2-1
石段の下、異様な気配に灯神玲は足を止めた。
ぞわり、と空気が揺れている。
見れば、白い大きな犬が、一人の男と睨み合っていた。
「ワンッ! ワワワァン!」
犬の吠える声が、神在坂の町に響く。
だが玲の視線は、犬ではなく男に釘付けになった。
男の全身から立ち上る、清冽で強い「気配」。
(……ただ者じゃないな。あの人)
黒い帽子を目深にかぶり、濃紺の着物に鉄色の羽織。襟巻きで口元を覆い、顔を隠している。
だが、隠しきれない異様な存在感が、逆に視線を引きつけた。
覗くのは、銀白の髪。白い肌。そして、わずかに紅を帯びた瞳──。
男の周囲だけ、空気が張り詰めている。
犬が唸り、男が一歩退いた。
「あの……大丈夫ですか?」
玲が声をかけると、男はわずかに顔を上げた。
「もしや、食べ物を持ってるの?」
男は黙って懐から包みを取り出す。犬は匂いに鼻を鳴らし、前足で地を打った。
「たぶん、腹が減ってるだけだよ。やってみて」
玲の言葉に、男はため息をつき、握り飯を差し出した。
犬は飛びつくように平らげ、すぐに尻尾を振って男のそばに座り込む。
「……こ、こら、やめろ」
「おや、懐かれましたね」
玲が笑うと、男はぷいと背を向けた。
歩き出す男のあとを、犬は当然のように追う。男が振り返り、その紅い瞳で鋭く睨んでも、犬はついてくる。
「……厄介なやつだ」
しばし睨み合い、ふと呟いた。
「ハク、とでも呼ぶか」
その瞬間、犬の耳がぴくりと動いた。
玲は、その背を見送った。
(……変な人。だけど)
あの紅い瞳の奥の鋭い光。
人ならざるものに近い、異様な気配。
玲は、胸の微かな違和感を拭えなかった。




