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番頭の案内で、晴臣と玲が嶋屋へ向かったのは昼近く。陽は高く、すでに汗ばむほどだった。
暖簾をくぐった瞬間、空気がざわつくのを感じた。
店の奥は薄暗く、畳の匂いに線香の香が混じっている。
番頭は足を止め、振り返る。
「……どうか、若旦那をお助けください」
晴臣は帳場の方にわずかな気配を覚えたが、口には出さず頷いて後に従った。
廊下の奥を、生ぬるい風が抜けていった。天井がきい、と軋む。
玲は思わず足を止めた。
(……見てる)
小柄であどけない顔立ちだが、玲は霊感が強く、町では「燈守神社の狐っ子」と噂されていた。
若旦那・啓太郎は布団にくるまって、がたがた震えていた。
「……親父が……怒っている。枕元に立って、睨んでる……」
怯えきった声が、途切れ途切れに漏れた。
啓太郎は、父の死の前日に言い争った言葉を思い出していた。
『父さん、もう和傘は古いんだよ。これからは洋傘や合羽も扱うべきだ! 時代は変わっていくんだ』
『和傘は嶋屋の誇りだ。これまで世話になった職人たちの仕事を捨てる気か!』
ごそごそと布団から顔を出す啓太郎に、晴臣が声をかける。
「大丈夫です。気を強く持ってください」
啓太郎はしばらく黙っていたが、やがてぺこりと頭を下げ、小さな声で言った。
「……お願いいたします」
晴臣は立ち上がり、番頭に向き直る。
「大旦那様の部屋を見せてください」
番頭は二人を離れの部屋へ案内した。
障子を開けると、湿った風が土と草の匂いを運び込む。昼の気配が差し込んだ。
「……こちらです」
番頭の声が微かに震えていた。
庭の向こうに蔵があり、陽を受けた白壁がまぶしく光っている。
晴臣はしばらく蔵を見つめた。
「……亡くなられたのは、蔵の横ですね」
「な、なぜおわかりに……」
番頭は目を丸くした。
玲は言葉を飲み込み、ただ頷いた。
(……変な気配)




