、一言で言うなら“優しそうな人物”である。
年齢は三十代後半らしく、顔に皺が目立ち始めたという様子がうかがえる。
「君が遠出くんかな? 初めまして、わたしは村雨優貴と言います。“まさき”は“優しい”に“貴族の貴”で優貴……読めないでしょ?」
男は笑顔を崩さず、握手を求める。
遠出は恐る恐るその手に応じた。
その様子を察してか、村雨という男は少し慌てたようだ。
「あー、ごめんね。怖がらせちゃったよね? 何故君がここに呼ばれたのか分からないもんね」
「ええ……」
村雨の返答に少し緊張がほぐれる。
とりあえず怖い人では無さそうだという印象だ。
「いきなりなんだけど、君は密国庁の秩序維持課という部署があるのは知っているかな?」
「いえ」
密国庁は知っている。
国民の生活を守るため、日夜活動している組織。国の組織であるが、具体的な活動内容のほとんどがブラックボックスとなっており、詳細な仕事内容は明らかになっていない。
しかし、ニュースでは一部活動内容が報道されるため、国民も密国庁の存在について、そこまで疑問視していない。
国民には公にされていないが、内容としては、ニュースで報道できないような凶悪な犯罪者の対応や、テロリストの征圧、感染病の対策等、警察や医療機関が介入しても、解決できない事案を取り扱っており、そのほとんどを解決に導いているのが秩序維持課なのだ。
「──とまあ、前段の説明としてはこんなところかな?」
「はあ」
秩序維持課という存在を初めて知り、勉強にはなった。しかし、本題が出てこない。
──何故、遠出 歩がここに呼ばれたのか?
「秩序維持課ってね、普通の人間はまず入れない組織なんだ。みんな特殊な技能を持ち、この世の秩序を変えてしまうほどの力を持っている」
ここにきて、遠出は自分が呼ばれた理由を理解する。
村雨は続けて言う。
「──遠出くん、秩序維持課の人間はね。《《君と同じような》》特殊な技能を持っている人達の集まりなんだ」
この人は《《俺について》》知っている。
「君は喧嘩が強いそうだね? しかも、多人数相手でも負けたことが無いとか?」
「はい」
「若い頃、不良グループに入ってたんだってね? それで喧嘩が強いというのは、よく聞く話だが──」
この人は全てを知っている。
「でも君の強さには条件があるんだろ? 君は“攻撃されないと戦えない”。つまり、“反撃”しかできない?」
「おっしゃるとおりです。わたしは昔から何故か、自分からふっかけた喧嘩は一度も勝てないのに、“不意打ちされる”、“大人数で奇襲される”、“相手から喧嘩を始める”──そういった条件が整った時だけ、強さを発揮するようです。理由は分かりませんがね」
「恐らく、それが君の“秩序”なんだろう」
「“秩序”?」
「ああ、“秩序”はこの世の絶対だ。当然の決まり事のような……強制力のあるルールのような……基本的に我々は秩序から逸脱したことはできない」
「……」
「しかし、時にそれらを乱し、自分の秩序を作る者がいる。例えば、“どんな物でも探し出す者”、“自信を持つことで、身体能力や知能を極限まで上げる事ができる者”、“運を操り、人の人生を変える者”等、そして、“反撃する時は、最強の存在となる者”……それらの選ばれた人間の集まりが、密国庁 秩序維持課なんだよ」
「秩序を……乱し……秩序を作る」
「そうとも。わたしはね、弱者に優しい世界を作りたいと考えている。でも、それを遂行しようとすると秩序が邪魔をするんだ。だって……“弱者は幸せになれない”っていう秩序がすでにあるんだから」
村雨はこの世の不条理に憤りを感じているかのように力説する。
「だから集めてるんだ」
「集めてる?」
「君のような秩序を乱せる人間をね」
「………」
遠出歩がここに呼ばれた理由──それは密国庁への勧誘だった。
普通と違う遠出に興味を持ち、仲間に引き入れようとしている。
しかし、遠出はすぐに答えを出せずにいた。
長い沈黙の後、村雨の方から提案する。
「まあ、本音ではわたしの理想のためには、君の能力が欲しいと思っている。でも、今すぐに答えを出すのは難しいよね?もし、興味が湧いたら、ここに連絡してほしい」
村雨は、遠出に名刺を渡す。
その名刺は少し変わっており、密国庁という情報以外に、名前と、電話番号しか記載が無かった。
「ああ……この名刺変わってるよね? 一応、内部情報を公にできない機関だからさ。“秩序維持課”とか……そこら辺は公表できないのよ。だから、最低限の情報しか書いてないんだ」
「なるほど。少し考えさせてもらいます」
「もちろん……よろしくね」
遠出は、村雨に会釈すると部屋から出て行った。
遠出の足音が遠ざかるのを聞いて、村雨は大きなため息を吐き出した。
「うーん……やっぱり単ちゃんがいないと、“秩序を乱せる者”を探すのが大変だなあ。戻ってきてほしいけども……彼女、強情だからなあ」
「……まあ、だから単ちゃん殺すんだけどね。単ちゃんの秩序は強力だ。後にわたしの“優しい理想郷”の支障になりかねないからね。《《墓石優一》》も然りだ。わたしの作る理想郷に、わたしに従わない強者はいらない」
村雨は部屋の中央でぶつぶつと独り言を垂れ流す。その間も、ニコニコの笑顔は崩さない ───“殺す”という言葉を使った時でさえ。
「墓石優一を殺すだけなら、銃やナイフ、毒───暗殺でいくらでもチャンスがあるけど、隠れ上手の単ちゃんを殺すには、墓石を利用して上手くやるしかないから、面倒くさいよねえ」
ぶつぶつ───ぶつぶつ───
「────まあ、とにかく今は、《《秋山ちゃん》》に頑張ってもらうしかないな」
そこで、独り言を終え、村雨も部屋を後にした。
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九月二十三日
墓石は、瀬海市民病院を退院し、普通の生活に戻っていた。
今日は祝日、秋分の日。学校は休みである。
この日、墓石は瀬海市にある水族館に来ていた。
腕時計で時間を確認しながら、巨大なクジラのオブジェの前に立っている。
誰かと待ち合わせしているようだった。
「ごめん、待った?」
「いや、こっちも今来たところ」
待ち合わせの相手、秋山 円慈が小走りで近づいてきた。
額には少し、汗をかいている様子だった。
「ごめんね、遅れっちゃったよ! わたしの時間管理能力不足です!」
「いやいや、全然気にしてないよ! 待ってる間、館内のマップも確認できたし、円慈のおかげで水族館をスムーズに回れそうだぜ」
「優一くんは、優しいなあ──じゃあ、行こっ! あっちで入館のためのチケットを買えるみたい!」
秋山の指差す方向に二人で歩き出す。歩き出してすぐ、二人の手は自然と繋がれ、傍から見れば、まるでカップルのように見える。
というより────まるでではなく、本当にカップルとなったのだ。
二人が付き合った日、今より約三週間ほど前──
ワールドライブでの演奏後、墓石が入院している病院に、秋山がお見舞いに来た。その時、墓石の方から告白する形となり、付き合うこととなった。
しかし、その相手は四大人災の一人、秋山円慈であった。
カップル成立後、そのことが判明し───
「“秋山円慈”って四大人災の一人だよな? 単さんからその名前は聞いたことがあるぞ!? ──俺に告白してきたのも、俺や単さんを殺すためじゃないよな?」
「ちょ……ちょっと待って! 多分単さんから、わたし達に関する情報を聞いてるとは思ってたけど、わたしは墓石くんを殺すつもりはないよ! 初めは、四大人災として、この学校に潜入して、暗殺任務を遂行するつもりだったけど……」
目の前の少女が、三人目の刺客であることが確定し、墓石は身構える。
「でもね、由良ちゃんと勝負する墓石くんの姿を見て、好きになったのは本当だよ」
自然な上目遣いで、墓石の顔をマジマジと見る。
“好き”というワードを出すのが照れくさそうである。
「“由良ちゃん”って、春野由良のことか?」
「そうだよ。わたしは元々ね……由良ちゃんのサポート役でここに来たの。わたしには、由良ちゃんや、深琴ちゃんみたいに、すごい能力は無いから」
「サポート?」
「わたしの役目は由良ちゃんの家で家政婦をすることだったの。でも、今由良ちゃん、行方知れずになっちゃったから、一人で由良ちゃんのアパートに住んでるんだけどね」
「お前は、“何とか使い”じゃないのか?」
「わたしにはそんな大層な能力は無いよ。まあ、特技を強いてあげるなら、人より“家事”が得意なことくらいかな?」
「かじ……?」
かじとは……? 家事? 火事?
「家政婦だから、家事のほうだよ。掃除、洗濯、料理とか」
秋山円慈は家事が得意らしい。
「じゃあ、本当に俺の命を取らないのか……?」
確かに、墓石を殺そうとしている雰囲気は感じられない。本当に殺すつもりなら、入院中にいくらでも殺せるはずだ。
それに、秋山には申し訳ないが、春野や夏目のような“異色感”というか、“カリスマ性”、“強者感”と言ったらいいのか──そういった類のものは全く感じなかった。
ごく普通の女の子といった感じだ。
「命は取らないよ。 取るつもりなら、告白なんてしないし……」
言葉の最後の方はゴニョゴニョして小声になっていたが、しっかりと聞き取れた。
───ということは、告白は本当だったんだ!
それなら、付き合ってもいいよな……?
「なあ、秋山……やっぱり付き合ってみないか?」
「うん!」
この時の墓石は、彼女ができるなら、もう何でもいいや──という思考になっていた。
以上、回想終了。
かくして、墓石秋山カップルが誕生したのである。
水族館デートも終わり、辺りは暗くなり始める。
「今日も楽しかったぜ」
「優一くん、今日もありがとね! あの……今日も家に行っていい?」
「えっ……お、おう」
墓石と秋山は付き合ってから、デートが終わった後、墓石の家に行くというのが、お約束になっていた。
墓石達が、墓石の家に着くと、玄関の鍵を開ける前に、扉が開く。
墓石家には実は自動ドアがついていたのだ──というわけではなく、扉を開けてくれたのは、妹の直だった。
「おかえり、兄貴……と、円慈ちゃん」
「ただいま、直ちゃん。今日もご飯作っていいかな?」
「……うん。もちろんだよ。いつもありがと」
「円慈、いつも悪いな。夕飯ごちそうになっちゃって」
「ううん、いいの! わたし、料理好きだからさ! 由良ちゃんがいなくなったちゃって、家ではわたしも一人で寂しいし!」
「……どうぞあがって、円慈ちゃん」
「じゃあ、お邪魔します!」
秋山は、墓石の家に行くようになってから、ものの数日で妹の直と仲良くなった。
最初は直に警戒されていたが、何度かお邪魔し、料理を作ったり、部屋の掃除をしたり、洗濯をしたり──墓石家で家事をこなすうちに、直の信用を勝ち得たのだった。
「円慈ちゃん、今日泊まっていきなよ?」
「直ちゃん、いいの!? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな? 優一くんもいい?」
「もちろんだぜ」
この日、秋山は墓石家で一泊することとなる。秋山が、泊まるのは今回が初めてではない。
最近になって、秋山も家で待ってる家族がいないということで、墓石家で夜を過ごすことが増えてきた。
とはいえ、墓石家では、優一よりも直が懐いて、べったりであるため、寝るまでの間は、秋山は直と一緒にいる方が多い。
夕飯は、秋山が作り、墓石兄妹に振る舞う。
「わあ、いつ見てもすごいね。円慈ちゃんの料理は……わたしも高校生になったら、作れるようになるのかな」
「意外と簡単だよ! 今度作り方教えてあげる!」
「本当? ありがとう、円慈ちゃん。そしてら兄貴に弁当でも作ってやるかな」
今日の献立は、鯖の塩焼き、卵焼き、サラダ、味噌汁に白米と、文句無しの献立だった。
秋山と付き合う前まで、優一も直も、自分で料理を作ろうとせず、コンビニか外食で済ませることが多かった。
しかし、秋山が墓石家に通うようになってから、墓石の食生活は一変して、健康的なものになった。
「この卵焼きうめえ! やわらけぇ!」
つい最近まで墓石は、卵焼きと言えば、コンビニ弁当に入っている卵焼きくらいしか食べていない。
秋山の作ったご飯を食べてから、人が作ったものは、こんなにも美味しいのかと素直に感動した。
墓石の両親は仕事の都合で、二年ほど前から二人とも海外に出張しているため、自宅で手料理を食べたのは実に二年ぶりである。
「どうだ、兄貴? これが円慈ちゃんの料理だ」
妹が誇らしげに言う。
「いや、お前が作ったわけじゃないだろ!」
思い返すと、親が出張してから、妹の直と食卓を囲み、家族らしい会話をするのも久しぶりだ。
一時期、優一と直で二人で試行錯誤しながら料理していた記憶もあるが、遠い昔の記憶に感じる。
「優一くん、いっぱいあるから、ゆっくり食べなよー」
「美味すぎて箸が止まらん!」
そう言って、おかずを口いっぱいにかき込む。
本当に美味しいんだから、仕方がない。
食に興味の乏しい墓石も夢中になる。胃袋を掴まれてしまったようだ。
夕食は終始団らんムードが流れ、お風呂に入り、就寝となる。
秋山は直の部屋で寝る。これも一応、健全な付き合いをしたいという優一の意向である。
彼らはまだ手を繋ぐまでで精一杯である。
夕食後、墓石は自室のベッドで横になり、天井を見あげながら、無意識に呟いていた。
「……幸せだなあ。なんか俺達家族みたいでいいな」
墓石は、秋山と付き合うようになってから、穏やかな日々を過ごしていた。
最近は、“四大人災”のことはほとんど考えなくなっていた。
次の日も墓石は秋山と一緒に登校し、授業中は別のクラスで授業を受け、昼は一緒にご飯を食べ、放課後になると一緒に帰った。
墓石達は、校門を抜ける時、生徒達の見送りのために校門に立っている先生に挨拶をした。
今日の当番は、大澄だった。
大澄とは、九月に入ってからというもの、授業以外では一切言葉を交わしていない。
彼とは、異常が起こらなければ、特に会話することもない。
「さようなら」
無機質な声で墓石達に挨拶する。
「さようなら」と、墓石と秋山もお辞儀して、大澄の前を通り過ぎる。
今はどっちなのだろうか。“教師”として俺達を見送ったのか。それとも“観測者”として、俺達を観察しているのか。
大澄の表情を見ても、感情は読めない。
墓石は深く考えることは止め、秋山との楽しい時間に集中した。
墓石達の姿が見えなくなってから、大澄に声をかける人物がいた。
「墓石くんの様子はどうだい?」
「見てのとおり、異常はありません」
「君、本当にちゃんと“観測”してる〜?」
「観測した結果を報告してますよ。単さん」
声をかけたのは単千尋だった。
単は、大澄の横に腕組みして立ちながら、遠ざかる墓石達を眺める。
「最近、また図書館に来なくなったと思ったら、色恋にうつつを抜かせおって! けしからん!」
「今のところ、秋山円慈に怪しい動きは無いですね。墓石くんの様子もいたって普通です」
「う〜ん、純粋に色恋してるとは思えないんだよな〜」
四大人災が近くにいるが、今のところ異常が何も無いから、単も手をこまねいている。
「このまま何事も無いと思う? 秋山ちゃんは“何使い”なんだろうね?」
「…………」
大澄衛時は、自身の知らない情報に対しては何も解答しないことを常としている。
「いずれにせよ……これはわたしの勘だが、わたしはこのままではヤバいと思っている。二人を引き離さなければならない……そんな気がする。しかし、力技では難しい……そこでだ」
指をパチンと鳴らし、大澄をジッと見る。
単は、何か良からぬことを考える顔になる。
「我が身の安全のため、二人の恋路を邪魔する輩を用意しようと思う」
「輩って……誰にその役をお願いするんです?」
あまり興味が無さそうな声色だが、大澄は質問する。
「誰って────わたしらの知り合いで、若い娘でその役目を担えるのは一人しかいないだろう?」
「…………」
大澄は何も喋らない。答えに見当がつかないのではなく、単の考えが分かったから、それ以上は何も言うことは無いといった表情だ。
「彼女を呼んでくれ、大澄くん。“寿命使い”の鶴田 亀子くんを!」
鶴田 亀子────単千尋の三人の部下の内の一人で、密国庁 秩序維持課に所属する“寿命使い”の女性である。
そして、墓石の寿命を999歳まで延ばし、その弱みを握る人物。
そしてさらに、鶴田 亀子は──────────墓石 優一に惚れている。
続く




