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第13話 DEAD END

「えー、わたし達は瀬海市で結成したクラウドファウンディングスというバンドです! クラウドファンディングって言葉があるかと思いますが、間違いとかではありませんので、悪しからず!」


 神ちゃんがオープニングトークを行う。さすが、前に所属していたバンドでもボーカルで、前座の喋りをやっていただけあって、慣れている様子だった。


「──結成してなんとこれが、わずか五ヶ月! それにも関わらず、わたくしギター兼ボーカルを務めます。“神”こと神ちゃんと、そして──」


 神ちゃんが石川氏、晋ちゃんの順にメンバー紹介をする。

 そして、墓石のことも──


「ドラム担当の墓石優一こと、ニックネームは墓石……破壊神……から文字ってカイシンって呼ばれてます! なんとドラムを始めてから僅か三ヶ月でワールドライブに出場を決めた男! こ、こいつ天才か〜!」


 わざとらしくリアクションを取り、紹介してくれた。

 観客からも「お〜!」とか「すごい!」など墓石を称賛する声が聞こえた。


「──とまぁ、時間も押しているので、ここらで演奏を始めたいと思います! 演奏中は、アクシデントが多々あるかもしれません。例えば、演奏ミスったり、声が裏返ったり、ドラムがスティックを落としたり、─────」


 神ちゃんの冗談で、客がウケる。

 掴みはまずまずといったところか。


「──、ギターの晋ちゃんが無駄にカッコつけたり、石川氏が奇声をあげたり、──」


 アクシデントの紹介がまだ続く。


「──落雷が発生するかもしれませんが、全て演出ですので、温かい眼差しで見守っていただけると幸いです!」


 落雷────それが、こいつの殺し方(やりかた)だ。


 一週間前に、単千尋から聞いた情報にあった。


 夏目(なつめ) 深琴(みこと)は自然災害を使って人を殺す。


 しかし、雷を意図的に落とすことは可能なのだろうか?


 夏目は他人の不運を使って、雷を落とす。


 “不運(ふうん)使い”


 それは、墓石が偶然聞いた夏目の言葉から導き出した答えだった。

 かつて夏目は言った。


『人間の運っていのはね。良いことと悪いことの起こる割合って同じくらいなんだよね』


ワールドライブから一週間前──

渋津野図書館


 そこで、墓石と単は、ここ数ヶ月のことをお互いに情報共有した。


 かつて、密国庁の職員を調査していた警察官が、落雷で命を落としたこと。それが数件発生していること。


 墓石と単の運が劇的に良くなっていること。宝くじが当たる、望みが叶う、女の子に告白される等。


 最近になって、バンド活動を始めたこと。

 神ちゃんという少女と出会ったこと。


 墓石の購入したスクラッチが全て当選し、1500万円獲得したことが分かった後───

 単は、《《探し出してきた》》事実をもとに、この状況を整理する。



「これはあくまで、わたしの仮説だが────」


「この幸運が続くことも、夏目の能力(ちから)なのだろう。でなければ、宝くじが当たりまくる現象の説明がつかない」


「でも、敵は宝くじを当てさせて、どうしようっていうんだ? 俺達が喜ぶだけじゃないか?」


「君に近づいてきたバンドメンバーに“運”というワードを連想させる人物はいるか?」


 運──幸運──不運──、一人思い当たる人物はいる。


 ──わたしは運がいいからな。全ての出来事はわたしの都合の良いように進んでいくからね──


 ──人間の運っていのはね。良いことと悪いことの起こる割合って同じくらいなんだよね。すごく悪いことがあった後って、すごく良いことが起こることが多くない? ───


 人間の運の“良い”と“悪い”は同じ比率になる。


 良いこととがあった後は、悪いことが起こる。逆に悪いことがあった後は、良いことが起こる。


 人間の運はそういう仕組みになっている。本当かどうかは分からないが、少なくとも神ちゃんはそう信じているようだった。


「心当たりがありそうだな」


 その後、単は過去の新聞記事──落雷によって、密国庁の内部を捜査していた職員が命を落とした、という記事を見せる。


「その記事の最後の一文を読んでみてくれ」


 墓石は言われるまま、新聞記事の最下部に目を向かわせる。


 “第一発見者は、公務員の夏目深琴さん”


 夏目深琴───四大人災の一人。


「夏目が雷を落としている。そして、それは自然災害を意図的に発生させている。他人の“不運”を使ってだ」


 単の仮説───、かなり情報がちぐはぐで、無理やりな仮説に聞こえる。しかし、“探し使い”が探し出した仮説。

 これほど信憑性の高いものは他に無いだろう。


「もし……俺の知り合いが、その夏目深琴なら、もう俺達には雷が落ちてるはずだろ?」


 神ちゃん=夏目深琴の仮説を信じたくない墓石は、それを否定するための理由を探す。


「まだ、こちらの存在に気がついてないか、あるいは今は準備期間なのかもしれないな。雷を落とすための準備期間」


「準備期間──でも俺の身体にこれといった変化は無い」


「変化はあるだろ? さっきから異変が起きてると言ってるだろ」


 墓石も単も、異常なほどまでに運が良くなっている。

 でも、それでどんな不都合があるのか?


「そこで、さっきの墓石くんの知人の“神ちゃん”とやらの台詞に引っかかったんだ」


『人間の運っていのはね。良いことと悪いことの起こる割合って同じくらいなんだよね』


 とてつもなく良いことが起こった後は、とてつもなく悪いことが起こるということ。


「ああ……ああ……そんな……」


 墓石もここにきて確信した。

 しかし、信じたくなかった。神ちゃんが四大人災だったなんて……墓石を殺そうとしているなんて……


「近々、我々の幸運の反動で、大いなる不幸として──雷が落ちるだろう。それはもう回避できない」


 墓石の立て続けに起きた幸運は、大いなる災いの前触れだったのだ。


 それは、“運”を扱う者──言うなれば“不運使い”の仕業なのだろう。


「“不運使い”……そんなことができるなんて」


「それが秩序を見出せる者達だよ。君も同じさ、“破壊使い”の墓石くん」


 それでも、運を操って雷を落とすなんて、スケールが違いすぎる。


 もう、幸運はたっぷりと受け取ってしまった。後は巨大な不運を受け取るだけ。


 落雷──


 それが、俺の死因になるのか……


 いや──


「単さん」


「どうした?」


 墓石はこの瞬間、対抗策を考えついていた。

 夏目の暗殺計画を破壊するための──

 しかし、それは墓石にとっては、悲しい結末となる策だった。


 墓石は自分の案を単に話してみた。

 “不運使い”と戦う秘策を──


「……うん」


 単は墓石の案をすべて聞いた上で、さらに考える。しかし、今回は墓石の案がベストアンサーのように思えたのだろう。


「君のアイデア……すごくいいよ。でも……君はそれでいいのかい?」


「ええ、色々と考えましたが、これしかないと思います。あくまで俺の仮説から作り出した対抗策ですが」


 墓石の考えた対抗策、それは、夏目深琴の用意した落雷から逃れる方法──であると同時に、《《墓石自身にも失う物がある方法》》だった。


「でも、その方法ならわたしも使えるしな。───そして、墓石くんの案なら、雷以外の不運で攻撃されたとしても、防げるかもしれない」


 不運な事故など、雷以外にもたくさんある。交通事故、火災、通り魔に襲われる──、墓石案はどれにも対抗できる。


「善は急げだ。早速やるか?」


 墓石の案は、今すぐにできる方法であるため、単は早速試そうとする。

 しかし、墓石はまだそのタイミングでは無いと思った。


「落雷のタイミングなら分かります」


「本当か?」


「ワールドライブ……その最後の曲の演奏中、もしくは曲が終わった後です。俺の方はそれまで待ってもらえますか?」


「ここ数ヶ月間、夏目を見てきてそう思ったのかい?」


「ええ、夏目は──神ちゃんは、ライブを成功させたいんだと思う。多分俺を殺すのはその後です」


「なるほどな……よし、今回は君に合わせよう。タイミングが来たら合図を出してくれ。我々もライブ会場にいるとしよう」


「分かりました」


 タイミングはクラウドファウンディングスの最後の演奏曲“DEAD END”が始まった時だ……

 墓石はそう確信していた。


「生き残れよ、墓石優一」


 墓石は秘策を単千尋に託し、ワールドライブに臨む。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

現在

八月三十一日 午後五時五十五分


 二曲目の“軒並(のきな)聖人(せいじん)”の演奏が終わる。

 一曲目、二曲目とも大成功で、会場は大いに盛り上がっていた。


 墓石も、落雷のことは一時忘れて、ドラムの演奏に集中した。

 今はクラウドファウンディングスの一員として、ライブを成功させることに専念している。


 もう少し……あと少しだけ……このメンバーと音楽やっていたかったな……


 心の底から、墓石はそう思っていた。


 しかし、その楽しい時間も残り僅か……


 最後の曲に差し掛かった。

 三曲目“DEAD END”だ。


「名残り惜しいですが、次が最後の曲となります! みんな、最後まで盛り上がって行きましょう!」


 神ちゃんが会場の観客に呼びかける。

 おおー! という歓声が会場を包む。


「“DEAD END”です!」


 神ちゃんがそう叫ぶと同時に、墓石は会場にいる仲間に合図を出した。


 ────今です、《《海川さん》》。



「はいよ、墓くん」


 その瞬間、墓石の中から何かが消失する。


 DEAD ENDは激しいギターソロから始まった。

晋ちゃんの独断場だ。


 そのタイミングで、会場が暗くなる。

 まだ、時間は午後六時頃、夏であれば明るい時間である。

 では何故────?


 ゴロゴロという音とともに現れたのは、暗雲であった。夕方の真夏の暗雲──よく見る光景であるが、今回のその暗雲には死神が潜んでいる。


 墓石も曲調に合わせ、ドラムを叩く速度を上げる。


 夏目は、後方の墓石をチラリと見た。


 カイシン──ごめんな。この曲が終わったら、それが君の最期だ。

 カイシンと出会った時、ビビッときたのは、カイシンが暗殺対象だからじゃない。ドラムマンとしてのカイシンに才能を感じたんだ。


 DEAD ENDはサビに入る。それに合わせて、さらに会場は盛り上がる。

 無名のチームがここまで会場を沸かせることは未だかつて無かった。


 だから、本当に残念だよ。初めて会った時に“墓石優一”であることに気がついていればなあ……バンドにも誘わなかったし……こんな苦しまずに済んだんだろうな……


 雲の内部で雷鳴が轟いている。まもなく、夕立とともに、落雷が発生するだろう。

 ワールドライブの運営も、今演奏しているクラウドファウンディングスの曲が終わったら、一時観客達を避難させるアナウンスの事前準備を始める。


 ──さよなら、カイシン


 バーーンという轟音とともに、雷が炸裂した。

雷は近くの木に当たり、黒焦げにする。


 ん? 外れた……でももう一発デカいのがくる。


 同じく、轟音とともに、雷が地上に落ちるが、墓石とは明後日の方向に落ちた。


 一向に墓石に当たらない雷を見て、夏目は違和感を覚える。

 ここまで外したことは無かったのだから──


「なんで…」

 当たらないの!?


 落雷があったため、ワールドライブ運営も一時中断させ、観客達に避難を呼びかける。

 観客達は名残惜しそうに、安全な場所への移動を始めた。


「さすがにヤバい! 俺達も避難しよう!」


「機材は舞台裏に置いておけば、大丈夫よね? わたし達も行こう!」


 石川氏、晋ちゃんがステージから降りて、観客達と逃げようとした時、二人の後方からギターとドラムの音が聞こえてきた。


「あいつら……」


 晋ちゃんが振り返ると、墓石と夏目は演奏を続けていた。

 DEAD ENDはまだ終わっていなかった。


「カイシン、まだ逃げなくていいの?雷はまだ来るよ」


 DEAD ENDの歌のパートが途切れたタイミングで、ステージ上の夏目が墓石に呼びかけた。


「…………」


 墓石は夏目の方を一切見ず、一心不乱にドラムを叩き続けている。


「無視ですかー? カイシンくん?」


「…………」


 ここにきて、夏目も墓石の様子がおかしいことに気がついた。


「カイシン?」


「……お前、誰だ?」


 墓石は夏目が誰なのか分からなくなっていた。


「冗談でしょ!? 神のわたしを忘れたの!? 神ちゃんだよ!?」


 一瞬、戸惑った夏目だが、すぐに何が起こったのか理解した。


「そうか──“記憶使い”海川農里に記憶を消してもらったのね?」


「……そうみたいだな。でも、この曲の弾き方だけは覚えてる。──そして、俺はこれを最後まで演奏しなきゃいけないみたいだ」


 記憶を失ったようだが、ドラムの手を止める様子はない。


 ……そうか、カイシンは消したんだね


 曲はクライマックスに差し掛かる。雨足も強くなり、曲はほとんど聞こえなくなる。


 わたしと出会ってからの幸福を全て消したんだ。他の幸福に加え、わたしとの出会い、晋ちゃん、石川氏とも出会って、楽しくバンド活動してきた三ヶ月────カイシンは記憶から消したんだ。

 同じく、単千尋も幸福だった頃の記憶を消している。つまり、幸福を無かったことにできたんだ。


 幸福は、その後楽しかった記憶として、その人に蓄積される。

 つまりその記憶が無くなってしまえば、それまで受け取っていた幸福もゼロとなる。

 めちゃくちゃな理論だが、現に今の墓石に落雷は一つも当たらなかった。

 不運を回避する手段として、有効だったのだ。


 カイシンはぶっ飛んでるね。さすがは、わたしの認めた男だ。


「ビビッとくるね」


 夏目はギターのビートを上げていく。

 全員が避難し、二人だけのステージで、夏目も墓石も無心でひたすら“DEAD END”を奏でている。


 そして、曲が終わる。


 雨足はかなり強まり、二人とも水で服や髪がぐしゃぐしゃになる。


(わたしの作った秩序が、こんな簡単な方法で壊されちゃうなんてね……)


 夏目はステージ上で棒立ちになる。

 全てを出し切ったのだ。

 疲労で腕が上がらない。


(わたしの負けだ。だったらケジメをつけなきゃね)


「カイシン」


「……?」


「ああ、記憶無いんだったよね。ごめんごめん。───まあ、わたしから言いたいことは一つだけ……今回の勝負は“君の勝ち”だ」


「俺の……勝ち……?」


「墓石くんは知ってるかな? “秩序を乱す者は形式を重んじる”、という言葉をね。わたしは“不運”という秩序を作ったが、それを受け取る相手がいなくなってしまった。これではわたしの秩序が成り立たない──────それなら、誰かがその不運を(こうむ)らなければならない」


「……誰か? お前はさっきから何を──」


 墓石が状況を飲み込めないうちに、頭上で雷鳴が小さく鳴り響いた。付近に落ちようとしているように見える。


 そして、──────


 爆音とともに、落雷が降り注いだ。

 その落下地点は夏目深琴のいる位置だった。

 夏目自身が、墓石に落ちるはずだった落雷を引き受けたのだった。


 バイバイ、カイシン。


 目の前が真っ白になる。


 これが走馬灯を見る瞬間ってやつか。動きがスローモーションに感じる。


 身体が浮き上がり、地面から離れる。


 不思議と痛みを感じない。


 ああ、死ぬ時ってこんな感じなんだね。すごい身体が楽だ。雨がわたしの身体に当たる感触しかない


 ────ていうか、アレ? 身体が投げ出されている? 何が起きてる!?


 夏目に落雷は当たらなかった。

 正確に言うと、落ちる寸前で、墓石が夏目の身体をステージの前面(観客がいた側)に押し出したのだ。

 そのため、落雷を躱して、押し出された勢いで、二人の身体はステージ外に飛んで行った。

 夏目の後ろで墓石の身体も投げ出されていることを確認する。

 落雷は二人に当たらず、夏目が使っていたボーカル用のマイクに当たっていた。

 マイクスタンドが避雷針の代わりになったのだ。


 夏目はそのまま観客側の地面に落ち、頭を打つ。

 その衝撃で意識が遠くなっていった。

 しかし、薄れゆく意識の中、遠くから「おい! 大丈夫か!?」「救急車を呼ばなきゃ」といった晋ちゃんや石川氏の声が聞こえてきた。

 彼らは墓石と夏目が心配で、二人のステージを最後まで見守っていたらしい。


 晋ちゃん……石川氏……ごめんね……ステージ……めちゃくちゃにしちゃって。


 そこで夏目の意識は完全に途切れた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ──はっ!


 夏目は目が覚めると病院の一室にいた。

 頭には包帯を何重にも巻かれており、身体中擦り傷だらけだった。


 助かったのかな? あの後どうなったんだろう?


「よかった!気がついたのね!」


 考える間もなく、石川氏が神ちゃんに抱きついた。


「ようやくお目覚めかよ。死ななくてよかったな」


 その後ろで晋ちゃんが嬉しそうに腕組みして立っている。


「ここは?」


「ここは瀬海市民病院だ。あの後、お前ら地面に落ちた衝撃で気絶しちゃったんだぞ。すぐに救急車を呼んで、ここに運び込まれたんだ。墓石もお前もCTを撮ったんだけど、外傷以外は特に問題無いって医者が言ってたらしいぜ。運がよかったな!」


「運……」


「本当無茶するんだから! 何で避難しなかったの!?」


「……何でだろ。やっぱ目標にしていたライブだっからかな……最後までやりきりたかったんだよね」


「そうか。……まあ、俺らも必死に演奏してるお前らを見たら、止めらんなかったわ」


「雷が落ちた時はヤバかったけどね。神ちゃんがあのまま歌ってたら、本当に……」


 石川氏は“死んでた”という言葉を必死に飲み込んでいるようだった。

 最悪の事態を想像したくなかったのだろう。


「とにかくさ、今日はゆっくり休めよ。墓石も同じ病院にいるみたいだな。まだ話せてねーけど、一回意識を取り戻して、また寝てしまったらしい」


「そうなんだ」


「じゃああたしら帰るね。これじゃ練習もしばらくお休みね」


「またな、神ちゃん」


 別れの挨拶を告げると二人は病室から出て行った。

 すると、ポツンと夏目一人だけになってしまった。


「ちょっと行ってみるかな」


 夏目は墓石の様子が気になり、墓石の病室に向かった。


 夏目が墓石の病室に入ると、晋ちゃんが言ったとおり、墓石は眠っているようだった。

 頭には、夏目と同じように包帯を巻いている。


「生きてる」


 くーくーという寝息が微かに聞こえる。

 墓石のベッドに腰を下ろし、マジマジと顔を見る。


「《《消える》》前に、挨拶していきたかったんだけどな」


 すると、墓石はパッと目を覚まし、急に身体を起こした。

 咄嗟のことで夏目は驚いた。


「起きるなら起きるって言えよ!」


「わりー、驚かせちまったか? ……というか、お前無事だったんだな」


「あー、おかげさまでな。そっちも地面に落ちた時に怪我させたみたいだね。申し訳ない」


「あの時か……あの時……気づいたら考えるより先に体が動いていたんだよな」


「それで落雷から人を救えるなんて、君すごいな」


 改めて考えると、墓石の身体能力の高さに驚かされる。


「───石川氏と晋ちゃんが救急車を呼んでくれたんだから、お礼言っときなよ」


「石川? 晋ちゃん? 誰…?」


「ああ、そうか。記憶消しちゃったんだもんな」


 わたしに勝つためとはいえ、カイシンには残酷な選択をさせてしまったな。


「じゃあ、君が無事そうなのも確認できたし、わたしは行くよ。命助けてくれてありがとね! 墓石くん」


 夏目はこの場から立ち去ろうとする。その手をぐっと墓石は掴む。


「むっ……何だよ、墓石くん?」


「お前の名前はなんて言うんだ?」


「わたし? ……わたしは……」


「……わたしは、クラウドファウンディングスというバンドでボーカルをやってる“神ちゃん”という者だ。次は忘れんなよ!」


「? ……お、おう」


「ではまた」


 今度こそ夏目は立ち去ろうとした。


「──神ちゃん、ありがとな」


 後ろを振り返ると、墓石も不思議そうな顔をしていた。


「“ありがとな”………って何だろうな……? 口から勝手に出てきた」


 “ありがとな”は、墓石の口から発せられた言葉だが、今の墓石自身は何故お礼を言ったのか自分でもよく分かっていない様子だった。


「悪いな、変なこと言っちまって」


「いや、いいよ────カイシン、今の言葉、ビビッときたぜ」


 そのまま、夏目は病室を出て行った。

 一人取り残された墓石は周辺を見回す。

 とりあえず、今の状況を整理してみる。


 俺は瀬海市民病院にいる。

 そこに至るまでの経緯は、音楽界最高峰のフェスの一つであるワールドライブに参加し、クラウドなんちゃらというグループのドラム担当で演奏していた。

 さっきの神ちゃん? もメンバーの一人らしいな。

 曲の弾き方は知っていたが、一緒に演奏しているメンバーの名前は全く分からなかった。

 そして、天気が悪くなり、演奏は一時中止となったが、《《何故か》》俺は演奏を止めなかった。そして、もう一人、先程病室に来ていた神ちゃんという女と二人で演奏を続けていたら、落雷が発生した。

 そこからは、よく覚えていない。

 落雷から神ちゃんを助けるため、その体をステージ上から押し出し、ステージ外に落ちた。

 そのまま……意識を失った。

 それで、気がついたら病院のベッドの上にいた。

 ベッドの脇の机の上には、お見舞いに来てくれたであろう人達の品が置かれていた。

 海川さんからのお菓子の差し入れ。妹からの果物の差し入れ。


 みんなに心配をかけてしまったな。


 記憶が無くなっている気がするのは、気のせいではなく、海川さんの能力(ちから)だろう。

 ということは、俺は四大人災の誰かと戦っていたのだろうか。


「こんにちは」


 また来訪者が来た。

 墓石の知らない人物だった。


「墓石くん、身体の調子はどう?」


「ああ、まあ、お陰様で。頭打った以外は何ともねーよ」


「そう。それならよかった」


 今墓石の目の前にいるのは、一ヶ月前、体育館裏で墓石に告白した女子だった。

 今年の四月に敷織(しきおり)高校に転校してきた黒髪ボブカットの大人しそうな顔の女の子。

墓石のライブを見に来ており、遠目から応援していたようだ。

 今の墓石はそれさえ覚えていない。


「墓石くんに、振られてから、忘れようと頑張ったけど、今日のドラムで演奏する墓石くん見てたら……また好きになっちゃいました。……それで……またじっとしていられず、勝手にお見舞いに来ちゃったんだけど」


 ポッと赤くなり、照れ隠しのためか少し目を逸らす少女。

 当然、墓石はその時の記憶を消しているため、この少女の存在や、この少女の言う“振られて”という言葉にピンときていなかった。

 しかし、墓石の頭は急速に回転しだした。


 俺が……女の子を振る……!? しかもこんな可愛い子を!? 記憶を消す前の俺は何をやっているんだ!?

 今の俺だったら、絶対付き合う……!


「ごめん、頭打ったばかりで、記憶が曖昧になってるんだけどさ、さっき“振られた”って言ってたけど、君が俺に告白したの?」


 とりあえず、頭を打ったことを言い訳に、記憶喪失の雰囲気を出してみる。

 そして、告白してもらったことを聞き出そうとした。

 墓石は、我ながらダサいことをしているというのは重々承知しているが、それでも聞かずにはいられなかった。


「? ……そう……だね。わたしが告白して、墓石くんに振られたんだよ。バンド活動に専念したいとかで」


 本当に何やってんだ!? 当時の俺!

 バンド活動なんてどうでもいいだろ!

 彼女作ることが最優先だろうが!


 この時の墓石の頭の中には、ここ数分間のやり取りは頭から消え去っていた。


 ワールドライブ? 

 クラウドなんちゃら?

 四大人災?

 夏目深琴?

 カイシン?


 ………………今はそんなことはどうだっていい!!

 俺は彼女を作りたい!!

 それのみを考える!!


「あのさ、やっぱり考え直したんだけど……やっぱり付き合わない? ……付き合ってから、お互いのことを知るのもいいと思うんだ?」


 我ながらかなりダサいことをしている。

 しかし……数パーセントの望みに賭けてみる。

 この少女も、“また好きになっちゃいました”と言っていたから、可能性があると踏んでいる。


「バンド活動はいいんですか?」


「バンド? ……ああ、とりあえず目標としていたワールドライブに出場できたから、バンド活動は一段落したかな」


「そうですか。それなら──」


 少女の顔がパアッと明るくなる。


 ──ああ、この子めちゃくちゃ可愛いじゃん。


「こちらこそよろしくお願いします! 墓石くん!」


「よろしく」


 よっしゃああああああああああ!

 生まれてから十八年間一度も彼女ができたことが無かった我が人生に転機が訪れた!

 ここ数日の記憶がほとんど無いけど、これ……ハッピーエンドだよな!?

 ああ…もう一回叫ばせてくれ。

 よっしゃあああああああああああああああ!!

 ──そうだ、肝心なことを聞いてなかった。


「そう言えば、これから何て呼べばいい?」


 この少女の名前が全く出てこない。

 “名前を忘れてしまった”というのは、さすがに失礼だと思い、遠回しな聞き方をした。


「そう言えば、一回も名乗ってなかったね! この前告白した時も、名乗る間もなく振られちゃったから」


 俺まだ名前は聞いてなかったんだ。じゃあ普通に聞けばよかったな。


「改めまして、三年三組の秋山(あきやま)円慈(えんじ)って言います。これからよろしくね。墓石くん!」


「おう!」


 へぇ…秋山ちゃんって言うのか。円慈って名前も珍しいなー…


 へぇ…


 えっ? 今、《《秋山円慈》》って言ったか!?


 単千尋から聞いた“四大人災 春夏秋冬”の名前を思い出していく。


 春野由良──夏目深琴──秋──秋は、──秋山円慈だ……

 四大人災じゃん……


 墓石が青ざめる表情とは真逆に、ニコッと秋山は墓石に微笑んでいた。


続く

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