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その夜、燈守神社の境内は、虫の声も風の音も、何もかもが消え去っていた。
玲は境内に立ち、空を見上げ、息苦しさにかがみ込む。
(何かとてつもないのが来る。勝てない──)
震える肩に、背後から晴臣の声が届いた。
「大丈夫か、玲」
「晴兄……怖い」
そこへ敬道が現れた。
「二人とも、すぐに本殿へ来い。結界を張り直す」
険しい表情で命じた。
「晴臣は火を、玲は香を焚け。ただの妖や霊ではない。これは……呪詛だ」
時を同じくして、燈守神社に続く森の奥。
綺良は五芒星を描き、結界を二重に組み上げていた。自らを囮として受け皿に据える。神社へ向かう呪の矢を細らせ、残りはすべてこの身で受け止めるつもりだった。
「──破邪、封結……」
これは、贖罪だ──。
綺良は思い出す。幼い頃、親に捨てられ、陰陽師の屋敷で過ごした地獄の日々を。
梶原道順は、禁忌の呪殺を高額で請け負う強欲な術師だった。
名を呼ばれぬまま、食事は冷めた粥一杯だけ。
命じられるまま、幾人も呪い殺した。失敗すれば殴られ、蹴られた。
──あの雪の日。
棒の一撃が頬を裂いた時、怒声が響いた。
「誰のおかげで生きてこられたと思っている、この恩知らずが!」
血を吐きながら、胸の奥に声を聞いた気がした。
『──お前はどうしたい?』
顔を上げると、部屋の隅に黒い影が掠めて消えた。
その夜更け、自ら道順を呪殺した。
そして呪符に火を点けると、炎は瞬く間に屋敷を呑み込んだ。
(俺の犯した罪──それを贖うには)
綺良は印を結んだ。
自らを囮として、この命を、捧げるしかない。




