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大三郎の話によれば、銀の鼠は、山形堂が借金をした折に嘉兵衛へ贈ったものだったという。
嘉兵衛はその精緻な細工を気に入り、生涯、懐に忍ばせていたのだ。
父は、近ごろの山形堂のやり方をよしとはしていなかった。それでも「良いものは良い」と口にしていた。
今、啓太郎の腰に揺れる銀鼠の根付は、その父の形見である。
その晩、啓太郎は夢を見た。
白い霧の中に、見慣れた父の姿が立っている。
「お、おやじ……!」
「おお、啓太郎。相変わらず情けない顔しとるのう。もっと胸張れ、商いは顔だぞ、顔!」
「ええ……いきなり説教ですか……」
嘉兵衛は、いつもの調子で言った。
「おまえとは、よう喧嘩もしたな。……だが、もうわしの時代ではない。好きにやれ。堂々と歩け」
「おやじ……」
「ただし! 変な洋傘ばっか売るなよ! 雨漏りしたらうちの名折れだぞ!」
「そこは任せてよ……」
「それから、女中のシズには休みをやれ。腰が限界だ」
「うん……わかってるよ」
啓太郎は涙ぐみながら笑った。
嘉兵衛はふっと目を細め、柔らかく言う。
「ま、何だ。お前の思うようにやれ。けど、嶋屋はお前の背中に乗っとる。忘れるな」
啓太郎が何か言いかけたとき、嘉兵衛の姿が風と共に薄れていく。
「おやじっ──!」
「……啓太郎、嶋屋を頼んだぞ。あと、番頭には給金上げとけ」
「はい……」
「……嶋屋を頼んだぞ」
目を覚ましたとき、その言葉だけが啓太郎の胸に残っていた。




