第12話 墓石優一と夏目深琴
八月二十日 瀬海市 継々通り
クラウドファウンディングスは、初の路上ライブを行った。
継々通りは、瀬海市の中でも、区間が長く、様々な店舗が並んでおり、常に賑わっており、人々の往来が激しいところである。
ライブは夕方から始まり、クラウドファウンディングスのオリジナル曲を三曲披露した。
無名バンドの演奏ではあったが、多くの人が足を止め、演奏を聴いてくれた。
クラウドファウンディングスの曲はいずれも、神ちゃんが作詞作曲をしている。
一曲目“アンラッキーガール”、不幸な人生の少女が最終的に小さな幸せを見つける歌詞。
二曲目“軒並み聖人”、世の中いい人だらけだけど、正直に生きないと疲れちゃうよ…みたいな歌詞。
そして、三曲目“DEAD END”、どんなに人生頑張ったって最後はみんな死んじゃうから、気楽に生きていこうよ…という歌詞。
三曲目が神ちゃんのお気に入りの曲で、やはり継々通りのライブも、三曲目の“DEAD END”が一番盛り上がった。
この頃には、墓石も完璧にドラムを叩けるようになり、ノーミスで曲を演奏しきるようになっていった。
最近の晋ちゃんは、墓石を褒める時に『俺ほどではないがな』を付け加えなくなっていた。
石川氏も晋ちゃんも神ちゃんも、墓石を認めていた。
三曲目を弾き終えると、観客達から、大きな拍手が送られた。
しかし、無断で路上ライブをやっていたため、終わるとすぐに警察が駆けつけていた。
墓石達は機材を持って走り、いつもの音楽スタジオまで逃げおおせた。
「いやー、自分で言うのもなんだけど、大成功だったな!」
晋ちゃんはひどく興奮した様子で、みんなに声をかけた。
「本番一週間前に、人前で初演奏って、ちょっとドキドキしたけど、こんなに上手くいくとは思わなかった! わたしら、プロっぽくなかった!?」
いつもは、冷静な石川氏も興奮している。クラウドファウンディングスの初お披露目が思いの外上手くいったため、かなり自信をつけたようだ。
「それというのも、わたしが君達……才能を持つ者を集め、天才的な作詞作曲センスを持ち合わせ、イカしたチーム名を考えついた、わたくし“神”のおかげなのでは?」
「本当だよ、神ちゃん! お前は天才だ! 第一印象は、アホっぽいとか思ってごめんな!」
「そりゃないよ、晋ちゃん。その感想はわたしに伝えず、墓場まで持って行って欲しかったな」
晋ちゃんと神ちゃんのやりとりでみんなが笑う。
墓石も心の底から、このメンバーでバンドができてよかったと思ってる。
ドラムの楽しさ、チームでの達成感を学べてよかったと思った。
「カイシン、どしたん? 静かじゃん?」
「ドラム運んで疲れた。俺だけ荷物多いからな……」
墓石はドラム一式を肩で上手くかつぎ、2キロメートル以上走ってきた。そのバランス感覚とスタミナは人間業ではない。
「カイシンすげーよな。よくそれを運べたね」
「カイシンは人間じゃないからね。そういう固定観念やら秩序やらを壊せるのが、我らがカイシンさ!」
神ちゃんの言葉に引っかかる。
──“秩序を壊す”────
「……なあ、ワールドライブが終わっても、このメンバーで練習続けるよな?」
不意に晋ちゃんがぽつりと呟いた。
「わたしは続けたいな。こんなにいいメンバーが揃うってなかなかないと思うんだ」
実際、カイシン含め、メンバー全員の演奏能力や神ちゃんの歌唱能力、作詞作曲センスは、ハイレベルだった。プロを目指してもいいほどまでに──
「神ちゃんはどうよ? 我らがリーダー!」
晋ちゃんは神ちゃんの肩をポンと叩く。
しかし、神ちゃんの様子はいつもと違く、少し表情が暗くなっていた。さっきまで明るかったのに。
「……ん? 神ちゃん、どうした?」
「……」
墓石も何も言わず、神ちゃんの表情を見ている。
その表情はひどく思いつめたように見えた。
場は静まり、重苦しくなったかのように思えた。
しかし、その雰囲気をぶち壊すかの、神ちゃんが間抜けな声を出す。
「腹いてぇ」
「「「えっ!?」」」
三人が虚を突かれたような声を出す。
「昼に食べた、牡蠣の味噌汁があたったのかもしれん……ちょっとトイレ行ってくる」
「わたし達、同じ物食べたけど、わたしは何ともないわ」
「俺もだ」
「じゃあ、神ちゃんだけあたったの?」
「ちょっくら、花摘んでくれぜ!」と言うが早いか駆け出していた。
勢いよく、扉を閉め、再び静寂が訪れた。
「相変わらず騒がしいリーダーだな。本当に神ちゃんって、運が悪いよな」
「要所要所の運はいいんだけどねー」
ありゃ長くなるな──と、みんなが思ったところで、晋ちゃんは墓石に同じ質問をしてきた。
「カイシンも、ワールドライブが終わっても俺らとクラウドファウンディングス、続けるよな?」
「俺は……」
俺は……分からない。
ワールドライブでどんな結末になるのか……何が起こるのか……その結果、このバンドがどうなるのか?
今の墓石は、答えを出せないでいた。
「俺は……このバンドを続けたい」
「そうだろう? 俺ら絶対売れると思うんだ! 次の目標はフジロックだな!」
「晋ちゃん、攻めるねー」
「神ちゃん、途中で行っちゃったけど、神ちゃんも続けてくれるよな? あいつが作ったチームなんだし、ワールドライブが終わってサヨナラは無いとかは無いよな!?」
それは誰にも分からない。
なぜ、神ちゃんは、クラウドファウンディングスを作ったのか?
それは、ワールドライブに出場するため……?
それとも──?
この日、神ちゃんは“不運なことに”、体調が改善しなかったため、トイレから出てこなかった。
そのまま今日は解散となった。
それから一週間が経ち────
八月三十日 ワールドライブ当日!
その日は来た。
墓石は、ドラムセットを運ぶため、爺さんに車を出してもらった。
単さんが調整してくれたらしい。
爺さんと話すのは今日で二回目だが、送ってもらってる車内でも、会話は途切れなかった。
聞くと、爺さんは、渋津野図書館の運営の他に、夜はバーを経営してるらしい。
じゃあこの人、いつ寝てるんだろう?
そんなことを考えていると、歩道を歩く知り合いを見つけた。
その人物は、身体に似合わないサイズの大きなギターケースを担ぎ、黒と金とミント色の奇抜な色の髪にしているクラウドファウンディングスのリーダー、神ちゃんであった。
墓石と同じく、瀬海市体育館のある公園に徒歩で向かっているらしい。
もちろんワールドライブに参加するために。
「よお!ちんたら歩いていると遅刻するぞ!」
「カイシン」
爺さんにお願いして、神ちゃんも車に乗せてもらう。
そのまま二人を乗せた車は目的地に到着した。
「それでは墓石様、またライブが終わった頃に、お迎えにあがります。────今日の夕方は、また天気が崩れますので、お二方、お気をつけ下さい」
「はい、爺さん、ありがとうございました」
爺はニコッと微笑むと、図書館に戻っていった。
神ちゃんも隣でペコッと爺にお辞儀をした。
今日の神ちゃんも様子がおかしい。
車内でもそうだったが、神ちゃんのテンションがいつもより低いように感じる。
「どうした? まだ体調悪いのか?」
牡蠣に当たってから、ここ一週間、神ちゃんは本調子ではなかった。
「体調はすこぶる良好さ」
「────ただ、いざ本番になると、ドキドキするなと思ってね。意外とまだ覚悟が決まってないみたい」
珍しく弱気だな。
春野由良と違って、自信のようなものは一切感じられない。
「覚悟ってのは、クラウドファウンディングスとして、曲を披露することについてか?」
「…………うーん、ちょっと違うかも」
二人は並んで会場に進んでいく。
“その時”に向かって進んでいく。
「───違うか。それなら───」
墓石も覚悟を決める。
「その覚悟ってのは、四大人災として、“俺を殺す覚悟”のことか?」
「……!? ────カイシン?」
神ちゃんは戸惑ったような顔になる。
神ちゃん……いや……
「夏目 深琴──それが、本当のお前の名前だろ?」
「……何だ、知ってたのか」
「気付いたのは、一週間くらい前だけどな」
「わたしは前から知ってたよ。墓石優一くん──ただ、最初に聞いた時はピンと来なかったけどね。二回目────カイシンをクラファウに勧誘した後、思い出したんだ。“墓石優一”──今回のターゲットの名前だってね」
「俺を殺すのか?」
夏目は歩みを止める。
表情は戸惑いから、覚悟を決めた顔に変わる。
「殺すよ。このライブの最後にね。────カイシンを殺すための秩序はもう整ってる」
“殺す”という言葉に身構える。墓石の心にまた恐怖が芽生える。
二カ月前、春野に命を狙われた時のように──
「“殺す”か──何か寂しいな。せっかく仲良くなれたのに」
本当は信じたくなかった。夏目が──神ちゃんが四大人災だということに。何かの間違いであってほしかった。
「わたしもだよ、カイシン。カイシンがあの“墓石優一”だと分かった時、『ああ、わたしって何でこんなに不運なんだろう』って思ったよ。久しぶりにビビッとくる出会いだったのにさ」
「俺もだ。お前と出会ってから、本当に楽しかった」
“楽しかった”という言葉に、夏目の顔が僅かに歪む。“殺す”というのは、本意ではないのかもしれない。しかし、四大人災として、遂行しなければならない任務があるのも事実なのだ。
「墓石優一、単千尋はもうわたしの秩序から逃げられない。それはたとえ、今ここでわたしを殺してもその未来は変わらない。たとえここから逃げても変わらない」
「ああ、このままいけば、俺も単さんも死ぬだろうな」
「────俺達は“不運”で殺されるんだろ?」
不運────それが、夏目がコントロールできる秩序。準備した殺害方法。
「さすがカイシンだ! わたしの認めた男なだけはあるね。“不運使い”の夏目深琴とはわたしのことさ」
もう、俺と単の不運は確定してる。
このままいけば、確実に俺達は死ぬだろう。
しかし、墓石優一は取り乱さない。
《《まだ死なないことが分かっているから》》。
「お前のことだ。ライブが終わるまでは生かしてくれるんだろ?」
「どうかな?」
「“俺達を殺す”の事実だと思うが、“ライブを成功させる”というのもお前の望みなんだろ?」
「本っ当に、カイシンはわたしのこと何でも分かってるんだね。それとも、“探し使い”の入れ知恵かな?」
「違ーよ。ずっとお前を見てきたから、分かるのさ。お前はライブが終わるまで俺を殺せない。何故なら俺は──大事なクラウドファウンディングスのドラム担当のカイシンだからな」
ぷぷっと吹き出す夏目。緊張の糸が解けたのだろう。夏目の顔に笑顔が戻る。
「本当にカイシンはわたしのこと何でもお見通しだな。あーあ……もっと違う出会い方したかったなー。そしたら親友になれたのに」
「まだ俺は親友だと思ってるぜ?」
墓石と夏目はお互い目を逸らさない。敵であるが、“親友”で、“仲間”で、“殺す殺される”の関係、墓石と夏目は今奇妙な関係性を築いていた。
「ターゲットを殺したくないと思ったのは今回が初めてだよ。だけどカイシン、もうわたしの暗殺はわたしの意思でももう止められない。君達を襲う“不運”は止められないのさ」
「それは困ったな────────でもまあ、とりあえずは楽しもうぜ」
「楽しむ?」
「ワールドライブをよ! 命尽きる最後の1秒まで!」
何を言ってるんだこいつは?という表情の夏目と、ドヤ顔の墓石。
「カイシン──何かよく分からないけど、今の台詞はビビッときたよ!」
その後、二人は石川氏と晋ちゃんが待つ出演者控室に向かった。
軽くリハーサルを行った後、出演まで自由時間を与えられた。
その間、墓石と夏目はまるで到着した時の殺伐とした会話が無かったかのように、いつもどおり振る舞った。
八月三十一日 午後五時三十分
ついにその時はきた。
墓石達、クラウドファウンディングスの出番がきた。
ステージの上に立つと、一週間前に継々通りで演奏した時とは比べものにならないほどの観客が、ここ屋外ステージに集まっていた。数万人近くがクラウドファウンディングスのステージを見ている。
ここで、始まるんだ。
四大人災 夏目深琴と“破壊使い” 墓石優一の最後の勝負が始まる──!
続く




